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閑話~愛する家族を全て失った男~ 4


アサヒが反乱軍と共にこの地を去った頃……アサヒの兄と姉達も、既にこの森を離れていた。


キラーウルフとの対峙(たいじ)後、気を失っていたツルギ。


ツルギの上の妹であるサクラは、兄を見捨てる事もせず、その体を引っ張ったが、10歳にもなっていない子供ではろくに前に進めなかった。


もっと幼いフブキは泣く事しか出来ない。


しかし地面に引きづられた事、妹が近くで泣き叫んでいる事でツルギは目を覚ました。


元々、森の端の近くまで来ていた為、三人はやっとの思いで森を抜ける。


その後…反乱軍や魔獣の脅威(きょうい)、燃え盛る森を抜けた後も……この兄妹達の苦難は続いた。


ツルギは変わらず体中から血を流し、特に顔の左半分は皮膚が禿げ、肉がえぐれている。


傷の手当てなど出来るはずもない妹達は、血だらけの兄の顔にハンカチや自分のエプロンを縛り付けるだけの応急処置をした。


大人でも失神する程の凄まじい痛みが、ツルギを襲い続ける。


だがツルギは、これ以上妹達を不安にさせないよう、恐怖を与えぬように、泣きたいのも叫びたいのも全身全霊で抑え込む。


弟のアサヒもそうだったように、兄ツルギの体も普通の人間より頑丈であり、生命力も強かった。


何より『妹達を守る』という精神力が、とてつもなく強かった。


ツルギは焼けるような顔や全身の痛みを(こら)えながらも、妹達を連れ、丸一日かけて近くの港町まで向かった。



やっと助かると思ったその町でも……ツルギ達は酷い目にあった。


汚い子供が三人。


それも一人は顔面に血で汚れた布を巻き付けている。


町の人間達は三人の……特にツルギの姿を気味悪がり、顔をしかめ離れていく。


それでもツルギは、妹達の為に町の人間に話しかけ続けた。


「……すみ…ません。…何……か…食べる物……と…水を…」


「ひぃっ!!こっち来んなっ!」


「おい誰か!こいつを町からつまみ出せ!」


「嫌だよ!こんなばっちい子供!」


町の人間達はツルギを化け物のように扱い、酷い言葉を浴びせツルギに近づこうともしない。


中には石や空き瓶を投げつける者もいた。


ツルギを助けてくれるどころか……優しく声をかけてくれる者、近づく者すらいない。


ツルギは人々に絶望し、この町から逃げたくなった。


しかし……ツルギは逃げなかった。


ツルギは逃げるわけにはいかった。


ツルギ一人なら逃げても良かった。


このまま野垂れ死んでも良かった。


だがツルギは一人ではない。


腹を空かせ、心も体も疲れきった妹達がいる。


自分にはもう両親も弟もいない。


残されたのは……二人の妹だけ。


(せめて……せめて…二人は…サクラとフブキだけは……俺が守る)


ツルギはどれだけ(ひど)い目にあっても物乞(ものご)いをやめなかった。


そして生きていく為に…妹達を生かす為に、ゴミ箱の中の残飯(ざんぱん)(あさ)り、時には盗みもした。


必死に生きようと…妹達を生かそうとするツルギだったが、大人達の対応は酷いものばかり。


「このガキ!よくも店のパンを盗みやがったな!このっ!このっ!!」


「うわっ!こいつ臭ぇぞ!あっち行け!シッシッ!」


「変な病気じゃないかい!?近寄らんでくれ!」


大人達に素手や(ほうき)で殴られ、蹴られ、暴言を吐かれ、唾を吐きかけられた事もある。


だが妹達の為、ツルギはどれだけ酷い目にあっても…それらをやめなかった。


やっとの思いで手に入れた食料や水は、ほとんど妹達に与えた。


「…パン……これだけ?」


「…ごめ…な…フブキ。…明日は……もっとたくさ…持ってく…から」


「フブキ!そんな事言っちゃダメ!ねぇお兄ちゃん!私はいいから!お兄ちゃんが食べて!」


「…ハハッ。……バカ言うな。…俺は…兄ちゃんだぞ?…兄ちゃんが…妹のご飯…横取りするわけ……ないだろ?」


「でもお兄ちゃん!」


「兄ちゃんは…大丈夫だから。…サクラも…腹減って…だろ?……いいから…食べな。…お前達…見てるだけで…兄ちゃん……腹いっぱいだよ」


顔の半分は布で隠れ、どこもかしこも汚れ、傷だらけなのに……いつも通り妹達へ優しく微笑むツルギ。


兄の優しさを無駄に出来ないと思ったサクラは、無理矢理パンを口に押し込み『美味しいよ!ありがとうお兄ちゃん!』とツルギに笑顔を向ける。


涙をボロボロとこぼしながら。


「……大…丈夫だ。…サクラと……フブキだけは…兄ちゃんが…守る。……守る…から」


雨風も(しの)げない薄汚い路地裏で、兄妹三人は何とかその日その日を生きた。


生きていただけで……ツルギの体はとっくに限界を迎えていた。


この港町に来て三日経った頃には……ツルギはろくに動く事も、喋る事も出来なくなっていた。


顔の傷からは(うみ)がわき、顔に巻いた布は汚染され異臭を放つ。


妹達の呼び声にも、ほとんど返事をしなくなった。


痩せこけた体や目の下の(くま)、ヒューヒューという(わず)かな呼吸音が、妹達に兄の死を連想させる。


むしろあの怪我で、ほとんど水も食料も口にしないで、よくこれだけもったものだ。


日に日に衰弱(すいじゃく)し、刻一刻(こくいっこく)と死に近づく兄を前にしたサクラは……ある事を決断する。


「フブキ!お姉ちゃんと一緒に来て!お兄ちゃんを助けてくれる人を探しに行くよ!」


「うっ…ぐすっ。お、おにいちゃん……しなない?」


「死なないよ!今度は私達がお兄ちゃんを助けるの!ねえ泣かないでよ!お兄ちゃんこのままじゃ死んじゃうんだよ!嫌でしょ!?」


「っ、や、やだぁ!!おにいちゃあああんっ!!」


「ほら!だから!お兄ちゃんを助けてくれる人を探すの!一緒においで!」


「ふっ………ぅ…うん…」


「うん!いい子だね!お姉ちゃんと一緒に行こうフブキ!………お兄ちゃん…必ず助けてくれる人を連れてくるから。だから……っ、もう少し待ってて!」


サクラはそれだけ叫ぶと、フブキと共に裏路地かれ港町の大通りへと駆け抜けた。



その大通りで彼女達は……とんでもない大物と出会う。



それはツルギと妹達にとって……運命そのものとも言える存在。



「お願いします!お願いします!お兄ちゃんを助けて下さい!」


「うわぁぁん!おにいちゃん!おにいちゃあああん!!」


必死に叫びながら通りの大人達に声を掛け続けるサクラ。


姉の服の裾を掴み泣き叫ぶフブキ。


気味が悪い風貌(ふうぼう)の上、盗みを働いたツルギと違い、泣き叫ぶ少女達ならこの街の大人達も少しは優しく接し、話くらいは聞いてくれたかもしれない。


本来なら……普段ならその可能性もあった。


しかし今日だけは違う。


今日は誰も、泣き叫ぶ少女達になど構っていられない。


むしろ大人達は数人がかりで、泣き叫ぶ少女達を無理矢理地面に押し付けた。


「うるさい!このバカッ!!何やってんだ!」


「大きな声を出すな!道に出るな!」


「失礼な事するんじゃないよ!私達まで罰せられるだろ!」


大人達は何故か(おび)えており、サクラはなんとか頭だけを上にあげる。


その時、サクラは気づいた。


兄と共に来た三日前はこの大通りに人が(あふ)れ、たくさんの人が行き来していた。


それなのに……今は誰も彼もが、道の端に寄り、頭を下げ、中には(ひざま)いている者、土下座している者までいる。


そして大通りの中心には、武装した集団と身なりの整った大人達……そしてサクラ達が見た事もない程、豪華絢爛(ごうかけんらん)な馬車があった。


その馬車からするりと……美しい白い手が出て、ちょいちょいと誰かを手招きしている。


身なりの整った男が一人馬車へと近づくと、馬車の中にいた美しい手の者が言葉を発した。


随分(ずいぶん)と騒がしいのう。何かあったのか?」


「申し訳ごさまいません、陛下。何やら子供が騒いでおりまして。ご安心を。今、その子供達は街の大人達が押さえつけております」


「子供?確かに子供の泣き声じゃったな。…………ふむ。馬車を降りる。手をお貸し」


「は?へ、陛下…しかし」


(はよ)(いた)せ」


「か、かしこまりました」


少し言葉を交わすと、馬車は大きく開かれる。


そして馬車から降りて来た者を見て……サクラは大きく目を見開いた。


そこから出てきたのは……この世の者とは思えぬ程に…美しい女。


「その子供は何処におる?」


「こ、こちらです」


美しい女は傍にいた者を数人引き連れ、サクラとフブキへ真っ直ぐと向かって来た。


慌てて頭を下げ、サクラとフブキを押し付ける手に力を込める大人達。


「ぐっ!?い、痛い!はなして!」


「うわぁぁん!おにいちゃあん!おねえちゃああん!」


「黙ってろ!このガキ!」


「これ。子供になんという真似をしておる。早くその汚い手を離してやれ」


「は、はいっ!」


美しい女がそう言った直後、サクラとフブキは解放され、大人達は一斉に離れていった。


「大丈夫か?おやおや。ボロボロじゃな」


美しい女は微笑みながら身をかがめ、サクラの服についたホコリを払ってくれる。


そんな女を見つめ……自然とサクラの口は動き、ポロリと思った事をそのまま呟いた。


「…女神……様?」


「おや?ふふっ。本当に子供とは素直なものじゃな。それに……よく見ると可愛らしい顔をしておる。そちらの小さい子も。そなた達、親はどうした?迷子か?」


『親』という言葉を聞き、サクラの目には涙が浮かぶ。


「お、お父さんも……お母さんも…死んじゃいました」


「………そうか。(こく)な事を聞いたな。許しておくれ」


ポロポロと泣くサクラに、女は優しく頭を撫でてやる。


その行為が、更にサクラの涙腺(るいせん)(ゆる)めた。


「ふっ、うぅ……お父さん…お母さん!」


「かわいそうに。この小さい子はそなたの妹か?そなた達の名はなんという?」


「ぐすっ。は、はいっ。私はサクラです!こっちは妹のフブキです!」


「そうか。サクラとフブキ……もう安心おし。今日から妾が……そなた達の母となってやろう」


優しく告げるその女……この世界の女王麗華の姿は、サクラの言う通り、本当に慈悲深い女神のようだった。


だが、傍にいた者達は麗華のその発言にギョッとする。


「へ、陛下!?何をおっしゃいますか!」


「そなた達も知っておろう?妾は美しい者、可愛い者が好きじゃ。この子達はほんに可愛らしい。妾はこの子達が気に入った」


「で、ですが!」


「くどい。妾はもう決めた。この子達は王都に連れて行く。サクラ、フブキ。妾と共に参ろう」


麗華は臣下の言葉など無視し、サクラとフブキに手を伸ばした。


きっとこの可愛い少女達は、満面の笑みを浮かべ……もしくは感謝の涙を流して自分の手を取るだろうと。


だが、いつまで経っても……サクラもフブキも、差し伸べされた麗華の手を取ろうとしない。


お互い顔を見合せながら、チラチラと麗華を盗み見るだけ。


二人が警戒していると感じた麗華は、慈母のような微笑みを崩さず二人に尋ねた。


それは『可愛い子供が自分を拒絶しているのでは?』という麗華の内心に湧き上がった怒りを微塵(みじん)も感じさせない笑顔。


「………どうしたのじゃ?妾と共に行こう。美味しいご飯にあったかいお風呂…それにふかふかのベッドが、そなた達を待っておるぞ。悪いようにはしない。安心おし。それとも……他に何か望みがあるのか?」


麗華は何となく、それこそ適当に告げた言葉だった。


子供なら、欲しい物を与えれば直ぐに懐くだろう、という安易な考えで。


そしてその言葉は……確かに、サクラの気持ちを大きく揺らした。


「あ、あのっ!お願いがあるんです!」


「おや?本当にお願いがあったのか?」


「おい子供!陛下に対してなんという無礼を!」


「よいよい。そう目くじらを立てるな。相手は子供じゃぞ?ふふっ。それに妾を誰だと思っておる?子供の願いを聞くなど…妾には造作(ぞうさ)もない」


サクラを(とが)めようとする臣下をやんわりと(たしな)め、麗華は楽しそうに笑う。


いくら自分を警戒していようと、相手は所詮(しょせん)子供だ、と。


「して、サクラ。そなたの『お願い』とはなんじゃ?妾が何でも叶えてやるぞ」


「お、お願いします!お兄ちゃんを!お兄ちゃんを助けて下さい!」


「っ、お、おにいちゃん……おにいちゃん…。…おにいちゃんも…いなくなっちゃう…」


兄の話題を出した瞬間、サクラもフブキもまた同時に泣き出してしまった。


麗華は二人を撫でながら話を聞いてやる。


「おやおや。泣くでない。そなた達、兄もいたのだな?助けてほしいとは?兄は病気か?怪我か?それとも…誘拐されたのか?」


「お、お兄ちゃん…私達を守って…いっぱい怪我してて…。こ、このままじゃ…お兄ちゃんが…お兄ちゃんが死んじゃう!お願いします!お兄ちゃんを助けて下さい!」


(そういえば……最近、この近くの街を反乱軍が襲ったと報告があったな。この子等はその犠牲者か。ならば両親はその時。そして兄は……)


臣下からの報告を思い出した麗華は、ふむ…と何かを考える素振りをした後、サクラへ頷く。


「…………分かった。兄の所に案内おし。約束しよう。可愛いそなた達の兄。妾が必ず助けてやるとな」


「っ、ありがとうございます!ありがとうございます!」


サクラは泣きながら何度も麗華に頭を下げると、フブキの手を引き、麗華達を兄の元へと案内した。


麗華は二人に兄がいると聞き、ニヤニヤと…だが何処か恍惚(こうこつ)めいた笑みを浮かべる。


この可愛い子供達の兄なら…きっと整った顔をしているだろう。


可愛い男の子をずっと傍において……将来自分のモノにするのも悪くない…という(よこしま)な想いを抱く麗華。


だがそんな麗華の期待は………裏路地に転がるように倒れたツルギの姿を見て、無惨(むざん)に散っていった。



そこにいたのは……可愛い妹達とは似ても似つかぬ子供。


()せこけ、異臭を放ち、顔半分を汚い布で覆った子供だった。


兄に駆け寄りその体を揺らす妹達。


その際に顔に巻いていた布が解け、ツルギの抉れた顔半分があらわになる。


麗華はそんなツルギを見て顔を(しか)め、咄嗟(とっさ)にハンカチで口と鼻を塞いだ。


そして……汚物(おぶつ)を見るような目をツルギに向け、小声で呟いた。




「……なんと汚く…(みにく)い子供か。……アレはいらんな…」


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