海底神殿 9
あの反乱軍の男による自爆攻撃を受けた際、そして今回。
ユージーンは蓮姫を守る為に最善の判断をした。
しかしどちらも、結果として蓮姫を一人にしてしまった。
ユージーンはそっと蓮姫の手を取ると、自分の両手で彼女の手を包み込む。
「ジーン?」
「………お待たせ致しました。もう大丈夫です。今は……俺がいます」
「うん。ジーン……ありがとう」
ユージーンの手に自分の手を重ねると、蓮姫は優しく微笑んだ。
「さっきもね、狼に同じ事言ったんだ。やっぱり…誰かが傍にいる、って安心するね」
「そうですか。…………って、さっきの犬にも言ったんですか?」
「ん?言ったよ?『狼がいてくれて良かった』って」
キョトンとしながら普通に話す蓮姫だったが、そんな彼女に向けてユージーンは深く…それはもう深くため息を吐く。
「はぁ~~~~~~。姫様。そんな事をホイホイ男に言わないで下さい。なんなんですか?口説いてんですか?姫様の男タラシ」
「ちょっと!?変な事言わないでよね!誰彼構わず言ってる訳じゃないし!口説いてもいないから!狼もジーンも信頼してる大事な仲間だから言ったの!」
「あんな駄犬に言う必要なんてありませんよ。勿体ない。ギリ未月は許しますけど、犬には『よし』だけで充分です。犬なんですから」
「だから犬やめなさいってば」
拗ねているユージーンに今度は蓮姫が呆れる始末。
彼のコレはただの嫉妬…ヤキモチだが、蓮姫にはソレがしっかりと伝わらない。
むしろ同じヤキモチでも主人を取られたような…それこそ忠犬のようなヤキモチにしか伝わっていない。
なので、蓮姫はさっさと別の話題に移ることにした。
「それよりジーン。キラ達が一緒じゃないのは、私みたいにジーンだけあの魔法陣で飛ばされたって事?」
「そうです。あの転送魔法陣は特定の人物にしか発動しないタイプ。なので同じ魔法陣の中に入っていた海賊王には反応せず、飛ばされたのは俺だけでした」
「特定の人物にだけ反応する魔法陣、か。ロゼリアの人魚避けと同じなんだね」
「そうです。………姫様、少しあの魔法陣を見ても?」
「うん。構わないよ」
ユージーンは蓮姫の手を引いたまま、自分が立っていた魔法陣へと戻る。
そこで彼は、魔法陣に書かれた古代文字を見つめた。
「………なるほど。次は姫様の方を見てみましょう」
「分かった。あっち」
ユージーンが蓮姫に案内されるまま、彼女がここに来た時に立っていた魔法陣の元へ行き、先程と同じように古代文字を解読する。
ユージーンが転送された魔法陣は蓮姫が転送された魔法陣と、紋様も古代文字も全てが一致していた。
敢えて今回は、解読した古代文字を口には出さず、心の中でのみ読みあげるユージーン。
(やっぱりそうか。…『隠す』…『王族』……『王妃』……『同じ』…だから俺と姫様にだけ反応してここに。………つまりここは…)
「姫様。ちょっとこの部屋明るくしますね」
「うん」
ユージーンは蓮姫が頷くと手元に魔法で出した灯りを頭上…天井近くまで上げ、更に魔力を込めた。
それにより強い光が生まれ、この部屋全体が見渡せる程に明るくなる。
現れた部屋の全貌……いや、この部屋のある部分を見て蓮姫は驚いた。
想像以上の広さでも、壁のレリーフでも、頭上の今にも落ちて壊れそうな錆びたシャンデリアでも、玉座でもない……床に。
「っ!?魔法陣がこんなに!?他にもあったの!?」
蓮姫が驚いた原因……それは床に描かれた魔法陣の数。
ユージーンと蓮姫が転送された物を合わせて、軽く10は超えている。
蓮姫の反応は予想通りであり、またこの魔法陣の数も予想通りだったユージーンは、驚く事もせずに淡々と蓮姫への説明を始めた。
「はい。ここは限られた人間だけが魔法陣で転送される神殿内の隠し部屋。有事の際に要人だけを送る避難所です」
「要人の避難所?……じゃあ…なんで私とジーンはここに?」
「俺達は魔法陣の条件に当てはまったんですよ」
「だから……なんでそれに私達二人が当てはまるの?」
「そうですね。……今は誰もいないですし………いい機会かもしれません」
ユージーンは決意する。
ここで蓮姫に…全て話そうと。
自分の事……自分の家系…過去に自分の身に起こった事……彼や彼女の事を…。
「……姫様」
ユージーンは蓮姫を真っ直ぐ見つめると、ゆっくりとその口を開こうとした。
「…俺は…………っ!?」
だが、彼はその続きを語る事無く、蓮姫を素早く抱き寄せ天井を睨みつける。
「うわっ!?じ、ジーン!どうしたの?」
「…………」
腕の中で慌てる蓮姫には目を向けず、ユージーンは天井から意識を逸らさない。
蓮姫もまたユージーンのように天井を見つめるも……そこには錆びれたシャンデリアと天井があるだけ。
「……姫様。直ぐにここを離れます」
「え?」
「ここは……危険です」
ユージーンは意識を天井からはズラさず、視線だけを床に描かれたいくつもの魔法陣へ移した。
彼が望んだ物は直ぐに見つかり、ユージーンは蓮姫の手を引きながらそちらへと向かう。
「じ、ジーン?」
「別の転送型魔法陣がありますので、それでこの部屋を出ます。質問は後で」
「わ、分かった」
ユージーンの紅い右眼から、自分と繋ぐ手から、緊迫した表情から、焦りのような物を感じた蓮姫は余計な事は口にせず、ただ彼の提案に了承し頷いた。
二人はそれ以上、一言も発する事なく、ユージーンが選んだ、ある転送型魔法陣によってこの部屋から消えていった。
誰もいなくなり、再び暗闇に包まれる広間。
その天井では……ある者が蓮姫とユージーンを…一部始終を見ていた。
「………行ったか。…あの二人……古の王族やその妻の子孫………もしくは同じ存在……異世界からの王位継承者か?」
ポツリと呟いた後、その者は腕に抱えた女性を見つめ、優しく彼女の長い髪を撫でた。
「…もう大丈夫だ。誰かは知らない。興味もないが…奴等は去った。…俺達を邪魔する者は……もういない」
そう彼女に告げる声は、とても優しく……悲しみに満ちていた。
女性は眠っているのか、胸が微かに上下に動くだけで…彼に答える事も、その瞳を開いて彼を見る事もない。
蓮姫は知らない。
あの短剣がかつての持ち主…そして創造主に反応していたことを。
蓮姫だけではない。
誰も知らないのだ。
彼等のことは…今はまだ……誰も知らない…彼等だけの物語。