黄金の瞳 5
突如現れた未月は他の誰にも目を向けず、一直線に蓮姫へと駆け寄る。
「母さんっ!無事か!?怪我してないか!?」
いつものたどたどしく小さな口調ではなく、ハッキリと大きな声で蓮姫へ尋ねる未月。
それは彼が、蓮姫の危険に焦っている証拠であり、蓮姫を心配している証拠。
蓮姫は未月が傍に来た事に安心したのか、カクンと膝が折れる。
そんな蓮姫に未月は咄嗟に手を伸ばし、彼女の体を支えた。
「母さんっ!?」
「だ、大丈夫だよ、未月。安心して…力抜けちゃっただけ」
未月を安心させるように笑顔を浮かべる蓮姫だったが、少し乱れた呼吸と汗ばんだ顔。
大丈夫ではない、と未月は直ぐに気づき顔を歪ませた。
「…ごめん…母さん。…俺…来るの……遅かった」
「遅くなんかないよ。未月が来てくれたから、私は怪我もしてないし助かった。言ったでしょ?安心したって」
「…俺がいると……母さん…安心する?」
「うん。とってもね」
そう言って未月の頭を撫でる蓮姫。
未月が『母さん』と呼んで慕ってくれる事もあり、彼にはどうしても子供を甘やかす母親のような仕草が出てしまう蓮姫。
だがこれは計算している訳ではなく、自然と出てしまうのだから仕方ない。
何より…未月自身がそんな蓮姫を望み、彼女の行動に喜び、安心しているのだから。
「ありがとう、未月」
蓮姫が頭を撫でていた手を下げると、その手を取り自分の頬に擦り寄せる。
「…母さん。……無事で…良かった」
「未月のおかげだよ」
心から安堵し、蓮姫の体温を、蓮姫の無事を噛み締める未月に蓮姫は優しく声を掛けた。
いつもの和やかで、微笑ましい二人のやり取り。
だがそれは……今この時は場違いでしかない。
「クソッ!新手か!?貴様も弐の姫の手下だな!弐の姫共々殺してやる!」
ツルギの咆哮にも近い叫びに、未月はピクリと反応すると蓮姫の手を離し、ユージーンのように彼女を背に庇ってツルギを睨みつけた。
「……母さん…殺そうとした。…お前…母さんの敵」
「っ、『母さん』……だと?」
未月から放たれた言葉に、ツルギは目の前の二人をまじまじと見つめる。
蓮姫と未月は、何処からどう見ても同い年くらいの男女であり、親子には到底見えない。
(弐の姫は確か……まだ17だったはず。…こんなデカい子供……しかし姫なら想造力で…)
17歳の少女に子供がいたとしても不思議ではないし、いくらでも有り得る事だ。
だとしても、こんなに大きな子供は有り得ない。
だが、蓮姫は普通の少女ではなく弐の姫であり、姫は想造力という自分の想像をこの世界に創造し具現化する特殊な力がある。
少し考えた後、ツルギはその疑問を素直に口にした。
「お前…弐の姫の息子か?」
「……違う。母さんは…俺の親じゃない。…でも……俺を守ってくれる…俺が守りたい人。…だから……母さんは母さんだ」
ツルギの疑問に正直に答える未月。
そして今の未月の回答は、ツルギと反乱軍達の怒りを増幅させた。
未月の登場と共にユージーンから一時的に距離をとっていた反乱軍達は、未月を憎悪のこもった目で睨みつける。
「長!彼奴13です!」
「若様やあのオースティンが特別目をかけていた奴!」
「そんな奴が何故!?弐の姫の手下に下った!?」
「裏切り者めっ!」
「いや!13は若様のお気に入りだ!勝手に殺す訳にはいかん!」
「弐の姫を『母』と呼んだぞ!?操られているのか!?」
「首領!いかがなさいますか!?」
ざわめく反乱軍達の中心で、イアンは驚きつつも状況を理解し、即座に裏切り者へ制裁を下す判断をした。
「……13。まさか生きていたとはな。若様が知れば…さぞお喜びになっただろうに。……実に残念だ」
「…若様が……残念?」
イアンの言葉に13こと未月の脳裏には、若様と呼ばれている男…一愛の姿が浮かぶ。
戦闘しか教えず、戦力としてしか自分を必要としない者達の中で……唯一自分を気にかけ、笑顔を向けてくれた存在を。
「…若様…俺に『生きて戻れ』って…言った。……でも俺は…もう帰らない。…俺は…母さんと生きるって…決めたから」
「ふっ。何も分からず、考えもしない貴様がそこまで執着するとはな。まだ小娘だというのに。いやはや、弐の姫様は男を誑かし、懐柔なさる才をお持ちのようだ」
「…今のは…なんとなく分かった。…イアン…母さんを侮辱したな?」
言葉の意味は理解出来なくとも、蓮姫に向けられた言葉が好意か嫌悪か…それくらいは未月にも分かる。
「それがどうした?」
「母さんを馬鹿にする奴……俺…許さない」
「許さんのは我等の方よ!我が同胞達!13の事は報告も他言もするな!若様に要らぬ心労をお掛けするだけだ!彼奴は裏切り者!この場で弐の姫諸共始末を」
「余所見してんじゃねぇよっ!」
イアンの言葉の最中、ユージーンが攻撃を仕掛ける。
それは既の所で、他の反乱軍に邪魔をされたが、ユージーンは構わず反乱軍に攻撃を続ける。
「てめぇらの相手は俺だろうが!おい未月っ!この雑魚共は俺が片付ける!その間!お前はその包帯野郎から姫様を守れ!」
「っ、分かった。母さん…俺が守る!」
蒼い瞳に激しい闘志を燃やし、未月はツルギを見据えてローズマリーから貰った魔道具の腕輪を発動させた。
それは遠距離攻撃魔法用の補助具ではあるが、そもそも蓮姫の従者達は強い戦闘力と魔力を持つ者ばかり。
元反乱軍の戦士13である未月もまた、いくつもの戦法や魔法を熟知している。
普通の相手ならば未月の相手にすらならない。
だが未月がこれから対峙する相手は…普通とは程遠い男。
(…正直……未月には荷が重過ぎる相手だ。それでも…時間稼ぎくらいは未月にも出来る。俺もすぐに加勢するから…それまで持ち堪えろよ!)
心の中で不安と激励を呟くと、ユージーンは一人、また一人と反乱軍達を倒していく。
激しい戦闘が繰り広げられる一方、蓮姫達は膠着状態だった。
「…未月」
「母さん…こいつ…俺より強い。…ずっと強い。…俺じゃ……こいつに勝てない」
「え?」
未月は恐怖や配慮が人より少ない分、ユージーンでは口に出来なかった言葉を素直に吐く。
それは未月にとって弱音ではなく、ただの純然たる事実に過ぎなかったからだ。
「でも…俺はこいつと戦う。母さん…守る為に戦う。…母さんは…俺が死んでも守る」
「………それは違うよ、未月」
「……母さん?」
蓮姫は自分を背に庇っていた未月の隣に立つと、短剣を構える。
「未月が戦うんじゃない。未月と私が一緒に戦うの。私も未月も死んだりしない。だって…生き残る為に、一緒に戦うんだから」
そう告げる蓮姫の横顔はとても美しく、逞しく……未月に勇気を与えた。
「…うん。…俺……母さんと一緒に戦う。…これからも…一緒に生きる為に」
蓮姫の言葉に…心に応えるように、未月は微笑んで頷く。
決意を新たに目の前の敵へと構える二人だったが、その敵であるツルギは、片手で顔を抑え僅かに体が震えていた。
「…………くっ。…くくくっ。ハハッ…ハハハハハハハハッ!とんだ茶番だな!怒りを通り越して笑えてくる、とはこのことだ!」
「お前……なんで笑う?」
「ハハハッ!お前らの親子ごっこがバカバカしいからさ!お前らの茶番に心底ムカついてるからさ!」
狂ったように笑い続けるツルギだったが、ひとしきり笑い終わると…ツルギは剣を未月へと向ける。
「……なぁ、お前。いくつだ?」
ツルギが未月に問いかけたのは、なんとも普通の質問。
問われた方の未月もまた、何も疑問に思わず素直に、それこそ普通に答えた。
「…16」
「……そうか。…16か。………アサヒも……俺の弟も…生きてりゃ、お前と同じくらいになってたな」
「……弟?」
「……そうだ。…………っ、なぁ…教えてくれないか?お前あいつらを…反乱軍を裏切ったんだろ?…俺の弟は殺されたってのに………なんで…なんで家族や仲間を裏切った下衆野郎が……弐の姫なんかと親子ごっこしてるクズが……生きて…笑ってられるんだっ!!?」