黄金の瞳 6
ツルギの凄まじい怒りの咆哮は衝撃波となり、蓮姫や未月へと向かった。
ソレを真正面から受けた二人の髪や服は激しく靡き、全身はビリビリと痺れるような感覚が襲う。
それは二人だけに留まらず、周りの壁や床、天井までもがガタガタと音を立て揺れていた。
「お前みたいな奴が…お前みたいな クズが生きてんのに!なんでっ!なんで俺の弟は殺されなきゃいけなかったんだ!なんでだよっ!!お前みたいな奴っ!弐の姫より先に!お前を八つ裂きにしてやる!」
ツルギはまた一瞬で未月との距離を詰めると、その剣を振るう。
なんとか魔法で作り出した弓で受け止めた未月だったが、ツルギの攻撃はそれだけで止まらなかった。
「っ!!?」
「未月っ!!」
確かに剣を受け止めたはずなのに、未月の体からは剣に斬られたようにブシュッ!と激しく血が吹き出す。
受けるはずの無い攻撃と突然の激痛に一瞬顔をしかめる未月と、そんな彼へ向けて叫びを上げる蓮姫。
当然、これだけでツルギの攻撃は終わらない。
「仲間を裏切ってまで弐の姫に媚びるクズめ!死ねっ!死ねぇっ!!」
ツルギはガンガンと剣を振り下ろし、その度に未月の体からは鮮血がほとばしる。
今やツルギの怒りや憎しみは、全て蓮姫ではなく、未月へと向けられていた。
それは私怨ですらない…八つ当たりに近い感情。
「貴様のような奴っ!生きている価値は無いっ!!家族や仲間を裏決るような奴に!捨てるような奴に生きる資格なんて無いっ!」
「未月っ!!火炎の玉【ファイアーボール】!」
未月への攻撃を一切止めないツルギに、蓮姫は魔法を放つ。
だが火炎の玉【ファイアーボール】が当たっても、その箇所から煙が上がってもツルギは怯む事すらない。
他者からの攻撃で隙も生まれぬツルギ。
だからといって、防戦一方では終われぬ未月。
未月も得意とする魔法の矢【マジックアロー】や他の魔法を繰り出し、時には弓部分で打撃を繰り出す。
それでも……ツルギには何の効果も無かった。
むしろ攻撃を受ける度に、ツルギの怒りや憎しみは膨れ上がる。
「俺は全部っ!全部奪われたのに!家族を殺されたのに!なんで家族や仲間を捨てるような奴がっ!」
「ぐっ!うぁっ!?」
「未月っ!」
「母さんっ!下がって!」
「この期に及んでまだ親子ごっこを続けるかっ!」
ツルギが何より許せない事。
それは目の前の二人が……妹達が死ぬ原因を作った弐の姫と、反乱軍の裏切り者である未月が、お互い親子のように接している事だった。
しかもその反乱軍の裏切り者は、あの死んだ最愛の弟と同じ歳。
生きていれば弟も…アサヒも立派に成長し自分や家族と笑っていただろうに……という思いがツルギの中に湧き上がる。
「アサヒはっ!俺の弟はっ!まだ赤ん坊の頃に殺されたっ!なんの罪も無い!まだ一歳になったばかりだった!」
「っ、なんのっ……話を」
「俺の弟は!母親に甘える事すらまだ出来なかった!母親の愛も!優しさも!温もりも!それを知る前に死んだ!殺されたんだ!その母親もだ!」
ツルギの突然の身の上話に、未月もまた訳が分からず困惑する。
それでもツルギは言葉を続けた。
「俺の両親も!妹達も善人だった!家族を愛して!愛されて……っ、皆!みんなみんな!俺の大切な家族だった!なのに殺された!」
「っ、家族を…殺された?」
「そうだ!弐の姫!貴様のようなクズとは違う!誰からも憎まれ拒まれる、誰かを不幸にするだけの貴様とは違うんだ!それなのに!お前等みたいなクズが生きてて!なんで俺の家族は!殺されなきゃいけなかったんだ!」
そんな事を目の前の二人に…殺そうとしている相手に言っても意味は無い。
そんな事はツルギとて分かっている。
それでも……ツルギの口は止まることなく、自分の中にある感情を吐き続ける。
「俺には我慢ならんっ!家族を捨てたクズが!俺の家族の仇と一緒に!のうのうと親子ごっこをして生きている事が!ふざけるなっ!」
「ふざけて…ないっ!五種の魔法の矢【ファイブアロー】!」
叫び続けるツルギに、未月は五種類の魔法の矢を放つ。
それぞれが炎、氷、雷、石、魔力の塊という殺傷能力の高い魔法で出来た矢。
ツルギは避けもせずにそれ等全てをその身に受ける。
「っ!?……なんで…避けない!?」
「貴様のようなクズガキの攻撃を…避けるだと?貴様のようにふざけたガキの魔法!化け物となった今の俺には効かない!」
ツルギが再び激しい咆哮のような叫びをすると、ダメージを受けて既にボロボロになっていた彼の顔面に巻かれていた包帯がハラリと解けた。
現れたツルギの素顔に…蓮姫と未月は息を呑み驚く。
大きく抉れた傷跡。
瞼もなく、開かれたままの左眼。
血の海ように真っ赤に染まった両目。
そこの中に浮かぶ、どこまでも深い闇のような黒い瞳。
その姿は……どこからどう見ても…。
「……化け…物?」
ポツリと呟いた未月に、ツルギは憎しみにまみれた瞳を向けた。
「そうだ。俺は化け物。家族を殺され……仇を討つことだけに…お前らを殺す為だけに生きる……化け物さ」
「……っ、………ぁぁ…」
ツルギの素顔を見た蓮姫は、口元を手で抑えボロボロと大粒の涙を流す。
ソレを怯えていると思った未月は、焦ったように蓮姫へ声を掛けた。
「母さんっ!?俺の後ろにいて!」
「おいおい。ここまで来たなら親子ごっこを完璧にやれよ。母親は身を呈して子供を守るもんだ。子供の影に隠れて守られるだけの母親が何処にいる?母親を演じるなら最後まで子供の為に生きて死ね、弐の姫」
「お前!母さんを侮辱するな!母さんは俺が守る!」
「偉そうにほざくな、クソガキ。お前、俺の姿を見て…さっきより俺が怖いんだろ?目を見れば分かる」
ツルギの指摘は事実であり、未月は冷や汗を流す。
最初から相手が格上の存在だと気づいてはいたが、あらわになった禍々しい双眸。
手はカタカタと小さく震え、目の前にいる化け物に全身が、心が怯えていた。
それでも逃げようとしない、自分に立ち向かう姿勢を崩さない未月に、ツルギは冷たく言い放つ。
「今直ぐ逃げたいんだろ?だったら親子ごっこなんざやめて、弐の姫を置いて見苦しく逃げ回れ。どの道、お前も殺すがな」
「っ、……逃げ…ない。母さんを守る!お前を倒して…母さんと生きる!」
「チッ。本当に……どこまでもムカつくガキだよ。嬲り殺したい程にな」
ツルギと未月のやりとりを、ただ涙を流して見つめる蓮姫。
ソレは一見して怯える無力な少女でしかなく、未月もツルギもそう思っていた。
ツルギが自分に向ける憎悪は…あのキメラと同じくらいに強く、禍々しく、恐ろしいのは蓮姫も感じている。
しかし蓮姫の涙は……恐怖から流れているものではなかった。
確かに恐怖はあるが……この恐ろしいツルギの姿は、蓮姫には化け物とは違う姿が重なって見えていたからだ。