海賊王の提案 3
一つづつ…地図に書かれた古代文字を指でなぞりながら、読める単語だけを呟くユージーン。
そんな彼にキラは「ほぅ…」と息を吐いて感心する。
「………凄いな。俺達もそこまでの解読は出来なかった。お前……ユージーン…だっけ?なんで古代文字が読めるんだ?」
「………そんな事より海賊王。ここに書いてある『宝』という単語。まさかコレは……本当に『宝の地図』だと?」
あえてキラの質問には答えず、ユージーンは別の質問をキラへと投げ掛ける。
彼が古代文字を読める理由は……まだ蓮姫に話していない、彼の家系に関わる事だからだ。
主である蓮姫にすらまだ話していないのに、他人の…それも蓮姫を利用しようとしている可能性のある海賊王に話す必要も無い、とユージーンは判断した。
キラの方も触れられたくない話だと即座に判断し、ニヤ…と笑みを浮かべる。
「そうさ。コレは………クラーケンかリヴァイアサンを倒す秘宝が隠された地図……だと俺達は思ってる」
「思ってる?キラ、どういうこと?」
何故か後半、自信なさげに呟いたキラ。
蓮姫の疑問にキラはまた苦笑する。
「言ったろ?俺達も完全に解読出来てないって。この地図はこの島の洞窟にある宝箱に隠されてたらしい。見つけたのは先代の船長だ。でも古代文字なんて読める訳ない。俺達は色んな文献を漁って、なんとか『海』『怪物』『倒す』『宝』って文字だけは解読した」
「だから『宝の地図』だって言うの?でもクラーケンやリヴァイアサンを倒すっていうのは?」
「解読出来た言葉を繋げて俺達は思った。ここに記されているのは『海にいる怪物を倒す宝』の在り処だって。地図が古すぎるし、古代文字まで書かれてればイタズラとも思えない。そもそもさっき言ったようにこの島に来るのは難しいからな。ここに隠されてたなら……本物の可能性は高いだろ?」
キラの説明にふむふむと素直に頷く蓮姫。
それは蓮姫だけでなく、この場にいる全員がキラの言葉を真剣に聞いている。
誰も彼もが、この『宝の地図』に興味を抱いていたから。
キラは地図にある赤いバツ印の部分を指さす。
地図には色々な印や古代文字が黒で書かれているが、この印だけは何故か赤く記されている。
まるで一番重要だとでも伝えたいかのように。
「俺達はこの地図が本物かどうか確かめる為に、ここに向かった。そして見つけたんだ。……深い海底に沈んでいる…かなり古い神殿を。結界が張ってあって中には入れなかったけどな。でもソレが、この地図の信憑性を増す結果にもなった」
「じゃあ……本当に?」
「あぁ。この地図は本物だ。ここの印にある海底神殿には、海で一番怖い怪物を倒す秘宝が眠ってる。さっきユージーンが読んだ部分を合わせてもそうさ。文章じゃなくても、繋げればそう解釈できる。俺達は……俺はその秘宝が、どうしても欲しい」
先程ユージーンによって読み上げられた古代文字の『海』『世界』『一番』『強い』『怖い』『怪物』『倒す』『宝』『神殿』『隠す』という10の単語。
確かに繋げれば『この海にいる世界で一番強くて怖い怪物を倒す宝を神殿に隠す』と解釈できなくもない。
むしろ海賊王キラはそうだと解釈しているし、考えている。
「もしクラーケンを倒す秘宝なら、リヴの為に使いたい。クラーケンとリヴァイアサンは天敵同士。俺はリヴの天敵を倒したいんだ。あいつの友として。逆にリヴァイアサンを倒す秘宝なら、今後のリヴやリヴの子孫の為に俺は壊したい。両方に使えるってんならクラーケンにだけ使ってやる」
「全部……リヴの為なんだね」
「あぁ。アイツは俺の親友だから。リヴが俺を守ってくれるように、俺もリヴの力になりたい。助けになりたい。でも……今のままじゃ、俺達は神殿に入れない。入れなきゃ宝も探せない。そこで、だ。蓮ちゃん。弐の姫様である君に頼みたい」
キラの言葉に、蓮姫は何故キラが自分を必要としているのか?
自分に何をさせたいのか、協力させたいのかを理解する。
「なるほどね。私にその神殿の結界を解いてほしい、ってこと?」
「そういう事だ。姫と女王だけが使える絶対的な力……想造力。それなら、どんなに強固な結界でも破れるはず。頼む、蓮ちゃん。俺達に力を貸してくれ」
蓮姫に向けて頭を下げるキラ。
キラへ出す蓮姫の答えなど既に決まっている。
だから蓮姫がその言葉を口にする前に、彼女の一番の従者が口を挟んだ。
「お断りします」
「ジーン!?」
「ちょっと!なんでユージーンが断るのよ!今のはどう聞いても、姉上が受ける流れじゃない!全員で海の神殿に行って宝探しすればいいでしょ!」
「そうだぜ旦那!海に沈む神殿とか隠されたお宝とか!めっちゃ気になるじゃん!俺お宝探しとか神殿探検したーーーい!!」
「海底神殿とか俺も見てぇよ!めっちゃくちゃ興味ある!なんでダメなんだよ!?いいだろ!ユージーン!」
蓮姫に便乗して自分の好奇心を隠そうともしない残火、火狼、星牙。
そんな彼等に呆れつつも、ユージーンは軽くたしなめるだけに留めた。
「はぁ。吠えるな犬プラスガキンチョ共。それと海賊王。そんな事して姫様と我々に何の得があるんです?それに海に沈んだ神殿なんて……きっと今は水棲の魔物達の住処でしょう?わざわざ姫様を危険な所に連れていく理由なんて、我々にはありません」
「従者であるお前の言い分も分かる。でも俺達は、絶対に女の子を危険な目に合わせない。蓮ちゃんとそっちの……残火ちゃん?だっけ?二人の事は必ず守ると誓う」
「それは我々従者の役目ですのでご心配なく。海賊に遅れなど、とるつもりはありません」
「それはそれは心強い。それと今回の謝礼は勿論出す。この島には先代の船長が世界中の海から集めた金銀財宝が山ほどあるからな。好きなだけ持ってっていい。俺が許す」
「「「好きなだけ!!?」」」
キラの大盤振る舞いに、また興奮する三人。
なかでも火狼は先陣切って、興奮したまま自分の思いを口にした。
「それマジ!?マジだよな!嘘じゃないよな!後で『やっぱなし』とか言わないよな!な!」
「この海賊王様を見くびるなよ?俺は女の子との約束は絶対に守る。男に二言はない」
「よっしゃあ!!旦那!やっぱ受けようぜ!」
「だから吠えるなと」
「ジーン。私はキラの提案を受けるよ。彼に協力したいから」
また騒ぎ出した火狼へ対し、額に青筋を浮かべてイラつくユージーンだったが、そんな彼を止めたのは…やはり主の一言。
「姫様。まさかとは思いますけど……姫様まで宝探ししたい…とか言いませんよね?」
「っ、それは……………うん。正直言うと、物凄く興味あります」
「本当に正直ですね」
「う゛っ!!で、でもそれだけじゃないし!ジーン……何度も言うけど、キラは良人だよ。信頼出来る。リヴだって私達を助けてくれた。それにキラが宝を求めてる理由は、私利私欲の為じゃなくてリヴの為でしょ。だから断りたくない。私も…キラやリヴの力になりたいの」
ジト……とユージーンに見つめられて一度は唸る蓮姫だったが、彼女はそれでも自分の考えを曲げない。
これもまた彼女の本心…正直な気持ちだから。
そして蓮姫は一度言い出すと聞かない所もある。
それが誰かの為なら尚更。
そんな蓮姫の人となりを、彼女の従者としてユージーンは誰より理解している。
彼女の真っ直ぐな気持ちを守りたいと………だからこそ、ユージーンは蓮姫の従者となる道を…ヴァルとなる道を選んだのだから。
だからいつもいつも、折れるのは決まって彼の方。
「はぁ〜〜~………分かりました。姫様が決めたのなら従いますよ」
「ありがとう、ジーン」
「「「ヤッターーー!!」」」
ユージーンが折れ、蓮姫が微笑むと、火狼残火星牙の三人は一斉に喜ぶ。
そして誰より……蓮姫の言葉に内心喜んでいたキラは、優しく蓮姫に微笑んだ。
「ありがとう、蓮ちゃん」
「どういたしまして。じゃあ早速話を進めようか。出発はいつにする?」
「早い方がいいだろ。明日の朝にはこの島を出る。またあの海域を抜けるから、蓮ちゃん達はその間、船の中にいていいぞ」
「そういえば……あの海域の抜け方…というか道の見つけ方?気になってたんだよね。その方法聞いてもいい?」
「あぁ、そういえばそこの説明まだだったな。いいよ。俺も君なら信用出来るから。君なら人に言いふらしたり悪用しないと言いきれるし、なんならいつでもここに遊びに来て欲しいしな」
蓮姫がキラを気に入っているように、キラもまた蓮姫を心から気に入っている。
この島を守る海域を抜ける方法…彼等にとっての重要な秘密でさえ、簡単に教えようと思える程に。
残火も星牙も興味があるのか、今度は黙って聞き耳を立てている。
しかしこの時、ユージーン、火狼、未月はこの部屋の外に人の気配を感じ……扉の向こうへと意識が向いた。
声を出そうともしたが、その後方から近づく先程会った男の気配も感じたので、敢えて彼等は声を出さずに黙る。
三人の様子などまるで気づいていないキラは、そのまま話を続けた。
「あそこを抜けるには、ある物が必要なんだ。それは……『処女の血』」
「「「え!!?」」」
あまりにも意外…そして物騒な答えに、蓮姫、残火、星牙の三人は声を出して驚いた。
しかしそんな反応は分かりきっていたキラは、少し笑いながら誤解の無いように説明する。
「と言っても、必要なのは数滴だ。この島から海域を抜けるには一滴、逆にこの島に来るには三滴垂らせばいい。そうすれば海に落ちた血が赤く光って線状に流れて行く。それを沿っていけば簡単に」
バンッ!!
キラの説明の最中、扉が大きく叩かれた音が部屋に響き、全員の意識が扉へ向かう。
すると扉はガチャ…と、ゆっくり開かれ、そこにはガイと……彼に拘束される一人の女性がいた。
急な来訪者に驚きつつも、キラは冷静に自分が最も信頼する副船長…右腕へと声を掛ける。
「ガイ?どうした?」
「船長。この女がこの部屋に聞き耳立ててたぜ。おい女。お前、こんな所で何してる?」
「わ、私は………ただ……か、海賊王様と…キラ様とお話したくて…」
ビクビクと怯える、痩せ細った金髪の女性。
その女に……蓮姫は見覚えがあった。
「貴女……今日貴族から解放された奴隷の…………どうしてここに?」
彼女は蓮姫の言う通り、今日ブラウナード貴族からキラや蓮姫達が救った奴隷の一人だった。
奴隷達の傷の手当をしたのは蓮姫だ。
見間違えるはずも無い。
ガイはコソコソとこの部屋の様子を探っていた女を警戒していたが、彼女の言葉…そして蓮姫の言葉に警戒を解く。
「船長に話だぁ?おいおい……もしかしてアンタもか?なんでいつもいつも助けられた女共は……船長に惚れちまうかねぇ」
呆れたようにため息をつくガイだったが、その言葉を聞いて金髪の元奴隷の女は激しく抵抗しガイの手を振りほどこうとする。
「離して!私はあんたじゃなくて!キラ様にお話があるの!」
「………ガイ。彼女を離してやれ」
「はいはい。まったく……」
バタバタと騒ぐ女性を見て、キラはガイに彼女から手を離すように命じ、ガイもまた素直にキラの命令を聞いた。
拘束を解かれた女性は、すぐさまキラに向けて力の限り叫ぶ。
「キラ様!私を貴方の妻にして下さい!私は貴方に命を救われました!貴方のように優しくて!美しい男の人は他にはいません!私は貴方を!キラ様を愛してしまったんです!だから私は!一生貴方のお傍にいたい!一生お仕えしたい!妻がダメなら妾でも!愛人でも構いません!だからお願いします!!」
金髪の元奴隷女性の言葉を聞き、蓮姫や残火、星牙はギョッとするが…ガイはまたため息をついた。
キラ本人は彼女の告白を聞いて苦笑するだけ。
そんな三人の様子を見て…蓮姫はあの船医の老人の言葉を思い出す。
『今まで何人の女が『海賊王に口説かれた』と言って、妻になると騒いだり船に乗り込もうとしたことか』
『うちの船長は女好きで、女ったらし。本気で女達を『可愛い』と口説く』
恐らく……キラやガイの反応、そしてこの島での女性達のキラへの反応を見る限り、キラ達に助けられた女性がキラに迫るのは初めてではない。
そしてそれは全て、キラの言動やキラの容姿のせいだろう。
美しい男に命を、人生を救われ、しかもその男は自分を『可愛い』と言い、優しくしてくれる。
惚れるな、という方が無理だ。
蓮姫は内心ドキドキしながら、キラの行動が…キラが彼女になんと答えるのかが気になった。
キラは悲しく微笑むと、金髪の女性に優しく声を掛ける。
「君は俺の妻になりたいの?」
「はい!お願いします!!私をキラ様の妻に!それか妾か愛人に!恩をお返ししたいんです!!」
「ダメだよ。そんなのダメだ」
鬼気迫る勢いで告げる女性だったが、キラはやんわりと彼女の告白を断る。
そして優しく彼女の髪に手を伸ばした。
「綺麗な金髪だ。それに君は……本当に綺麗な顔をしている。俺への恩を…妻という形で返したい、か。君は美しいだけじゃなく…とても優しい女の子だね」
「き、キラ様?」
「だからこそダメだ。女が嫁に行く理由に『好き』以外の理由があっちゃいけないよ。恩返しで妻になりたいなんて…言っちゃいけないよ。俺は君も、蓮ちゃんも、他の女の子も可愛いと思う。女の子は可愛くて…俺は女の子が大好きだ。でも……君達を妻に欲しいとは思わない」
優しく、甘く…しかし拒絶の言葉を告げるキラ。
金髪の女性は呆然としたようにキラを見つめ、キラもまた苦笑して彼女を見つめ返した。
「君の気持ちは嬉しい。ありがとう。今まで助けた女の子は、何人も俺にそう言ってきた。でも……俺は君達を妻に迎える気は無い。君達を助けたのは、自分の女にしたいからじゃない。……『幸せ』になってほしいからなんだ」