海底神殿 2
ブラウナードとギルディスト……二つの国の企みも、動向も知らない蓮姫一行とキラ含む海賊達。
彼女達は当初の予定通り、朝になるとシャングリラから船を出し、目的の海底神殿へと向かっていた。
「おーい!嬢ちゃん達ー!もう出てきていいぞー!」
「ありがとうございます。残火、ノア、行こう」
扉の外から自分達を呼ぶ声に応えると、蓮姫は残火とノアールを連れて船室から甲板へと出る。
甲板には蓮姫の他の仲間達と海賊達が待っており、船の周りには穏やかな海面と澄みきった青空が広がっていた。
「荒れた海域はもう抜けたんだね。皆、大丈夫だった?怪我とかしてない?」
「大丈夫よ~。でっかい波がバッシャンバッシャン入ってきてずぶ濡れにはなったけどさ、こんだけ天気いいし直ぐ乾くっしょ。姫さん達も船酔いしてない?めっちゃ揺れてたし」
「私達も大丈夫だよ、狼。キラ、今手伝えなかった代わりに、神殿では私もしっかり役に立つからね」
「ありがとう、蓮ちゃん。でも蓮ちゃんが今ので気負う必要はない。こういうのは俺達男の仕事だからな。何より約束したろ?俺は女の子を絶対に危険な目には合わせない、って」
キラは荒れた海域に近づくと、昨日と同じく蓮姫と残火を直ぐに船室へと案内した。
ユージーン達男の従者は甲板に残らせ、帆をたたんだり、積荷を守らせてはいたが。
全員、火狼の言う通りずぶ濡れだ。
暴風雨に加え波が高くうねり、甲板にもその波が何度も入ったのだろう。
確かに蓮姫や残火がいては、手伝いどころか、ろくに立つことも出来ず転んでいたかもしれない。
ちなみに昨日船酔いでダウンしていた星牙は、船に乗る前にしっかりと蓮姫による想造力で酔わないよう対策済みだ。
「海底神殿まではもう少しかかる。蓮姫ちゃん達はそれまで、この雄大な海でも眺めててくれ」
「わかった」
キラがそう発言すると、海賊達はそれぞれ持ち場に戻る。
その際、何人もが「期待してんぞ!嬢ちゃん」「弐の姫様が味方なんて逞しいぜ!」「嬢ちゃんと船長がいれば俺達無敵だな!」と気さくに声を掛け、時にはバンバン!と肩を叩いてきた。
キラ同様、彼等もまた弐の姫である蓮姫を認めてくれている証拠だ。
その海賊達の反応を蓮姫も嬉しそうに笑って答えていた。
そんな蓮姫を見て火狼は口を開く。
「いや~。ギルディストに連れてかれて、しかも海賊王討伐とか頼まれてどうなる事かと思ったけどさ。なんか結果的にブラウナード行くより良かった気がしてきたわ。だって女帝様も海賊王もめっちゃ姫さんのこと気に入ってるしね。ブラウナードじゃ弐の姫であること隠さなきゃだったと思うし」
「ブラウナード……か」
火狼の言葉に蓮姫はまだ見ぬ中立国について思いを馳せる。
元々は海に出るどころかギルディストにも寄る予定はなく、大和から徒歩でブラウナードに行く予定だった蓮姫一行。
それはブラウナードが比較的安全だと、この狼が蓮姫に話した事も原因の一つ。
だが蓮姫は、キラ達から聞いた話でブラウナードへの印象が既に変わっていた。
「ねぇ、狼。前にブラウナードは安全って言ってなかった?」
「ん?言ったっけ?覚えてねぇけど……でもソレ嘘じゃないよ。ブラウナードって国は比較的安全だからね」
自分の発言はろくに覚えていないようだが、その意見は間違っていないと主張する火狼。
その言葉が更に蓮姫を困惑させるものだと知っている火狼は、言葉を続けた。
「姫さんが気になってんのはやっぱ……奴隷制度のこと?」
「うん。奴隷を……それもあんなに酷い扱いをしてる国なんて。狼を疑うつもりじゃないけど……やっぱり安全な国とは私には思えなくて」
「姫さんの言いたい事は分かるよ。でもブラウナードって奴隷制度以外は問題ない国なんよ。比較的安全な国。酷い扱い受けてるのは奴隷だけ。王族や貴族は勿論だけど、一般の国民も普通に暮らしてる。行商人とか旅人、それこそ四大ギルドもちょいちょい世話にはなってるからね」
「朱雀も?」
「おっと。朱雀のお仕事に関しては詳しく言えねぇけどさ、白虎も青龍も玄武も正式に依頼受けてブラウナードに入れる。俺達朱雀は身分隠したり旅人に紛れて入る事もあるけど、皆普通に帰って来てるぜ。ブラウナード国内で襲われたって報告も無し」
「だから……比較的安全?」
「そう。姫さんも感じてるだろうけど……もし奴隷になりゃ地獄さ。でも奴隷じゃない奴等には関係ない。普通の生活が出来てる普通の国。だから比較的安全」
つまり『奴隷にならない者達には、ただの普通の国であり安全に暮らせる国』という意味だ。
火狼の説明は理解出来た蓮姫だったが、その考えに納得した訳では無い。
火狼を『非情だ』『無情だ』と責める事は出来るが……それをしたところで何の意味も持たないと知っているからだ。
そんな蓮姫の心情を読み取ったのか、火狼は苦笑いを浮かべる。
「でもさ。姫さんが奴隷制度反対なら、俺も反対。あんなん見ちゃったしね。何より、俺だって残火や仲間が奴隷にされるのは嫌だし。関係ない……って考えてた自分が…正直恥ずかしいわ」
バツが悪そうに話す火狼に、蓮姫は一度キョトンとしてから…ゆっくりと微笑んだ。
蓮姫は火狼の気持ちの変化が嬉しかったからだ。
「ありがとう、狼。」
「ううん。俺の方こそあんがと。姫さんのおかげでさ、姫さんと旅しててさ、俺たっくさん色んな事に気づけたよ。弐の姫はめちゃくちゃいい女だ、とかさ。俺マジで姫さんの従者になれて良かったわ」
そう語る火狼は、ニカッと満面の笑みを浮かべていた。
蓮姫もまた素直にその言葉と、彼の笑顔を受け入れている。
かつて自分の命を狙っていた火狼は、今や蓮姫にとって……かけがえのない…大切な従者の一人だから。
お互い熱い眼差しを交わし、傍から見れば何やら良いムードの蓮姫と火狼だったが、そんな二人にユージーンはいつも通り水を差す。
「姫様、犬の薄っぺらい言葉に感動する価値はありませんよ。どうせいつもみたいに適当こいてるだけです」
「ぶ~、適当じゃないも~ん。そんな言い方なくな~い?」
「なくない」
「んもぅっ!姫さ~ん!旦那ったら酷いのよ!俺ばっかいじめてさ~!姫さんも旦那叱ってよ~」
「ぷっ。はいはい。じゃれないじゃれない」
もはや定例になりつつあるユージーンの難癖と火狼のやりとり。
蓮姫には二人がじゃれてるようにしか見えないので、そう真剣に捉えたりはしない。
なんだかんだ言いつつ、戦闘時この二人が息ピッタリなのは蓮姫も良く知っているから。
「さてと、荒れた海域は抜けたし……後は海底神殿に行くだけだね。帰りもキラ達がいれば問題なさそうだし」
蓮姫の言葉に先程までの重労働を思い出したのか、星牙はガックリと項垂れる。
「帰りか~。またさっきの荒れまくった海を抜けるのキッツいなぁ~。つーか思ったんだけどさ、毎回あそこ抜けてるんなら海賊王……キラって処女の血を普段から持ち歩いてるって事か?」
そしてついでに、彼はふと疑問に思っていた事をそのまま口にしたのだが…その言い方に火狼が呆れたような顔をする。
「ちょいとファング。それだと海賊王が凄ぇヤバい奴みたいじゃん?飯も風呂も世話になった相手にその言い方はどうよ?」
「わ、悪い!そういう意味じゃねぇんだ!海賊王はもう仲間だし!俺もあいつは良い奴だと思うしさ!今のはちょっと気になっただけだよ!」
火狼から指摘を受け、慌てたように弁明する星牙。
そんな彼の疑問に、今度は蓮姫が自分の憶測で答える。
「ん~……シャングリラにはたくさん女の人いたし……多分その人達から貰ったんじゃないかな?この船ってキラもだけど、男の人しかいないしね」
「そうですね、姉上。昨日見ただけでも、海賊王は女性にモテモテでしたから。きっと海賊王が頼めば、誰でも喜んで血を差し出すと思います」
「血…出すのか?…刺したり…切って?」
蓮姫に同意する残火に、未月もまた素直な疑問を口にした。
「そりゃ刺したり切ったりして傷つけなきゃ血は出ないでしょ?必要なのは数滴だし問題ないんじゃない?ですよね、姉上」
「そう…………だね?」
普段と変わらず仲間達と交わす会話。
しかし今の会話で蓮姫は違和感のような、何か引っかかるものを感じた。
蓮姫の中での疑問が確かな形になる前に、ユージーンは彼女の意志を逸らせるような言葉をかける。
「姫様。海底神殿についたら、絶対に俺達の傍から離れないで下さい。どんな危険があるか分かりません」
「あ、うん。分かってるよ。水棲の魔獣がいるかもしれない、って話だったもんね」
ユージーンの作戦が甲を制したのか、蓮姫の意識…そして他の者の意識もこれから行く海底神殿へと移る。
全員の視線を浴びながら、ユージーンは蓮姫へと頷いた。
「はい。しかし懸念材料はそれだけではありません。宝の地図にもあった古代文字の事も考えて、恐らく海底神殿はかなりの大昔に建てられた物でしょう。それなのに…未だ結界が張られている」
「それは……やっぱり凄い宝が隠されてるから?」
「なるへそね~。そのお宝を守る為、それと侵入者を拒む為の罠や仕掛けが神殿にはわんさかあるかも?って旦那は言いたい訳ね」
「結界もその一つに過ぎない、ってこと?」
「はい。わざわざ海底の神殿に隠された宝。そんな宝を守る為の措置が、海底神殿に隠す事と結界だけとは思えませんので」
ユージーンの説明にフムフムと素直に頷く仲間達。
そんな仲間達に向け、ユージーンは再確認も兼ねて告げる。
「海底神殿についたら、姫様は俺達から離れない。俺達従者は姫様を守る事を最優先に動け。下手にそこら辺触ったり、単独行動は誰であろうと禁止。お宝探しは主に海賊達の仕事だ。奴等に任せる」
「「「えぇーーー!?」」」
ユージーンの発言に納得のいかない叫びを上げたのは、昨日と同じく火狼、残火、星牙の三人。
彼等は何気に、この『海底神殿でのお宝探し』をかなり楽しみにしていたのだから。
そんな反応が分かりきっていたユージーンは、三人をギロリと睨みつける。
「約束出来ない奴は今すぐ船に縛り付けて置いてく。姫様を最優先に考えられなくて、何が弐の姫の従者だ」
「ぶぅ~~~。わっかりましたぁ~」
「あ、姉上が最優先なのは当たり前じゃない!分かってるわよ!」
「そ、そうだな!友達を守り抜いてこそ本物の武人だよな!……お宝探し…したかったけど…」
口では了解していても不満気な火狼。
蓮姫を出されては従わない訳にはいかない残火。
そして小声で本音をしっかりと呟く星牙を見て、ユージーンは『はぁ~』と深いため息を吐いた。
「………未月。ノア。頼む。俺が心底信用出来るのはお前らだけだ。姫様を守れよ」
「にゃんっ!」
「…うん。……俺…母さん守る。…宝より…母さんの方が大事」
こちらの一匹と一人だけは、何があっても自分と同じで蓮姫最優先だと改めて知り、ユージーンは心底安心した。
「ふふっ。頼もしいなぁ。ありがとう、未月、ノア」
「姫様も約束守って下さいね。今回は、ちゃんと、ね?」
「は、は~い」
わざと一言づつ区切りながら、強調して念を押すように話すユージーン。
今まで何度もユージーンとの約束を破ってきた蓮姫は、罪悪感から彼に文句もワガママも言えず……返事をする事しか出来なかった。