黄金の瞳 2
険しい表情で魔法陣を見つめたまま黙り込むユージーンだったが、蓮姫は不安を抱えつつも彼に声をかける。
「……ジーン?なんて書いてあったの?」
「……姫様。恐らくですがこの魔法陣……コレがこの神殿に隠されていた宝の正体です」
「っ!?コレが!?じゃあもう宝は無いの!?」
何処をどう見ても破壊尽くされた魔法陣。
ユージーンの説明や表情、そしてこの魔法陣の現状で分かるのは……ここまで壊されてしまえば発動しない、ということ。
驚愕し、また深く落胆もする蓮姫だったが、そんな彼女にユージーンは更なる真実を告げる。
「そもそもキラ達が探してた宝なんて、ここには最初から無かったんですよ」
「無いって……どういうこと?」
「宝の地図が示していたのは、この魔法陣で間違いないでしょう。ですが、この魔法陣はクラーケンもリヴァイアサンも倒せませんし、封印も出来ません。この神殿にあの二体は入れませんし、仮にあの魔法陣の中に誘い込む事が成功しても、対象はあの二体ではないので全く意味がありません」
「そんな……じゃあキラ達にソレを早く伝えないと。皆…何処にいるんだろ?」
目的の宝が無いのなら、ここにいる理由は蓮姫やキラは勿論、誰にも無い。
とはいえ、退却したくとも仲間達はこの広く大きな神殿の何処にいるのか…。
そもそも自分達がいるこの広間とて、神殿の何処なのかすら分からない。
仲間と連絡を取る想造力も上手く使えず、途方に暮れる蓮姫。
ユージーンもまた、どのように仲間と合流するべきか、頭を悩ませている。
だが………二人にはそんな些細な悩みを考える時間は与えられなかった。
バリッ!バリバリバリッ!
二人から離れた入口ともいえる扉の前に描かれた大きな魔法陣。
そこに再びあの青白い電光が現れる。
「コレ!ジーンの時と同じ!」
「あれも転送型魔法陣です。気づいてはいましたが……今度は一体誰が?」
「キラ達?それとも狼?」
蓮姫は期待…いや、彼女の中では確信に近い希望を口にする。
なぜならこの神殿に入ったのは、蓮姫一行と海賊王キラ率いる海賊団員数人。
蓮姫達が入る前、この神殿は強力な結界が張られていた。
だからこの神殿内には自分達以外、誰もいない。
そう思っていたからだ。
それはユージーンとて同じ。
先程感じた危険な気配は、人間ではなかった。
間違いなく……そんな脆弱な生き物の気配ではなかった。
転送型魔法陣からは、光が激しくなる程に人の…人間の気配が濃くなっていく。
それも複数の人間の気配。
光の中にある人影も、一つや二つではない。
現れるのはキラ率いる海賊団や未月達だろうと、ユージーンも考えた。
しかし……その中から一つ…人間には間違いないが、人間とは思えぬ程に禍々しい気配を感じる。
その瞬間、ユージーンは蓮姫を再び素早く引き寄せた。
「っ、ジーン?」
「違います」
「え?」
「奴等じゃ……仲間じゃありません」
ユージーンは蓮姫を抱きしめたまま、数歩下がる。
別の転送型魔法陣は他にもう一つあるが……距離がある為、恐らく間に合わない。
そんな彼の警戒が蓮姫にも伝わり、二人は青白い光を見つめた。
そして光から現れたのは……誰一人として、蓮姫もユージーンも知らぬ男達。
「っ!?この人達は!?」
「……誰かは分かりませんが…味方でないのは確かです。全員殺気に満ちていますからね」
ユージーンは男達を睨みつけながら蓮姫へと答える。
男達もまた蓮姫とユージーンを鋭い視線で見つめ返していた。
その中の一人…白髪混じりの黒髪をした初老の男が、笑みを浮かべて一歩前へ出る。
「これはこれは。こんな所に長い黒髪の女と…銀色に髪を染めた男とは。ここまで簡単に、しかも早々に相見える事が叶うとは。天は我等のお味方のようだ」
「天が味方かどうかは、お前ら次第だろ。……何者だ?」
ユージーンのその言葉は、蓮姫に敵対する存在なら…ほぼ間違いないだろうが…目の前の男がそれを明言したのなら、容赦しないという警告を含んでいた。
それは初老の男にも伝わったらしく、彼は律儀にもその質問に答えるべく口を開く。
「我等は嘆かわしくも、世間から反乱軍と呼ばれている一族の者。ここまで言えば…我等の目的は明白であろうな?ふざけた髪色をした弐の姫の従者よ」
「この髪を貶されたのは初めてだよ。しかし…反乱軍ってのは随分と暇なんだな。こんな海の底まで姫様を追いかけてくるなんざ……いっそ『反乱軍』から『ストーカー集団』に改名した方がいい。お前らにはその方がお似合いだ」
ユージーンが小馬鹿にしたように告げると、男達から放たれる殺気が一斉に強まった。
それは蓮姫にも伝わり、彼女の体はビクッ!と、ユージーンの腕の中で大きく震える。
目の前の男達の正体が反乱軍ならば、目的は間違いなく弐の姫の蓮姫であり、彼女を殺害すること。
ユージーンの頬にも、タラ…と汗が一筋流れる。
顔は笑っているが、今のユージーンには普段の余裕は無かった。
蓮姫の命を狙う者は、例え相手が反乱軍だろうと、殺し屋だろうと、軍隊だろうと、ユージーンは蓮姫の為に躊躇なく戦い、彼女の為に勝利する。
それが本当に…反乱軍や殺し屋、軍隊……ただの人間ならば、だ。
ユージーンの意識は今……目の前の反乱軍…その中のたった一人……顔中に包帯を巻いた男へと向けられていた。
(……なんなんだよ…あの包帯野郎は。見た目だけじゃねぇ。殺気も…雰囲気も……不気味とか、そういうレベルじゃねぇぞ)
ユージーンは魔法陣から感じていた禍々しい気配の正体が、この包帯野郎だと気づく。
顔の半分以上に巻かれた包帯の隙間から覗く黒と赤の右目は、魔法陣から姿を現した時から…一瞬たりとも瞬きせず、逸らすことなく…蓮姫を見つめ続けていた。
まるで氷のような冷たい視線…冷たい殺気を放つ包帯男は……蓮姫を見つめたまま口を開き、小さく呟く。
その声もまた……氷のように冷たかった。
「あの女が……弐の姫で間違いないんだな?」