海賊王の提案 2
「………遅い」
男達が入浴を終え部屋に戻ると、出迎えたのは腕を組み、仁王立ちした残火。
何故かイライラした様子で男達を睨みつける残火だが、そんな彼女に構わず火狼はいつもの調子で声を掛ける。
「ごめんごめん、残火ちゃん。待った~?」
「待ったわよ!!まったく!いつまで姉上を待たせる気だった訳!むしろ姉上が温泉入らないなら、あんた達も遠慮しなさいよ!ホントにどいつもこいつも気の利かないクソ野郎共なんだから!」
彼等は未月の介抱もあり、またあの後ガイからこの島や海賊団の話を聞いていたので、予定よりも戻るのが遅くなってしまったのは事実。
イライラを隠そうともしない残火に困った顔をする男達(ユージーン以外)だが、蓮姫がそこで助け舟を出す。
「まぁまぁ残火。そんなに怒らないで。私は別に気にしてないし、皆も温泉ゆっくり入れて良かったじゃない?残火も私に遠慮しないで行ってきても」
「いいえ!姉上が入らないなら私も入りません!私はこのクソ野郎共と違って!姉上をお一人になんてしませんっ!!」
「そ、そっか。ありがと、残火。でもちょっと口悪いから気をつけようね。未月、ちゃんと温まってきた?」
「……うん。…あったまって…のぼせた」
「え!?の、のぼせた!?だ、大丈夫なの!?」
「……大丈夫。…水も飲んだ」
「姫様。そんなことより……海賊王はまだ来ていないのですか?」
馬鹿正直に自分の身にあった事を話す未月に、そんな彼に驚いて心配する蓮姫。
しかし、そんなことはどうでもいい、とユージーンは蓮姫に別の話題を振る。
ユージーンが部屋の中を見回すが、ここにいたのは蓮姫と残火のみ。
テーブルには豪勢な食事が用意されているが、話をすると言った張本人…海賊王キラの姿が無い。
蓮姫もまた自分の不用意な発言に反省しつつも、ユージーンの問いに答える。
「うぅ…未月、ごめんね。それとジーン、キラならまだ来てないよ。皆は見てない?温泉にはいなかったの?」
「海賊王さんは俺達と風呂入りたくないってさ。でも代わりに副船長さんが来てね。海賊王は地下の倉庫にいるって」
「倉庫に?」
質問に答えた火狼の言葉に蓮姫は首を傾げたが、その直後、話題の人物がこの部屋にやっと登場する。
「なんだ?まだ飯食ってないのか?」
「キラ!」
海賊王キラは、丸められた古びて大きな用紙と、何冊かの本を持って蓮姫に声を掛けた。
「弐の姫。もしかして俺を待ってたのか?」
「え?うん。キラだけじゃないけど…でも話をするって言ってたキラをおいて食べる訳にも、ね」
「……君…ホント律儀というか…難儀な性格だな。まぁ、その方が君らしいか。じゃあ先に飯にしよう」
「あれ?話はいいの?食べながらするんじゃなかった?」
「そのつもりだったんだが……俺が『大事な客人だから失礼のないように、最高級の酒と料理でもてなせ』って言ったからかな?テーブルの上が料理で埋め尽くされて、これじゃ資料も出せない。ちょっと片付けてからにしよう」
キラの言葉はもっともであり、確かにテーブルには所狭しと料理が並んでいる。
恐らくキラの持っている本や用紙がその資料なのだろう。
特にあの丸まった大きな紙は随分古いようだし、汚したり破く訳にはいかない。
「わかった。じゃあ皆でいただこうか」
「お前らも好きに座って好きに食え。マナーなんざここで気にするな。酒もあるぞ。ビールにワインに大和の酒。あ、お子様達にはお茶とジュースもあるからな」
蓮姫の従者達にも声を掛けて席に着くキラに続き、全員が腰を下ろした。
この場にいるのは蓮姫一行と海賊王キラだけ。
給仕の者はおらず、皆好きに自分のコップに飲み物を注ぐ。
全員がコップに飲み物を入れたのを確認すると、キラは自分のワイングラスを高く掲げた。
「まずは乾杯といこうか。改めて弐の姫、そして従者達よ。俺達の島『シャングリラ』へようこそ。海賊王であり、この島の代表でもある俺は君達を歓迎する。さぁ、好きに飲み食いして騒いでくれ。ただし、この後は大事な話が控えてるから程々にな。乾杯!」
キラからの乾杯を合図に、食事会が開始された。
ユージーンと火狼は上等な酒に気分を良くしたのか、遠慮なく何種類もの酒を飲み進める。
酒を飲めない星牙、残火、未月は並べられた豪華な食事を堪能した。
そんな仲間達を見ながらも、蓮姫はお茶を飲みつつキラへと尋ねる。
「ねぇキラ。この島の『シャングリラ』って……『楽園』とか『理想郷』っていう意味の?」
「あぁ、合ってるよ。島の名前は俺がつけたんだ。名前通りの土地になるように……願いを込めて、さ」
「この島が……『楽園』になるように?」
「そう。ここには貴族も奴隷もない。身分の差別なんて存在しない。だっているのは、俺達海賊や元奴隷に孤児。それと職や故郷を失った大人……他人に差別され、虐げられ、苦しめられた奴等ばかりだ。そんな奴等が……もう苦しまなくていいように…毎日楽しく笑って過ごせるように、って思ってさ」
「つまり………この島の住人達は、キラが今まで助けてきた人達なんだね?」
蓮姫はほぼ確信めいた気持ちでキラへと聞く。
この島の住人達は、キラ達だけでなく彼等が連れて来た奴隷達も歓迎していた。
中には『また仲間が増えたな!』『この島も段々賑やかになるわね!』という声も聞こえていたのだ。
住人達は奴隷達を差別する事も、偏見の目で見る事もしない。
そして海賊であるキラ達を慕っている。
特に島の若い女達は『キラ様!』『海賊王様!』とキラを見て頬を染めて彼を呼んでいた。
それはキラの容姿が美しいからだけではない。
彼女達は心底、海賊王キラという人間を慕っていると思った。
「……あいつらには、行く所なんてもう無いのさ。帰る場所だって無い。だったら…俺があいつらの居場所を作ってやんないとダメだろ。あいつらを最後まで面倒見る責任が、俺にはある。この『シャングリラ』で」
「そっか。……『シャングリラ』って名前…素敵だね。まだちょっとしか見てないけど…ここに相応しい名前だと、私も思うよ」
「……ありがとな。ここはどの国からも孤立した島だ。完全自給自足の生活だから、大人も子供も関係なく働かなくちゃいけない。生きていく為に。貧乏じゃないだろうけど、ここにいる皆が裕福って訳でもない。それでも……皆が笑って暮らせるならさ、それは大金より、どんな秘宝より価値がある」
「私もそう思うよ。キラが皆さんを助けた事には、大きな意味がある。間違いなく大きな価値がある。この『シャングリラ』が、その証拠だね」
誇らしげに語るキラに、蓮姫は自然と笑みを浮かべた。
あのギルディストの女帝、エメラインにも感じた思いがこのキラに対しても湧いてくる。
エメラインは、そしてキラは、自分の中にある王としての理想そのままの人物だ、と。
王とは、人々の上に立つ存在とは、こうあるべきだ。
人々に慕われ、自分を慕う人々の幸せを何より願う存在。
そしていつか……自分も二人に負けないくらい、恥じないくらい、民を思いやれる王となりたい、と。
キラはワインを一口飲むと、自分を見つめるままの蓮姫に向けてニヤリと微笑む。
「でもちょっと違うかな。『助けた』じゃく『奪った』さ。俺は王様でもヒーローでもなく……海賊だから」
「ふふっ。そうだね。キラは『海賊』だもんね」
自分に向けて微笑むキラに、蓮姫もまた笑顔を返した。
和やかムードの二人だが、そんな二人を見つつユージーンはここに来た時から気になっていた事をキラに尋ねる。
「海賊王。『楽園』と言うからには、この島の安全は保証されているんですか?」
「あぁ。この島は………………は?お前…もうそんなに食べたのか?」
ユージーンに話し掛けられたキラが蓮姫から視線をユージーンに向けると、そこには積み上げられた空の皿。
いくら空腹とはいえ成人男性が短時間で…それもこんなに細い男が平らげたと信じるには無理がある量。
しかしユージーンは見た目に反してかなりの大食漢。
ニッコリと笑顔を浮かべるとキラへと頷くユージーン。
「えぇ。お腹空いてましたし、遠慮するなというお話でしたから。で、安全だと言いきれる理由は……やはりこの島の手前の海域が関係していると?」
ユージーンの食欲に驚いていたキラだったが、ユージーンは話を進めたいのだと理解しそのまま会話を続ける。
「まぁな。お前達も船から見ただろうけど、ここに来るまでには荒れ狂った海域を抜ける必要がある。更にその海域にはかなりの数の渦潮。普通の船や航海士………いや、どんな高度な技術を持ってる航海士でも、ここに辿り着くのは無理さ」
キラの説明通り、蓮姫達はこの島に来るまでの間、荒れ狂った海域を超えてきた。
激しい嵐で波は高くうねり、海面にはいくつもの大渦。
正直いつ船が転覆するか、渦潮に飲み込まれるか、と気が気でなかった。
『女子供は怖いだろうから見ない方がいいぞ』というキラの助言で、蓮姫も残火も直ぐに船内へと避難したが、海賊王の船は大きく揺れる事はあっても、渦潮にハマることは無かった。
だからこそ、全員無事にここに着き、今こうして食事も出来ている訳だが。
船の事はあの海賊船が見た目以上に強固に造られているとか、特殊な魔法が掛けられているなら説明がつく。
しかし航海士が抜けれないのはどういう事か?
「あそこの渦潮は特殊でな。常に大きく変化する。でも俺達は…どんなに変化しようと渦潮の流れに沿って真っ直ぐ抜ける道……その見つけ方を知ってるんだ。リヴのおかげでな」
「リヴの?もしかして……船の下にリヴがいて、キラに抜ける道を指示してくれたの?」
「違う違う。そうじゃない。そうだな……何処から話すか。………うん。あの荒れた海域。あそこは『リヴァイアサンの墓場』って呼ばれてるし、実際そうなんだ」
「え!?」
キラはまず海域について説明しようとしたらしいが、出てきた単語に蓮姫は驚く。
キラの友であるリヴァイアサンのリヴは生きているので、墓場というのなら他のリヴァイアサンが眠っているという事だろう。
「リヴァイアサンは生涯に一度だけ卵を産む。産むのは必ず、穏やかで外敵のいないこの島の近辺なんだ。そして卵や幼い子供を守る為に、リヴァイアサンはあの荒れた海域で死ぬ。他所で死んでも…何故か死体は必ずあそこに流れ着く。リヴァイアサンが死んでも、子供を守りたいっていう想いはそのまま消えずに海域に残り、この島の近辺を外敵から守る。永遠に。だからこの島は、この広大な海の中で唯一の安全地帯ってことさ」
「他のルートから、この島に入る事は?」
ユージーンは他の方法……外敵が攻めてくる可能性を更に探るが、それもまたキラは首を横に振って否定した。
「それも無理。あのルート以外は大きな岩がそこら辺にあるし、部分的に浅瀬になってる所も多い。船じゃまず無理だ。小さなボートくらいなら渡れるが、リヴァイアサンやクラーケン程じゃなくても、大きな海獣はこの辺りにもいる。小さなボートなんて奴等の餌食になるだけだからな」
「なるほど。ではここが安全という話は確かなようですね」
「そういうこと。安心したか」
ユージーンの質問に答えたキラに対して、ユージーンも笑みを浮かべた。
あくまで表向きの笑顔を。
「えぇ。御丁寧な説明、感謝しますよ。海賊王」
「別にいい。それより……その『海賊王』って呼び方、距離があるな。お前達の主である弐の姫様が名前で呼んでるんだ。お前達も『キラ』でいい」
「そうですね。それは……貴方が本当に信頼出来ると判断してからにしましょうか」
「ジーン。キラは信頼出来る人だよ。少なくとも、私はキラを信頼してるし、信用してる」
ユージーンの言葉にムッとしたように返したのは蓮姫。
だが蓮姫も、今のユージーンの言葉が自分を心配して……蓮姫の事を最優先に考えているからこその発言だということは分かっている。
ユージーンは蓮姫に苦笑してから、再びキラへと視線を向けた。
「海賊王。貴方は姫様に何かをさせる、もしくは協力させたい何かがあるのでしょう?今度はその話を聞かせて頂きたい」
「………そうだな。誰かさんのおかげで料理は思ったより早く減ったし……空いた皿を片付けてから話すとしようか」
そう言うとキラは空いた皿を床に置き始める。
蓮姫と従者達もキラに習い、同じように片付けていった。
「こんなもんか。よし。先ずは、と…………コレを見てくれ」
キラはこの部屋に入ってきた時に持っていた、あの大きな古い用紙をバサッ!とテーブルに広げる。
茶色く変色し、所々破けたり汚れている部分もあるが……それは古い地図のようだ。
地図にはあちこちに印や文字が書かれているが、その文字は当然蓮姫には読めない。
想造世界がモデルであるこの世界にもアルファベットや漢字は存在していのだるが、この地図に書かれている文字は蓮姫が見た事もないものだった。
蓮姫は自分だけが知らないこの世界の文字だと思ったが、彼女の従者である残火もまた、地図を……そこに書かれた文字を不思議そうに見つめる。
「ここのコレ……何?文字なの?読めないけど……暗号とか?」
「海賊王が持ってる古い地図に暗号、か。コレってやっぱ宝物の地図ってヤツ?」
残火は地図に書かれた文字を指でなぞりながら呟いた。
残火と同じような反応をする火狼。
蓮姫も二人の話を聞き、コレは文字ではなく暗号なのか?と納得しかける。
しかしこの文字を知る人物が……蓮姫の従者に、一人だけいた。
「っ、コレは………古代文字?」
「っ!?お前!この文字知ってるのか!?読めるのか!?」
どうやら地図に書かれているのは、この世界の古代文字らしい。
唯一ソレを見抜いたユージーンに、今度はキラが驚く。
「俺達も完璧には解読出来てないんだ!読めるなら頼む!なんて書いてあるか教えてくれ!」
「申し訳ありませんが。単語をいくつかならともかく……文章となると…」
「っ、……そうか。そうだよな。無茶言って悪かったよ」
必死に懇願したキラだったが、さすがのユージーンも古代文字を完璧に読む事は出来ないらしい。
誰が見ても気落ちしていると分かるキラ。
だが読める部分があるのなら…そこだけでも知りたい蓮姫。
キラが何故コレを自分達に見せたのかも気になっていた彼女は、ユージーンに文字の解読を頼む事にした。
「ジーン。読める所だけでいいから、読んでもらえる?」
「畏まりました。………『海』と…『世界』に…『一番』『強い』……『怖い』…『怪物』?…それと……『倒す』………『宝』『神殿』…『隠す』?」