海底神殿 5
「な、なんだ!?」
「地震か!?海底火山でも噴火したか!?」
「ど、どうすんだよ!こんなとこで!!」
「落ち着けお前ら!とりあえず全員奥へ走れ!!蓮ちゃん達も!早くっ!!」
慌てふためく海賊達を一喝しつつ、キラは全員を神殿の奥へと促した。
キラの掛け声と共に全員が一斉に回廊を全速力で駆け抜ける。
その先はまるで迷路のように、いくつもの道が枝分かれしていたが、地震の影響もあり立ち止まる余裕もない。
しかも慌てていたせいで、何人かは灯りの魔法が消えてしまっていた。
先頭を走る海賊団の一人に続くように、傍の人間を見失わないように、蓮姫達はがむしゃらに前へ前へと走り続けるしかなかった。
やがて振動が収まった頃……蓮姫達は広めの部屋へと辿り着く。
「はぁっ、はぁっ……………収まったか?……魔法使える奴は灯りつけろ。全員いるか確認する」
キラの言葉にそれぞれが魔法で灯りをつけると、魔法を使えない近くにいる者も含め全員の顔が浮かび上がった。
副船長でもあるガイは一人づつ指を差しながら、数を数え始める。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……………………と、全員いるな。俺らも嬢ちゃん達も」
「はい、ガイさん。皆揃ってて良かった」
「嬢ちゃんの言う通りだな。一人もはぐれなかったのは不幸中の幸いだぜ。ったく、こんな形で奥に進むとはね…」
「仕方ないだろ、ガイ。あの場合、来た水路を戻る方が危険だ」
全員が無事に揃っている事と揺れが収まった事に安堵したのか、何人かはキラの話を聞きつつもその場に座り込む。
星牙もその一人だった。
「はぁ~~~……いきなり地震とかビビった~。蓮、大丈…っ、蓮っ!下がれっ!!」
「っ!!?」
星牙が蓮姫へと振り返った際、蓮姫の真後ろには彼女の出した魔法の明かりに照らされ、大口を開く魔物の姿が闇の中に浮かんでいた。
必死の形相で叫ぶ星牙の声に、蓮姫も、他の者も全員が武器や魔法を構える。
だが、蓮姫の後ろに見える魔物はピクリとも動かず、口も開いたまま。
いち早くその異変……いや、魔物の正体に気づいた火狼は、星牙に向けて呆れたようにため息を吐く。
「はぁ~…………ファング。よく見ろよ。アレは壁に掘られた絵。ただのレリーフだぜ?」
「え!?そ、それマジ…………っ、マジだ!動いてねぇ!」
「気づけよ。ったく、はいは~い。皆さん、安心して~。変な気配も感じないし、ここは安全よ~。多分だけどね」
火狼の言葉通り、蓮姫の後ろにあったのは恐ろしい形相で口を大きく開けた魔物のレリーフ。
その正体が分かると、今までの疲れがどっと出たのか、何人かは肩を落とした。
蓮姫は魔法の灯りをつけたまま、壁に近寄る。
「………凄いリアル。今にも食べられそう」
まじまじと魔物のレリーフを見つめる蓮姫に、ユージーンは船で告げた注意点を再度口にした。
「姫様。こういう場所はどんなトラップが仕掛けられているか分かりません。不用意に触らないで下さい」
「分かってるよ。見るだけ。でも………コレ凄い。色んなレリーフが壁に刻まれてる。魔物も……人や小さな鳥…花まで。もしかして…この部屋全部の壁に?」
蓮姫が横に移動したり、腕を左右上下に動かすと、灯りに照らされて様々な生き物のレリーフが浮かび上がった。
ソレに興味を持ったのか、全員がバラバラに移動し、自身の灯りで壁を照らし出す。
「うわっ!こっちのは人ばっかだぜ」
「こっちは見た事ねえ魔獣だな。大昔に絶滅した奴か?」
「なんだこの部屋?」
全員が興味深げに壁のレリーフを眺める中、ユージーンは足元に意識を向けていた。
(……床には古代文字が刻まれてんな。読めるのは………『始まり』…『残す』…『王』と……『友』…『偉大』…これは……『功績』?)
床の古代文字を照らしながら、ユージーンはフラフラと文字の刻まれた場所を探しつつ歩いた。
いかに彼とて全ての古代文字は読めない。
なので、読める文字を探しながらジグザグに…それでも前方へと足を進める。
(……奥にもまだ何か書いて…………っと、危ねぇ。もうここは壁か……っ!!?)
壁にぶつかる前に、顔ごと視線を上げるユージーン。
その頭上に刻まれた竜のレリーフを見て……彼はその場に固まる。
真っ黒な体躯に、同じく黒い手足と翼。
しかし瞳の部分だけは金が埋め込まれている。
その竜は……幼い頃から彼が好み、何度も文献を読み漁った……かつてこの世界で最強の種族。
「…………竜王族?…じゃあ……王と友ってのは…」
ユージーンがそう呟いた瞬間……先程よりも大きく激しい揺れが、蓮姫達を襲う。
「クソっ!また地震かよ!?」
「さ、さっきよりデケェ!!」
「おい!壁が!天井まで崩れてきてんぞ!」
激しい揺れにより、天井や壁にはヒビが入り、パラパラと石の欠片が落ちる。
揺れは先程の比ではなく、蓮姫は立っていられずに、その場に尻もちをついた。
「キャッ!!」
蓮姫が倒れるように座り込んだその時……天井には大きなヒビが入り、蓮姫の頭上から大きな石の塊が落ちてくる。
ソレに誰よりも早く反応し、行動したのは……蓮姫の一番近くにいた彼女の従者の一人だった。
「危ねぇ!姫さんっ!!」
火狼は走った勢いのまま蓮姫を抱きしめ、彼女ごと前方へと飛ぶように転げる。
その直後、蓮姫が居たはずの場所には、大きな石の塊が次々と落ちてきた。
落ちてきた石塊は壁のように積み上がり……蓮姫と火狼の二人と、その他の人間を完全に遮断してしまった。
「っ!?狼っ!?大丈夫!?」
蓮姫は自分を守る為、共に転がった火狼へ叫ぶ。
彼への心配と、自分を庇った事で彼が怪我をしていないか、という不安が彼女の心に満ちた。
火狼は少し腕の力を弱めると、顔を下げて自分の胸元にある蓮姫の目と視線を合わせる。
「いてて……俺はダイジョブよ、姫さん。あ、そうだ。だいじょばなかったら今度こそキスしてくれる?」
「良かった。今度も大丈夫だね」
「うん。またスルーなのね。知ってた。で、俺よりも姫さんは?だいぶ転がったし、どっか痛いとことか、怪我とかしてね?」
「私も大丈夫だよ。狼のおかげで」
「姫様っ!!」
自分と同じように心配してくれる火狼に蓮姫が答えていると、土砂の向こうからユージーンの叫ぶ声が聞こえてきた。
火狼が蓮姫から手を離し彼女を完全に解放すると、二人は一緒に立ち上がり土砂が積み上がって壁のようになった瓦礫の塊へと駆け、ユージーンへと叫ぶ。
「ジーン!私達は大丈夫!そっちは!?」
「旦那!姫さんならマジで大丈夫だ!怪我もしてねぇよ!」
土砂の向こう側から聞こえる蓮姫と火狼の声に、ユージーンは安心したようにホッと息を吐く。
そして蓮姫と火狼の無事を心配し、二人の声に安心したのはユージーンだけではなかった。
「蓮ちゃん!無事なんだな!」
「姉上!良かった!!」
「母さん!」
キラも残火も未月も、声を揃えて蓮姫の無事を喜ぶ。
ただもう一人の無事を喜ぶ声が全く聞こえなかったので、当の本人は気の抜けたような声を出した。
「お~い。俺はどうでもいいんか~い」
「火狼!あんたも無事で良かったぜ!」
「おっ!ファング~。お前はホントに良い子だね。お兄さん涙出ちゃうわ」
「二人とも待ってろよ!直ぐにこんな岩!退かしてやるからな!」
火狼と言葉を交わした後、星牙は積み重なった瓦礫を退かそうと手を伸ばす。
しかしキラは星牙の手を掴み、それを止めた。
「やめろ!下手に崩れたらかえって危険だ!ユージーン!昨日みたいに空間転移しろ!そうやって合流した方が早いし安全だ!」
「……出来るならとっくにやってる。今は無理だ。空間転移は行った事のある場所に行ける魔法。俺は姫様と犬が転がってったそっちには行ってない。空間転移は使えない」
火狼と蓮姫が上手く逃げれた瓦礫の向こう側。
この部屋に入った後は全員がバラバラに動いており、ユージーンは前方にしか歩いていない。
火狼がすかさず蓮姫と共に逃げた先は、ユージーンが歩いた先とは別の方向。
瓦礫を隔てた向こう側……会話ができる程にすぐ近くだというのに、蓮姫達のいるそこは、空間転移を発動するには対象外だった。
そしてユージーン以外に空間転移という高度な魔法が使えるのは、この場では蓮姫のみ。
ユージーンが蓮姫の元へ来れないのなら、蓮姫自身が火狼を連れて仲間達の元に戻るしかない。
「じゃあ、私が空間転移でそっちに」
その方法を試そうと声を出したその時。
また新たなトラブルが発生する。
「船長!!後ろから魔物だ!」
「クソっ!どうしてこう次から次へと!」
キラやユージーン達のいる方には、様々な入口から鱗や水かき、背ビレのある水棲の魔物が出てきた。
彼等のいる方は多くの魔物と戦闘となる。
魔物の数は多く、倒しても倒しても入口や横穴から湧いてくる為、戦闘はあちこちで起こった。
これでは蓮姫が現れた瞬間、彼女もまた戦闘に巻き込まれる危険性が出てくる。
最悪、魔物か仲間によって攻撃を受ける可能性もあるだろう。
そう判断したユージーンは、瓦礫の向こうの蓮姫へと叫んだ。
「姫様!空間転移は使わないで下さい!今ここに来た方が危険だ!」
「でもジーン!」
「俺達は大丈夫です!数が多いだけで、魔物自体は弱い奴ばかり!そっちに魔物は来てませんか!?」
「こっちは大丈夫だぜ旦那!狭いし魔物も来てねぇ!」
「犬!そっちにも横穴や出入り口みたいな場所は無いか!?こっちはそういう所から魔物がうじゃうじゃ出てる!気をつけろ!姫様もです!穴には近づかないで下さい!」
「穴って……」
「あ、姫さん。アレじゃね?あそこも崩れたせいで、人間一人くらいしか通れなくなってるわ」
火狼が指さした方を蓮姫が見ると、確かに半分以上土砂で塞がれた横穴のようなものがある。
「こっちは穴が一個あるだけ!そこも一人づつしか通れないくらい狭いよ!」
「なんだと!じゃあ嬢ちゃん達はそっちから行け!」
「は!?お前何を勝手に!?いいえ姫様!姫様はもう船へ戻って下さい!俺達もこいつら倒したら船に戻りますから!」
ガイの叫びに反抗するように、魔物を倒しながら告げるユージーン。
しかしガイは構わず蓮姫に叫び続けた。
「俺達は戻れねぇ!長年望んだ宝がやっと手に入るんだ!それさえあれば…リヴも…キラも……っ、俺達には仲間の為にも宝が必要なんだ!絶対に手に入れなきゃなんねぇ!その為には嬢ちゃんの力がいる!だから先に進んでくれ!こん中が迷路みたいになってんなら絶対に何処かで繋がる!合流出来る!頼む!嬢ちゃん!俺達に力を貸してくれ!」
「………ガイ。…お前…」
「……ガイさん」
ガイの渾身の叫びに心打たれたのは船長キラと蓮姫。
そして意外な……もう一人の人物。
「クソっ!オイ!火狼っ!!」
「っ!?……旦那?」
ユージーンは壁の向こう……火狼に向けて声を放つ。
いつもの『犬』呼びではなく、彼の名前を。