海賊王 8
「船長!?何言ってんだよ!」
「捕まろうが自首しようが!海賊に待ってんのは打首だ!自首なんてしたら……船長は殺されちまう!」
「頼むよ船長!冗談でもそんな事言わないでくれ!」
「船長っ!!」
船長であるキラの自首を、必死に止めようとする海賊達。
彼等の中には目に涙を溜めている者も。
ただ、あのガイという大男は何も言わず、キラをじっと見つめているだけ。
部下達の必死の頼み、懇願にキラは苦笑いを浮かべる。
「騒ぐな、お前達。俺は今、弐の姫と大事な話をしているんだからな」
「キラ……どうしてそこまで?本当に貴方は…それでいいの?」
海賊達と同じように不安げな表情を浮かべる蓮姫だったが、そんな彼女にもキラはまた笑顔を向ける。
「正直、良くはないけどな。でもこのままじゃ……俺だけでなく君まで罰せられるかもしれない。ギルディストの女帝やブラウナード国王に。それは俺が嫌だ。女の子が傷つくなんて、俺には耐えられない」
「………私の為だって言うの?」
「勿論それだけじゃない。言っただろ?君の力を借りたい、ってな。それに君は俺を知りたいと言ってくれたし、俺も君になら…俺達の事を知ってほしいと思う。……俺だって、いつまでも海賊王を出来る訳じゃないしな」
「どういう意味?」
キラの言葉の意味が何を指しているのか、どういう意味なのか、今の蓮姫には分からない。
だから聞き返したのだが、そんな二人の会話にあの親衛隊の男が割って入る。
「海賊王。自首するのなら今でいいはず。このまま我々と一緒にギルディストへ来い。弐の姫様もです。陛下に御報告を」
「それは却下。お前達は彼女を騙して海に連れて来たんだろ?女を無理矢理海に連れ出すような奴等を…俺は信用しない」
「なんだとっ!?海賊風情が偉そうに!」
「待って下さい!私も彼と同じ意見です」
「弐の姫様まで!?何を!」
親衛隊からの提案を簡単に却下するキラ。
そんなキラに憤慨する親衛隊を蓮姫が止める。
「申し訳ありませんが……私ももう皆さんを信用する事は出来ません。共に行動することも。親衛隊は全員、ギルディストに戻って下さい。キラ、お願いしていいのね?」
「あぁ。約束は守る。全員無事にブラウナード領の手前に送ってやる。その後は小舟で港に戻ればいい。もし見つかって怪しいと思われても、強国ギルディストの人間…それも女帝の親衛隊なら、ブラウナードの人間も丁重に扱うだろうからな」
蓮姫の言葉に頷くキラだったが、そんな言葉で親衛隊は納得など出来るはずも無い。
何より……親衛隊はキラではなく、蓮姫に納得していないのだ。
「弐の姫様。これでは…陛下のご勅命に逆らう事となります。弐の姫様が海賊王を見逃すのなら、ギルディストにも弐の姫様にも何一つ利はございません。ご自分のお立場を考え、今一度ご懸命な判断を」
「これはよく考えた末の決断です。エメル様にお伝え下さい。今の私には彼等を討伐する気はありませんが、見逃すつもりもありません。私は彼等を知り、自分が正しいと思う判断をしたい。だから数日……時間を下さい、と」
「…………分かりました」
男が渋々頷くと、残りの親衛隊も武器を収めた。
「よし。話はまとまったな。船を出せ!ブラウナードの方角に向け全速前進!ブラウナード海域に入る前に小舟を下ろし、こいつらを逃がす!」
キラの指示を受けると、海賊達も持ち場に行き船を出し、ガイは縄を持ち親衛隊達に近づいた。
「悪いが下手な真似をしないよう拘束だけさせてもらう。危害は加えない。船長命令だからな」
「ふん」
抵抗する事なく縄で縛られる親衛隊達。
彼等もまた納得はしていないが、受け入れはしたようだ。
そんな彼等を見て、蓮姫はある事をキラに頼む。
「キラ。紙とペンある?」
「ん?中にいくらでもあるぞ。案内する。あぁ、従者も一緒に行っていい。その方が君も従者達も安心だろうからな」
「ありがとう」
キラに案内され蓮姫と従者達は船内へと入る。
その時、蓮姫は一度親衛隊達をチラリと見るが、親衛隊達もまた蓮姫を見つめていた。
キラは蓮姫達を引き連れると、ある一室へ入る。
そこは広い部屋で、ベッドや机、本棚があり誰かの私室のようだった。
「ここは?」
「船長室。俺の部屋だな。紙もペンもそこの机にある。便箋と封筒もな。好きに使ってくれ」
「……気づいてたの?」
「なんとなくだけどな」
蓮姫の言葉に笑顔で答えるキラ。
蓮姫が何をする気か、何故紙とペンを必要としているのか、キラは気づいていたらしい。
そして蓮姫の従者であるユージーンと火狼もまた、彼女の意図に気づいていた。
話が見えない残火と星牙は二人で顔を見合わせて、首を傾げる。
そんな時、海賊の一人がこの船長室へと入り、船長であるキラに声を掛けた。
「船長!爺さんが呼んでたぜ!検診して今月分の薬出すってよ!」
「薬?」
「分かった。弐の姫、俺はちょっと席を外す。コイツを部屋の外に置いておくから、何かあったら遠慮なく声を掛けてくれ」
そう言うとキラは部屋を出て行ってしまい、蓮姫は今の会話で気になった事をキラ本人ではなく、部下の海賊に尋ねる事にした。
「すみません。薬って?キラは病気なんですか?」
「あ?あ~、違う違う!船長はいたって健康だ!ただ月に一度、体調悪く……っと、いけねぇいけねぇ。じゃあ俺は船長の命令通り外にいるからな!好きにしてくれ!あ!部屋荒らしたりはしないでくれよ!」
バタン!
「あ………行っちゃった」
何故か途中で話を切り上げ、部屋を出ていった海賊。
キラが病気ではないと知り少し安心した蓮姫だったが、ユージーンは今の海賊の言葉でキラへ抱いていたある疑惑が確信へと繋がった。
「月に一度……ねぇ…」
「ん?何か言った?旦那」
「いや別に。さて姫様。時間はあまり無いようですし、書くなら早い方がいいでしょう」
「そうだね」
ユージーンの言葉に促され、椅子に腰かけ何かを書き始める蓮姫。
そんな蓮姫に、火狼は不安たっぷりといった様子で声をかける。
「姫さん。ホント大丈夫?これって禁所の時と同じだぜ?今度は女帝に罰与えられちまうんじゃねぇの?」
火狼は今までの蓮姫とキラ、そして親衛隊のやり取りで、禁所の時を思い返していた。
あの時、蓮姫は女王麗華の命令に従わず、結果玉華で罰を受ける事となったから。
しかし蓮姫はペンを動かす手は止めずに、火狼へと返す。
「多分だけど……そうはならない気がする」
「なんで?」
何故蓮姫がそんな事を言うのか、言えるのかが分からず、火狼は首を傾げた。
そんな火狼の気配を感じた蓮姫も、視線は手元のまま言葉を続ける。
「今回の任務、気になる点がいくつもあるの。エメル様がキラ達の事を全部知ってた事や、私達に『海賊王は極悪非道』っていう彼等の噂を教えた事もね」
「それは……その方が姫さんが討伐しやすいと思ったからじゃん?誰だって善人より悪人相手の方が容赦ないかんね」
火狼が最もな意見を述べるが、蓮姫は持っていた羽根ペンを口元に当て『う~ん』と唸り、それを否定する。
「でも女子供に手を出さないキラ達の所に私が行ったら、そんなの直ぐにバレるでしょ?それにもし本気で討伐する気があったなら、親衛隊より強い騎士団を同行させて、私や残火には何か理由をつけて男装させてたはず。それと……キラの強さやリヴの事まで知ってたのなら……エメル様は自分から海に出たと思う」
「確かに。あの戦闘狂女帝なら、喜んで自分が海に出て、海賊王とリヴァイアサンと交戦したでしょうね」
蓮姫の最後の言葉には納得したのか、火狼や残火もウンウンと頷いていた。
蓮姫は書き物を再開しつつ、ユージーン達に言葉を続ける。
「エメル様の意図は………きっと他にある。それが何かは……ちょっと分からないけど」
「そうだとしたら討伐よりも厄介なのでは?」
「ジーンの言いたい事も分かる。でも文字通り、乗りかかった船…ううん。乗ってしまった船だよ。私達はこの船に乗ってしまった。もう後戻りは出来ない。なら……私はキラ達の全てを知って、見届けて、自分の納得いく答えを出したい。後悔しないようにね」
そう言うと蓮姫は今度こそ手を止め、クルリと従者達へと体を向けた。
従者達も全員、蓮姫を見つめ返す。
「また皆を巻き込んでしまったけど……最後まで付き合ってくれる?」
蓮姫のその問いにユージーンと火狼は笑みを浮かべ、残火は我先にと口を開いた。
「勿論です!姉上!私は何処までも姉上とご一緒します!ね!未月もそうでしょ!」
「うん。…俺…いつも母さんと…一緒」
「姫さ~ん。ホントそれ今更過ぎない?俺等は姫さんが好きだから従者になったんよ?だから心配なんていらない、いらない」
「我等従者は、いついかなる時も姫様のお傍に。姫様の命とその心を守る為に我等はいる。何があろうと、それは変わりません」
「にゃんっ!!」
従者全員の言葉に、蓮姫は自分の胸の内が暖かくなるのを感じた。
不安に思う事など何も無い。
彼等はいつだって自分の味方だ。
彼等だけは何があっても…自分の傍にいてくれる。
また、この先何があろうとも……彼等なら信じられる。
「ありがとう、皆。………って、星牙?何読んでるの?」
従者達に感謝を告げた蓮姫だったが、ふと奥にいる星牙が真剣に何かの本を読んでいるのに気づいた。
星牙は声を掛けられたのも気づいていないようで、火狼が軽く星牙の肩を小突く。
その衝撃で星牙は慌てて蓮姫達へと振り返った。
「っ、え、な、何?ごめん。話聞いてなかった」
「その本。この部屋の…というかキラのだよね?何か気になる本だったの?」
「これ?気になるっていうか……この部屋にある本さ、大和の本が多いんだよ。本棚にあるのも机に積まれてるのも、ベッドの上にあるのもそう。これも家にあった大和の兵法書と同じヤツだし」
星牙に指摘され、本棚にある本の背表紙や散乱する本の表紙を確認する蓮姫。
確かに書かれている文字は漢字で、それも筆で書かれたような物ばかりだった。
「大和の?」
「うん。あ、玉華と大和って昔から繋がりあってさ。交流あるから剣術とか食べ物とか服とか、似てるのが結構あるんだ」
「そうだったんだ。でもなんで大和の本が?」
「そりゃ海賊王が集めてるからじゃないか?結構色々あるぞ。これなんて『海龍伝説』っていう大和のお伽話の本で……って、うわっ!?」
星牙が本棚にある『海龍伝説』と書かれた本を抜こうとした時、一緒に茶色く古びた本も引かれ床に落ちる。
星牙は落ちた本を拾うと、パラパラと捲って中身を確認した。
「うわ。古い本……破れたりしてないかな?………これ病気の本か?あ、物忌みも書いてある」
「物忌み?」
聞いた事があるような、無いような言葉に蓮姫が首を傾げると、星牙は説明しようと口を開いた。
「物忌みってのは……えーと、穢れ?だっけな?それを受けない為に引きこもったり、薬を飲む日のこと……だったはず」
「穢れを受けない?え?呪いとかそういうヤツ?」
「ううん。そういうのじゃなくてさ。えーと………ほら、普通に生活しててもストレスとか溜まって体を壊すじゃん?大和じゃさ、それは穢れを受けてるからだって考えが昔からあって。だから月に一度とか週に一度、定期的に家に引きこもって何もしなかったりするんだよ」
「つまり………ストレスを溜めない為の休養日って事?」
「昔は意味が違ったみたいだけどさ、今はそう。物忌みは大和に昔からある習慣。でも休める人ばかりじゃないしさ。そういう人は薬を飲んだりするんだ。この本にはその時に飲む薬が書いてる」
何の気なしに、物忌みの説明をした星牙だったが、今の説明で蓮姫の脳裏にはキラの姿が浮かぶ。
「定期的に……休んだり…薬を飲む…」
「うん。特に大和の貴族とかは、マジで毎月とか毎週に具合悪くなる奴もいるみたい。まぁ、貴族なんて不摂生な生活してるしな。物忌みしてるのも貴族とか偉い奴ばっか」
「大和の習慣……物忌み、か。……ジーン、狼。海賊って海で生まれて育った人…だけとは限らないよね?」
蓮姫が何を言いたいのか悟ったユージーンと火狼は、彼女の聞きたい答えを口にする。
「えぇ。海賊とは海の荒くれ者ですが、元々は故郷の国で流罪になったり、海に逃げた犯罪者の成れの果て。そういう場合も多いです」
「親も海賊で海……っていうか、船の上で産まれて育った奴とかもいるだろうけど、そっちのが少ないんでない?」
ユージーンと火狼の言葉を聞き、蓮姫は再びこの部屋にある本を見つめる。
大和関連の本が大量にある船長室ことキラの私室。
月に一度、体調を崩す為に薬を飲んでいるキラ。
キラが大和出身……もしくは関係者である可能性は高い。
「じゃあキラは……元々は大和の人なのかな?」
「そうとも限らんっしょ。ただの大和マニアって可能性も十分あるかんね。てか姫さん。この船めっちゃ早く進んでるからさ……お手紙も早く書かないと間に合わないよ?」
「あ!」
窓を見ながら説明する火狼に指摘され、蓮姫は勢いよく机に向き直ると、羽根ペンを動かし書き途中だった手紙をなんとか完成させる。
蓮姫が手紙を書いている最中……ユージーンは、本棚から落ちた物忌みの書かれた本と昔話が書かれた本を拾い、じっ……と数秒見つめてから本棚へと片付けた。
(大和に伝わる『海龍伝説』に、リヴァイアサン。それに月に一度の不調。………海賊王の奴……間違いない…)
ユージーンは自分だけが気づいたキラの正体について、心の中でのみ呟いた。