黄金の瞳 3
男の声を聞いた瞬間、蓮姫の全身には鳥肌が立った。
この感覚に…男から向けられる視線や感情に、蓮姫は覚えがある。
蓮姫はこれまでの旅で、何度も命を狙われ、殺気を向けられてきた。
だからこそ気づく。
この男から感じるのは殺気だけではない。
この男が蓮姫に向けているのは殺気と……凄まじい程の憎悪だと。
あのアビリタで、女王や姫を激しく憎んでいたキメラが、蓮姫に向けてきたものと同じ。
「……ぁ…」
小さく喉の奥で悲鳴を上げる蓮姫。
それ程までに…この男から感じる憎悪は冷たく、恐ろしい。
蓮姫が怯えているのに気を良くしたのか、初老の男は笑みを浮かべて包帯男へと答える。
「あぁ。あの女が弐の姫だ。間違いない」
「そうか。なら…あの女は俺が殺す。弐の姫は俺の……妹達の仇だ」
「分かっているさ。存分に…お前と妹達の恨みを晴らすがいい」
男達の会話を聞き、ユージーンの眉がピクリと動いた。
(今こいつ…『妹達の仇』っつったか?)
包帯男が言った『仇』というのは分かる。
今までの旅で反乱軍を殺してきたのはユージーンや火狼だけではない。
蓮姫もまた、反乱軍を自らの手で殺めてきた。
しかし蓮姫は女子供には甘く、手を下す事など出来るはずもない。
あの玉華で蓮姫達を襲った反乱軍に…蓮姫が殺した反乱軍の魔道士達の中に女はいなかった。
未月にも確認していた為、そこは間違いない。
自分や火狼は反乱軍の女を殺しているかもしれないが……蓮姫は相手が女ならば、余程の理由が無い限り殺せないだろう。
だからユージーンは、これから容赦なく殺すだろうその男に、敢えてソレを説明する。
「おい。そこの包帯野郎。何を勘違いしてるか知らないがな。姫様は女子供を殺せる方じゃない。『妹達の仇』っていうなら、それは間違いだ。姫様じゃない。有り得ない。人違いだ」
ユージーンとしては間違いを訂正したに過ぎない。
自分の主は…蓮姫は、良くも悪くもそのような人間では決してない、と。
しかし今の言葉は包帯男…ツルギにとって最大の禁句であり、引きがねとなった。
「っ!?……何も知らぬ…弐の姫の犬が!」
怒りのまま絶叫したツルギは、一瞬でユージーンの元へと移動し、剣をユージーンへ振り下ろす。
ユージーンもまた素早く自身の剣エクスカリバーを抜き、ガキィッ!という大きな金属音がその場に響いた。
「っ!?ジーン!」
「姫様っ!結界を!」
蓮姫を背に庇うようにして主に自分の身を守るよう指示を出すユージーン。
今この時…誰よりも驚き、焦っているのは……ユージーンだった。
(なんだ今のスピード!?それにこの力!?人間のくせに…人間じゃねぇだろコイツ!)
訳の分からぬ矛盾を脳内で吐くユージーンだったが、それは彼がそれだけ今の状況に焦っている証拠。
エクスカリバーで相手の剣を受け止めたのはいいが、押し込んでくる男の力は人間とは思えぬ程に強い。
今のユージーンは全神経をエクスカリバーに集中し、尚且つ魔力も込めているからこそ防げているだけ。
そうしなくては……確実に殺される、と本能で悟っているからだ。
だが…あのユージーンがそこまでしているのに、交差する剣は…エクスカリバーはギリギリと音を立てながら徐々に押し込まれ、力では完全に負けている。
「クソっ!てめぇ!ただの人間じゃねぇな!何なんだ!?」
「薄汚い弐の姫の仲間になど答える義理は無い。さっさと死ね」
「そうかよっ!なら……お前の方が死ね!」
正攻法で戦っても負けるだけだと判断したユージーンは、直ぐにエクスカリバーに込めた魔力を冷気へと変えていく。
「氷柱の弾丸【アイシクルショット】!」
「っ!!」
エクスカリバーから勢いよく放たれた無数の氷柱。
包帯男ことツルギは、氷柱から逃れる為、地面を蹴り後方へと飛んだ。
だがツルギと入れ替わるように、今度は他の反乱軍達が数人がかりでユージーンへと飛びかかる。
「ジーン!危ない!」
蓮姫は咄嗟にユージーンに結界を張り、反乱軍達の攻撃を防いだ。
しかしいつもなら強固であり長く続くはずの蓮姫の結界が、一度の攻撃を受けただけで直ぐに消えてしまう。
それに動揺しつつも、蓮姫は何処か納得した表情を浮かべていた。
「ダメだ。やっぱり……一瞬しか出来ない」
「姫様!俺の後ろに!」
結界が消えた直後、ユージーンは蓮姫を背に庇いつつ後方へと下がる。
視線の先の反乱軍達は攻撃を防がれただけで無傷。
あの包帯男もユージーンによる氷柱の弾丸【アイシクルショット】が体や顔にいくつか刺さっていたが…致命傷とは程遠い。
むしろ蓮姫を…ユージーンを見つめる、あの毒々しい黒の中に浮かぶ赤い瞳からは、先程よりも強い殺意…憎悪を感じる。
(ぶっちゃけ……他の奴らは俺一人でも何とかなる。反乱軍ったって、普通より少し強いだけの人間だ。俺が勝てない相手じゃない。だが……あの包帯野郎……あいつだけは…)
『厳しい』『難しい』『自分よりも強い』というネガティブな単語が、ユージーンの脳内に溢れてくる。
そして問題は、得体の知れぬ包帯男だけではない。
ユージーンは視線を反乱軍達から逸らすことなく、後方の蓮姫へと尋ねる。
「姫様。先程の結界、いつもよりも早く消えましたね?やっぱりと言うのは?」
「この神殿に入ってから上手く想造力が使えないの。さっきもジーンに言われて結界を張ったけど、一瞬で消えちゃった」
「なるほど。魔力の消費や体への負担は?」
「……正直…あの一瞬だけの発動で、いつもより多い」
「……なるほど」
最初と同じ言葉で相槌を打つユージーン。
平静を装いつつ余計な事を言わないのは、蓮姫を不安にさせない為の彼の優しさであり主への配慮だ。
(姫様が結界を張れないのなら、姫様の命を狙う奴等から姫様の身を守りつつ戦わなきゃいけない。オマケにあの包帯クソ野郎。……今までで一番…ヤバい状況だ)
自分達にとって不利な状況、得体の知れぬ敵との対峙に、ユージーンはこの場を…蓮姫を守る為に一人でどう切り抜けるか必死に考える。
この時……ユージーン達からも反乱軍達からも離れたこの部屋の隅では…ある現象が起こった。
壁に小さく描かれた魔法陣から…パリッ!と青白い電気が放たれる。
誰も気づいていないこの魔法陣も、また転送型であり…蓮姫達のいるこの部屋へ、誰かを誘おうとしていた。