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海賊王 6


何故(なぜ)か必死にユージーンの魔法を妨害(ぼうがい)するキラだったが、首を()められ、ユージーンはろくに話す事が出来ない。


そんなユージーンの代わりに、今度は彼の足にぶら下がった火狼が叫ぶ。


「海賊王っ!?何してんだよ!」


「見りゃ分かるだろ!神の雷【トールハンマー】を止めてんだよ!」


「だからなんで!?神の雷【トールハンマー】は雷の上級魔法だぜ!あのバカでけぇクラーケンにはそれぐらいしなきゃ意味ねぇだろ!」


「そんなモノ撃たせる訳にはいかない!海にどれだけの魚や海獣(かいじゅう)、魔物がいると思ってるんだ!神の雷【トールハンマー】でクラーケンを追い払えても!そいつらが死ぬ!」


「魚なんか気にしてる場合かよ!?」


「お、おま、マジ、はなっ!」


ユージーンの後ろでキラが、右足元で火狼がギャーギャーと口論(こうろん)している間にも、キラの手は一切緩(いっさいゆる)まない。


むしろキラは火狼との口論のせいで興奮している為、ユージーンの首を()める腕の力は増していく。


窒息(ちっそく)しそうな苦しさで(あば)れるユージーンは魔法どころではなく、足で火狼を()めてしまった。


「ぐぇっ!?だ、だん!ぐ、ぐるじ!い、いぎ!できな!」


もはや三人でじゃれ合いコントをしているような光景にも見えるが、当然そんな笑える状況ではい。


ろくに息も出来ず魔法に集中すら出来ないユージーンは、飛行魔法も(おろそ)かになり段々と高度が下がり……いや、三人はそのまま下へと落ちていく。


そしてその光景は、しっかりと海賊船からも目視できた。


「「「船長!!」」」


「キラーーーーっ!!」


「っ!?ジーン!(ろう)!キラっ!」


海賊達が必死に叫ぶ中、蓮姫は右手を伸ばし三人に向けて想造力を発動させる。


それは海に落ちた星牙を浮かせたモノと同じ魔法。


三人は海に落ちず蓮姫の想造力で再び宙に浮いた。


だが三人の眼下(がんか)にはクラーケン。


そしてクラーケンの更に下…海中には、とてつもなく長細い黒い影が動いている。


「げぇっ!?今度はなんだよ!?」


「あの影は!?」


「っ!?まさか!?」


影に驚く三人だったが、クラーケンは構わず三人をその長い足で空中の彼等を捕らえた。


「「「っ!!?」」」


クラーケンに捕まってしまった三人は、ギリギリと体を締め付けられる。


「あぁっ!!船長がっ!船長がクラーケンに捕まっちまったよ!」


「船長!逃げてくれ!船長ー!!」


「クソっ!」


「皆っ!!」


危機的状況に(おちい)った三人。


泣きながら叫ぶ海賊達の声を聞き、蓮姫はある決意をする。


(こうなったら…私が空間転移を!)


蓮姫が三人を助ける為、使った事も無い空間転移を無理矢理発動させようとした……その時。


大きな水しぶきが上がり、あの長細く黒い影の正体がクラーケンの前に現れた。


それは大きな……とても大きな、濃青(のうせい)(うろこ)をした海蛇(うみへび)の魔物。


その姿はクラーケンに引けを取らぬ怪獣。


額には(うろこ)とは真逆に、真っ赤な紅玉(こうぎょく)が埋まっている。


突然現れたその海蛇のような怪獣に、キラは目を見開いて叫んだ。



「リヴっ!!?」


「グルルルル!!グァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」



海蛇はクラーケンの足に捕らわれた海賊王キラを見つめると、大きく口を開いて(するど)い牙をむき出しにし、その足へと噛み付いた。


暴れるクラーケンだったが、海蛇は構わずキラを捕らえた足を食いちぎる。


その衝撃でユージーンや火狼を捕らえていた足も緩み、二人は海へと叩きつけられた。


「ブハッ!?ハァッ、ハァッ!な、なんだよ!今度はリヴァイアサンまで出てきやがった!」


「ハッ!だがっ、はぁ…好都合だ!リヴァイアサンはクラーケンの天敵だからな!おい!海賊王は何処に行った!?」


「あいつならまだクラーケンの…って、落ちる!?」


キラを捕らえていたクラーケンの足も、食いちぎられた事でその力は緩み、キラもまた海面に落ちそうになる。


だがキラが海に落ちることは無かった。


クラーケンの足から開放されたキラは、リヴァイアサンが再び開いたその大きな口の中に捕らわれたからだ。


誰がどう見ても……キラはリヴァイアサンに食われた。


「海賊王っ!!クソっ!あいつ食われちまったぜ!」


「今ならまだ間に合う!奴を攻撃して腹から出せばいい!」


ユージーンと火狼は、キラを助ける為リヴァイアサンを攻撃しようと決意する。


だが、二人が魔法を使う前に…リヴァイアサンはその長い首を海面に下ろした。


そして再び大きく口を開き、口内のキラを解放する。


そのリヴァイアサンの行動に激しく動揺し、驚くユージーンと火狼。


(なんだ今の!?まるで……リヴァイアサンが海賊王を助け…いや!そんなはずない!ありえない!)


「あ、あれ?食った訳じゃねぇの?不味(まず)かったんか?」


「っ、呑気(のんき)に言ってる場合か!海賊王の所まで泳ぐぞ!さっさと船に戻るからな!」


「あ、あいよ!」


二人がバシャバシャと泳いでいる間、キラとリヴァイアサンは見つめ合う。


リヴァイアサンは凶悪な顔つきをしており、まさに怪獣と呼べるに相応しい姿だというのに……キラを見つめるオレンジ色の瞳は…とても優しいものだった。


「リヴっ!」


キラが再度リヴァイアサンを呼ぶと、リヴァイアサンはクラーケンへと向かっていく。


クラーケンは残った足でリヴァイアサンに(から)みつこうとするが、リヴァイアサンはクラーケンの頭に噛みつき、あの鋭い牙を喰い込ませた。


リヴァイアサンとクラーケンの戦いの余波で、水しぶきがあちこちに上がり、波が高くうねり、三人はまともに浮いている事すら出来ない。


なんとかキラの元へ辿り着いたユージーンと火狼だったが、キラは二人には目もくれず、リヴァイアサンへ叫び続けていた。


「リヴっ!ダメだ!戻れっ!」


「おい!海賊王!さっさと戻るぞ!犬!そいつを掴め!」


暴れるキラのコートを火狼はなんとか片手で掴み、残りの手はユージーンの服をしっかりと掴んだ。


その間にも二匹の怪獣は絡み合い、ついには二匹揃って海へと沈んでいく。


「リヴーーーーッ!!」


「くそっ!暴れんなっての!おい旦那!いいぜ!やってくれ!」


火狼がそう叫んだ直後、ユージーンは空間転移を発動させる。


そして次の瞬間、三人はあの海賊船へと戻っていた。


突如甲板に現れた三人に、仲間達は一斉に駆け寄る。


「ジーン!狼っ!」


「焔っ!大丈夫!?」


「「「船長っ!!」」」


「キラ!!おい!誰かデカいタオル持って来い!」


仲間達は心配して声を掛けるが、当の三人は疲れきったようにゼーゼーと荒く息を繰り返すだけ。


その度に肩も揺れ、三人の髪や服からポタポタと水滴が落ちる。


ユージーンと火狼はなんとか笑顔を蓮姫と残火へ向けるが、キラは違った。


キラの深い青緑色をした瞳は(あせ)ったように揺れ、しかし確実な闘志も秘めている。


そんなキラに、あの大男ガイが優しく声を掛けた。


「キラ。無事で良かった」


「ガイ!リヴがクラーケンに!」


「分かってる。ここからも見えたからな。リヴがお前を助けてくれたんだろ」


「そうだ!だから今度は!俺がリヴを助けに!」


「二匹とも海に(もぐ)っちまっただろ?俺達に出来ることは……リヴの無事を祈る事だけだ」


「っ、クソっ!!」


ガイの言葉にキラは拳を作ると、そのまま強くガンッ!と床へと振り下ろした。


「兄貴!タオル持って来たぜ!」


「おう。一枚寄越して残りはあいつらにやれ。ほらキラ。とりあえず髪拭け」


「でもガイ!」


「いいから!」


まだ何かを言おうとするキラに、ガイはタオルを被せると、ガシガシとやや乱暴に髪を拭いてやる。


そんな二人のやり取りを近くで見ながら、蓮姫はユージーンと火狼に先程の戦闘について尋ねた。


「皆無事で良かった。でも…さっきのアレはなんだったの?クラーケンと沈んでいった大きな…海蛇?アレが助けてくれたの?」


「ん~……助けてくれた訳じゃねぇのよ。結果俺達が助かっただけ。リヴァイアサンが人を助けるなんて聞いた事ねぇもん」


火狼は海賊からタオルを受け取ると、適当に髪や顔を拭きながら答える。


そんな火狼の口から出た単語は、蓮姫にも聞き覚えのあるものだった。


「リヴァイアサンて…大和(やまと)で聞いた海の魔物だよね?龍型で額に赤い玉が……あ、海蛇じゃなかったんだ」


「はい。リヴァイアサンは海蛇ではなく海龍です。そしてリヴァイアサンとクラーケンは天敵同士であり、お互いを殺し合う存在。偶然リヴァイアサンが出てきてくれたので、助かりましたね」


「偶然?でも海賊達が呼んでる『リヴ』ってリヴァイアサンの事でしょ」


海賊達が、そして海賊王であるキラが必死に『リヴ』と叫んでいたのは、蓮姫も聞いている。


だからリヴァイアサンはキラ達海賊の仲間だと思っていた蓮姫だったが、ユージーンは首を振り否定した。


「リヴァイアサンが人助けなんて有り得ません。伝承(でんしょう)にもあるんですが、リヴァイアサンは絶対に人には従わない魔物です。先程の会話を聞いてる限り『リヴ』とはリヴァイアサンの事だと思いますが……奴等が勝手に仲間意識を持ってるだけでしょう」


「そうは…思えないんだけど…」


「でもね姫さん。前にも言ったけど、リヴァイアサンは昔からたっっっくさんの船や船乗りを沈めてんのよ。クラーケンもリヴァイアサンも人間を襲う危険な魔獣。海賊船も例外じゃないぜ。だって海賊って人間だもん」


「確かに大和じゃ危険な魔物だって、狼からもかぐや姫からも聞いたけど………ん?」


自分が告げた『かぐや姫』という言葉で、かつての大和での会話を思い返す蓮姫。


その会話の中で、蓮姫はかぐや姫が言っていたある言葉も思い出した。


「ねぇ……かぐや姫は『リヴァイアサンは海賊王には手を出さない』って言ってなかった?」


「あれ?そんなこと言ってたっけ?」


「確かに言ってましたが、ただの噂でしょう。それに手を出さないから味方という訳では、っ!?」


ユージーンが話している最中、再び海賊船が大きく左右上下に揺れる。


蓮姫達が辺りを見回すと、船の周りの海面が高く波打っていた。


船が揺れるのはその影響であり、正確には高波を作る程の大きな存在のせい。


その大きな存在の気配を、ユージーンとキラは誰よりも早く感じ取っていた。


「この気配!?姫様っ!」


ユージーンは蓮姫の手を引くと、そのまま蓮姫を抱きしめ自分の腕の中へと閉じ込めた。


再び接近したあの大きな危険から蓮姫を守る為に。


そしてユージーンと同じく気配を感じたキラは、勢いよく船首へと駆け出した。


「これは……来るっ!!」


「おい!キラ!」


ガイが止めるのも聞かず、一直線に船首へと走るキラ。


キラが船首に着いたその時、海賊船の真正面にある海面は高く盛り上がり、そこからザバッ!と高波を生み出した正体が現れる。


それを見た瞬間、キラは反射的にその名を叫んだ。


「リヴっ!」


現れた大きな海龍リヴァイアサンは、先程のようにオレンジの瞳にキラを映すと、徐々にその長い首と顔を海賊船へ……キラへ近づける。


目の前に現れた海で最も獰猛(どうもう)な魔物の一つに、ユージーンは蓮姫を抱き締める腕に力を込めた。


そして片手を蓮姫から離すと、リヴァイアサンへの攻撃態勢をとる。


それは火狼も未月も同じで、三人は直ぐにでも攻撃魔法を放つつもりだった。


だが……ユージーン達が攻撃魔法を放つ前に、キラはとんでもない行動に出る。


キラは直ぐ目の前まで迫ったリヴァイアサンの大きな顔を、両手を広げて抱きついた。


「無事だったんだな!!良かった!」


「グルルルルル…」


目尻に涙を()め、リヴァイアサンの無事に安心するキラ。


そんなキラに…何故かリヴァイアサンは一切の攻撃をしない。


首を振る事も、口を開き牙を剥くことすらない。


むしろリヴァイアサンも安心したように目を細め、キラの小さな小さな手を、存在を、無事を噛み締めているようにも見える。


キラは一度体を離すと、力の限りリヴァイアサンに向けて怒鳴った。


「バカッ!!なんで来たんだ!お前!卵産んだばっかりだろ!力出ないだろ!ろくに戦えないだろ!卵守って海底で寝てろよ!」


「グルゥ~」


「え?…俺を……心配して?」


「フシューーーー…」


リヴァイアサンは(うな)(ごえ)や吐息しか出していないが、その目はしっかりとキラを見据える。


まるで本当にキラとリヴァイアサンが会話しているかのようだ。


キラはリヴァイアサンを見つめたままプルプルと震え出すと、目に貯めていた涙が(あふ)れ、再びリヴァイアサンへと抱きついた。


「っ、このバカっ!大バカ野郎!!それでお前が死んだらどうするんだっ!」


「グフッ!グフフフッ!」


「バカッ!リヴのバカ!大バカヘビ!!」


「グアッ!?フーッ!フーーーッ!!」


「ハハッ!お前みたいなバカ!ヘビで十分だ!龍なんて勿体ない!」


リヴァイアサンとの会話でキラもまた笑顔を浮かべる。


そんなキラとリヴァイアサンを、キラの部下である海賊達や、蓮姫は微笑ましく見守った。


「なんだ。リヴァイアサンはやっぱりキラの仲間なんだね。それにしても…凄い仲良し。私とノアみたいだね」


「にゃうんっ!」


ふふっ、と笑いながらノアールを撫でる蓮姫。


ノアールもまた蓮姫の言葉が嬉しかったらしく、ゴロゴロと喉を鳴らす。


だが蓮姫の仲間達はただ呆然と、この衝撃的な光景に目を丸くするだけ。


特にユージーンは目の前のこの光景…人間に懐くリヴァイアサンの姿が信じられなかった。

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