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虚ろな心 3


「ちょっと!なんか言ったらどうなのよ、このブス」


「そうそう。『生きててスミマセン。皆さんのためにもう死にます』とか言えっつの。あ、無理か?弐の姫だもんね。そんな簡単な事も出来ないんでしょ」


「ほんとウザイ。ねぇ、世話とか面倒だからさっさと死んじゃえっての。ねぇ聞いてんの?」


バシバシと笑いながら、平手で蓮姫の頬を叩き続けるメイド達。


あまりの彼女達の対応に、蒼牙は黙って見ていることなど出来ず、乱暴に扉を開けた。



バンッ!!



「お前達!何をしている!!」


急に現れた飛龍大将軍に、メイド達は慌てて蓮姫から離れた。


「ひ、飛龍大将軍!?」


「ち、違うんです!!わ、私達は……あ、あの…」


「に、弐の姫様が………」


「そ、そうですよ!これは私達じゃなくて!弐の姫が…その」


決定的瞬間を見られたというのに、彼女達は苦し紛れの言い訳を口にする。


何が違うと言うのか?


挙句の果てには蓮姫のせいにしようとする始末。


「…………出て行け…」


「ひ、飛龍大」


「今すぐ弐の姫様の部屋から出て行け!!」


「「は、はい!!」」


蒼牙に怒鳴りつけられ、メイド達は脱兎(だっと)の如く部屋から逃げ出していった。


蒼牙は開けられたままの扉を閉めると蓮姫へと近付く。


相変わらず反応はなく、その視線はどこを見ているのか分からない。


蒼牙はテーブルにあったフキンを使い、蓮姫の服やシーツについたお粥を拭き取った。


「……弐の姫様…」


「……………………」


「……申し訳……ありませんっ…」


蒼牙は蓮姫に対して悪い事など何もしていない。


それでも謝らずにはいられなかった。


この世界の人間として、謝らずにいられなかった。


勝手に弐の姫にしておいて、勝手に忌み嫌うこの世界の住人達。


メイド達の口ぶりから、あの様な光景は日常茶飯事だった事がわかる。


最初に会ったメイドも、弐の姫よりもソフィアの容態ばかりを気にしていた。


この邸の使用人達は、弐の姫に仕える気など無い。


主に言われるまま仕方無く、嫌々世話をしているだけだ。


「弐の姫様……どうして……あなたばかりが…辛い思いをしなくては…ならないのでしょうか…」


「……………………」


「リックの事も聞きました。貴方は誰よりもリック……庶民達…他人の為に尽くしたのに……申し訳ありません」


蒼牙がお粥を拭き取ると同時に、蓮姫の部屋へとレオナルドが戻ってきた。



「飛龍大将軍。出迎えもせずに申し訳無い」


「いえ、私が勝手に押し掛けたようなものです。……レオナルド様…お話があります」


「なんでしょうか?」


蒼牙はメイド達の行動を伝えようとしたが、グッと、口をつぐんだ。


公爵邸の内情をただの軍人が、勝手に口を挟んでいい訳はない。


レオナルドが蓮姫を大切にしている事は、蒼牙も知っている。


だからこそ彼女の事を、彼女の周りで起こっている事を何も知らない、と彼に突き付けるのも躊躇(ためら)われた。


そんな蒼牙が出した答えは……


(しばら)く…弐の姫様を我が故郷、玉華(ぎょくか)へとお連れしたいのです」


「っ!?…な…にを…いきなり」


「王都は弐の姫様にとって辛い思い出があります。ならば王都を離れ、ゆっくりと静養(せいよう)なされた方がいいかと。玉華は我が息子が治めていますし、我が一族が弐の姫様に仕え、お世話を致しますゆえ」


蒼牙の突然の申し出に、レオナルドは驚きを隠せない。


「レオナルド様もご存知の通り、我が玉華は王都と比べるべくもなく田舎です。しかし恵み豊かな緑に囲まれ、心安らかに静養するには良い所です。なので」


「ちょっ、ちょっと待って頂きたい!何故急にそのような事を?蓮姫は今まで通りこの邸にて過ごさせるつもりです!陛下の勅命(ちょくめい)でもありますし……わざわざ弐の姫を王都から離れさせる意味など無い」


「理由は先程説明した通りです」


「しかし!今までも不備は無かった。蓮姫の世話もメイド達に任せてあります!」


そのメイド達に問題がある、と蒼牙は言いたかったが、レオナルドをこれ以上追い詰めるだけだと、心の中だけにとどめた。


「レオナルド様が弐の姫様を大切に想っている事は存じています。公爵様やこの邸の者達に対して、不審があるわけでもありません。しかし、今の弐の姫様の状態を見て………何処か静かな、安心できる場所にて、ゆっくりと静養なさって頂きたいのです」


「だ、だが……玉華ともなると…俺…次期公爵である私が共に行く事は勿論…早々会う事も……」


「レオナルド様。弐の姫様を大切に想っているのならば、何が弐の姫様にとって一番良いのか……婚約者としてお察しください」


蒼牙の真剣な表情、真摯な態度にレオナルドは暫く黙り込む。


そして彼が出した答えは



「少し……考える時間を頂きたい」



レオナルドの言葉に、蒼牙はそれ以上追求せず、蓮姫とレオナルドに一礼すると扉へと足を向けた。


扉を出る際に一言告げて。


「良い御返事をお待ちしております」




蒼牙は公爵邸を出た後、その足で庶民外へと向かった。


あの日から一週間……蒼牙は毎日庶民街へと赴き、復興を手伝っている。


しかし、街の様子は勿論、人々の様子はそう簡単に修復されたりはしない。


焼け崩れた建物。


道行く人は子供ですら表情が暗い。


そんな中、蒼牙は探していた人物を見つけた。


それは相手も同じで、蒼牙を見ると走り寄る。


「おっさん!」


「カイン。街の復興状況はどうだ?」


「見ての通りだ。若い奴や男中心で建物直したりしてるけどよ……そんな直ぐには良くならねぇ」


「………そうだな。近々軍からも人を寄越(よこ)そう。復興費用や材木等の調達もしておく」


「……いつも悪ぃな。でも、蒼牙のおっさんにしか頼めねぇし…」


「気にするな」


蒼牙は貴族だ。


だが、王都とは離れた玉華の()であり、玉華は彼の一族が代々領主を務めている。


王都の家柄だけの貴族ではなく、真に民を収める資質や人柄のある蒼牙に、庶民街の者達も深い信頼を寄せていた。


ソレは大の貴族嫌いのカインが認め、頼るほどだった。


「……おっさん……話は変わるけどよ…」


「あぁ、わかっている。弐の姫様には今しがたお会いしてきたところだ」


蒼牙は昨日庶民街へ来た際にもカインと出会った。


そして彼に、頭を下げられ頼まれた。


『おっさん……蓮の様子を見て来てくんねぇか?俺達庶民は、貴族の邸……それも公爵邸なんかには入れねぇからさ』


カインの頭からは、あの時の悲劇や蓮姫の様子が脳裏から離れなかった。


それでも……どんなに心配しても、仲が修復しても、彼女を(なぐさ)めたくても…庶民が自分から、弐の姫に会

うため公爵邸を訪ねるなど許されない。


「お前が予想しているよりも、今の弐の姫様の状況は深刻だ。弐の姫様を取り巻く環境は劣悪(れつあく)と言ってもいい」


蒼牙は公爵邸で見た事をカインに話した。


初めは同情や心配の眼差しで蒼牙の話を聞いていたカインだったが、話を聞くにつれ、その瞳は怒りを帯びていく。


蒼牙の話が終わるとほぼ同時に、カインは側の壁を殴った。


「クソッ!!」


「その怒りは……メイド達に対してか?」


「………違ぇ。蓮を認めねぇ奴等も!ソレに気付かない甘い公爵やその息子も!!何より…俺自身にムカついてんだよっ!!」


「カイン…」


「わかってんだよ!俺もそいつ等と変わらねぇって事ぐらい!!弐の姫ってだけで、蓮の事を街から追い出したんだ!あいつが今まで俺達と過ごして!蓮がどんな奴か知ってたってのに!!」


カインが後悔していたのは、反乱軍の襲撃時のことだけでは無い。


蓮姫が弐の姫だと分かったあの日。


彼は怒りのままに、心にもない言葉で彼女を傷付けた。


いくら後悔しても時は戻らない。


何も変わらないのに。


「弐の姫なんて名乗れる訳ねぇ。だから蓮は俺達に正体を明かさなかった。それでも……嘘付いてても…俺達と過ごしてた蓮は…嘘じゃなかった。あいつは俺達と普通に毎日笑ってただけだ。それなのによっ!俺達はっ!俺はっ!!」


「カイン。後悔しても時は戻らない。だが()やむ事で、先が変わることもあるもんだ」


「………おっさん」


「今のお前に出来る事は何も無いかもしれんが、ソレはお前だけじゃない」


蓮姫のために何かしたい、償いたいと思うのはカインだけではない。


それでも、今の蓮姫には何をしようとも、何を語ろうとも……届かない。


「お前が償いたいと思うだけでも充分だ。今回の件で弐の姫様を廃するべきだ、壱の姫様が即位するまで何処かに隔離(かくり)すべきだ、という声で城内は持ちきりだ。ソレは庶民街でも同じだろう」


「ムカつく話だぜ。……なんでも蓮のせいにしやがってよ!」


「カイン。……あれからマチルダ…リックの母親はどうだ?」


その蒼牙の言葉に、カインは暗い表情を浮かべる。


「店は全焼しちまった。今は別の家に厄介になってっけど……」


そこまで言ってカインは言葉を止める。


蒼牙にはそれだけでわかった。


彼女の…子供を失った心の傷は深く、誰にも癒せない。


恐らくその憎しみも相当深いだろう。


蓮姫に向けられた憎悪(ぞうお)は、生涯消えないかもしれない。


蒼牙は街の様子を見て再度、蓮姫を玉華へと連れて行くべきだと考えた。


「今後……蓮はどうなんだ?貴族達の言う通り…何処かに」


「わからん。お決めになるのは陛下だ。しかし、隔離とまでは行かなくとも、この王都で弐の姫様の居場所が無いのも事実だからな」


「居場所が無いんじゃねぇよ。弐の姫の居場所を……誰かが奪うんだ。俺にしろ……他の奴にしろ…」


カインは遠く……公爵邸を見つめながら呟く。


居場所も無く、友を失い、心をも失ったかもしれない蓮姫。


どんなに彼女の為に尽くしたいと思っても


どんなに彼女を慰めたくとも


どんなに彼女の側に居たくても



ソレは今は叶わない。


彼女自身………彼女の心が、今は無いのだから。



彼女を思う者達は



彼女がまた再び笑ってくれるのを待つしかない。



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