海底神殿 8
同時刻。
ユージーン達もあの広間を抜け、蓮姫達と同じく神殿の奥へ奥へと進んでいた。
やはり迷路のような神殿の造りに苦戦しつつも、着実に前へ、神殿の奥へと進んで行く。
それでも行き止まりに何度もぶつかった事で、彼等の疲労は不満と共に高まっていた。
それが最初に爆発したのは、この中で一番短気であり、一番幼い少女。
「あ~~~~~っ!もうっ!!なんなのよ!いつになったら姉上と合流出来るの!?それに宝は!?宝は何処よ!?」
「おい。うるせぇぞ、残火。口じゃなくて足を動かせ」
「うるさくしたくもなるでしょ!それに足だってずっと動かしてるわよ!ずっっっとね!海賊王!もっと詳しい地図くらい手に入れてから連れて来なさいよね!!」
ユージーンに叱責されても、残火は怒鳴る事をやめない。
疲れと蓮姫と合流出来ない事でイライラのピークを迎えた残火は、キラにまで八つ当たりをする始末。
そもそも彼等が望んでいたのは蓮姫の想造力と協力だけで、他の者はお呼びでない。
それでもキラが残火達の同行を許したのは、彼女達の宝への好奇心や蓮姫への深い忠誠心を汲んだから。
神殿の危険が未知数だということも、事前にしっかりと説明済み。
それなのに船長に不満をぶつける残火に、海賊達は苛立ちのこもった…または冷ややかな視線を向ける。
しかしキラはそんな残火に対しても怒る事なく、苦笑いを浮かべて彼女に頭を下げた。
「残火ちゃんの言う通りだ。蓮ちゃんと残火ちゃんは俺が守るって約束したのに……全ては船長である俺の責任。巻き込んでしまって…すまない」
「なっ!?す、素直に謝らないでよ!わ、私も言いすぎたわ!ちょっと足痛くなって疲れただけよ!八つ当たりしただけ!だから頭上げてよ!」
素直に頭を下げるキラに対して、誰よりも幼いが故に誰よりも素直な残火は、直ぐに自分の非を認める。
そんな残火に海賊達もまた苛立ちを収め、ユージーンもため息をついた。
「はぁ。話は終わったな。先に進むぞ」
「おいユージーン。残火ちゃんは疲れたって言ってただろ。少し休憩しないか?」
「しない。姫様と合流する事が最優先だ。残火。疲れたんならそこで座ってろ。いつになるか分からんが、迎えには来てやる。いつになるか分からんが」
「二回も言わないでよ!!行くわよ!もうっ!……って、未月?何しゃがんでんの?アンタも疲れたの?」
何故か残火の前に背を向けてしゃがみこむ未月。
彼の不思議な行動に全員が首を傾げていると、未月は口を開く。
「…残火疲れてる。…なら俺…残火おんぶする」
「ふひゃっ!?な、なななななんでそうなるのよ!!?いいから!そんな気にしないでいいから!女の子扱いとか!しなくていいからぁ!」
未月の突然の申し出に、顔を真っ赤にさせる残火。
しかしあのコサゲ村の時と同様、未月が次に放った言葉は、残火の予想を超えていた。
「…残火が前に…俺に言った。…子供を助けたら…母さん喜ぶ…って。…だから俺…残火助ける。…俺より子供だから」
未月の発言にしばし固まる一同。
固まってはいるが、何人かはニヤニヤしているし笑いを堪えている。
そして残火がこの中で一番素直で子供なら、星牙はこの中で一番空気の読めない奴だった。
「おっ!未月いい事言うな!そうだよな!子供には優しくしてやらないとだよな!じゃあ未月!残火は俺がおぶってやるぜ!俺は未月より一個上だし!残火は俺達より子供だもんな!」
「うん。…子供の残火…俺助ける」
「子供子供うっさいのよぉおお!」
残火の叫びにゲラゲラと笑い出す一同。
残火が悪くした空気は、残火によって緩和される事となった。
それでもここでいつまでも和んでいる訳にはいかない。
「おい、お前ら。そんなに茶番したいなら全員ここにいろ。俺は先に行く」
「ま、待ちなさいよ!私も行くから!ちょっと!あんたさっさと立ってよ!邪魔っ!」
ユージーンが一人でスタスタと先に進もうとすると、残火は慌ててその後を追おうとする。
その時、壁に近い位置にいた星牙をドンッ!と押しやった。
「えっ!う、うわっ!?」
立とうとした時に残火から強く押された事でバランスを崩した星牙は、ブンブンと腕を振りその場でグラグラと体が揺れる。
結局は近くの壁にぶつかり倒れてしまったが……星牙が体重を掛けた瞬間、その壁に描かれたレリーフの一部が壁の中に押し込まれる。
王冠を掲げる男のレリーフ……その王冠部分だけがカチッ!という音と共に壁の中へ消えた直後、星牙から見て正面の壁が一部、ゴゴゴゴゴ…とせり上がっていく。
「な、なんだ!?」
「罠じゃないか!?逃げろっ!」
「ちょっと星牙!何してんのよ!?このバカっ!」
「お、俺のせいか!?コレも俺のせいなのか!?」
慌てふためく海賊達と残火と星牙。
しかし、それ以上の変化は何も起こらなかった。
キラはゆっくりと、そして慎重に、壁が上がった事で現れた空洞の前へ近づく。
「これは………隠し部屋?下にあるのは……魔法陣か?」
「キラっ!下手に近づくな!」
「大丈夫だガイ。少し中を見るだけだ」
キラが隠し部屋に入ると、キラが言う通り床には魔法陣が描かれていた。
この場にいる者達は知らないが……コレは蓮姫が見たものと全く同じ魔法陣。
「…なんで隠し部屋に魔法陣なんか………っ!?おいユージーン!来てくれ!魔法陣に古代文字が書かれてる!」
「そりゃ書かれてるだろうよ。神殿が造られたのも、地図が書かれたのも古代文字が使われた時代だからな。魔法陣も当時のものだろ」
嫌味を言いつつもユージーンはキラに続き、部屋の外から魔法陣を眺める。
「コレは………転送型の魔法陣だな」
そう呟くとユージーンはチラリとキラの足元を見る。
本当に端…円の隅っこだが、キラはこの転送型魔法陣を踏んでいた。
(魔法陣を踏んでるのに奴は転送されてない。この魔法陣…もう効果切れてんのか?古代文字は………奥のアレか)
ユージーンも隠し部屋に入り、灯りを頼りに魔法陣に書かれた古代文字を見つめる。
(………『偉大』…『竜王』……また竜王族か?奥のアレは……クソ。暗いし掠れてるし……読みにくいな)
ユージーンは一番奥に書かれた古代文字を読もうと、魔法陣に足を踏み入れる。
魔法陣を踏んでいるキラが転送されないのなら、自分とて問題無いという安直な考えの元で。
だがユージーンが魔法陣に入ったその瞬間、蓮姫と同じ現象が…魔法陣から青白い電光が放たれるという現象が起きた。
コレが何を意味するのか、ユージーンは知っている。
「っ、発動した!?キラ!離れろ!」
ユージーンはキラをドンッ!と部屋の外へ押し出す。
そして魔法陣に書かれた古代文字へ再び視線を向けた。
光に包まれた事で、先程は読めなかった古代文字が彼の目にハッキリと映る。
(『王族』?……そうか!コレもロゼリアの人魚避けと同じタイプ!)
『王族』という古代文字を読んだ事で、この魔法陣が何故急に発動したのかを瞬時に理解したユージーン。
しかしそんな理解は遅すぎた。
ユージーンも蓮姫と同様に、魔法陣によってこの場から消えてしまったのだから。
そして場面は、数分前の蓮姫へと戻る。
「っ、狼っ!?……………え?」
火狼へと手を伸ばしていた蓮姫は、視線の先に広がる暗闇に困惑した。
辺りは真っ暗で……人の気配は無い。
「ろ、狼?……狼~~~?………いない?」
つい数秒前には目の前にいた火狼を呼ぶ蓮姫だが、彼からの返事は返ってこない。
むしろ自分の声が響いて返ってきた。
「あ、灯り!灯り付けないと!」
溢れる不安の元、魔法で今までよりも大きな灯りを付ける蓮姫だったが、光に照らされた場には誰もおらず、光の届かない先は闇だけの空間。
「………ここ…何処?……なんで私はこんな所に……あっ」
キョロキョロと辺りを見回しながら、足元にも視線を向ける蓮姫。
彼女の視線の先である床には、魔法陣が描かれていた。
「こんな所にも魔法陣?……魔法陣なんてロゼリアでしか………っ、そうだ!ロゼリアの魔法陣!」
魔法陣により飛ばされる前と同じ思考に至った蓮姫は、あの時途中まで考えていた事の先を思い出す。
蓮姫がこの世界で魔法陣を見たのは、ここ以外にもう一箇所。
紅き国ロゼリア。
ロゼリアでは人魚病の騒動に首を突っ込み、見事事件解決へと導いた蓮姫。
その際、彼女はユージーンと共にロゼリアの城で、人魚避けの魔法陣を見た事がある。
見ただけでなく、その上も通ったが…あの時も先程の火狼のように何も起こらなかった。
「確か……ジーンはあの時の魔法陣『人魚にしか反応しない』って言ってた。もしかして……さっきのも…特定の人物にしか反応しない魔法陣だったの?」
ここに飛ばされたのは蓮姫だけで火狼はいない。
先に魔法陣を踏んでいた火狼には何も反応せず、蓮姫が足を踏み切れた瞬間、あの魔法陣は発動した。
「狼には反応しないで……私には反応した?……私が姫だから?もしくは……女にしか反応しないとか?」
自分だけに反応し、自分だけが別の所へ飛ばされたのは分かる。
しかし結果が分かっても理由は分からない。
考えた所で答えなど出ない。
「そうだ!狼!ねぇ狼!聞こえる!?ジーン!キラ!……ダメだ。やっぱり誰にも繋がらない。この神殿にはまだ別の結界が張られてるのかな?」
ガックリと肩を落としながら、チラチラと周りを見る蓮姫。
何処を見ても誰もいないし、何もいない。
「…誰も……いない…よね?…誰かいてほしいけど……おばけは出てこないでね。お願いだから」
暗闇だけの広い空間に響くのは自分の声のみ。
蓮姫の不安と恐怖は更に煽られる。
そして……寂しさも増していくだけ。
「……今度は…本当に……一人ぼっちになっちゃった。……誰も…いないんだね」
ポツリと呟いた本音と現実。
自分で言葉にしたというのに、その言葉が自分を更に追い詰め、蓮姫の目尻にはじわりと涙が浮かんだ。
「…………寂しい。…誰か………ジーン…」
胸に手を当ててギュッと握りしめながら、泣きそうな声でユージーンの名を紡ぐ蓮姫。
その直後。
バリッ!バリバリバリッ!
蓮姫から左側…数メートル先にあの青白い電光が現れる。
「っ!!?今度は何!?」
激しい光と爆風に、灯りを付けていない方の腕で顔を覆う蓮姫。
それでも光を見つめていると、そこには人影が現れた。
光に邪魔をされ、ハッキリとその人物の顔は見えない。
しかし蓮姫は、その人影の正体が長く時間を共にした彼の姿だと確信した。
「あれは!!」
「クソッ!しくった!」
光の中から聞こえる声。
蓮姫がその声を他の誰かと間違えるはずもない。
「ジーン!?」
「っ、姫様!?」
光から現れたのは、蓮姫が最も信頼する従者…ユージーン。
二人はすぐさま相手へと駆け出した。
「ジーン!どうしてここに!?」
「それはこちらの台詞ですよ!何故姫様がここに!?火狼は!?」
「狼は一緒じゃないの。私だけこの部屋に連れてこられたみたいで」
「姫様も?………そうか。姫様もあの転送型魔法陣で飛ばされたんですね」
ユージーンは蓮姫の後方にある魔法陣を見つめ、彼女の身に何が起こったのか理解した。
「私も……ってことは、ジーンも?」
「そうです。だから…奴と一緒じゃないんですね。………はぁ」
ユージーンは呆れたように深いため息を吐く。
ソレは蓮姫に向けたモノではなく、別の者へと向けて吐かれたため息。
「満足に姫様のお守りも出来ないなんざ…やっぱり犬だな」
「ちょっと。お守りとか言うのやめてよ。それにせっかくだから、今後は狼をちゃんと名前で呼んであげたら?」
「いいえ。アイツには犬で充分です。もう呼びません。今決めました」
「なんでそう変なとこ頑固かな」
「頑固な主様に似たんですよ」
「え~?それは違うでしょ?もう…ジーンったら……ふふっ」
何故か急に笑いだした蓮姫。
そんな彼女をユージーンは不思議そうに見つめる。
「…ごめんね。笑っちゃって。でも……ジーンが来てくれて…なんか安心しちゃって」
笑顔で話しているのに、潤んでいる蓮姫の瞳。
それにより、ユージーンは彼女の心情を…自分がまた犯した過ちを悟った。
(…………そうか。……俺はまた…姫様を守るつもりが……姫様を一人ぼっちにさせたんだ)