閑話~愛する家族を全て失った男~ 7
ツルギが王都を出て三日目。
サクラとフブキはいつものように城の回廊で掃除をしていた。
モップを手に取り丁寧に床を磨いていると、遠くから女王が数人のメイドを引き連れ歩いてくるのが見える。
二人は掃除の手を止めると、メイドとして女王が通り過ぎるまで頭を下げようとしたが…それを女王が呼び止めた。
「あぁ、お待ち。お前達……ちょっと顔を見せておくれ」
「っ、は、はい!陛下!」
女王に急に呼びかけられた事で、フブキはビクッ!と肩を震わせながら返事をする。
天真爛漫だが注意力散漫であり不器用なフブキは、いつも何かしらのミスをしてメイド長に叱られていた。
今回、女王に呼び止められたのも何かのミスかと思い青い顔をしている。
サクラはそんな妹に内心呆れつつも、メイドとして礼儀正しく振舞った。
「陛下。本日もその麗しきご尊顔を賜り、恐縮至極に存じます」
「ふふっ。そうじゃろう。妾は誰よりも美しいからな。して、お前達……いや、そなた達姉妹は確か………サクラとフブキ…だったな?」
「はい、陛下。わたくし達のような者の名を覚えて頂き、光栄です」
「おや?妾が忘れるわけなかろう?そなた達は……この妾が助けたのだから」
誰もが見惚れる微笑みを浮かべる女王麗華に、そして彼女の今の言葉にサクラもフブキも自然と微笑み返す。
「はい。わたくし達は、そして兄も、陛下に命を救われました」
「陛下は私達にとって命の恩人!お母さんみたいな存在です!」
「っ、フブキ!無礼な事を言わないの!」
「あっ!す、すみません!陛下!お許し下さい!」
調子に乗ったフブキが嬉しそうに女王へと告げたが、それは一介のメイド風情には許されぬ発言。
世界を治める女王を母のように慕うのは、個人の自由だ。
慕われぬよりよっぽどいい。
だが、あくまで彼女達はメイド…使用人だ。
仕えている主を家族…自分達と同等のようだと発言するのは、主への侮辱に当たる。
主からならともかく、使用人からそのような事を言うなど無礼極まりない。
しかも相手は世界の頂点に立つ女王様。
だからこそ姉のサクラは妹のフブキを叱りつけ、女王へと深く頭を下げる。
「陛下。妹の無礼をお許し下さい。陛下への無礼に対する妹の罰は、姉のわたくしが代わりに」
「おやおや。何を言うかと思えば…そなた達のように可愛らしい子等を妾が咎めるはずあるまい。母のように…か。その言葉、妾はとても嬉しく思う。妾にとってもそなた達は……可愛い娘も同然じゃからな」
「っ、陛下……勿体ないお言葉です」
「陛下!ありがとうございます!」
「ふふっ。さぁ…顔をお上げ。妾の可愛い娘達」
女王がサクラとフブキの頬に手を添えると、二人はゆっくりと顔を上げた。
二人の目に映ったのは……とても楽しそうな…女王麗華の美しい笑顔。
「そなた達も妾に仕えて長いな。いつもいつも御苦労様。妾はそなた達に感謝しておるぞ」
「いえ!感謝しているのは、わたくし達の方です!兄を含め、わたくし達兄妹は、生涯陛下にお仕えし、御恩をお返しして参ります」
「お姉ちゃん…じゃなかった!姉の言う通りです!私達は今までも、これからも陛下にお仕えします!陛下の為に生きられる事が私達も嬉しいんです!」
メイド二人の心からの言葉に、女王麗華はニヤァ…と笑みを深くした。
「……本当に…なんと可愛いらしい娘達。では…妾の頼みを聞いてくれるか?」
「勿論です!陛下!何なりとお命じ下さい!」
「はい!陛下の為なら!私達はなんだってします!」
「そうか、そうか。ならば丁度いい。そなた達に頼もう。あぁ、お前達。妾はこの子等と大事な話がある。全員退がれ」
「畏まりました」
女王に命じられ傍にいたメイド達は、恭しく頭を下げると全員が女王の命令に従いこの場から離れていった。
残されたのは女王と、サクラとフブキ…三人のみ。
女王はサクラとフブキに微笑むと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「皆、行ったようじゃな。では…サクラ、フブキ」
「「はい!」」
「【誰にも他言せず、妾が今から言うことを遂行せよ】」
女王が想造力を込めて告げた瞬間、サクラとフブキの心臓はドクン!と大きく脈打つ。
そして女王からの言葉を聞き終わると、二人は速やかにこの場を離れた。
「………これでよい。後は二人があの子を連れてくるのを待つのみ。ふふっ。本当に可愛い子等……じゃったな」
過去形で告げる女王麗華は満面の笑みを浮かべると、謁見室へと向かった。
フブキとサクラが必ず連れてくる……ある人物を待つ為に。
女王の命令……いや、密命を受けたサクラとフブキは、ある場所へと向かっていた。
王都の貴族街にある……コレット侯爵邸…ソフィアの家へと。
難なく邸へと侵入し、邸の本当の使用人達の話を盗み聞きしながら、他人に見られぬよう庭にいるソフィアの元へと向かった二人。
それは一介のメイドとは思えぬ…まるで訓練されたスパイのような行動。
それもそのはず。
サクラとフブキには……既に自分達の意志など…無かったのだから。
女王麗華が想造力を込めて放った命令。
それにより…サクラとフブキは、女王のあやつり人形と化していた。
女王が二人をこのように操った目的は一つ。
蓮姫を慕い、蓮姫もまた可愛がっていたソフィアに魔術を掛け、今この時……玉華にいる蓮姫の元へレオナルドと共に向かわせる事。
これはあのアビリタでキメラを倒した蓮姫への、女王麗華が下した罰。
全ては蓮姫に罰を与えるため。
そのためだけに…サクラとフブキは、恩人と敬い、母と慕う麗華に身も心も操られ……利用された。
翌日、王都の隣国レムスノア皇国。
この国に出張に来ていたツルギは、妹達との約束通り早々に任務を終えていた。
そもそも今回の出張任務は、本来天馬将軍である久遠のものであり、レムスノア王家から任命されたのも久遠。
若くして将軍にまで出世した久遠の噂はレムスノアにも広まっており、将来有望な若き天才将軍と関わりたいというレムスノア王家の思惑からの指名だった。
だが将軍として多忙な久遠は、自分の代わりとして副官のツルギを任命し、レムスノアへ向かわせた。
常日頃から深く信頼しているツルギなら、自分の代わりを必ず務め、期待に応えるだろうと判断した久遠。
そして噂の天馬将軍を待っていたレムスノアに来たのは、見目麗しく神童と呼ばれていた久遠ではなく……顔に包帯を巻いている不気味な副官。
その姿を見たレムスノア王家や重臣達、軍は眉間に皺を寄せ、酷く落胆した。
レムスノア側から言ってしまえば、ツルギは招かれざる客。
結果、レムスノア王家達は不気味な副官のツルギを必要以上に持て成したり、会食に誘う事もなかった。
手短に、だが下手に探られたり長居されぬよう確実な情報を提示した為、早々にツルギの任務は終了。
三日目にしてレムスノアにいる理由が無くなったツルギは翌日…つまり今日の朝、簡単に挨拶を済ませるとレムスノアの皇宮を出た。
後は愛しい妹達が待つ王都に帰るだけ。
(思ったより早く片付いて良かったな。これなら間に合う。約束を守れるな)
ツルギはレムスノアの大通りを歩きながら、妹達の笑顔を浮かべる。
それは顔半分が包帯で巻かれていても分かるほどに、満面の笑顔だった。
彼が思い出した妹達の笑顔と同じくらい。
(せっかくだし…二人に何か土産でも買っていくか。………そうだ。ここはレムスノア。サクラとフブキにピッタリの土産があるじゃないか)
レムスノアにはこの世界の誰もが知る有名な特産がある事を思い出したツルギ。
真っ直ぐレムスノアを出る為に歩いていた彼の足は、ある場所へと方向を変える。
彼が向かったのは……大きな宝飾店。
カランカラン。
「はい。いらっしゃ…っ!?」
扉についた鐘が鳴ると、店主らしき人物は笑顔で客を迎えようとした。
しかし入ってきた不気味な風貌の男の姿に、顔を青ざめて固まる。
こんな他人の反応はいつもの事だ、とツルギは気にもせずに要件を口にした。
「失礼する。レムストーンを買いたいんだが」
「えっ!?あ、は、はい!お客様でしたか!そ、そうですよね!はは……こ、こちらへどうぞ」
訳の分からない事を言う店主だが、客だと確認するとツルギをカウンターへと案内する。
ツルギが目の前の椅子に座るのを確認すると、店主は商売人としてツルギへと向き合った。
「では…レムストーンのご購入という事で、ありがとうございます。御希望のカットと装飾はございますか?」
「出来るだけ豪勢にしてほしい。金に糸目はつけない。ただ一つは桜の花を、一つは雪の結晶の飾りを入れて欲しい。桜の方はイヤリング、雪の方はピアスで」
最近、洒落っ気づいたフブキは両耳に穴を開け、毎日違った色の小さいピアス(貰い物や安物)を付けている。
逆にサクラはアクセサリーにはあまり興味がなく、ピアス穴は空いていなかった。
だからこそツルギは、サクラにはイヤリングを、フブキにはピアスを送ろうとしている。
そしてそんなツルギの言葉に、店主は少しだけ眉をひそめ困惑した。
レムストーンとは恋人や家族…大切な者に送る石であり、主に耳飾りに加工する。
家族に送る時は豪勢で派手な装飾を、恋人や伴侶のように想い人へ送る時はその者をイメージしつつもシンプルな装飾をする。
ツルギの要望はその両方の特徴をどちらも含んでおり、しかも二つ。
店主は好奇心を抑えられず、客であるツルギに失礼と知りながらも尋ねずにはいられなかった。
「レムストーンをお二つ…ですか?あの…失礼を承知でお聞きしますが……贈るお相手はどのような方々でしょう?」
店主の質問を聞き、ツルギは真剣な表情で答える。
「俺の妹達だ。レムストーンの装飾の特徴は俺も知ってる。だからこそ豪華で…妹達を象徴するレムストーンの耳飾りが欲しい」
「家族と想い人…どちらの特徴も入れたレムストーンの耳飾り…ですか?」
「あぁ。俺は…こんな見てくれだ。想い人も結婚も出来やしない。俺にとって大切な人は……もう妹達しかいない。だから妹達には、最高のレムストーンの耳飾りを送りたいんだ。俺を愛して、俺が愛するたった二人の…大切な家族だから」
ツルギの言葉を聞き、店主は納得したように微笑み、大きく頷いた。
この店にはレムスノア国内だけでなく、世界中から多くの客がレムストーンを求めに来る。
レムストーンを贈る相手を語る時…客達は誰もが優しく、穏やかで、愛しげにその相手の事を語っていた。
このツルギも……これまでの客達と同じ。
何より、ツルギの言葉だけでなく、ツルギの風貌を見る限り…彼も、そして彼の妹達もお互いを大切に思っていると、店主にも十分伝わった。
「……左様でしたか。では妹様方に喜んで頂けるよう、最高の耳飾りを造らせて頂きます」
「頼む。それと…時間はどれくらいかかる?頼んでおいて悪いが……妹達に早く帰ると約束したんだ」
「ご安心下さい。この店はレムスノア建国時からある老舗です。初代はレムスノアがまだツクヨミ王国だった頃に名を馳せた装飾の名人を師にしておりました。その技術は現代までしっかりと受け継がれております。私は迅速に、かつ丁寧なお仕事をお約束致しますよ。直ぐに取り掛かりましょう」
「ありがたい。感謝する」
素直に礼を告げるツルギを見て、優しく微笑む店主。
最早店主の中にツルギへの偏見は無くなっていた。
今までの客同様、最高の耳飾りを造ろうと思う程に。
その約束はしっかりと守られ、店主は短時間で豪華な桜の装飾のイヤリングと、雪の装飾のピアスを完成させた。
ツルギもその出来栄えに喜び、深く店主に感謝すると、指定された以上の金額を店主に渡して店を出る。
「今は昼前。王都までは馬で急いでも半日かかるから……夜には着くな。帰ろう。……早く…サクラとフブキにこれを届けたい」
きっと妹達は驚くだろう。
自分の誕生日なのになんで妹にプレゼントを買ってきたんだ!と小言を言うだろう。
そして……満面の笑みを浮かべ、この耳飾りを付けてくれるだろう。
「サクラ…フブキ。約束通り、兄ちゃん直ぐに帰るからな。……待ってろよ」
ツルギは妹達への想い、そして耳飾りを胸に抱きながら、馬を走らせた。
早く愛しい、大切なたった二人の家族…妹達の元へ帰ろうと。
15年前と同じ……何の変哲もない日常が待っていると信じて。
愛しい家族と共に過ごせる毎日が、また明日からも続くと……信じて。