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海賊王 13


今直ぐここから逃げ出したい願望と恐怖に、一人葛藤する火狼。


つい先日ギルディストで、蓮姫へのセクハラ発言をしたシュガーにユージーンがブチ切れるのを見ているからこそ余計に、ユージーンという存在が、今この時とても怖い。


前回はシュガーの知識不足もありユージーンも暴走の一歩手前だった為、火狼によって止められた。


言い方を変えれば、ユージーンが本気でブチ切れなかったから火狼でも止められた。


もし今回、ユージーンが本気でブチ切れて暴れるとしたら……火狼でも止められるかどうか怪しい。


(ヤバいって!これ絶対ヤバいって!!絶対旦那ブチ切れ……………あ、あれ?)


火狼は顔を真っ青にしたままチラリとユージーンへ視線だけ向ける。


だが、ユージーンの反応は、火狼が予想していたモノとは違った。


「………チッ!!」


眉間に深く(しわ)を寄せ、美しい顔をこれでもかと(ゆが)め、腕を組み舌打ちをするユージーンの姿は不機嫌そのもの。


確実に怒っている。


怒ってはいるが………それだけだ。


確かにユージーンは不機嫌MAXであり、キラを睨みつけるその鋭い眼光には殺意も軽くこめられているというのに……暴れ出す気配が全く無い。


火狼の予想通りキレてはいるが、予想より全然大人しいのだ。


ユージーンから暴れる気配が無いと判断した火狼は、恐る恐るユージーンへと声を掛ける。


「だ、旦那?もしかして…そんなに怒ってな」


「あ゛ぁ!!?」


「い訳ないよね!そうだよね!うん!知ってた!ごめんなさい!!」


別に火狼が謝る必要も理由も無いのだが、火狼は必死にユージーンに何度も頭を下げ謝った。


「………チッ。ふんっ!」


ユージーンの方もイライラした様子を隠す事は無いが、火狼へ必要以上に怒ったり……それこそ理不尽な八つ当たりはしない。


どこまでも予想外のユージーンの行動に、火狼は不思議そうに彼へ尋ねる。


「あ、あのさ……聞いてもいい?姫さんが海賊王に…他の男にキスされたってのに……暴れたり、海賊王に殴りかかったりしねぇの?」


「……………」


火狼の言葉を聞きながら、ユージーンは何も答えず海賊王キラをまた見つめる。


その目には何故か……既に殺意が無い事に火狼も気づいた。


「…………旦那?」


「…………はぁ。お前……その様子じゃ気づいてねぇか」


「え?何に?」


ユージーンが何について『気づいていない』と言ったのか、心当たりの無い火狼は素直に聞き返す。


ユージーンは一度ため息をつくと、火狼に向けて話し始めた。


「あの海賊王だが………奴にリヴァイアサンは(なつ)き、従ってる。『決して人間に従わない』と言われてる海の魔物、リヴァイアサンがだ」


「ん?……あ、あぁ、そうね。信じらんねぇ話だけどさ、あんなの見ちゃったらもう信じるしかないわ。リヴァイアサンが人間に懐くなんて、見た事も聞いた事もないから俺ビックリよ。まぁ、リヴァイアサン見たのも初めてなんだけどね~」


「聞いた事ない……か。かなり昔の話だし、当時も一部の者しか呼んでないって言ってたからな。やっぱ、最近の人間は知らねぇんだな」


「その言い方なんか年寄りくさ………ごめん!俺が悪かったからその握った拳を下ろして!」


火狼の余計な一言を聞き、額に青筋を浮かべて拳骨(げんこつ)を作るユージーン。


(あわ)てて謝る火狼に『謝るくらいなら最初から言うな』とも思うが、話が進まないので呆れつつも拳を下げる。


「ったく。にしても……これでハッキリしたな。姫様も当然知らねぇだろうし、気づいてるのは俺だけか」


「いや……だから何の話?」


「お前にだけは…一応言っておくか」


ユージーンが先程から何を言いたいのか、何を言おうとしているのか、イマイチ分からない火狼。


その様子に、ユージーンは今後の事も考えて火狼にだけ自分の知っている情報を共有する事にした。


人選ミスの気もしないでもないが……かといって他の人選もない。


他人の事を必要以上に気にかける蓮姫に、余計な心配をさせるのも気が引ける。


かといって残火や星牙は口が軽いし、絶対に隠せない。


未月に関しては……教えたからといって何も変わらないだろう。


「よく聞けよ。リヴァイアサンはな、大昔に一度だけ人間に懐いた事があるらしい。その時の事が原因でリヴァイアサンは一部の者にこう呼ばれてたんだよ。別名、海の…」


ユージーンが小声で話すその内容に、火狼は耳をすまして、ふんふん、と頷きながら聞いている。


だが、その顔はユージーンの話が細かく説明されるほどに驚愕に染まっていき、ついには……。



「えぇえええええぇぇぇ!!?」



甲板(かんぱん)に響き渡る程の大絶叫となった。


その場にいた全員、蓮姫もキラも他の海賊達もビックリした様子で、絶叫という名の騒音の元、火狼を見つめる。


至近距離で火狼の絶叫を聞いたユージーンは、怒りのまま今度こそ火狼に拳骨をおみまいした。


「うるせぇっ!!」


「ぎゃんっ!!?」


脳天に拳骨をくらった火狼は、頭を抑えながらその場に(うずくま)る。


「な、何?どうしたの狼?」


「い、いや!なんでもない!ホントなんでもないから!気にしないで!」


心配した蓮姫が火狼へと声を掛けるが、火狼本人はブンブンと両手を振り、作り笑いを浮かべて答える。


何処か必死な様子の火狼に蓮姫は首を傾げるが、火狼を殴ったユージーンも呆れたようにため息をつくだけ。


二人の様子に納得のいかない蓮姫だったが、船医に声を掛けられた事で彼女の意識はそちらに移る。


またキラも、視線を火狼達から船医と蓮姫へと移し、二人の話を傍で聞いていた。


そんな二人……特に海賊王キラを見ながら、火狼はポツリと呟く。


「………マジかよ」


「嘘言ってどうすんだよ?それなら全部説明つくだろ?」


「いや……あの………あ~……うん。そうね。旦那が怒んないのもコレで納得だわ」


始めはユージーンの話が信じられず、また納得も出来なかった火狼。


しかし今のユージーンの話が本当なら、リヴァイアサンの事やユージーンの事、船長室での話も全てが納得出来た。


にわかには信じられない内容だったが……受け入れてしまえば全てに筋が通る。


「………はぁ~…なるほどねぇ。だからか」


まじまじとキラを見つめる…いや、キラから目を逸らせない火狼。


そんな火狼の肩に手を置き、ユージーンは満面の笑みを浮かべた。


「安心しろ。もしお前が姫様に同じことしたら、生きてる事、姫様の傍にいた事を後悔するように、ジワジワと(なぶ)り殺してやるからな」


「今の何処に安心要素があったのかな!?」




ギャンギャンと犬のように吠える火狼を蓮姫は遠くから不思議そうに見つめる。


「狼ったら……何騒いでんの?」


「君もさっきまで騒いでただろ?蓮ちゃん」


「っ!?それは貴方のせいでしょうが!それに『ちゃん』付けもやめて!」


「何言ってるんだ?可愛い女の子には『ちゃん』を付けて呼ぶものだろ?君はとても可愛いよ、蓮ちゃん」


「~~~っ!!」


誰もが見惚れる美しい顔で微笑み、(とろ)けるような声で囁くように告げるキラ。


そんなキラに苛立ちつつも、蓮姫の顔は真っ赤に染まる。


怒りと照れで。


真っ赤になる蓮姫を見てキラもまた楽しそうに笑うが、一人の老人が二人に近づき船長であるキラを咎めた。


「おい船長。あまり嬢ちゃんをいじめてやるな」


「じいさん」


「あ、船医のおじいさん」


二人に声をかけたのは、この船の船医である老人だった。


頭に巻いているバンダナの隙間(すきま)からは白髪がのぞき、手足も細いが、海賊らしく日に焼けた褐色(かっしょく)の肌が普通の老人より何倍も元気に見える。


医者の腕も確かなようで、奴隷達の処置や栄養不足、健康状態も瞬時に診断していた。


「さっきはありがとよ。弐の姫の嬢ちゃん。わしは医術の腕は確かだが、回復魔法は簡単なものしか使えんでな。あんたに骨折とか治してもらって助かった。それに優しく声を掛けて、あいつらの心のケアもしっかりとやってただろ?お前さんには医者として礼を言う」


「いえ。少しでもお力になれて良かったです」


奴隷達の中には指を骨折している者、爪を何枚か()がされていた者、目を潰された者までいた。


それらの怪我人は全て蓮姫が治療した為、老人は蓮姫に礼を告げたが、蓮姫は謙遜(けんそん)しながらも笑顔を向ける。


船医の老人は一瞬、蓮姫の笑顔に目を丸くしたが、直ぐに蓮姫と同じような笑顔を浮かべた。


「ホント…優しい嬢ちゃんだな。船長。こんないい嬢ちゃんをからかうな。まったく……女好きな所まで前の船長に似おってからに」


「え?」


老人の口から出た『前の船長』という言葉に反応する蓮姫。


老人は呆れたように呟いていたが、キラの方はまた楽しげに笑っていた。


「今まで何人の女が『海賊王に口説かれた』と言って、妻になると騒いだり、船に乗り込もうとしたことか。お前さんはもっと自分の美麗(びれい)さを自覚しろ。前の船長はあの見てくれだったからな。女達は誰も相手にせんかったが」


「そんな事は無いさ。最後は確かに……愛し、愛されてた。間違いなく二人は相思相愛だっただろ?」


「………そうだな」


始めはキラを説教するような口調だった老人。


しかしキラから放たれた言葉に、今度は優しく微笑んだ。


二人の話がまったく分からない蓮姫は、会話に入るべきか、むしろこのまま離れるべきか悩む。


が、そんな蓮姫にキラは今の話の説明を始めた。


「前の船長ってのは、文字通り俺の前にこの海賊団を束ねていた船長だよ。そしてこの海賊団を作った人でもある」


「そうなんだ。キラは二代目船長って事?その前の船長さんは、キラのお父さんとか?」


「いや、違うよ。前の船長は俺の恩人。俺も昔…子供の頃に奴隷にされたんだ。母親と一緒に。そんな俺達を救ってくれたのが前の船長さ。あの人が本当の父親だったら…どんなに良かったか」


「っ、ごめん。無神経なこと聞いたね」


キラが語る過去の話に蓮姫は顔を曇らせ、自然と謝罪を口にする。


言いたくない事を言わせたのでは?思い出したくない過去を思い出させたのでは?と。


「ハハッ。別に君が謝る事じゃないよ。蓮ちゃんはホントいい子だな。そんな所も…可愛い」


「だからやめいっ!」


ガンッ!


「いてっ!」


キラはまた蓮姫の顔に触れて口説こ うとしたが、寸前であの船医の拳骨がキラに落とされる。


老人の拳骨なのでそこまでダメージは無いだろうが、キラは口を(とが)らせて自分の頭を撫でた。


「じいさん。そんなポカスカ殴るなよ」


「殴られるような事をするな。このバカタレ」


フンっ!と船医の老人が鼻息荒くキラを叱りつけていると、今度はあのガイが蓮姫達へ声を掛ける。


「おい船長!じいさん!そろそろ中に入って飯食えよ!無くなっちまうぞ!弐の姫の嬢ちゃん達も早く来い!」


「そうだな。出発する前にまずは腹ごしらえだ」


「出発?そういえば…これから何処に行くの。私に協力してほしい事って?」


蓮姫はまだ今後の予定を聞いていなかった事を思い出し、キラに尋ねる。


キラは「ん~」と顎に手を当てて少し考える素振りをしてから口を開いた。


「とりあえず…飯を食ったら俺達のアジトに戻る。君に協力してほしい事はそこで話すよ。資料とかもあるし、それも見ながら詳しく説明する」


「え?アジトに?……それって…私達も行っていいの?」


海賊団のアジト……つまり彼等の隠れ家であり拠点だ。


そんな所に海賊の仲間でもない自分達が……それも海賊王討伐を命じられた者が行っていいのか?と蓮姫は尋ねるが、キラの方はまったくと言っていいほど気にしていない。


「別にいいよ。君達は…特に蓮ちゃん、君は信用出来る。それに言っただろ?俺達を知ってほしい、って。アジトに行けば……俺達がどんな海賊か、どんな人間か、より分かってもらえる。君ならアジトを他人にバラしたりしないだろうし」


「キラ……そんなに信用してくれて、ありがとう」


「先に俺達を助けてくれたのも、信用してくれたのも君だろ?だから俺は君を心底信用してるし、心底可愛いって思ってる。さ、中に入って食事にしよう。あ、ガイ!この後なんだが……」


そう言うと、キラはガイと共に今後の予定を確認しながら先に船内へ入って行った。


蓮姫もまたユージーンと火狼に声を掛けようとしたが、その前にあの船医の老人が蓮姫に声を掛ける。


「弐の姫の嬢ちゃん。何度もうちのバカ船長がすまんな。嬢ちゃんの為に言っておくが……あのバカの言葉は聞き流せ。『可愛い』って言葉は船長の本心だろうが…自分の女にする気も、傍に置く気も全く無いからな」


「あ、あはは。そうなんですね。でも大丈夫です。正直、ときめいたりもしましたけど…それだけです。私もキラの女になりたいなんて思ってませんから」


「そうか?やっぱり顔のいい男が近くにいると免疫(めんえき)つくんじゃな」


船医の老人は蓮姫越しに後ろのユージーンを見つめる。


キラもユージーンも、どちらも甲乙(こうおつ)つけ(がた)い程に美しいのだから、老人がそう思うのも無理は無い。


そして老人は視線をユージーンから蓮姫に戻した。


「嬢ちゃんがその気にならんで良かった。船長が言うように嬢ちゃんは信用出来るようじゃな。とはいえ人の心は変わりやすい………ふむ。嬢ちゃんには世話になったしの。一つだけ教えておこうか」


「何をですか?」


聞き返す蓮姫に近づくと、老人は彼女に耳打ちしてキラのある秘密を話す。


「うちの船長は女好きで、女ったらし。本気で何人もの女達を『可愛い』と口説くが……そんな女達を船に乗せる気も、女房にする気もない。船長はとっくに……生涯共にする伴侶を決めておるからな。船長だけじゃない。相手も船長と同じ気持ちだ」


「え!?そ、そうなんですか!でもなんで私にそんな大事なことを?」


「うむ。これを聞いとけば、万が一にも嬢ちゃんが船長に惚れる事はないだろう?嬢ちゃんは船長の言う通りいい女だからな。泣かせる訳にはいかん」


「お、おじいちゃん」


それは年寄り特有の余計なお世話だったが、心配してくれたのも事実なので蓮姫は礼を言うべきか悩む。


驚く蓮姫を見て満足したのか、老人もまた食事をする為に中へと入っていった。


残された蓮姫もユージーンと火狼を呼び、船内に入る。


食堂で豪華な食事を口にしながらも、蓮姫はチラチラとキラを何度も見ていた。


(キラの恋人…海賊王の奥さんになる人、か。どんな人なんだろ?これからアジトに行くのなら…その人にも会えるかな?)

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