海賊王 7
(リヴァイアサンが海賊王に……人間に懐いてるだと!?そんな馬鹿な!!)
ユージーンが驚きを隠せないのも、目の前の光景を信じられないのも当然。
何故ならこの世界には、リヴァイアサンによるある伝承が伝わっていたからだ。
(ありえない!『リヴァイアサンは人間の男に決して従わない』ってのは、この世界に古くからある伝承だ。もし俺がノアの時みたいにプレッシャーを与えても、リヴァイアサンは絶対に従わない。それなのに……なんで海賊王に?)
ユージーンの知る伝承は真実。
だからこそ、この世界では海に出た者は誰であろうとリヴァイアサンによって船ごと沈められてきたのだ。
(海賊だろうと、強い魔道士だろうと、一国の王だろうと例外は………………………待てよ。一度だけ例外…というか、リヴァイアサンが人間に従った話を聞いたような…)
ユージーンは自分の中の記憶を探っていく。
そして記憶の隅にあった、祖父とのある会話を呼び覚ました。
それは……ユージーンがまだ幼い子供だった頃の記憶。
その話は、彼の祖父が可愛い孫に語った昔話であり、おとぎ話のようなもの。
(………そうだ。ガキの頃……じいさんに聞いた事がある。あれは確か………大和の……)
『それ本当なの?じい様?』
『おう、本当だ。大和から来たその方は、怒り狂うリヴァイアサンを鎮め、手懐けたんだ』
『じゃあオレも出来る?オレもリヴァイアサンをペットにしたい』
『ハッハッハッ!アーロン!それは無理だ!たとえ私達の血筋でもリヴァイアサンを従えるなんて不可能なんだよ!それにペットじゃない。その方とリヴァイアサンは……友達になったんだ』
『えーーー!なんでオレじゃダメなの!?オレもリヴァイアサンと友達になりたいのに!なんでその人はいいのさ!』
『それはな……その方が清らかで、美しかったからだ。身も心もな』
『身も心も?オレ………汚いの?じい様も?』
『ハッハッ!そうじゃない。まぁ、お前も大人になれば分かるだろうよ。……そうそう。その時の事がきっかけでな、一部の者はリヴァイアサンをこう呼んだんだ。リヴァイアサンは別名、海の……』
「っ!?」
ユージーンはかつて祖父に語ってもらった昔話を思い出し息を呑む。
今の彼は、リヴァイアサンが海賊王キラに懐く現状を見た時より、更に驚きの表情を浮かべていた。
(…あの時のじいさんの話が本当なら……リヴァイアサンが呼ばれてた別名も本当。もし…そうだとしたら……あの海賊王………まさか!?)
ユージーンが海賊王キラを驚きの表情のまま凝視していると、蓮姫は船首へと歩き出した。
そして船首へ着くと、リヴァイアサンを抱きしめているキラへ声を掛ける。
「キラ。このリヴァイアサンが『リヴ』なの?」
蓮姫の声に、キラは笑顔で振り向いた。
「そうさ弐の姫!紹介するよ!コイツは『リヴ』。俺の友達なんだ。リヴ、彼女は弐の姫だよ」
リヴの巨大な顔や濃青の鱗を撫でながら話すキラ。
その様子を見て、蓮姫もまた笑顔を浮かべるとリヴへ手を伸ばす。
「はじめまして、リヴ。私の仲間を助けてくれてありがとう」
蓮姫はキラのようにリヴを撫でてやろうとした。
いつもノアールにしているように。
だが蓮姫の手が触れる前、リヴァイアサンは彼女の手から逃れるように下がる。
そして蓮姫を威嚇するように、オレンジの瞳を細めると、唸り声を上げた。
「グルルルルルル…」
「あ、あれ?」
まさか拒否されると思っていなかった蓮姫は、困惑したような表情を浮かべる。
そんな蓮姫に気を使い、キラはリヴへと怒った。
「こらリヴ!弐の姫はいい子だ!そんなに警戒するな!……すまない、弐の姫」
「あ、ううん。私こそ勝手に触ろうとしてごめんね。……嫌われちゃったかな?」
リヴに嫌われたのかと一人落ち込む蓮姫だったが、そんな彼女とリヴをフォローするようにキラは口を開く。
「いや…君を嫌ってるというか……そもそもリヴは、俺以外には懐かないんだ。君だけじゃない。君の部下や俺の仲間が触ろうとしても、リヴは嫌がるよ」
「そうなの?リヴは…キラだけに心を許してる?」
「あぁ。自分で言うのもなんだけど……俺が特別なんだ。だから、気にしないでくれ」
申し訳なさそうに眉を寄せ、苦笑するキラに、蓮姫もまた笑顔を返す。
「ふふっ。リヴと仲良くなれないのは、ちょっと残念だけど…でも気にしてないよ。ありがとうキラ」
蓮姫はむしろ自分を気づかってくれたキラへ礼を告げる。
それは蓮姫からの、裏表のない感謝であり、純粋な気持ちだとキラにも伝わった。
蓮姫の真心が伝わったからこそ……キラな真剣な表情で蓮姫を見つめる。
「弐の姫。………いや、礼を言うのは俺の方だ」
「キラ?」
「俺は一人でクラーケンと戦い、時間を稼ぐつもりだった。でも君は俺と共に戦うよう部下を送ってくれた。……本当に助かったよ。現に俺がこうして船に戻れたのは君の部下の魔法、そして君の指示のおかげだ。おい皆!こっちに来てくれ!!弐の姫の仲間達もだ!」
キラが声を掛けると、甲板にいた海賊達や蓮姫の従者達は二人の元へ集まる。
そして全員が来たのを確認すると、キラはまた蓮姫へ視線を戻した。
「俺が、そして仲間が全員助かったのは君達のおかげだ。船長としてお礼申し上げる。弐の姫様、そして従者の方々。誠にありがとうございました」
キラが胸に手を当て蓮姫へ深く頭を下げると、ガイはその場に跪き、同じように蓮姫へと頭を下げる。
「俺達からも礼を言わせてくれ。俺達の船長を助けてくれて…ありがとうございました」
他の海賊達もガイに続き、全員が蓮姫と従者達に跪き、深く頭を下げた。
その様子に戸惑うのは蓮姫達のみ。
海賊達は全員、蓮姫達へ深く感謝していた。
「き、キラ!頭を上げて!皆さんも!助けられたのは私達も同じです!何より!リヴのおかげですから!」
「しかし…」
「キラ。お願い。私からもお礼を言いたいの。だから頭を上げて」
蓮姫のその言葉に、キラは…そして海賊達もゆっくりと頭を上げる。
そんな彼等が見た蓮姫は…優しい微笑みを浮かべていた。
「今、こうして全員が無事だったのは、ここにいる皆のおかげです。だから、私からもお礼を言わせて下さい。弐の姫として。皆さん、リヴ。…本当に、ありがとうございました」
そう言って蓮姫が頭を下げると、今度は蓮姫の従者達や星牙が海賊達のように跪き、頭を下げた。
そんな蓮姫達を見て、キラの顔にもまた笑顔が浮かぶ。
「弐の姫。…やっぱり君は……素敵な女性だな」
「ふふっ。キラもね。とっても素敵な海賊王だよ」
「ハハッ!海賊に素敵なんて言葉似合わないよ!そんなこと言ってくれる女の子は君くらいだ!君は本当に変わってる!」
「あははっ!酷いな~、もう!」
蓮姫とキラはお互い顔を見合わせると、声を上げて笑い合った。
笑い合うキラと蓮姫の様子に、海賊達も笑顔を浮かべる。
中には同じように声を上げて笑う者もいた。
二人を見て笑う彼等の纏う雰囲気は、海賊とは思えぬほど穏やかなもの。
だが、蓮姫の従者達は戸惑いや困惑の表情を浮かべ、奥にいる親衛隊達は固い表情のまま。
それもそのはず。
元々蓮姫一行とギルディスト親衛隊は、海賊王やその一派を討伐する為に海に出たのだから。
呑気に討伐する相手と笑ってる場合ではない。
親衛隊の代表格ともいえるあの男は、再び蓮姫へと苦言を呈す。
「弐の姫様。海賊王とのお戯れはそこまでになさって下さい。奴等を捕らえる為の指示を」
「…………」
厳しい口調で話す親衛隊の言葉に、蓮姫から笑顔が消える。
それは海賊王キラも、彼に従う海賊達も同じだったが、海賊達には誰一人として敵意が全く無い。
複雑そうに表情を歪めているだけ。
そんな彼等の雰囲気を感じとった蓮姫は、意を決して親衛隊達に言葉を放った。
「親衛隊の皆さん。先程も言いましたが…あえてもう一度言わせて頂きます。私には、彼等と戦う意思はもうありません」
「っ!?いい加減になさいませ!正気でおっしゃっているのですか!?弐の姫様!!」
蓮姫の言葉を聞き、激昂して怒鳴る親衛隊の男。
だが蓮姫とて、一歩も引くつもりは無い。
「彼等は海賊です。多くの船を沈めてきた海賊王とその一派。そしてリヴ…リヴァイアサンも海賊王の友達なら、彼等を危険視し、討伐したいと思うのも無理はありません」
「分かっておられるなら!」
「えぇ。ちゃんと分かっています。彼等が悪人ではないことも。貴方方が……エメル様が私に何か隠している事も」
「っ!!?」
「逆に聞かせて頂きますが……バレていないと…隠し通せるとでも思っていたのですか?」
蓮姫の指摘に言葉を詰まらせる親衛隊。
そんな彼が何かを…言い訳を口にする前に、蓮姫は言葉を重ねる。
「エメル様は私なんて比べ物にならないくらい賢くて、世界の情勢に詳しい方です。そんな方が彼等の…海賊王の本質を見抜けない訳がありません。この討伐には、何か裏があるのでは?」
「う、裏など……そんなものは…」
「では、エメル様は人の本質を見抜けぬ方だと?貴方は自分の皇帝を、人々の噂だけを鵜呑みにする愚かな王だとでも言いたいのですか?」
「っ!?何をおっしゃいます!陛下は全てをご存知だからこそ弐の姫様を……っ、」
蓮姫の挑発で感情のまま言葉を発した親衛隊だったが、自分の失態に気づき慌てて口を閉じるも、時すでに遅し。
いくら口を手で塞いでも、出てしまった言葉は戻らないのだから。
他の親衛隊達も、気まずそうに蓮姫から視線を逸らしたり、口を滑らした男を睨んだりしている。
エメラインの側近でもあり、ギルディストの親衛隊でもある彼等の反応を見て、蓮姫は自分の考えが正しかったと悟った。
「………やっぱり…」
蓮姫は悲しげに目を伏せ、落胆した表情を浮かべる。
今のやり取りを見て、ユージーンは親衛隊を睨みつけ、火狼もまた呆れ顔。
未月はいつも通りの無表情だが、残火と星牙は話についていけていないらしく、キョロキョロと蓮姫と親衛隊達、海賊達へ視線を動かした。
残火はちょいちょいと火狼の服を引っ張り、普段は毛嫌いしている彼に小声で尋ねる。
「ちょっと。どういう事なの?」
「ん~?つまり、女帝様は海賊王が根っからの悪人じゃないって最初から知ってて、姫さんに討伐させようとした。って事だろうさ。……ホント…食えないお人だよ」
「え?じゃあなんで姉上に討伐を命じたのよ?悪人じゃないなら…討伐も意味無いの?」
「いや、意味はあると思うぜ。海賊なのは間違いないし、海賊王を討伐したらギルディストはブラウナードから海と港町っていう貴重な領土を貰えるかんな。それに姫さんが海賊王を討伐してこそ、姫さんと女帝が交わす姉妹の盃は国民に認められる。とはいえ……姫さんに海賊王の人となりを何も説明しなかったのは……やっぱ納得いかねぇわな」
「それは……姉上が優しいからじゃない?知ったら姉上は、私の時みたいに海賊を助けようとするから。だから女帝も姉上には言わなかったんじゃないの?」
「それだけかね~?つーか、女帝は姫さんが何も気づかないバカじゃない事も…むしろ賢い事も知ってるっしょ。俺はどうも……女帝様の真意は別にあると思うわ」
「それって……何?」
「それを今から姫さんが聞くの。残火ちゃんはちょ~っと静かにしてようね~」
まるで子供をあやすように残火の頭を撫でて話す火狼。
そんな火狼の態度にイラついた残火は、バシッと火狼の手を振り払った。
「いでっ!」と小さく声を上げる火狼だが、直ぐに視線は蓮姫達へと戻す。
「エメル様が海賊王討伐を望んでいるのは本当だと思います。私の為に機会を与えてくれた事も分かっています。それでも……やっぱり納得はいきません。親衛隊の皆さん。誰でもいいので、知っている事を話して下さい」
「に、弐の姫様が今おっしゃった事が全てです。海賊王討伐はギルディストにも、ブラウナードにも、そして弐の姫様にも得となる話。だからこそ陛下は…」
「分かりました。なら言い方を変えますね。……隠している事を話して下さい」
蓮姫から目を逸らし話す親衛隊に、蓮姫は珍しく冷たい口調で告げる。
そんな蓮姫の追求に、親衛隊は黙り込んでしまった。
しばらくの沈黙の後、口を開いたのは蓮姫でも親衛隊でもなく、海賊王キラ。
「おい。ギルディストの親衛隊。俺達にもう戦意は無い。弐の姫と従者達は命の恩人だ。そんな奴等と戦う気は一切無い」
「……キラ」
自分の名を呼ぶ蓮姫に優しく微笑むと、キラは親衛隊へ視線を戻す。
「お前達もそうだと言うなら、俺達は全員をブラウナード海域の手前まで送って小舟を出してやる。俺達は無益な殺生をしない。お前らの中には怪我人もいるんだ。いつまでもここにいるより、早く国に戻った方が懸命だぞ」
「………海賊王。……いや…弐の姫様の海賊王討伐は…我等が陛下のお望み。弐の姫様、どうかお考え直しを。海賊王を討伐せねば、ギルディストは海を手に入れられません。弐の姫様とて陛下と姉妹の契りを…盃交わせぬままです」
「………そうですね。でも私の意思は変わりません。かといって……このままギルディストに戻る訳にもいきませんしね」
う~ん……と腕を組んで悩む蓮姫。
海賊王を討伐する気など、今の蓮姫には全く無い。
しかし海賊王を討伐しなくては、誰の望みも叶わない。
ギルディストに戻ってエメラインを追及しようかとも思ったが、あの女帝が簡単に自分の思惑を語るとも思えない。
一人悩む蓮姫だったが、キラはそんな彼女の肩にポンと優しく手を置く。
「そんなに難しく考えるなよ。女帝が味方してくれないんなら、俺が君の味方してやる。……正直…君のその力も借りたいしな」
「え?」
「君の事情はなんとなく分かった。分かった上で言わせてもらう。一つだけ……君に強力してほしい事があるんだ。それを受けてくれるなら……俺は君の為に自首しても構わない」
キラのとんでもない発言に蓮姫は目を丸くした。
特に最後の一言は、蓮姫だけでなく、キラの部下であれ海賊達まで驚き、一斉に騒ぎ出す。