海賊王の提案 1
「はぁ~~~~~っ!!い~い湯~だ~ね~~っと。温泉とか超~久々だわ。癒されんね~」
「……犬じゃなくてオッサンだな」
「ちょっと旦那!誰がオッサンよ!俺はまだまだ若いっしょ!ピッチピチの26歳よ!お肌だってツルツルのピッカピカなんだかんね!」
「へぇ~。火狼って26なのか?俺の兄貴よりオッサンだったんだな!」
「お黙り!このガキンチョが!」
「おっ!なんかその言い方、オッサンってよりオバサンみたいだ!」
「ファング!シャラァップ!!」
「………おい未月。顔赤いぞ。のぼせたのか?お前もう上がれ」
「……だい…じょぶ。…母さん…言ってた。……『肩まで浸かって…温まってきてね』…って。……だから……俺…あったま……る……」
「温まりすぎてんだよ。おい星牙。未月を引っ張り出して、そこら辺に寝かせとけ」
「俺か?分かったぜ!」
星牙に無理矢理温泉から出され、洗い場にうつ伏せで寝かせられる未月。
ろくに抵抗しない……むしろ出来ず全身真っ赤になったその姿は、ユージーンの言う通りのぼせているのは明らかだった。
星牙はしっかりと未月の腰にタオルを掛け、別のタオルでパタパタと仰いでやる。
さて………火狼が最初に言ったように、蓮姫一行の男性陣は現在、温泉…露天風呂に浸かっている。
あれからキラ達の海賊船で、とても波乱な船旅を終えた蓮姫一行は夕方にここ……海賊王一派のアジトである小島へと到着した。
小島とは言うが、ここには大きな街と大差ない程に多くの人々が暮らしており、島に入ると誰もが海賊王キラとその仲間達の帰還を喜んでいた。
しかもキラ達と同行していた蓮姫達も、あの奴隷達も、この島の人々は笑顔で受け入れた。
奴隷や元使用人達は島の人々の歓迎に驚き、呆然としたまま島の住人達にあれやこれやと世話をやかれる。
海賊王キラは奴隷達を住人達に任せると、蓮姫一行を高台にある大きな屋敷……その中でも広い部屋へと案内した。
ここで今後の事を交えた話をするつもりらしいが、キラは蓮姫達に『まず先に風呂入って来い。俺達自慢の温泉がある。その間に飯も用意させとくから。話はその時な』と言い、蓮姫達を置いてさっさと何処かに行ってしまった。
キラの言葉にポカンとしつつも、せっかくの好意…そして『温泉』という甘い誘惑に蓮姫一行は逆らえなかった。
ここの温泉は、住民は自由に使えるらしく、ユージーン達が入った時には既に何人か先客がいた。
隣は女湯らしく、キャッキャと騒ぐ女達の声も聞こえる。
高台に設置された温泉からは、月や星明かりに照らされた美しい海を眺める事が出来る。
頭上には満天の星空が広がり、なんとも素晴らしい景色。
まるで想造世界の高級旅館のように豪華な露天風呂で、彼等は昼間の戦闘での疲れを癒していた。
「いや~!まさか温泉に入れるとか思ってなかったわ~。嬉しいね~。ただ一つ………隣の女湯に姫さんいないのが残念だけど」
「姫様の傷の事はお前も知ってんだろ?姫様は不用意に傷痕を他人に見せたくないんだ」
「そうね~。あんなエグい傷とか火傷の痕あったら、絶対女共はジロジロ見てヒソヒソすっからな~。残火も心配しちまうし。でもね……俺が言いたいのはそういう事じゃないのよ」
「何が言いたいんだよ?」
「温泉っつったらさ!何処ぞの隙間から女湯覗くという男のロマン!そしてそして『ねぇ~。貴女は誰がタイプ~?私はね~』とかいう女達の本音が聞けるドキドキイベントが必須でしょうが!!」
「………聞いた俺が馬鹿だった」
くねくねしながら気色悪い声で女のフリをしつつ力説する火狼の言葉に脱力するユージーン。
火狼は割とガチで言ってるからこそ、若干引いている。
「なんでよ!俺なんか間違ってるかね!?」
「間違ってねぇと思ってんのが間違いだろ。それに海賊王も言ってたが、もう飯の時間だからな。隣もここも俺達以外出てった。誰もいねぇ。残念だったな」
「………つーかさ…姫さんが温泉入らないんだったら、残火を仲間にした時の『大衆浴場に姫さん一人入った時の事を考えて女の仲間が欲しい』っていう話は?」
「あ~~~、なんか耳に水入ったな~。なんにも聞こえねぇ~」
「おい!聞こえてんだろコラ!」
火狼が軽く額に青筋を立ててユージーンを責めている時、ガラガラッ!と大きな音を立てて男湯の扉が開かれる。
「ハハッ!随分と賑やかじゃねぇか!どうだ?俺達自慢の温泉は?」
「ん?誰かと思ったら……自称大男の副船長さん」
「………その言い方やめろ。ん?こっちの奴はどうした?」
「のぼせた。しばらくほっといてやってくれ」
何故か床に突っ伏してる未月を見て副船長…ガイは心配そうに告げる。
未月の状態を説明するユージーンだったが、その言葉にガイは呆れた。
「のぼせてんのにほっといちゃダメだろ。脱衣場にコップ置いてるから、水汲んで飲ませてやれ」
「分かった!待ってろよ!未月!」
「…………うん。……たのむ」
ガイは近くにいた星牙に声を掛けると、星牙は元気よく頷き未月に笑顔を向ける。
そしてそのまま勢いよく…それこそ腰に巻いたタオルが取れても気にせず脱衣場まで戻った。
星牙が戻ってくるまでの間、ガイはタオルを数枚水で濡らしてやる。
「ほら。ゆっくり体動かして仰向けになれ。………そうだ。急ぐなよ。ゆっくりでいい。デコにタオルかけるからな。ビックリすんなよ」
「…………冷たい。…気持ちいい」
「だろうな。気持ち悪いとか、目眩はしてないか?」
甲斐甲斐しくガイが未月の世話をしていると、扉がバンッ!と勢いよく開いた。
そこにいたのは両手いっぱいに何個も水の入ったコップを抱えた星牙。
手が使えないので、扉は足で乱暴に開けたらしい。
「未月!水持ってきたぞ!」
「………いや、水持ってこいっつったけどよ……なんでそんなに持ってきた?」
「いっぱいあった方がいいだろ!」
「………限度ってもんが……まぁいいか。一個取るから他落とすなよ。…おいお前。ちょっと体起こすぞ。………よし。ゆっくり飲め」
「…………うん。…ありがとう」
ガイに背中を支えられながら、未月はコップを両手で持ち、ゆっくり言われた通りに喉へ流し込む。
その間ユージーンと火狼は見てるだけで何一つ動こうともせず、未月に優しい言葉を掛けてやる事もしない。
そんな二人をガイは軽く睨み、苦言を口にする。
「…つーかお前ら………なんもしねぇのな。仲間のくせに薄情な奴等だぜ。しかもこいつまだガキだろ。お前ら大人がしっかり面倒見てやれよ」
ガイの言う通り、それは仲間としてあまりにも薄情な姿とも思えるが……ユージーンと火狼は今、ガイという男……この海賊を見定めていた。
二人の主である蓮姫、そして海賊王キラは、昼間の戦闘でお互いを信用し、信頼している。
海賊王キラの秘密をなんとなく察したユージーンと火狼は、蓮姫とは別の理由と根拠の元、キラはある意味信用出来る…蓮姫を裏切ったり傷付けたりしない、と取り敢えずは判断した。
では……海賊王の部下はどうか?
そう考えた二人だったが…目の前の海賊王の右腕、副船長ガイは本気で未月を心配していた。
火狼はいつものニヤリとした笑みを浮かべると、軽口をたたくようにガイへと謝る。
「ごめんごめん。でもさ、副船長さんがみ~んなやってくれたじゃん。俺達の出る幕なんざ無かったぜ。なぁ、旦那」
「あぁ。だが、仲間を気遣ってくれて感謝する」
「いや、それは別にいいけどよ…」
「そーいや、副船長さんだけ?海賊王は?」
「船長は地下にある倉庫に行ってる。………なんだ?船長じゃなく俺だと…不満だってのか?」
火狼が海賊王キラの話題を出すと、ガイは鋭い目で火狼を睨むように、探るように見つめる。
相手を警戒し、見定めようとしているのはガイも同じだった。
しかしガイにいくら睨まれようと、それこそ怒鳴られようと、火狼もユージーンも怯む事は無い。
「いや別に~。ただ、せっかく仲良くなったんだし。男同士、裸の付き合いでもしてさ。もっと仲を深めたいな~、とか思っただけ」
「ハッ。なんだよ。お前ソッチか?残念だったな。確かにうちの船長はかなりの美人だが……男と風呂入って仲良くする趣味は無ぇ。他当たれ。むしろそっちの美人にしとけ」
「ぜっっってぇ断る。あっち行け犬」
「ちょっと!?俺もソッチの趣味無いかんね!旦那には何度も言ってんじゃん!むしろ訂正してよ!俺の味方してよ!」
ギャンギャンと喚く火狼に、そっぽを向くユージーン。
蓮姫が見たらいつもの光景だと呆れるだろう。
普段なら彼女による鉄拳が下り終わる流れだが……当然、ここに蓮姫はいない。
あまりにも騒がしい火狼の様子に、話を振ったガイですら呆れていた。
「おい、騒ぐな。弐の姫の嬢ちゃん達が驚くだろ。言っとくがな、ここの会話全部、隣に聞こえてるからな」
火狼とユージーンのやりとりは演技ではなく素だと気づいたガイは、少し警戒を解き、自身もまた温泉へと入る。
そして彼等の主である蓮姫を話題に出し、騒ぐ二人を止めようとするが、火狼とユージーンから返ってきたのは意外な言葉。
「姫さんなら隣にいねぇよ。なんか待ってるように案内された部屋にも風呂あんだろ?そっち入るってさ。あそこも温泉なんだろ?」
「は?嬢ちゃん入ってねぇのか?確かにここの風呂は全部温泉だけどよ、内風呂で済ますなんざ勿体ねぇ。ここには嬢ちゃん襲うような馬鹿も、嬢ちゃんを悪く言う馬鹿もいねぇから安心してくれ、って伝えといてくれや」
「そういう意味ではありませんよ。しかしお気遣い感謝します。先程もそうでしたが……貴方は他人を気にかけるいい人のようですね」
「ハハッ!よせやい!海賊に向かって!おい!お前ら回復したか?なら温泉もっと楽しめ!足湯だけでも気持ちいいからよ!」
ユージーンに褒められ気を良くしたのか、ガイは豪快に笑って星牙と未月にも声を掛ける。
このガイの様子も演技ではない。
それはユージーンと火狼も既に見抜いていた。
昼間の戦闘や会話、そしてこの島の住人達を見ていれば嫌でも分かる。
極悪非道と呼ばれる海賊王とその一味は……とても仁義に厚い、人々に慕われる集団だと。
彼等を嫌うのは、彼等が心底嫌悪嫌する行動をして制裁を受ける者達。
奴隷を使った事で因果応報を受けた一部の上流階級だけだ。
「未月?大丈夫か?」
「……大丈夫。……足湯って何?」
未月は足湯を知らないらしくキョトンとした顔で星牙に尋ねるが、星牙の方もその言葉にキョトンと目を丸くする。
「え?足湯知らねぇの?足湯ってのは、足だけ温泉に浸かって温まるやり方なんだ。足湯だけならそんなにのぼせ……………ん?」
説明しながらペチペチと未月の足を触っていた星牙は、未月の足にある……模様のようなモノを見つけた。
「未月。コレ何だ?」
未月は星牙の言っている意味が分からず、首を傾げる。
「……コレ?……どれ?」
「コレだよコレ。足にあるマーク。なんでこんな………あぁっ!?そういや奴隷達にも体に変な模様ある奴いたよな!ハートとか星とか!あれ貴族に付けられた傷だろ!?未月!お前ももしかして奴隷だったのか!?」
「なんだと!?見せてみろ!」
星牙の言葉に反応したのはガイ。
ガイは怒りの形相で温泉から出ると、未月へと駆け寄る。
ユージーンと火狼も気になったのか、ガイに続いて温泉を出ると未月の元へ向かった。
彼等が見たのは………未月の足…右の脹脛外側にある…大きな三日月形の古い傷痕。
「あ、ホントにあんじゃん。三日月?コレ結構古い傷痕だな。坊、こんなんいつ出来たんよ?」
「呑気に聞いてんな!おいお前!奴隷だったのか!お前に酷ぇ事したのは何処のクソ貴族だ!教えろ!俺達がぶっ倒してやる!」
『奴隷』という単語に海賊王と同じような反応をするガイだったが、未月はフルフルと首を横に振った。
「……ううん。…俺……奴隷じゃない。……コレは…昔からある」
「昔から?」
「…うん。……子供の頃から。…気づいたら…もうあった」
「……そう…なのか?でもこんな傷……狙って出来ねぇだろ?お前が付けたんじゃねぇなら、誰かに付けられた傷に決まってる。そういや弐の姫の嬢ちゃんは回復魔法使えたよな?そんなクソ傷、跡形もなく消してもらえ」
「………ダメ」
ガイはこの傷が故意につけられたモノだと思い、未月に提案するが…その提案を未月本人が首を振って断る。
そんな未月の反応に、ガイは軽く困惑した。
そしてユージーンも……珍しい未月の様子を不思議そうに見つめる。
「ダメって…お前」
「未月。なんでダメなんだ?なんでこの傷痕を、お前は残したい?」
未月は何故かこの傷にこだわっている。
そう感じたのユージーンとガイだけでなく、火狼と星牙も同じだった。
全員の視線を浴びながら、未月は呟くように話し始める。
愛おしそうに、優しい眼差しで自分の足にある…三日月形の傷を眺めながら。
「……昔から…コレ見てると……変な気持ちになった。……でも最近は…変じゃないって…わかった。…コレ…母さんと同じ。…見てると…母さんみたいに……あったかい気持ちに…なる。…前に…万能薬飲んでも…コレ消えなかった。……きっとコレは…俺にとって……大事な傷。…俺…この傷好きだ。……だから消さない。……消したくない」
しっかりと、そしてハッキリと自分の意見を告げる未月。
その話を聞き、未月の顔を見れば、彼がこの傷を大切に思っているのはこの場にいる全員に伝わった。
この傷がいつ出来たのか?
誰がつけたのか?
それは未月本人も知らないし、分からない。
この傷を愛おしく思う理由も、未月本人が一番分かっていない。
それでも……この三日月形の傷は、未月にとって大切なモノだった。
本能で……この傷は大切なモノだと、未月は幼い頃から感じていた。
若干しんみりした空気が浴室の湯気と一緒に、この空間に満ちる。
そんな空気を唯一感じていない星牙は、いつもの明るい調子で声を上げた。
「そっか!ならいいじゃん!未月が好きなら残しておこうぜ!そうだよな!綺麗な三日月だし!あ、だったらさ!『未月』より『三日月』って名前の方が似合うんじゃないか!この際だからいっそ改名しちゃえ!」
『ナイスアイディア!』と言いたげに話す星牙だったが、その言葉にもまた未月は首を横に振る。
「…それも…ダメ。…『未月』は…母さんがくれた……俺の大事な…名前だから」
「あ、ごめん。そうだよな。親に貰った名前は大事にしなくちゃだもんな!俺も親父とおふくろが付けてくれた『星牙』って名前大好きだ!生まれて17年、変えようなんて思ったこと……そういえば未月って歳いくつ?」
「……俺?…16」
「年下だったのか!?俺と同じくらいの身長なのに……一個下。…ヤバい。越されないように俺もっと頑張ろ。風呂出たら牛乳三本飲もう。これから毎日牛乳五本飲もう」
何故か未月が年下だと知り、変な危機感と対抗心が芽生える星牙。
頑張る方向が違うような気もしなくもないが…少年の決意に水をさす大人はここにはいない。
というより、本気で相手をしてくれる優しい大人がいなかった。
ユージーンは星牙の決意に全く興味が無いし、火狼は面白そうに『ククッ』と笑くだけ。
ガイは…呆れつつも野暮な事は言うまいと口を閉ざしている。
「なんにせよ!お互い親に貰った名前!これからも大事にしような!」
「…母さんは…親じゃない」
「え?違うの?」
「…うん。…母さんは………へ」
「へ?」
いつものように『大事な人』と続くはずだった言葉は何故か途切れ、未月は顔をムズムズとさせる。
そして次に出たのは言葉ではなく……なんとも可愛らしいクシャミ。
「へぷちっ!」
「うわっ!?み、未月!?大丈夫か!?」
「今度は体が冷えすぎたんだろ。やっぱ足湯じゃなくて軽く入れ」
「…うん。……そうする」
促すガイの言葉を合図に、再び全員で温泉に浸かる男達。
もう未月の足の傷については誰も口にしない。
大きな温泉にはしゃぐ星牙の声が響くだけ。
未月は温泉に浸かりながらも、足にある三日月形の傷を優しく撫でた。