海賊王の提案 4
優しく言い聞かせるよう話すキラに、女性は困惑した表情を浮かべる。
「それに妾とか愛人とか、そんな事を簡単に言うんじゃない。好きな人を誰かと共有なんてしたら、苦しい思いをするだけだよ。女の子に必要なのは……自分だけを愛してくれる男だけだ。そういう男が、女を幸せに出来るんだ。男だってそうさ。君には……そんなたった一人の男と幸せになってほしい。俺じゃなくね」
「……キラ様……………はい。分かりました」
キラの言葉に女性は顔を下げると、キラの顔を見ないまま渋々納得したように頷いた。
「分かってくれてありがとう。いつか君が……君を本当に幸せに出来る誰かと結ばれる事を…俺は祈る」
「ありがとうございます、キラ様。お話の邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした。私は戻ります」
女性はキラ達に深く頭を下げると、振り返る事なくそのまま扉から出て行ってしまった。
去っていった女性を見つめ、ガイは不思議そうに首を傾げる。
「あの女……随分とすんなり受け入れたな。いつもの女達みたいにもっと騒ぐと思ったんだが」
「彼女は可愛いだけじゃなく賢い女性なんだろ。その方が俺も助かる。俺はそういう目で彼女達を見てないしな」
「あんだけ『可愛い』連発してか?この無責任の女たらしめ」
「彼女達の幸せを願ってるのは本当だ。俺じゃ彼女達を幸せに出来ない。……色んな意味でさ」
「そうだな。なら、女見つけるたびに『可愛い』って言うのやめろ。……そうだ。逆に今度は、可愛くないブサイクな女連れて来てやろうか?俺の気苦労、減らす為に」
ニヤニヤとした笑みで変な提案をしてくるガイ。
きっと今回のように女性達がキラに求愛、求婚するのは日常茶飯事なのだろう。
となれば……副船長であるガイの気苦労とやらも、なんとなく分かる。
だがガイの嫌味めいた提案に、キラはキョトンと目を丸くした。
「何言ってるんだ、ガイ?女の子は女の子ってだけで全員可愛いだろ?可愛くない女の子なんていないぞ」
「………こりゃ俺の気苦労は一生続くな」
あくまで本気で『女の子は全員可愛い』発言をしているキラに、ガイはガックリと肩を落とした。
そんな二人のやり取りを見て、蓮姫は楽しげに笑うとユージーンへ話し掛ける。
「ふふっ。ね?キラはやっぱり良い人でしょ?」
「他人を簡単に信用するといつか痛い目を見ますよ。海賊王は………まぁ良い人確定ですし…姫様にちょっかい出さない点も安心できます。というか、とっくに確信してました」
意外なユージーンの発言に今度は蓮姫がキョトンと目を丸くする。
ユージーンが簡単に他人を信用するのは珍しいからだ。
共闘したとはいえキラは海賊王……ユージーンがキラを危険視するのは蓮姫にも想像出来た。
今までも………火狼や他の従者を仲間にする時でさえ、彼は簡単に頷かなったからだ。
しかし今、ユージーンはキラをとっくに信用していたと語る。
「じゃあ……なんでキラにあんな意地悪言ったの?」
「意地悪じゃありませんよ。ただいくつかの確認をしただけです。結果、海賊王は信用出来る人物だと改めて認識しましたけど」
「………そっか。なんにせよ、ジーンがキラを信用してくれて良かった。明日もキラ達と一緒に行動するんだしね」
「姫様。女帝からの依頼……『海賊王討伐』の件は…どうされるおつもりですか?」
ユージーンに指摘され、蓮姫は一度黙り込む。
蓮姫達は元々、海賊王であるキラを討伐する為にこの海へ出た。
弐の姫として、彼女は個人的な感情で女帝……一国の皇帝からの依頼を無視する訳にもいかない。
今回の依頼には、弐の姫としての沽券だけでなく、ギルディストとブラウナードの沽券にも深く関わってくる。
それでも……キラを捕まえて、斬首台へ送ることなど…蓮姫には出来ない。
友人を死刑へと差し出すなど、したくない。
「……一応、考えはある。多分……キラには反対されるだろうし、ブラウナードの王様や貴族も納得しないだろうけど。でも……私はやっぱりキラを捕まえたくない。もしキラが捕まれば、海賊団だけじゃなく、この『シャングリラ』まで危険が及ぶ事になる。私はここにいる人達に…誰も傷ついてほしくない」
「それはまた随分と………無謀というか……無茶苦茶というか…」
「私が無謀なのも無茶苦茶なのも、いつもの事でしょ?また呆れた?」
そう言って笑う蓮姫に、ユージーンもまた笑顔を返す。
「えぇ。呆れてますし……むしろ感心してますよ。本当に姫様は……初めて会った時から変わらない」
そう言うユージーンの脳裏には、初めて蓮姫と出会った時の思い出が鮮明に蘇っていた。
あの時……彼が蓮姫に従うと決めたあの言葉。
彼女の理想……女王となったあかつきに叶えると誓った未来。
あれもまた、今のこの世界では無茶で無謀な理想だった。
そして蓮姫がそんな思想を掲げたのは………自分ではく、他者の為。
「ふふっ。こんな主で、ジーンの方が気苦労絶えないかもね?」
「えぇ。まったくその通りです。ですから、余計な気苦労がこれ以上増えないよう、俺はこれからもずっと姫様のお傍にいますよ。姫様を傷つける者や余計な虫が近づかないよう、ずっとお守りしますからね。それこそ………地獄の果てまで」
蓮姫の傍にいて気苦労が耐えない、と言っているのに……地獄の果てまでついて行き、蓮姫の傍にいると告げるユージーン。
それはつまり…蓮姫がどれだけ無茶や無謀、難題を押し付けてきても自分だけは決して彼女を見限らない…というユージーンの決意だ。
蓮姫にもその意図が伝わったのか、彼女は嬉しそうに微笑み『ありがとう』とだけ告げた。
一方……部屋から出て行ったあの女は、他の奴隷達と一緒に案内された屋敷には戻らず、この屋敷の裏手にある森へと向かっていた。
キョロキョロと視線を左右に動かし、小さな物音も聞き逃さぬよう耳をすませる。
常人よりも早く歩いているのに、彼足の足音はとても小さい。
ガサッ!と木の上からカラスが飛び出した時、彼女は一瞬で腰を落とし上方に向けて構えた。
とても奴隷………いや、普通の女とは思えない彼女の動きは…まるで訓練された兵士のようだ。
物音の正体が人ではないと分かると、彼女は再び素早く歩き出す。
そして人の気配が近くに無い事を確認すると……懐から手鏡を取り出した。
ちなみにコレは彼女の私物ではなく、奴隷達と一緒に案内された屋敷に置いてあった物だ。
彼女は迷う事なく、その手鏡を近くの岩に叩きつける。
ガシャッ!という音と共に手鏡が割れて地面に破片が散乱すると、彼女はその一つを手に取り、血が出るまで強く握りしめた。
持ち手の残る手鏡にポタ…ポタ………と血が落ちるのを見て…彼女はやっと口を開く。
「応答せよ。こちら『デルタ』。こちら『デルタ』。応答せよ」
割れた手鏡に向けて同じ言葉を繰り返し呟く女だったが、10秒も経たずに割れた手鏡にはある者の姿が映る。
手鏡を持っている金髪の女性ではなく……蓮姫達が今日襲ったブラウナード貴族の船に乗っていた……商人風の装いの男の姿が。
『………こちら『アルファ』。ちゃんと聞こえているよ『デルタ』。連絡ご苦労。それで?…成功したのか?』
割れた手鏡から歪に映る男からの問い掛けに、金髪の女はニヤリと楽しげに……だが、何処か誇らしげな笑みを浮かべた。
「はい。無事に海賊王達のアジトに潜入し……ここに辿り着く方法を聞き出しました。今まで奪われた商品や奴隷もここにいます。そして明日、海賊王と弐の姫はこの島…アジトから離れるようです。決行するならば……」
『……明日…か』
蓮姫は知らない。
キラは想像すらしていない。
自分達が助けた奴隷によって、自分達が……この島に暮らす人々が危機的状況に追い込まれているなど…。
「なんだって!!?」
いきなり部屋に響いたキラの叫び。
話していた蓮姫とユージーン、そして他の者も驚き視線はキラとガイへと集中する。
当のキラも驚いているような表情でガイを見つめていた。
「ガイ。それは……本当か?」
「あぁ。さっき聞いたからな。間違いない」
「………そうか」
ガイの言葉にキラは頷くと、真剣な表情で蓮姫へと近づいた。
「蓮ちゃん」
「キラ。どうしたの?何かあった?」
キラの様子から、キラが驚くほどの何かがあったのだと思った蓮姫は、キラと同じように真剣な眼差しを向ける。
「あぁ。今ガイからとんでもない話を聞いた。だから直接、君に確認したい」
「私…に?」
緊迫した空気が部屋の中に漂う。
自分は何かしたのだろうか?
一体自分は何を聞かれるのだろうか?
不安や心配を抱く蓮姫だったが、次にキラの口から出たのは意外な…この緊迫した空気とは場違いな質問。
「君と残火ちゃん。温泉に入らなかったっていうのは本当か?」
「え?う、うん。入ってないけど」
何故そんな事を聞かれるのか、意味が分からず困惑する蓮姫。
あれだけの大声を出していたから、余程の緊急事態や真剣な話を予想していたのに。
素直に答える蓮姫に、キラは深くため息をついた。
「はぁ~~~。なんて勿体ない。ここの温泉は世界でも稀に見る最高の温泉だ。俺達が誇る自慢の温泉……可愛い女の子には是非堪能してほしいってのに」
「ご、ごめんね?」
「いや、謝る事じゃないけど。……もしかして蓮ちゃん…温泉嫌い?」
「ううん!嫌いじゃないよ!むしろ好きだし!ただ………同性でも人前で裸になるのに抵抗あるっていうか。残火はそんな私に気を使ってくれたの」
そう言って右肩を触り苦笑いを浮かべる蓮姫。
蓮姫が温泉に入らない理由。
それは彼女の右肩と背中にある大きな傷のせいだ。
他人にこの傷痕を見せる事に抵抗のある蓮姫。
だが、蓮姫が温泉に入らなかった理由を聞き、キラは安心したように笑顔を浮かべた。
「そうか。そういう事か。嫌いじゃいなら……………うん。あそこならいいな。よし。そうしよう」
キラは一人で何かに納得すると、蓮姫の両肩に手を置き……とんでもない提案をする。
「蓮ちゃん。それと残火ちゃん。今から俺と温泉入ろう」
「えっ!??」
「ちょっと!!あんた何言ってんのよ!?バカじゃないの!?このドスケべ海賊!!いくら美人でもアンタ男でしょ!確かにカッコイイけど!でもそんな!お付き合いもしてないのに!しかも二人同時なんてそんな!そんなぁ!!」
とんでも発言をするキラに驚く蓮姫と、顔を真っ赤にさせて頭を抱えながら怒鳴る残火。
どうやら顔が赤いのは怒りのせいだけでないようだ。
しかしキラの方は全くといっていいほど、自分の発言を悪いとは思っていない。
「とびきりの場所に案内するよ。大丈夫。きっと君達も気に入る。俺は君達を二人共、満足させる自信がある」
「ま、まままままま満足!?ふ、ふふふ二人共ですってぇえええええ!」
「ちょい落ち着け残火。気持ちは分かるけど………いや、分からんけど。とりあえず落ち着け。な。はい深呼吸~」
「お、おおおお落ち着けるかぁああ!!」
既に妄想が爆発してキャパオーバーになっている残火を、火狼がなんとか宥めようと……妄想を鎮めようとする。
そしてユージーンも、いつまでも蓮姫に触れ続けるキラを睨みつつ動いた。
「海賊王。その手を離してくれませんかね?」
「なんだユージーン。嫉妬か?嫉妬深い男はモテないぞ」
「いえ。俺は貴方以上にモテますのでご心配なく。それと今は温泉どうのこうのではなくて、明日の話をするべきでしょう」
「明日の話?おいキラ。嬢ちゃん達となんの話をしてたんだ?」
その話が何を指すのか知らないガイはキラへと答えを求めるが、キラはやはり蓮姫から手を離す事無く……むしろ手を動かし蓮姫の右手を繋ぐように握りしめた。
「ガイ。明日、例の海底神殿に行く事になった。蓮ちゃん達は俺達に協力してくれるそうだ」
「お?そうなのか?そりゃいい。じゃあそいつの言う通り、まずはその話を」
「それはお前に任せる。俺は今から蓮ちゃん達と裏の湖に行くからな。頼んだぞ」
「湖?あぁ、そういう事か」
「そういう事だ。じゃあ……行くぞ蓮ちゃん!残火ちゃんもついておいで!」
「うわっ!?キラ!!?」
ガイが納得したのを確認すると、キラは蓮姫の手を引きそのまま扉の外へと駆け出した。
残火もまた『コラァ!待てぇええ!!』と二人を必死の形相で追い掛ける。
残されたのは温泉で裸の付き合いをした男達のみ。
「あ~りゃりゃ~。行っちゃったね~」
「『行っちゃったね~』じゃないだろ!?おい!マジで海賊王の奴、蓮に何する気だよ!俺達も追い掛けようぜ!」
「およ?なんでファングが怒って………あれ?お前も顔赤くない?」
「だ、だだだだだだってさ!家族でもないのに!男と女が温泉とか!混浴とか!裸になるとか!結婚を約束した仲でもないのにさ!しかも女子二人だし!」
「お前も残火と同じタイプか~い」
あまりにも若い反応というか、若すぎる故の暴走思想に火狼とユージーン、ついでにガイも呆れる。
「そんなに心配すんな。うちの船長は女の嫌がる事は絶対しない。湖の傍なら確かに温泉入るだろうが、船長も嬢ちゃん達も裸になんてならねぇよ」
「そ、そうなのか?水着でも着るとか?だったらいい…のかな?プールと同じって事だもんな?にしてもさ、なんでお前達……あれ?未月?」
星牙がずっと疑問に思っていた事を口にしようと蓮姫の従者達に目を向けると、未月が何故か胸に手を当て、彼にしては珍しく眉間に皺を寄せた難しい顔をしていた。
「………………変だ」
「どうした未月?胸抑えて…具合悪いのか?」
「……母さん…いつも…仲良くするのは…いいって言う。…俺も…そう思う。…けど…母さんと海賊王と……残火が温泉入るの…仲良くするの……なんか嫌だ。……なんか…ここモヤモヤする。…俺…なんか変」
そんな未月の言葉を聞き、ユージーンの顔には自然と笑みが浮かんだ。
「姫様は変わらないが……お前は変わったな。未月」
「俺……変わった?…変に…なった?」
「いいや。良くなったよ。前より今の方が全然いい」
「そうね~。恋とかしちゃったらもっと変わるんでない?あ、でも残火はダメね。俺そこは絶対許さんし認めんから」
初めて会った時……まだ13だった頃の未月はまるで人形のようだった。
徐々に人間として成長し様々な感情が増える未月を、ユージーンと火狼は何処か保護者のような暖かい目で見つめる。
「え?え?何?どゆこと?いや!それよりさ!さっきの続きだけど!なんでユージーンも火狼も海賊王を止めないんだよ!?」
星牙のもっともな指摘にユージーンと火狼は顔を見合せ……苦笑した。
「そりゃあ……ねぇ」
「姫様も言ってただろ?『海賊王は信頼出来る男だ』ってな」