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黄金の瞳 8




反乱軍の本拠地であり、どの地図にも載っていない島。


そこにある一際大きな屋敷の奥で、全ての反乱軍の頂点、一愛(かずい)は古い家系図を眺めていた。


「………(かく)たる証拠が……こうして現在まで残ってるのにな。……どうしてコレを…真実を誰も見ようとしないのか。……(あわ)れだな。…どいつもこいつも」


幼い頃から一族の誰もが自分を(うやま)い、(あが)め、称え(たた)続けてきた。


一族からの鬱陶(うっとう)しい程の期待が嫌になると、一愛はいつもここに足を運びコレを(なが)めてきた。


古い家系図……その一番最初に書かれた名前を。


コレがいつでも、一愛に現実を見せつけてくれた。


コレがあるから、自分は他の一族とは違い正気を保ててこれた、と。


カツン。


ふと扉の方から物音が聞こえたが、昔からよく知る気配だったので、一愛は視線を家系図に向けたまま、扉には振り向かず声だけかける。


「なんの用だ?じい」


「若様。また此方(こちら)へいらしていたのですか」


「なんだ?誰でも入れる古い書庫に、俺だけは許可を得ねば入れないとでも?」


「……はぁ…またそのような。若様は許可を与える側の存在。この世界の頂点、王と成られる御方。そんな若様が誰に許可を()うというのです?若様が許可を得ねばならぬ場も、許可を()う者も、この世にはおりません」


先程の物音は、この老人が杖をついた音だったようだ。


じいと呼ばれた世話係が『やれやれ』と溜め息を吐くが、一愛はその言葉で自分が許可を、許しを()うた人物を思い出す。


あの夢幻郷で出会った(いと)しい女……蓮を。


あの時、一愛は触れてもいいか、一緒に祭に行ってくれないか、と蓮姫へ逐一(ちくいち)確認していた。


その全てを許し、受け入れてくれた蓮。


この世でただ一人……生まれて初めて心から愛し、欲した女。


(そうだな。俺が許可を……許しを乞うのは蓮だけだ。他の人間なんざ……どうでもいい)


蓮の姿を鮮明に思い出したからか、自然と笑みが浮かぶ一愛。


何も答えず、自分の方を向こうともしない一愛に老人は言葉を続けた。


昔から変わらない、同じ言葉を。


「若様は長き一族の歴史の中で、最も王に相応しき御方。貴方様は古の王族の血を受け継ぐ我が一族の長であり、歴代当主の中でもその尊き血を誰より強く」


「違うだろ?じい」


世話係の言葉を(さえぎ)ると、一愛は今度こそ老人の方を向く。


そして持っていた家系図を老人にも見えるように、目の前に突き付けた。



「俺達一族は(いにしえ)の王の末裔じゃない。最後に王座について、初代女王達に処刑された影武者……何の価値も、王家の血も無い……ただの男の子孫だ」



一愛が幼い頃から、数え切れぬ程に繰り返されてきた言葉と光景。


その言葉を聞き、(しめ)された家系図を見て世話係の老人は深く、困ったようにため息を吐いた。


このやりとりを自分は何度この主と繰り返しただろう、と。


「はぁ~。一愛様……そのただの男こと、我等が始祖(しそ)が王座についたも事実にございましょう。古の王族にしか許されぬ銀の髪と黄金の瞳を受け継ぐのは我が一族、それも一愛様のような直系の方のみなのです」


「そうだな。それも事実だ。俺のこの髪は……古の王と竜王族族長との下らない友情ごっこ。その証だからな」


一愛は自嘲(じちょう)気味に笑うと、家系図を置き別の古い本を手に取る。


そこには古の王の歴史と共に…世界から隠された事実……全てが書き記されていた。


「この世界…その全てを始めて治めた古の王は、確かに賢王(けんおう)と呼ぶに相応(ふさわ)しい人物だった。だから当時世界最強の種族だった竜王族の族長も、古の王のシュヴァリエとなった」


「左様にございます。竜王族族長はシュヴァリエという古の王の特別な従者であり、盟友でございました。古の王が死んだ後も、竜王族族長は王の一族を、王との約束を守り続けた為に王家は栄え、続いたのです」


「そうだ。竜王族族長は古の王の子供を、その子孫を守り続けた。古の王との約束を決して(たが)える事無く。最後の子孫がとんでもなく堕落(だらく)した王だろうとな。だから……俺達みたいな偽物の一族が生まれた」


「一愛様っ!!」


一愛が告げた『偽物』という言葉を聞き、老人は声を上げた。


わなわなと震えるその姿は、激しい憤怒(ふんど)と深い悲壮(ひそう)が混じっている。


一愛がどれだけ(あが)(うやま)うべき(あるじ)だろうと、幼い頃から面倒を見続けた孫のような存在だろうと……その言葉だけは寛容(かんよう)できないから。


むしろ一愛を絶対的な王だと盲信(もうしん)しているからこそ、その言葉を口にしてほしくない。


その言葉だけは…一愛の口から発してほしくないのだ。


「我等は偽物ではありません!我等が始祖は竜王族族長から銀の髪と黄金の瞳を授けられた!これは紛れもなく譲位(じょうい)!我等一族は!王の一族なのです!」


「……じい。やめてくれ」


「いいえ!じいはやめませぬ!我が一族は古の王に()いだ新たな王の一族!そしてその血を!銀の髪を受け継いだ一愛様は!紛れもなくこの世界の王なのです!!」


興奮のあまり顔や体中に血管が浮かび上がる老人。


その全てがブチ切れそうな程に叫ぶ世話係を、一愛は見つめるだけ。


老体なのに無理をしすぎたせいか、ゲホゲホと激しく(むせ)ても、一愛はただ…(あわ)れみの目を向ける事しか出来ない。


死期が近い自分の歳も考えず全力で怒鳴り声を上げ、主である一愛からの罰も恐れずに同じ主張を繰り返す。


昔からこうだった。


この世話係の老人だけでなく……一族は皆そうだった。


誰も彼もが現実を受け止めようとしない。


一愛は(むせ)る老人に駆け寄る事も、優しい声をかける事もせず、また本に視線を戻すと記された言葉を読む。


「古の王の子孫であり最後の王。そいつは堕落(だらく)しきっていた。あの『傾城(けいせい)の時代』の王に(まさ)るとも(おと)らない暴君。民を(かえり)みず、税金を湯水の如く自分の為に使い、酒に溺れ、犯した女は全て殺した」


「ゲホッゲホッ!……さ、さようです。その王が誇れたのは…古の王と同じ、銀の髪と黄金の瞳のみ。そしてその時代に……後に初代女王となる、想造世界から来た女が現れました」


「あぁ。初代女王の圧倒的な力……想造力を目にした民衆は、古の王の血を受け継いだだけの馬鹿を王座から引きずり落とし、その女を(かつ)ぎあげ次代の王とする為に反乱を起こす計画を立てた」



古の王の最後の子孫は堕落した暴君だった。


政治にも他の種族との交流にも関心のない王の存在は世界中に広がり、多くの種族が古の王への忠誠を捨て人間を見放した。


魔族にいたっては人間を滅ぼす、または侵略し、その広大な土地と数多いる人間を手に入れようと画策した。


苦しめられた民衆は(なげ)き、悲しみ、滅びを待つだけだった。


そんな時……異世界から来た女が現れた。


彼女は苦しむ人々を慈愛の心で導き、その大いなる力…想造力(そうぞうりょく)を持って、堕落しきっていた王族を滅ぼし、世界を、民衆を、再び一つにまとめあげた。


初代女王の降臨(こうりん)により、この世界は救われた。



コレが現在までこの世界に美談として語り継がれた歴史。


この世界に住む多くの者が知り、信じている歴史。


しかしこの歴史の裏には……一愛達のような限られた人間しか知らぬ…ある隠蔽(いんぺい)工作が(はか)られていた。


古の王の盟友…竜王族族長によって。



「当時の王は堕落した無能で横暴(おうぼう)なバカ。民衆や臣下の不平不満は我慢の限界。それに加えて想造力を使う女が出現。反乱も王家の滅亡も、もう止められないと悟った竜王族族長は、古の王と交わした約束の一つ…『子孫を守る』というものだけでも果たそうとした。……俺達の先祖を…有象無象(うぞうむぞう)の一人に過ぎない男を使って」


有象無象(うぞうむぞう)ではありませんっ!我等が始祖は!」


老人は主の言葉を否定するため叫ぶが、そんな彼を鋭い一瞥(いちべつ)で黙らせる一愛。


まるで『黙れ。お前の話は聞いてない』とでも言いたげに。


そしてまた視線を本の活字に戻すと、自分達の祖先が何故、世界の王になれたかを語り出す。


「竜王族族長は当時の王……いや、生きる価値も無いゴミクズ同然の男を古の王の子孫ってだけで逃がし、生かそうとした。しかし、ただ逃がしても直ぐに追手が(せま)るだけ。だから影武者を作って王とすり替える事にした」


影武者を立てれば、王への不満や(うら)みは全てそちらに向く。


その(すき)に竜王族族長は本物の王を逃がした。


友の子孫を守る為に、なんの関係もない一人の男を犠牲に……捨て駒にしたのだ。


「選ばれたのは王と体格が、そして声がほぼ同じ人間。全身ではなく顔だけを魔法で変え、古の王と同じように竜王族の力と…その証である銀の髪と黄金の瞳を与えた」


そこまで話すと、一愛は哀れみのこもった目を老人に再度向けた。


真実をねじ曲げて自分達を正当化する老人を…一族をやっかみながらも、それ以上に彼等を(あわ)(きわ)まりない人間だと同情もしていたから。


「王に体格と声が近い人間の男なら誰でも良かったんだよ。たまたまソレが俺達の先祖だったってだけだ。そいつが有象無象(うぞうむぞう)以外のなんだっていうんだ?」


「いいえ!竜王族族長は古の王族を追放し!我等が始祖(しそ)を玉座に!世界の王の座につかせたのです!銀の髪と黄金の瞳を与えて!それこそ紛れもない譲位(じょうい)の証!我等が始祖は!選ばれし存在なのです!」


一愛の一族が、反乱軍達が、自分達こそ絶対の王の一族だと言い切るのはコレが原因。


先祖は確かに当時の王の影武者だった。


しかし、王の証である銀の髪と黄金の瞳を与えられた事で、先祖はただの影武者ではなく王の座を譲位(じょうい)された選ばれた者。


そんな先祖を持つ自分達は、王の一族。


影武者となった先祖が処刑されたとしても、彼こそ次に真の王となる人物だったと彼等は自分の子に、孫に、語り継いできたのだ。


一族のほとんどの者がその与太話(よたばなし)を信じている。


一部の者を除いて。


「一愛様!貴方様まで!あの『はぐれ者』達のような事をおっしゃいますな!」


「『はぐれ者』な。一族から汚名で呼ばれ、女王を廃する計画には一切参加しない奴等だが……頭の方は他の奴等より余程(よほど)マシだろ。俺達が王の一族じゃない。ソレがちゃんと分かってるんだからな」


「若様っ!!何度でもじいは申し上げますぞっ!この命尽きるまで申し続けます!我等が始祖は!選ばれて王となったのです!」


この世界の王に相応しいのは、異世界から来た女ではなく、自分達の一族。


それも王の血を濃く受け継ぎ、証を持って生まれた直系の者。


一愛のように銀の髪や、彼の曽祖父のように黄金の瞳を持つ者は、一族の長い歴史の中で何人も生まれてきた。


何代も受け継がれしソレこそ、先祖が王だった証なのだと。


しかし…彼等の偉大なるその先祖が玉座についたのは、あの傾城の時代の王より短い……たった一年。


「譲位だろうと、ただの影武者だろうと意味は無い。結局その俺達の偉大なる始祖様は処刑された。その後、世界を治める王になったのは初代女王だからな」


「そうです!初代女王めに!我等は王座を奪われたのです!」


彼等が自分達を王の一族と信じるのは、期間は短くとも先祖が確かに玉座についた事…そして子孫まで受け継がれる王の証を与えられた事。


しかし王の証を授かった先祖は玉座を奪われた。


当時想造世界から来た、この世界の人間でもない……初代女王となった女に。


「そこにある始祖の伝承にも残されておりしょう!始祖は!誉れ高き我等が最初の王は!(のち)に女王となった女に全てを話し!和平(わへい)(むす)ぶ約束をしたと!」


それもまた、彼等一族しか知らぬ真実の一つ。


当然、一愛も知ってはいたが今更そんなものを聞いた所で心が動く事はない。


分かっているのか、いないのか、やはり老人は力の限り叫び、一愛に先祖の無念を訴える。


「初代女王は王からの申し出を!我等が始祖と婚姻し共に世界を治めようという申し出に従うフリをして!王に毒を盛って体の自由を奪い!民衆の眼前で『愚王(ぐおう)だ』『世界の恥』だと(はずかし)め!処刑したのですっ!竜王族族長の事も!逃げた古の王の子孫の事も隠し!全ての罪を我等が始祖に(なす)()けて!」


「馬鹿正直に全部話したところで、民衆が納得する訳ないからな。影武者だろうと、反乱の目的である王がいるなら、処刑するのが一番手っ取り早い。反乱を終わらせ、民衆を鎮める為に。逃げた本物は後でゆっくり探して殺せばいいからな。俺でもそうする」


「一愛様っ!!異世界から来た醜悪(しゅうあく)略奪女(りゃくだつおんな)と貴方様は違うのです!たとえ(たわむ)れだろうとそのような!」


「吠えるな。俺達の先祖は結局利用されるだけ利用されて殺された王の影武者。ソレこそ曲げようの無い事実で、真実だ」


(すが)り付くような顔で叫ぶ老人を、一愛は切り捨てるように吐き捨てる。


老人は真の王と(あが)める主の冷たい言葉に杖から手を離し、その場にガクッと膝をついた。


カランカランと杖が転がる音と、老人のしゃがれた(すす)り泣く声が書庫に響く。


「何故っ!何故分からぬのです!?貴方様が!この世の誰よりも王に相応しい力と証を持って生まれた!貴方様がっ!!」


「……何が王だ」


「貴方様は!一愛様は我等が!そして世界が待ち望んだ真の王です!じいは何度でも!」


「俺も何度でも言ってやるよ」


いつもの文句を繰り返される前に、一愛は幼い頃からの自分の世話係へ真っ直ぐ向き直る。


そして自嘲(じちょう)とも哀愁(あいしゅう)ともとれる笑みを浮かべ……ゆっくりと言葉を放つ。



「俺達の先祖は偽物の王様。その子孫である俺達は偽物の一族。王の証とやらを持って生まれた俺も、王様なんかじゃない。……俺は…偽物だ」

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