閑話~愛する家族を全て失った男~ 3
咄嗟に妹を守るようにサクラの前に立つツルギ。
そんなツルギを……正確にはツルギが胸に抱くアサヒを見て、男の一人はニヤリと笑う。
「赤ん坊……やっぱりいたか」
「クソッ!サクラ!フブキを連れて後ろの木に隠れてろ!」
ツルギはフブキを背中から下ろしてサクラに告げると、万一の為に持っていた小刀を取り男達に向けた。
「なんだこのガキ?俺達とやろうってか?おい、こいつはどうする?」
「赤ん坊と…奥の小さい子供はともかく……こいつともう一人はダメだな。デカすぎる。一族の為に教育するなら、やはり何も知らない幼子に限るからな。………さっさと殺すぞ」
「っ!?ふざけるなっ!!誰がお前らなんかにっ!殺されるかぁあああ!!」
小刀を持ったままツルギは男達へと突っ込む。
今は亡きツルギの父親は、用心棒や傭兵の仕事を生業としていた。
そんな父から、幼い頃より体術や剣術を習っていたツルギ。
しかし子供の攻撃など、反乱軍の男には簡単にかわせた。
特に口の悪い方の男は、わざと挑発するようにツルギへ呑気な口調で話し掛ける。
「お?偉いな~。それにガキのわりにいい動きするじゃねぇか。お前、こいつらの兄ちゃんか?」
「だったらなんだ!?やぁっ!たぁっ!」
ブンブンと小刀を振り回すツルギだったが、男達にはかすりもしない。
むしろ男は、必死に戦うツルギを見てニヤニヤと笑っている。
「お前いい兄ちゃんだなぁ。ならさっさと、さっき死んだパパとママの所に行ってやれよ。それも親孝行だ」
「っ!お前らが……お前らが!父さんと母さんを!」
「だったらなんだ?」
「殺してやる!殺してやる!!」
「ハハッ!死ぬのはてめぇだ!だが、その前に」
ガッ!
男の一人はツルギの抱くアサヒの包みを掴むと、そのままツルギの腹部に全力の蹴りを入れた。
「グブッ!?」
大人の…それも鍛え抜かれた反乱軍の男から腹部に強烈な蹴りを入れられ、ツルギは胃液を吐きその場に蹲る。
「おぎゃぁぁ!あぁぁぁぁん!!」
「あ……アサ…ヒ」
「こいつは俺達が貰う。てめぇはいらねぇからそこで死んどけ」
「…お………と…とを……離せぇえ!!」
ツルギは腹部を抑えながらも、アサヒを掴んでいる男に突進した。
「ぐっ!このガキ!まだ動けんのか!」
「返せ!アサヒを!弟を返せよ!返せぇ!」
「いってぇ!噛むな!叩くな!離れろ!このクソガキ!」
「俺の弟を!弟を返せ!守るって!俺が守るって!約束したんだぁっ!!」
男にしがみついたまま、その腕を噛んだり、体を何度も殴るツルギ。
自分から離れず暴れ続けるツルギに、男は苛立ち、何度もツルギを片手で殴るがツルギは離れようとしない。
必死に弟を取り返そうと、もがくツルギ。
そんなツルギの姿に…自分に抵抗し続ける無力な子供の姿に、男の頭には完全に血が上り激昂する。
「このっ!たたのガキが!調子乗ってんじゃねぇよ!」
男がアサヒを持っていない方の手を大きく振ると、ジャキッ!と勢いよく、手甲から棘がいくつも付いた鉤爪が現れた。
そして男は容赦なく……ツルギの顔をその鉤爪で斬り付ける。
ベリッ!という音と共に、鉤爪で斬られたツルギの顔の左半分は肉と皮膚が剥げ、激しく血が吹き出した。
「あぁあああああぁぁぁあっ!!い、痛ぃぃぃぃ!!顔が!顔がぁあ!!」
あまりの痛さに、顔を抑えてその場にのたうち回るツルギ。
そんなツルギを蹴飛ばし、男は更に唾を吐きつけた。
「ぺッ!ムカつくガキだぜ!おいっ!赤ん坊なんて何処にでもいるだろ!他を探せ!」
「は?何する気だ?」
男は戸惑う仲間の方を見向きもせず、目の前で悶え苦しむツルギに見えるように、抱いていた赤ん坊…ツルギの弟アサヒを高く持ち上げた。
「おいガキ!てめぇにゃ何も守れねぇんだよ!こんな赤ん坊さえ!大事な弟でさえ!てめぇは助けらんねぇんだからな!よく見とけ!」
「あぁぁぁん!わあぁぁぁぁん!」
男の言葉に顔を上げ、泣き続けるアサヒ。
ツルギはまだ視力の残った右目で、アサヒの姿をとらえる。
男が何をしようとしているか……大事な弟に何をする気かが、嫌でもツルギにも伝わった。
ツルギは痛みに悶え片手で顔を抑えながら、必死に弟アサヒへともう片手を伸ばす。
「や、やめ!アサヒ!」
「てめぇの弟が殺されるとこ!しっかり見とけぇ!!」
「やめろぉおおおおおお!!」
森中に響き渡るツルギの叫び声。
その叫びを無視し、男は赤ん坊のアサヒを思い切り地面に投げ捨て……その足で踏みつけた。
バンッ!バキッ!という音と共に、今までアサヒから聞こえた泣き声がしなくなる。
アサヒを包んでいた紐や布は、段々と真っ赤に染まり、ピクリとも動かなくなった。
ツルギが大好きなアサヒの顔も……アサヒの青い瞳も見えない。
ただハラリと垂れた布の隙間から……アサヒの小さい足と…三日月形の傷跡が見えた。
『母さん!見てよ!アサヒも母さんと同じ青色の目だ!綺麗な海の色!』
『ふふっ。ホントね。でも母さんは、父さん譲りのツルギの水色の目も大好きよ。アサヒの目が綺麗な海なら、ツルギの目は綺麗な空の色だわ』
『えへへ。でもアサヒ…髪は父さんに似て紫だね。父さんみたいに強くなるかな?あ、母さんみたいに魔法は使えるのかな?』
『えぇ、使えるわ。アサヒはね、母さんやツルギより魔力が強いのよ。きっと御先祖様に大魔法使いがいたからね』
『そうなの!?凄い!凄いよ!へへっ!アサヒは俺の自慢の弟だよ!』
『おぎゃあぁああ!』
『アサヒっ!?ごめんアサヒ!大丈夫か!?アサヒっ!!』
『どうした!?ツルギ!』
『と、父さん!アサヒの足に彫刻刀が落ちて!』
『っ!?お前!赤ん坊が傍にいるのに!彫刻刀を使っていたのか!?』
『ご、ごめんなさい!ごめんなさい!表札にアサヒの名前も掘りたくて!父さんっ!アサヒを助けて!アサヒの足を治して!アサヒの足が!動かなくなったらどうしよう!!』
『………落ち着け。そんなに大きい傷じゃない。直ぐに手当てする。深く刺さったみたいだから…傷跡が残るかもしれないが…』
『っ!?傷……残るの?俺の…せいで……アサヒの…足に…』
『………ツルギ。よく聞け。今、お前は間違いなく、アサヒを傷つけた。兄のお前が、弟を傷つけたんだ。わざとじゃなくても…それは変わらない』
『うっ………うぅ…』
『泣くな。いいか、ツルギ。アサヒがそんなに大事なら…大好きなら……もう二度とアサヒが傷つかないように、兄のお前がアサヒを守れ。ずっと…守ってやれ』
『父さん……っ、うんっ!俺が守る!アサヒはずっと!ずっとずっと!俺が守るよ!もう二度と傷つけない!絶対にアサヒは!兄ちゃんの俺が守るよ!』
両親と同じくらい、妹達と同じくらい、大好きで、自慢の弟。
大好きなのに傷つけてしまった弟。
だからツルギは……アサヒを守ると、あの日誓った。
二度と傷つけないように……二度とアサヒが傷つかないように。
死んでしまった両親にも約束した。
それなのに……。
今、ツルギの目の前に居る弟は…地面に横たわる……いや、落ちている。
大好きな両親を殺した男の足に潰されている。
血塗れになり……動かない弟。
「うぁああああああぁぁああ!」
自分は何も出来ず、目の前で赤ん坊の弟を投げつけられ、踏み潰された。
守ると言ったのに…誓ったのに……何も出来なかった。
守れなかった。
その事実に泣き叫ぶツルギ。
「あぁぁああああ!アサヒ!アサヒぃぃぃぃ!!」
「ハハッ!いいざまだなぁ!でもな、まだだぜ。今度は後ろにいる妹達を殺してやる!大事な家族が目の前で殺されるとこを指くわえて見とけ!安心しろ!てめぇも最後にこの俺が嬲り殺してやる!」
ゲラゲラとアサヒを踏み潰したまま笑う反乱軍の男。
しかしもう一人の男は、冷静に森の奥……ツルギの妹達が隠れる木の、更に後方に意識が向いていた。
「………血の匂いを嗅ぎつけたか。かなり集まって来てるな」
頭に血が上り、この子供達を殺す事しか考えていない仲間は気づいていない。
男は仲間に近寄ると、森の奥を警戒したまま声をかける。
「……おい。そろそろ引き上げるぞ」
「あぁ!?今からこいつらをぶっ殺すって言ってんだろ!?」
「こいつらはこのままほっとけば死ぬ。奥の気配にまだ気づかないのか?」
「奥?……………っ、なるほどな」
「倒せない相手じゃないが……帰還予定の時間が迫ってる。早く仲間と合流して帰るぞ」
「ちっ!分かったよ!」
仲間の言葉に納得したのか、アサヒを踏み潰したまま男は舌打ちして頷いた。
男達の会話を聞き、ツルギは両親と弟の仇を逃がすまいと、なんとか体を奮い立たせ立ち上がる。
「ま、待て!」
「待つ理由など無い。お前らはそこで…奴等に殺されろ。火炎の壁【フレイムウォール】」
そう言うと、今まで傍観していた反乱軍の男は、地面に向けて炎の魔法を放つ。
それはツルギと反乱軍の男達を遮る、文字通りの巨大な炎の壁となった。
「クソっ!なんだこれ!」
「お、お兄ちゃんっ!!」
後ろから自分を呼ぶ妹…サクラの声が聞こえ、ツルギは妹達へと振り返る。
そして妹達の奥に……森の中から見えるいくつもの光に気づいた。
その光は段々とツルギ達に近づき、その度に獣の息遣いまで聞こえてくる。
「っ!?サクラ!フブキ!」
ツルギは妹達に駆け寄ると、二人をきつく抱き締めた。
何か…恐ろしいモノが自分達に近づいている。
そのうちの一つが……ツルギ達の前に姿を現した。
ツルギの脳裏には、父によく言われた言葉が蘇る。
『裏の森に入ってもいいが、あまり奥には行くなよ。あの森の奥にはいくつもの魔獣が巣食ってる。特にヤバい奴等は群れで行動し、集団で獲物を狩る。そいつらは…』
父の言葉を思い出したツルギは、自分達の目の前まで迫っているモノの正体に気づいた。
「っ!!?き、キラーウルフ!?」
ツルギ達の前に現れたのは、この森の奥に巣食う狼型の魔獣キラーウルフ…その群れだった。
逃げる為とはいえ、ツルギは父が危険だと常々言っていた森の奥まで来てしまっていた。
人間を恐れるどころか、餌として襲ってくる魔獣達の住処に。
キラーウルフの群れは真っ直ぐにツルギ達へと向かってくる。
「お、お兄ちゃん!」
「こわい!こわいよ!おにいちゃん!こわいよぉお!」
兄に抱きつきながらガタガタと震える妹達。
ツルギに残された……たった二人の家族。
ツルギはギュッ!と妹達を抱き締める手に力を込めた。
(父さん!母さん!アサヒ!!ごめん!何も出来なくて!守れなくてごめん!でも!だから!)
「っ、大丈夫だ!お前達は!サクラとフブキだけは!絶対に守るから!死んでも兄ちゃんが!絶対に守る!!」
そう叫んだツルギに、キラーウルフ達は一斉に遅いかかる。
何体ものキラーウルフがツルギの体に噛み付くが、ツルギは妹達を抱き締める手を一瞬も緩めない。
肉を食いちぎられ、鋭利な爪で体を裂かれても、ツルギは決してキラーウルフから……妹達から逃げなかった。
ついには妹達を押し倒し、二人を庇うように上にのしかかった。
「お兄ちゃん!?」
「ま…もる。…ぜ…たい……まも…んだ!おま……ら…な……かに!ころ…させ……かぁっ!」
ツルギは叫ぶと同時に、群れの中でも特に大きいキラーウルフ…群れのリーダーを睨みつけた。
それは子供とは思えない程の鋭い眼光と殺気を放ち、キラーウルフのリーダーに直撃する。
ツルギの殺気を受けた群れのリーダーはビクッ!と体を震わせた。
今この時…キラーウルフを束ねるリーダーは、ツルギという目の前の人間の子供に恐れを抱く。
強者から逃げるという動物的本能が働き、キラーウルフのリーダーは群れを従え、そのまま去って行った。
残されたツルギと妹達。
サクラとフブキは必死に兄から抜け出すと、兄に抱きつきながら泣き叫んだ。
「お兄ちゃん!しっかりして!死なないで!お兄ちゃん!!」
「おにいちゃん!おにいちゃーーーん!」
全身に大怪我をおい、かなりの量の血を流したツルギは……キラーウルフ達が逃げた事、妹達が無事な事に安心し…ついにその意識を手放した。
「あん?よく聞こえねぇが……あのガキ共の泣き声か?やっと死んだか」
「やれやれ。お前、せっかくの赤ん坊を…………っ!?おい!この赤ん坊!まだ生きてるぞ!?」
「げっ!?マジかよ!普通は即死だろ!?どんだけしぶといんだ!赤ん坊のくせに!」
「赤ん坊にしてこれだけの生命力…しかも魔力まである。……これはいい。こいつは怪我を治して連れ帰るぞ」
「なぁ、なんでそんなに赤ん坊欲しいんだよ?お前、嫁もいないだろ?」
「実は上の命令で、任務で死んだ知人夫婦の赤ん坊を引き取ってたんだが……赤ん坊の世話なんて分からなくてな。何日か放置して……今朝見たら死んでた。だからその代わりが欲しかったんだよ」
「ハハッ!ひでぇ奴!未来ある一族の子供を殺したとあっちゃ重罪だ!バレたらお前もヤベェ目にあう!今のは聞かなかった事にしてやるよ!つーか、連れ帰ってもお前育てんな。また殺す前に施設入れとけ」
「俺もそのつもりだ。上にも上手く説明しておく。あの夫婦はあまり他人と関わらず、友人もいなかったしな。死んだ赤ん坊と入れ替わっても誰も気づかないだろ。何よりこの赤ん坊なら、死んだ赤ん坊以上の価値がある。一族の子供として、試練に使えるよう育ててもらうさ。そうしたら俺も罪には問われない」
「最初っからそうしろっつの!じゃあこのガキは、怪我させた詫びに俺が治してやるか!」
「………おい。今の回復魔法じゃなくて染色の魔法だぞ」
「ハハハッ!いっけね!俺とした事が間違えた!髪の色薄くなっちまったぜ!でもこれで、成長してもあのムカつくクソガキ兄貴とは似ねぇだろ!良かったなぁ!」
「赤ん坊相手に小さい嫌がらせを…。どうせこいつの兄貴達はもう死んでる。さて…本当にもう時間がない。走るぞ」
「へー、へー。行くぞガキ!せいぜい強くなれよ!強くなっても、試練に選ばれて俺の息子に殺されるけどな!ハハハッ!」
そうしてアサヒは……自分の両親を殺し、自分と兄すら殺そうとした反乱軍の男達に連れて行かれた。
この後、アサヒは反乱軍として育てられ、生きることになる。
自分が一族であると信じて。
仲間と信じる一族の者が本当の両親を殺した事も、兄と二人の姉の存在も知る事なく。
彼は家族を失ったこの時から15年間……反乱軍の戦士の一人として生き抜いた。