未来へと 2
「……そ……れは…」
「リックを助けられなかった。弐の姫のせいでリックは死んだ。弐の姫なんて誰も望んでない。それなら死んだ方がマシ。……違う?」
「………………」
「リックが死んだ時は、正直そこまで考えなかった。でも、そんな想いが心の奥にあったからこそ、私は生きることを拒絶した」
自分の身に起きた事とは思えない程、未来の蓮姫は淡々と喋る。
いっそ今の彼女の方が感情が無いのでは、と感じる程に。
「でも、お前が死のうが壊れようが、今のままじゃ何も変わらない。反乱軍も、絶対的女王制度も、庶民が苦しむ事も。幸か不幸か私には力がある。弐の姫としての想造力が。次期女王になる権利だってある。女王陛下と同じで、温室で大事にされてる壱の姫には世の中の情勢なんてわかるはずない。そんな奴に任せるよりは、自分が女王になった方が何倍もマシ」
ふぅ、と溜息を吐くと、未来の蓮姫は過去の自分にハッキリとした口調で告げる。
「私は女王になる。リックが信じてくれた私を、信じるべき王に相応しいと周りに知らしめる為に。リックのように手遅れになる命を防ぐ為に。……お前はどう?」
未来の自分に問掛けられ、蓮姫の心臓は激しく鼓動を打つ。
「……私は………私はっ!」
ぐぅうううぅぅ~
蓮姫が自分の思のたけを叫ぼうとしたその瞬間。
蓮姫の言葉を遮るように、この場には似つかわしくない音が部屋中に響いた。
「あ、あはははは。ごめん、お腹空いてた」
「はぁ……わかってた事なんだけど……流石に呆れる」
未来の蓮姫は額に片手を当てると、ガックリと項垂れた。
「え、えと……なんかごめん」
「………別にいい。私もしたから」
未来の蓮姫は苦笑したかと思うと、ギロッと後ろを睨む。
蓮姫(現在)も目線の先を見るが、そこは月灯りによって影が作られているだけで、何も無い。
「???どうしたの?」
「…なんでもない。今のお前は気にしなくていいことだから。それより、はい」
「何?………カンパン?」
未来の蓮姫が、ポケットから取り出したのは、1つのカンパンだった。
(コレ食べろって事?でも…お腹空いてるのわかってたなら、もっとちゃんとしたの持って来てくれたら良かったのに…)
蓮姫(現在)はカンパンを受け取りながら、心の中でのみ未来の自分に悪態をつく。
彼女じゃなくても、そう思ったに違いない。
「言っとくけど、それが不満な事くらいわかるから。私も思ったし」
「え?……あぁ、そりゃそうだよね。だったら、せめておにぎりとか、サンドイッチが良かった」
「ハッキリ言われるとムカつく。自分だから余計に」
そんな事を言われても、蓮姫(現在)にはどうしようもない。
怒られようが呆られようが、自分の行動は、目の前の彼女が確実にした行動だからだ。
「いい?今のお前はカンパン1個で充分なの。理由は後でわかる。まぁ、そのカンパンもチョット特殊でね……1時間は満腹でいられる。わかった?」
「わかったけど……わからない」
「今はまだわからなくていい。後々わかってくるから。そもそも、お前は私が来るまで一週間、飲まず食わずに加えて不眠だった。それでもお前は元気だから問題ない。今は空腹を感じているけど」
「そういえば………なんで?」
今まで普通に会話をしていたが、一週間も飲まず食わずで、睡眠も一切とっていない人間がこの様に振る舞える訳がない。
常人ならとっくに心身に異常を起こすか、最悪発狂しているだろう。
だというのに、蓮姫は空腹を感じただけで、特に身体に違和感等感じない。
元々この一週間の蓮姫は抜け殻の様で、ある意味心は崩壊仕掛けていた。
それでも………何故?
「最初にユリウスとチェーザレが教えてくれたでしょ。女王や姫、想造世界の人間は寿命が長く、生命力も高い」
「うん。陛下も500過ぎてるもんね」
「だから、空腹や眠気を感じても、一週間くらいじゃ死なない。お前を起こした時に少し細工をしたから、眠気くらいならまだ大丈夫」
「空腹も……あむっ…抑えてくれれば良かったのに」
蓮姫はカンパンを口に放りながら呟く。
その言葉が気に触ったのか、未来の蓮姫は眉間に皺を寄せた。
「想造力は生命力を削って使う。大きいものならそれなりの、ね。私はタイムスリップした上に、お前を起こしたの。眠気も抑えて、声も出してやって。……元の時間に戻ったら、私は確実にぶっ倒れる」
「あ……ごめん」
「別にいいよ。未来でお前も同じことをするからね。……さて、そろそろ本題に移るよ」
未来の自分の真剣な表情と声色に、蓮姫も姿勢を正した。
ベッドに腰掛けながら向かい合う二人は、双子……いや、服こそ違うが鏡に映っているようだ。
「初めに言う。この王都でヴァルは探せない。ユリウスとチェーザレは論外。飛龍大将軍はヴァルじゃないけど、既に陛下のもの。それに、今の王都は壱の姫派の人間ばかり。弐の姫のヴァルになりたい人なんて…一人も居ない」
それは今の蓮姫も薄々勘づいていた。
壱の姫と弐の姫が王位を争うとはいえ、この世界に来たその瞬間から、蓮姫は疎まれている。
むしろお呼びでない存在だ。
壱の姫に女王となってほしい人間は、腐るほどいるだろう。
それは、弐の姫にはさっさと想造世界に帰ってほしいと望む人間の数だ。
特に王都では、ほとんどの貴族達が壱の姫を支持している。
その影響は貴族嫌いの、庶民たちにも影響していた。
「確かに……王都の貴族や軍の人達は、私のヴァルなんてなりたくないよね」
「むしろ彼等は壱の姫のヴァルになりたいと思ってる。サフィール殿を見たでしょ?女王のヴァルというだけで、貴族も口を出せず、宰相の地位にも着いた。ヴァルは女王、もしくは姫の次に敬われる存在だから」
「女王になるのは壱の姫。だからヴァルになるなら、壱の姫のヴァルじゃなきゃ意味が無い…って事?」
「そういうこと。王都ではそんな考えの人ばかり。なら、お前はどうするべき?」
問掛けられ、ずっと考えていた言葉を告げる蓮姫。
それは未来の自分が現れる前…………もう大分前から考えていた事でもある。
「王都を出ろって事だよね」
「そう。お前が……私が欲しいと望む奴がいるのは、王都の中にはいない。こんな所にいつまでも燻ぶってたところで、何も得られない。それなら、王都を出て探すべき」
「貴女は………もう手に入れたんだよ…ね?」
探るように、期待を込めて問い掛けるが、欲しい答えは返ってこない。
「ソレに関してはノーコメント。ヴァルが今の私にいるか?いるとしたらどんな奴か?何人いるのか?結果が何にしろ、先を知ってしまえば人間は怠ってしまう」
確かに。
未来に自分のヴァルがいるのなら、いつかは見つかると、必死に探したりしないだろう。
いないと聞いても、どうせ無駄だと最初から探そうとしない。
「未来がどうとか、今は考えなくていい。ただやるべき事…やりたい事を全力でやって」
そう告げると、未来の蓮姫はベッドから立ち上がり、先程見ていた暗がりへと体の向きを変える。
「いい?出るのは今夜。レオにもユリウス達にも、このまま何も告げないで。先ずは城へ行って、陛下にだけ全てを伝えるの。王都を出るには、陛下の許可が居るから。王都を出たら…北へ向かって。王都には戻らず、外の世界を知って」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!もう行く気!?」
「当たり前でしょ。言いたい事は言った。もう過去に留まる必要も無い。もう一度言うよ。今夜、陛下にのみ、全てを伝えたら、王都を出る。王都を出たら、北へ向かって。自分のヴァルを探すの。この世界を…知って」
重要な事だと、一言一言、区切りながら、強い口調でハッキリと伝える未来の蓮姫。
その言葉に現在の蓮姫も、覚悟を決めるべきだと言う事と、未来の自分は本気でこのまま未来へと帰る事を悟る。
「この公爵邸の人間は、あと2時間は起きない様にしておくし、部外者が来ないよう、邸の周りには結界もはっておくから。いいね。私が消えたら、直ぐに行動して」
そう告げると、未来の蓮姫は振り返ること無く、闇へと消えていった。
一人になった蓮姫は、目を閉じ大きく深呼吸をする。
「よし。行こう」
口から出た言葉は、自分でも驚くほど冷静な声だった。
蓮姫は立ち上がり、扉に手を掛ける。
部屋を出て、公爵邸を後にし、城へと向かう間。
未来の自分のように、蓮姫は誰とも会わず、振り返る事もしなかった。