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海賊王の提案 5


警戒心の強いユージーンと火狼までもが、何故か海賊王キラを深く信頼している。


そしてその海賊王本人は、部屋を飛び出た後も蓮姫の手を引き、裏の森を駆け抜けていた。


当然、二人を追い掛ける残火も同じ。


そして目的地へと到着すると、ようやくキラは走っていたその足を止めた。


「よし。着いたぞ」


「はぁっ……はぁ…………つ、ついたって?」


「はぁっ!はぁっ!!もう!なんなのよ!」


「お待たせお二人さん。俺のとっておきの場所へ、ようこそ」


息切れする蓮姫と残火に、キラは満面の笑みで答える。


息を(ととの)えながら二人が前を見ると……そこには大きな(みずうみ)が広がっていた。


「……湖?」


「そうだよ蓮ちゃん。でも本当に見せたいのは湖じゃない。こっち」


キラがクイッと親指を立てて(しめ)した方角には、森の隙間。


そしてその先には月や星の(あか)りを映し出す広大な海。


あまりの美しさに蓮姫はため息を吐く。


「…………綺麗(きれい)


「だろ?ここはさっきの屋敷と同じ高さなんだが、すぐそこは崖で目の前に広がるのは海だけだ。人の造った明かりが無いから、むしろあっちの露天風呂よりいい景色だろ?」


「ふふっ。そうだね。キラは私達にコレを見せるために連れてきてくれたの?」


「うん。目的の半分はね。もう半分は………」


キラは数歩進むと池のような大きな水溜まりの前で立ち止まる。


そこには(わず)かに湯気が立ち上っていた。


「コレ」


「コレって……池じゃない。姉上に池を見せたかったっての?」


「残火ちゃんハズレ。コレは池じゃない」


「もしかして……湯気出てるから、そこも温泉?」


「その通り。他の温泉と違って(せま)いしかなり浅い。だからこそ……足湯にはもってこいの場所だろ?」


ウィンクして話すキラに、蓮姫もやっとキラの思惑(おもわく)が伝わった。


「裸になるのは嫌でも、足湯くらいならいいんじゃないか?二人共足出してるし。ここなら周りに誰もいない。邪魔もない。海賊王である俺が護衛もしてやる。足湯は健康にもいいい。だから、ここなら蓮ちゃんも楽しめるかな?って」


それは紛れもないキラの優しさだと分かり、蓮姫は自然と笑顔になる。


「キラ………ありがとう」


「どういたしまして。さぁ、我等が自慢の温泉。どうぞご堪能(たんのう)あれ」


キラが蓮姫達を(うなが)しつつブーツを脱ぐと、蓮姫もまたブーツを脱ぎ出した。


蓮姫が入るなら、と残火もまたワクワクした表情を隠す事なく、(あわ)ただしい様子で靴とニーハイを脱ぎ出した。


そして三人同時に温泉へ足を入れると、また三人同時に『はぁ~~~』と息を吐く。


「気持ちいい~。(あった)まる~」


「ホントですね!それに景色もいいですし!あ!姉上!なんだか足がツルツルのスベスベですよ!」


「『療養泉(りょうようせん)』だからな。切り傷に肩こり、腰痛。それに冷えや不眠にもにも効く。何より美肌効果が高い。女の子なら絶対に満足する温泉だ。それは胸張って言える。俺、男だから胸無いけどな」


「ちょっと海賊王!ここの温泉マジで最高じゃない!褒めてやるわ!」


「それはそれは。麗しき女人(にょにん)にお褒め頂き、身に(あま)る光栄にございます」


調子良くキラを()める残火に、キラは胸に手を当て(うやうや)しく頭を下げた。


その直後、三人はまたまた同時に『プッ』と吹き出して笑う。


もはや昼間の……出会った時の警戒は三人に無い。


大きな声で笑い合い、三人並んで座り一緒に温泉を…足湯を楽しんでいた。


「そういえばキラ。リヴは今、何処にいるの?」


「リヴか?アイツならこの近くにいるよ。多分子供の(そば)じゃないかな?この辺りは浅瀬が多いってだけで、深い所もちゃんとある。この(がけ)の下は深いし」


「そうなんだ?って、え?子供?リヴが産んだっていう卵はもう(かえ)ったの」


「あぁ!一昨日(おととい)孵化(ふか)したんだ!コイツがまた可愛いんだよ!」


ニカッ!と満面の笑みで心底嬉しそうに…そして楽しそうに答えるキラは、まるで我が子の誕生を喜ぶ親のようにも見える。


そんなキラを微笑ましく見る蓮姫だったが、残火の方は『え~』と(しぶ)い表情を浮かべた。


「リヴァイアサンが…可愛い?アンタってホント変な奴よね」


「まぁな。俺は海賊だし。でも君達だって…………ん?」


会話の途中でキラは何かに気づいたのか、湖の方を見つめる。


蓮姫と残火もキラの視線をなぞるように先を……湖の方へと自分の視線を移した。


「…………キュ……キュキュ……」


「なんか………聞こえるね?」


「まさか……魔獣(まじゅう)!?ちょっと海賊王!あんた護衛でしょ!姉上を守ってよ!」


「いや………この声は!」


キラが鳴き声の主に気づいた…その時だった。


バシャッ!!


「キューーー!!」


湖の水面から高く跳ね上がった……大きな(うなぎ)のような影。


今は夜であり、周りに灯りも無い為に真っ黒な影は蓮姫達からは巨大な(うなぎ)にしか見えない。


ソレは何度も、バシャバシャと音を立てて跳ね、徐々に湖の(はし)………蓮姫達のいる足湯の方へと向かってくる。


「キュイ!キュキュイッ!!」


「あ、姉上!巨大ウナギです!それかナマズです!」


「と、とりあえず!二人共逃げよう!」


慌てて立ち上がる残火と蓮姫だったが、そんな二人をキラが止めた。


「待ってくれ!アイツは大丈夫だ!」


「大丈夫って!キラ!」


「心配いらない。アイツはウナギでもナマズでもなくて」


「キュイーーーー!!」


キラが何やら説明をしようとした最中、あの大きなウナギ?ナマズ?の影の主は湖から三人の入っている温泉へと向かって飛んできた。


バッシャーーーン!!という音と共に、大きな水しぶきが上がり三人はびしょ()れに。


全身ずぶ()れになり、しばらく固まる三人だったが……最初に言葉を発したのはやはり残火。


「もう〜〜〜っ!!なんなのよぉ!!ウナギが温泉入るとか訳わかんない!」


「アハハっ!だからウナギじゃないって!良く見てくれよ、コイツを」


笑いながら話すキラは、あの巨大ウナギのようなモノを抱きしめている。


近くに来た事で、蓮姫と残火にもその全貌(ぜんぼう)がよく見えた。


そのウナギもどきは……全身水色の(うろこ)に、大きなオレンジの瞳、そして額には大きな赤い玉が埋まっている。


昼間に見たリヴと同じ特徴。


しかしその姿は、恐ろしいリヴァイアサンとは違い……とても愛くるしい。


『キュイキュイ』と鳴きながらキラに擦り寄るその生き物を見て、蓮姫と残火は頬を赤らめた。


((か、可愛い~!!))


「紹介するよ二人共!コイツが一昨日(おととい)孵化(ふか)したばかりのリヴの子供だ!」


「キュッ!キュキュゥ!」


紹介する、とキラは言っているがリヴの子供はキラしか眼中に無いらしく、蓮姫と残火の方を見る事すらしない。


それでも蓮姫と残火は、(とろ)けるような眼差(まなざ)しをリヴの子供へと向け続けていた。


二人の女子は、もうこの可愛い生き物の(とりこ)になりメロメロだった。


(可愛い!めちゃくちゃ可愛い!水色で大きなクリクリお目目!リヴァイアサンの子供ってこんなに可愛いの!?………あ、なんか昔のポケ○ンでこんなのいたかも。確かアレもドラゴンタイプで、進化するとでっかくなるんだよね。名前は………さすがに思い出せないけど)


変な所で想造世界の記憶を呼び覚ます蓮姫だったが、思い出せるという事は彼女にとって特に大切でも重要でも無い記憶ということ。


なので早々にその記憶に区切りを付け、蓮姫はキラへと問いかけた。


「この子の名前はなんていうの?」


「まだ付けてないんだ。一応色々と考えては…って、おい!話してるだろ!舐めるなよ!ハハッ!首はくすぐったいからやめろ!」


会話の最中でもキラにじゃれるのをやめないリヴの子供。


むしろ蓮姫……そんな人間になど構わず自分に構え、とでも言いたげだ。


しかし名前が無いと聞き、残火はすかさず手を高く上げた。


「ハイ!ハイハーイ!まだなら私が付けてあげるわよ!リヴの子供だから………オスならリヴ()!メスならリヴ()よ!どう?ありがたく受け取りなさい!」


「…………素晴らしい名前をありがとう、残火ちゃん。(つつし)んで遠慮(えんりょ)させて頂くよ」


「なんでよ!?」


ネーミングセンスの欠片(かけら)も無い残火からの提案を、苦い顔で断るキラ。


蓮姫の方も苦笑いを浮かべていた。


残火としてはその命名に自信しか無かったようだが、恐らくキラや蓮姫だけでなく殆どの人間が遠慮したいだろう。


憤慨(ふんがい)する残火を(なだ)めるように、キラは二人の知らないリヴァイアサンの生態(せいたい)について語り出した。


「そもそもリヴァイアサンに性別は無いんだ。リヴァイアサンもクラーケンも雌雄一体生物(しゆういったいせいぶつ)さ。だから交尾しなくても単体で卵を産める」


「つまり………リヴもその子も、オスでもメスでも無い?」


「そうだよ蓮ちゃん。で、オスでもありメスでもある。だからオスやメス特有の名前はナンセンスなんだ」


そもそもネーミングセンスがナンセンスとは、言わないあたりキラは本当に女子には優しく、甘いようだ。


「なんだ。じゃあしょうがないわね」


そしてキラの言葉に何故か納得する残火もまた、つくづく単純な子供である。


「ねぇキラ。なんでこの子……海じゃなくてここにいるの?温泉入って大丈夫?」


「それは大丈夫。リヴァイアサンは海底火山(かいていかざん)の近くの熱水(ねっすい)でも平気なんだ。子供も一緒。だからこれくらいの温泉なんて熱くない。それとここにいる理由だけど、あの湖は海と繋がってるらしいんだ。通路は(せま)いからリヴは勿論、俺達人間も通れないけどね。コイツくらいに細ければ問題ない」


「そうなんだ。でも産まれたばかりの子供がいなくなって、リヴ心配してないかな?」


そう蓮姫が告げた瞬間、崖の方からヌッ!と大きな影が現れる。


その正体はこの生き物の親であり、キラの親友のリヴだった。


「やぁリヴ!いい夜だな!」


「グルルル……」


「俺にこの子を抱かる為に通路を教えたのか?そうか。ありがとな。お前に似てホントに可愛い。コイツも俺の友達だ。安心しろ。俺はコイツも守ってやる。約束だ」


「グフッ!グル……グルルル」


リヴはキラにひと鳴きすると、今度は蓮姫の方を見つめて唸り出す。


また警戒されてるのかと思い残念がる蓮姫だったが、そんなリヴの言葉をキラが通訳してくれた。


「お?リヴが蓮ちゃんにもお礼言ってるぞ?心配してくれてどうも、ってさ」


「え?リヴが?……………ふふっ…そっか。どういたしまして、リヴ。貴方の子供……キラの言う通り本当に可愛いね。大丈夫。私も仲間も、貴方達に危害を加えたりしないよ。絶対に。だから安心してね」


「グルルルルル」


蓮姫の言葉が伝わったのか、リヴは蓮姫に向けて(うな)った。


「ふふっ。リヴの赤ちゃん、初めまして。私は蓮姫だよ。よろしくね」


そう言って蓮姫はリヴの子供に微笑み、スッと手を伸ばす。


警戒させないように、怖がらせないように手を伸ばしただけで触れる事は無い。


リヴの子供は蓮姫の顔と差し伸べられた手を見つめる。


が……直ぐにプイッ!とそっぽを向いてしまった。


「あ、あはは…。やっぱりこの子も、リヴと同じでキラにしか懐かないのかな?」


「まぁな。こればっかりは仕方な……………お?どうした?お前」


蓮姫とキラが苦笑しながら会話していると、リヴの子供は動きを止めて…ある方向をジッと見つめている。


視線の先は………残火。


「な、何よ?私まだ何もしてないわよ!」


「キュイ?……キュ…キュキュ……………キュウ!キュイー!」


リヴの子供はしばらく残火を見つめた後、体を伸ばして残火に頬ずりをしだした。


「うわっ!!な、何よ!ちょっ!くすぐったい!もうっ!何なのよコイツ!!めっちゃ可愛い!!」


言葉は乱暴なのに、先程以上にリヴの子供へメロメロになる残火。


リヴの子供も……何処か嬉しそうに見える。


そんな一人と一匹の仲睦(なかむつ)まじい様子に、蓮姫は……そしてキラもまた驚いて口をポカンと開けたまま固まってしまった。


「…………あ、あれ?残火は…大丈夫なんだ?」


「…みたい……だな。まぁ…まだ子供というか…赤ん坊だし。……こういう事もあるか」


「えぇ~…。なんで私はダメなの~?」


仲良くじゃれる残火と可愛いリヴの子供の様子を見せつけられた蓮姫は、ガックリと肩を落とした。


(キラと残火は良くて……私はダメ?うぅ…ヤバい。かなりショックだ。でも………なんで残火はいいんだろ?キラと残火……二人には何か共通点があるとか?)


そもそもリヴァイアサンは人間に懐かない、と蓮姫は何度も説明を受けている。


だからキラが言うようにキラだけが特別なのだと思っていたが……このリヴァイアサンの子供は、どう見ても残火に懐いている。


そして親であるリヴもまた、残火に子供が懐いている様子を、唸ったりせず黙って見守っているだけ。


一体何故?


(暗殺ギルド朱雀で、女の子で、人を殺した事が無い残火と……海賊王で、成人した男の人で、理由はあるけど人を襲うキラ。………ダメだ。二人の共通点なんて全然分からない。むしろ無いんじゃないかな?)


考えれば考えるほど分からなくなる泥沼にハマった蓮姫。


そして彼女が辿り着いた思考の先は………彼女にとってあまりに残念なものだった。


(やっぱり………ただ私は本能的に嫌われて…残火は好かれたってことなのかな?………あ…ヤバい。マジで泣きそう)


『可愛い生き物に自分だけ嫌われた』という自分の勝手な憶測(おくそく)で、更に落ち込む蓮姫。


(……戻ったら………ノアと思いっっっきりじゃれよう。うん。そうしよう)


キラだけを慕うリヴのように、自分だけを(した)う可愛い存在を思い出すと蓮姫の心は少しだけ回復した。



いつも『聡い』『賢い』と褒められる蓮姫も、この時ばかりは本当に分からなかった。


さすがの彼女も気づかなかった。


まさかキラと交わしたいくつかの会話の中で……この光景の小さな…本当に小さなヒントが隠されていた事に。

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