緩和~愛する家族を全て失った男~ 10
殺した方は何とも思っていなくとも………殺された方は違う。
愛する家族…たった二人残された妹達を殺されたツルギ。
女王がなんの関心も持たず、むしろ見た目が醜いという理由だけで死すら望んでいる男は…女王を殺すという目的を胸に抱き、行動した。
手紙にあった反乱軍の村に出向くと、同じく女王を憎む反乱軍達に自分の恨みや憎しみを赤裸々に告げた。
とはいえ、急に現れた余所者に反乱軍達が耳を貸す訳も無い。
彼等は一斉にツルギへ襲いかかったが、誰一人としてツルギには勝てなかった。
交戦中、相手の剣が掠りツルギの包帯が解けて素顔が晒されると、反乱軍達はツルギの風貌を恐れ、今度は一気に距離を取った。
しかし……この村に偶然滞在していた他の集落の長イアンは、誰もが恐れ、気味悪がった化け物に興味を持った。
この化け物は、この場にいる誰よりも、女王に対して強い殺意と憎しみを抱いていると感じたからだ。
イアンはツルギと手を組む事を約束し、忠実な部下達とツルギを引き連れ、反乱軍の頂点である一愛の元へ向かった。
反乱軍の頂点である一愛はツルギと一族が共に行動する事を許し、ツルギは復讐の為に反乱軍と手を組む。
しかし彼等は……ツルギと反乱軍達は仲間ではない。
お互い利用価値があるというだけの関係性。
イアンも一愛も、ツルギに対して『女王や弐の姫を殺す手駒が増えた』としか思っていない。
当然ツルギの方もイアン達を信頼している訳ではない。
反乱軍はツルギの両親と弟アサヒの仇。
信頼どころか、心を許せるはずも無い…女王と同じく憎い仇。
だからこそ、ツルギは反乱軍も家族の仇である事はイアン達に伏せていた。
反乱軍を潰すよりも、女王や姫達を殺す方が遥かに難しい。
だからこそ……憎い仇でもある反乱軍と、一時的に手を結ぶ道を選んだ。
女王達を殺した後は……反乱軍を皆殺しにする、という目的の為に。
愛する家族を殺した者達への復讐。
それだけがツルギの……たった一つ残された生きる意味であり理由だから。
「そういえば………お前、名はなんと言ったかな?」
「……………貴様に言う必要はない」
弐の姫蓮姫を追って、ブラウナード領の港町へと入ったツルギとイアン一行。
部下が海へ出る為の船を手配している間、イアンはツルギへと尋ねる。
しかしツルギは答える気も話す気も無く、イアンの方を見る事すらしない。
ツルギにとってイアン達は仇の一味なのだから当然の反応だ。
それでもイアンはツルギに言葉を掛け続ける。
「ふっ。随分と寂しいことを言う。せっかく手を組んだというのに、我等は名前すら呼び合えぬ関係だと?」
「俺達はただ同じ目的の元、行動を共にしているだけだ。仲間でもなんでもない。名前を知らずとも問題は無いはずだ」
「ふむ。ならば今後も聞くまい。今のはただ、お前を呼ぶのに困るかと思って聞いただけのこと。しかし……我等は縁あって同士となった。この運命に感謝し、同じ志を持つ者として……お前にコレを授けよう」
そう言ってイアンは、懐から小瓶を取り出す。
中に入っていたのは透明な液体と……小さくて赤黒い…何かの実。
蓋のされた瓶の中に入っているのに…何故かその実から禍々しい気配を感じるツルギ。
「なんだソレは」
「我が一族には、古の魔法や呪いが多く残されている。既に世界から失われたと思われているモノもな。コレもその一つ。『怨嗟の実』という呪いの果実よ」
「『怨嗟の実』?」
「さよう。この『怨嗟の実』を取り込めば……お前の中の女王への恨み…そしてお前自身が更に強くなる」
「……何故、ソレを俺に?」
「お前の中にある女王への恨み、殺意は誰よりも強い。それは疑うべくもないだろう。今のお前は強い。だが女王や姫を殺すには……ただ強いだけの普通の人間では無理なのだ。それこそ……身も心も化け物とならねば、奴等は殺せぬ」
イアンの言葉をただ黙って聞き続けたツルギは、イアンへと手を差し出した。
それはつまり…その呪いの果実を受け取るという意味。
イアンは笑みを浮かべると、ツルギの手に小瓶をのせた。
「………効果はどのくらいもつ?」
「口にしたその時から、宿主が死ぬまで。その果実を液体ごと丸呑みすれば、宿主の中で種が芽吹き根を張る。『怨嗟の実』はお前の中にある恨みや憎しみを栄養分にし成長する。その代わり、お前に爆発的な力を与えるのだ。それこそ化け物のような、な」
「『化け物』…か。ふっ……フフッ…ハハハッ!コレを飲めば、俺は晴れて身も心も本物の化け物となる訳か。まさに『復讐の鬼』だな」
ツルギは小瓶を見つめて笑うと、蓋を開けて中身を一気に飲み干した。
そんなツルギを見てイアンは口元の笑みを更に深くする。
(呪いの果実をその身に宿した副作用、後遺症といったデメリットは一切聞かぬ、か。女王達を殺せる力が手に入るなら己の身に何が起こっても構わない、といったところだろう。やはりこの男…引き入れて正解だったな)
ツルギが『怨嗟の実』を飲み終えた直後……彼の心臓はドクンッ!と大きく脈打ち、全身が燃えるように熱くなる。
そしてツルギの体は一瞬……あの化け物のような顔ではなく、黒髪に水色の瞳をした普通の男……本来の自分の姿を取り戻した。
それは果実の影響で化け物となる前に、一時的に本来の姿になっただけで直ぐに彼の黒髪は白髪になり、両目もまた化け物のように戻る。
この変化が一瞬だった事で、ツルギ本人は気づいていない。
だがツルギ本来の姿を見たイアンには……何故か彼が…ある人物と重なって見えた。
「っ!?」
「ぐぅっ!……全身熱く…ビリビリと痺れるような感覚だが……体の内から力がみなぎってくる。とてつもない力が…俺の中にある恨みが全て、この身から溢れるようだ。……悪くない」
「そ、そうか」
「………なんだ?何か言いたいことでもあるのか?」
「い、いや。知っていた者と…お前が似ているような………気のせいか」
「気のせいだろ。まぁ世の中、似たような人間は腐るほどいるという話だが……俺のように化け物めいた見た目の奴はいないだろうからな」
「…………そうだな」
「首領!船の準備が整いました!」
「……分かった。出発しよう」
部下の声に答えると、イアンはツルギを引き連れ船へと向かう。
心の中でまだ、本来のツルギの姿と脳裏によぎった男の姿を思い浮かべながら。
(何故だ?何故…髪も目の色も違うというのに………あの男の姿がこの男と重なった?…若様の傍にいた……死んだはずの……殺されたはずの…あの男と)