未来へと 3
城に辿り着いた蓮姫は庭園へと足を進めていた。
誰にも告げずに、と未来の蓮姫は言っていたが、サフィールや城の人間に此処まで1人で来たとバレると、公爵邸まで誰かを呼ばれる可能性もある。
かと言って、厳重な警護をくぐり抜け、女王の寝室に忍び込むのは不可能だろう。
そもそも、女王の寝室の場所も知らない。
「さて、と………どうしよう? ……誰にもバレずに、陛下になんて…」
「ふんふん。なに?陛下に何する気?暗殺?」
「っ!だ、…っ!!?」
後ろから聞こえた男の声に、誰?……と、続くはずだった蓮姫だが、その言葉は途切れる。
何故なら、振り向いた瞬間…喉元に刀が突き付けられたからだ。
チラリ、と目線だけで刀から腕へと、その男を見つめる。
人に刀を向けているというのに、笑顔を浮かべているその男。
笑っているのに、その瞳は全くと言っていい程、感情がこもっていない。
城には何度も足を運んでいる蓮姫だが、その男を見るのは初めてだった。
「ん~?脅えてるの?なんで?そんなんじゃ殺し屋失格だよ、君~」
「………殺し屋じゃないです」
「あれ?違うの?じゃあ何?てかさ……君…どっかで見たような…」
どうやら蓮姫だけでなく、この男も蓮姫を知らなかったらしい。
思い出そうと、刀を持っていない方の手で頭を叩くが、必死なのか惚けているのか、その表情から真意は読めない。
「誰だっけな~?ま、いいか」
「いいの?そういう貴方は誰?」
少し空気が和んだと思い、蓮姫は普通に話しかけた。
だが、男はニヤリと笑みを深くし、刀をグッと喉に押し付ける。
「俺が誰か?とか、君が誰か?とか、もうどうでもいいや。君を殺したら考える必要無いもんね」
「は!?ちょ、ちょっと待っ」
「はい。じゃあ死んで~」
蓮姫の抗議の声など聞く気もない、と男は刀を喉に当てたまま、思い切り引こうとした。
その瞬間
「何をしておるっ!?」
この城の主にして、この世界の最高権力者、麗華の声が庭園内に響き渡る。
「…へ……いか……」
「蓮姫!?何故この様な刻限に城に?供も付けずに、物騒ではないか!?」
「い、今まさに物騒な目にあってますね」
麗華の言葉に、蓮姫は口元を引き攣らせて答える。
刀を突きつけた男は、麗華の方を向くと、ハァ~、と溜息を吐きながら刀を収めた。
パチン、と刀が収まる音が耳に入ると、蓮姫の身体は緊張から解放され、地面に崩れるように座り込む。
「蓮姫っ!?ジョーカー!蓮姫に刃を向けるとは何事じゃ!!」
ジョーカーと呼ばれた男は、顎に手を当て考える素振りをする。
「蓮姫?れんきれんきれんきぃ~?………あぁ~!君が噂の弐の姫か!殺さなくて良かったんじゃん!ブー、つまんないの~」
「おぬし……標的を殺す前に少しは考えよと、あれほど言うたではないか」
「え~~~……だってこの子が、誰にもバレずに陛下を殺すって言うから」
「言ってないからねっ!?」
ジョーカーの頭の中で勝手に出された結論に、すかさずツッコむ蓮姫。
「しかし蓮姫……何故夜中に?それに今のお主は…」
「陛下……夜分遅くに申し訳ありません。お話したい事があって参りました」
なんとか立ち上がり、麗華に目的を告げる蓮姫。
麗華は初めて見る蓮姫の真剣な……覚悟を決めた表情を見て、少し驚いたが、直ぐにいつもの妖艶な笑みを浮かべる。
「ならば、向こうにある東屋で話を聞こう。妾も今は一人ゆえ、こやつを護衛に………おい、ジョーカー。何処へゆく」
蓮姫達の話など関係ない、とでも言うように、さっさと立ち去ろうとしていたジョーカーを呼び止める麗華。
「え?だって俺関係無いですよ?部屋戻って寝ます」
「か弱き女を二人、闇夜に残して自分はさっさと寝る気か?妾達の護衛をおし」
「え~?陛下はか弱くなんてないじゃないですか~」
「お・や・り」
「…………………は~い」
麗華がニッコリと笑いながら凄むと、諦めたように肩を下ろすジョーカー。
蓮姫は先程までの狂気じみた彼とは違うその姿に、目をパチクリとさせる。
(私………さっきこの人に殺されかけた…んだよね?)
右手を首元へ当てると、ヌルッ、とした感触。
やはり先程の刀で、皮が少し着れたらしい。
ゴシゴシと首を擦りながら、蓮姫は麗華達についていく。
何故女王がこんな時間に、いつもの派手なドレスではなく軽装(恐らく寝巻きだろう)で、しかも1人でいるのか?
自分に刀を向けた、このジョーカーと呼ばれた男は誰なのか?
「ふふ。そんなに熱い目で見つめるでない」
「え?」
「振り向かずともわかる。そなたが気になっておる事も。安心おし。東屋に着いて、そなたの話を聞いた後に妾も話そう」
麗華は前を向いたまま、足も止めずに楽しそうに呟いた。
「なるほど。そなたの気持ちはわかった。………が、無茶苦茶じゃな。わざわざ王都の外へ、それもそなた1人を出すなど……危険過ぎる」
東屋に着き、蓮姫の話を最後まで聞き終えた麗華は、溜息とともに反対の意を示す。
反対される予感はあった。
だが、女王の許可なく王都を抜け出したら、それこそ反逆罪に問われ、壱の姫が女王となるその日まで軟禁、最悪幽閉される事もある。
過去に女王となる事を諦め、逃げ出した姫もいたらしいが、その末路は悲惨なものだった……と公爵邸で世界歴学を学んだ際に知った。
だからこそ、どうしても女王の許可は必要になる。
いずれ女王となる姫とて、女王の意思に背く事は許されない。
「反対は承知の上です。でも私は逃げ出すわけじゃありません。壱の姫と対等に渡り合う為、自分だけの信頼できるヴァル……味方が欲しい。それに私は、王都の中の限られた世界しか知りません。外に出て、この世界を知りたいんです。……未来の為に」
「ふむ。決意はかなり固いようじゃな。可愛いそなたの頼み……無下にはできん」
「っ!?じゃあ!!」
嬉しそうに尋ねる蓮姫に、麗華も楽しそうに笑う。
「ほほ。妾は『反対』とは一言も申しておらぬ。そなたの好きにおし。……ただし、条件がある」
麗華は蓮姫に向けて1つづつ、指を立てながら条件を話す。
その顔は女王として、威厳のあるものだった。
条件とは言うが、命令に近い。
因みにジョーカーは、二人から離れた所で見張りをしている………というか、あくびをしながら佇んでいる。
麗華から出された条件は3つ。