虚ろな心 2
その頃、女王の実子の一人藍玉は、城の中にある昔に住んでいた部屋に居た。
自分が遠方へと飛ばされた時と何も変わらない。
藍玉は手にした本をろくに見もせずに、パラパラと捲る。
ツカツカツカ
バキッ!!
乱暴に蹴破られたドア。
中にいた藍玉は驚く様子もなく、入ってきた男達へと顔を向ける。
「……どうしたの?二人共そんなに鬼みたいな顔して」
「…藍玉…兄上っ」
「ユリウス。釈放おめでとう。言った通り半月で出られたでしょ?」
尋ねたのはユリウスとチェーザレ。
藍玉の言う様に、その顔は激しい怒りを表していた。
そんな弟達の怒りを向けられながらも、藍玉は何食わぬ顔で声を掛ける。
「チェーザレも直ぐに弐の姫に会えた。僕の言った通り。良かったね」
「っ!!本気で…言っているんですか?あの抜け殻の様な蓮姫に会えて…私達が喜んでいるとでも?」
「蓮姫があんな風になると分かっていたらっ!!俺が一生幽閉されてた方が遥かにマシでしたよ!」
冷静に怒りを向けるチェーザレとは違い、容赦なく兄に怒鳴りつけるユリウス。
それでも怒りは収まらず、側にあった椅子を蹴飛ばした。
「相変わらずだね、ユリウス。君は子供の頃から足癖が悪い。ドアを蹴破ったのも君でしょ?まったく、壊れたらどうしてくれるの?」
「兄上っ!俺達は貴方とそんなくだらない話をしに来たわけじゃない!チェーザレから話は聞きました。……蓮姫に…何をしたんですか!」
「なんでも僕のせいにしないでくれる?」
今まで黙って弟達に怒鳴られていた藍玉だったが、ギロリと彼等を睨みつける。
だがソレは一瞬のこと。
直ぐに、やれやれと首を傾げて弟達へ座るように促した。
「ユリウスが言ってるのは、前に僕とチェーザレが公爵邸に行った時の事だよね?想像と違って悪いけど、僕は何もしていないよ」
「………ソレは本当ですか?」
「考えてもみてよ、ユリウス。弐の姫を廃人にして僕に何の得があるの?僕は何もしていない。…君達と一緒だね」
「「っ!!」」
「自覚あるみたいだね。それで僕に当たるとか見苦しいよ」
藍玉の言葉は二人にとって図星だった。
反乱軍の襲撃にあったあの日。
ユリウスは幽閉中、チェーザレは塔に軟禁中。
当然、蓮姫は公爵達と避難していると思っていたし、蓮姫の身に何があったかなど知る由もない。
蓮姫があの様な状態になったのは後から聞いた。
それでも二人は自分を責めずにはいられなかった。
それはこの双子だけではなく、蓮姫に少なからず好意を持っていた者達全てにいえるが…。
そして今回の蓮姫の身に起きた事が、藍玉の仕業ならば誰も責められない……責める事が出来ない能力者。
だからこそ二人は藍玉の部屋へと乗り込んだ。
自分達や蓮姫を正当化しようと。
全てを藍玉に見透かされているとは知らずに。
「まぁ、悪者にされるのは慣れてるけどね。で?今の弐の姫は君達でもダメだったの?」
「………私達の存在など…今の蓮姫には無意味でした」
「夢ではどうだった?」
「……入れません。今の蓮姫は全く眠っていない。彼女の頭に直接呼びかけたり、頭の中に入ろうともしましたが…」
「無意識に他者……いや、世界を拒絶しているのかもね」
深刻に話す双子とは違い藍玉の口調は軽いものだった。
そんな兄の態度に、チェーザレは再度確認するように問い掛ける。
「兄上……本当に兄上は今回の件、何も関わっていないんですね?」
「しつこいよ、チェーザレ。大体、君達が僕を王都に呼び戻したくせに」
「兄上……あの男…蘇芳殿は」
「わかってるでしょ?黒だよ。弐の姫を監禁してたのも、壱の姫に弐の姫の居場所を特定するように仕向けたのも彼だ」
蘇芳の話題となり、初めて真顔を見せる藍玉。
チェーザレとユリウスが藍玉を、王都へと呼び寄せたのはコレが理由だった。
同じ能力者ではあるが、藍玉の力は大きすぎる為に、自分達のように制約する事も難しい。
女王の命により乱用することは禁じられてはいるが、それでも自由に動く事の出来なかった自分達に比べれば、今回は都合が良かった。
「兄上の能力なら蘇芳殿の事を調べさせる事は容易。俺達は今回に関しては本当に無能でしたから。で、他に蘇芳殿について分かった事は?」
「人を使う僕よりユリウスの能力の方が有利だけどね。まぁ、蘇芳殿に関しては調べれば調べる程に分からなくなるよ。半年前に王都に来たらしいけど、それ以前の事は出生すら不明。壱の姫が現れた時に偶然その場に居たのも、弐の姫に執着している理由も不明。弐の姫を監禁してた場所、世話をさせた人間も居たはずだけど………今はどうなっているのやら?」
「まさか………蘇芳殿が自ら手にかけたと? 」
「僕はそこまで言ってないけどね。でも……その可能性もあるって事だよ。チェーザレ」
他人が知る蘇芳は、いつも優しげな顔をして壱の姫を気遣う従者だ。
絵に描いたような好青年。
ハッキリ言って、虫も殺さないようなイメージだろう。
「まぁ、そんなに心配しなくても、蘇芳殿に関しては大丈夫。暫くは何も出来なくなるよ。蘇芳殿は…弐の姫に近づけないから」
「……それは…どういう意味ですか?」
「手を出したくても出せなくなるって事だよ、チェーザレ。……………ユリウス、なんて目で見てるの?」
「…兄上は以前言いましたね。蓮姫が俺達の元から離れる、と」
「うん。言ったね」
「それと今の言葉……同じ意味を持つと思っても?」
そのユリウスの言葉に藍玉は答えず、ただ楽しそうに、嬉しそうに口の端を上げる。
初めてその話を聞くチェーザレは二人を交互に見つめ、口を挟まず話の流れを見守る。
「兄上は……蓮姫に何をさせるつもりですか?」
「……君のそういう聡いところは好きだよ。でも、半分当たりで半分ハズレ。僕じゃない。いつでも行動を起こすのは、君達の大切な弐の姫だよ」
「兄上がそう仕向けているのでは?……かつて俺達に、初めて能力を使わせた時のように」
「懐かしい話をするね。でも君は能力を開花させた事、後悔してないでしょ?……チェーザレの方は違うかもだけど」
ガッ!!
藍玉が声を掛けた瞬間、ユリウスは藍玉の胸ぐらを掴んだ。
慌ててユリウスを藍玉から引き剥がし、己の片割れを制止するチェーザレだが、ユリウスの目は藍玉を睨んだまま怒りも収まらない。
「やめろ!ユリウス!!」
「確かに!俺は能力者である事を悔やんだ事も、この能力を疎んだ事もない!!だが!チェーザレにあんなっ!!」
「落ち着けっ!!このバカ者っ!!」
チェーザレに怒鳴られ、ユリウスはグッと堪えた。
当の藍玉は襟元を正すと、立ち上がりチェーザレの方へ寄る。
「あれから能力は使っていないみたいだね」
「……これから先も…使うつもりはありません」
「弐の姫は?知ってるの?」
藍玉の問い掛けには答えず、チェーザレは首を振る。
「チェーザレ。きっかけは僕が作ったけど、君の能力は僕が与えたわけじゃない。僕達と同じ、生まれ落ちた時から備わっていた物だ」
「兄上を恨んでいる訳じゃありません。……それでも…この能力を、俺は持て余すだけです」
「まぁ、使うにしろ使わないにしろ君の自由だけどね。……弐の姫には言ってもいいんじゃない?あの子だったら気にしないでしょ?むしろ隠し事をされてる方が、気にすると思うよ」
「あの様な状態の蓮姫に何を言えと?」
「君達は僕の能力なら彼女を戻せるって思ってるかもしれないけど……言ったでしょ?僕は何もしてない。何もしない。弐の姫次第だよ」
「蓮姫が……自分で立ち直るしかないと?今の彼女には…」
「出来ないだろうね。でも、君達が無理だったのなら他の誰でも無理だよ」
蓮姫が最も信頼し、心を許すユリウスとチェーザレ。
この世界で彼等以上に親密な者は、蓮姫にはいない。
その二人ですら、蓮姫を今の状態から救い出す事は出来なかった。
ならば、それ以外の者に心を開く可能性は限りなく無いに等しい。
「僕が言いたいのは一つだけ。どのような結論に至っても、それは弐の姫の意志だよ。それだけは忘れないでよね」
ユリウスとチェーザレが藍玉を訪ねている間、公爵邸の蓮姫の元にも来訪者が来ていた。
「こ、これは飛龍大将軍!」
「急な来訪失礼する。公爵様かレオナルド様は?」
飛龍大将軍自らが、供も付けずに現れ、メイドは慌てて扉へと駆け出した。
「公爵様は外出しております。レオナルド様は…今は侯爵家のソフィア様の元へ」
「そうか。ソフィア様も弐の姫様を見舞っていると聞いたが」
「はい。弐の姫様にずっとついておられたせいでしょう。顔色も悪く、今は伏せっておられて…レオナルド様も心労は増すばかり……お可哀想に」
メイドの言葉に蒼牙は眉を潜める。
今の言い方は、弐の姫の見舞いをしたせいでソフィアが倒れた、と言っているようなものだ。
「弐の姫様の見舞いをしたい。良いだろうか?」
「は、はい。公爵様……主人より弐の姫様への見舞いは断らぬようにと、命を受けております。………弐の姫様の知っている者であれば…能力者でも通せ、と」
「そうか。ならば御言葉に甘えよう。あぁ。自分の仕事に戻ってくれて構わない。弐の姫様の御部屋は以前も伺ったのでな」
「はい。飛龍大将軍でしたら、何も心配は無い、と主人も申すはずです。それでは、御言葉に甘え、ソフィア様の具合を見て参ります」
パタパタと駆けていくメイドを見て、蒼牙は、ハァ、と深い溜息を吐いた。
仕方ないのだとわかっていても、未だに自分の弟子達が悪く思われるのは、心外だ。
しかし、自分が何を言おうと、彼等がどれだけ善意を尽くしても、能力者を見る他者の目はそうそう変わるものではない事も、これまでの経験上わかっている。
蒼牙は再び出かけた溜息を堪え、弐の姫の部屋へと足を進めた。
蒼牙が蓮姫の部屋へと近づく度に、若い女の話し声が聞こえる。
(なんだ?主の公爵様が居られないからと、はしゃいでいるのか?)
その女達の声は蓮姫の部屋の前に着くと、ハッキリと聞こえるようになった。
少しだけ開いている扉から蒼牙が中を覗くと、その光景に蒼牙はギョッとした。
「ったく!だから口開けろって言ってんのにっ!!」
「また鼻押さえつければいいよ。口開けたらなんとか入れるから」
部屋の中では、二人のメイドが反応の無い蓮姫を平手で叩いたり、暴言を吐いたりしていた。
とても姫に対する対応では無い。
一人が蓮姫の後ろに回り込むと、そのメイドは蓮姫の鼻を力強く摘んだ。
いくら反応が無いとはいえ、蓮姫の身体は無意識に空気を求めて口を開く。
「よしっ!今だ!突っ込んじゃえ!!」
蓮姫が口を開いた瞬間に、もう一人のメイドが持っていたスプーンで蓮姫の口へとお粥を突き刺すように入れる。
皿からは暑い湯気がたっており、ソレを冷ましてやろうという気さえないのだろう。
空気を求めたはずの口に、強引に入れられた異物。
それに反応して、蓮姫は激しく咽せ、お粥を咳と一緒に吐き出してしまった。
「うわっ!!汚っ!!今日も吐いたしっ!!いい加減にしてよっ!アンタが食べないと私等が公爵様に怒られんだから!」
「ホンット!マジ弐の姫とか面倒臭っ!こんなになるんなら、さっさと死んでくれた方がまだマシなのにっ!!」
「ったく!なんで私達が弐の姫の世話とかしなきゃなんないの!?」
「いい加減死んでよ!その方が皆喜ぶんだから。弐の姫のくせに図々しい」
メイド達は蓮姫が何も反応をしないのをいいことに、叩いたり、暴言を吐き続けた。