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海賊王 5


クラーケンとは、この世界の海に生息する巨大な(たこ)型の魔物。


想造世界でもファンタジー系統の作品に出る事もある為、蓮姫もまたこの巨大生物の名称(めいしょう)は聞いた事があった。


とはいえ、実物を見たのも、襲われたのも勿論(もちろん)これが初めて。


「く、クラーケン!?これが!?」


「そうよ姫さん!こいつはリヴァイアサンと(なら)ぶ海の怪物だ!こんなの出てきたら海賊討伐とか言ってる場合じゃねぇ!俺達なんて船ごと潰されちまう!」


「そんな!?」


火狼の言葉で更に恐怖が(あお)られる蓮姫達。


現に海面に出ているクラーケンの八本の足は、既にこの船の帆柱(ほばしは)や船べりを掴み、そこからはミシミシという木が(きし)む音が響く。


このままでは商船は潰され、船に乗っている者は全員、海の藻屑(もくず)と化してしまうだろう。


クラーケンに、そして迫り来る死に恐怖する蓮姫達だったが、そんな彼女達に向けてあのキラが叫ぶ。


「おい!弐の姫!全員直ぐに俺達の船に乗せるんだ!」


「キラ!?でも!」


「いいから!死にたくないなら!誰も死なせなくないなら!俺の言う通りにしろっ!」


蓮姫の言葉はキラによって(さえぎ)られた。


悠長に話している時間など無いからだ。


クラーケンの恐怖は、蓮姫達よりも海賊であるキラ達の方がよく知っている。


そして幸いにも、クラーケンが襲っているのは蓮姫達が今乗っている船だけで、少し離れた位置にあるキラ達の船はまだ無傷。


全員が助かる為には…この船を捨て海賊船に移るしかない。


そして今は、一刻(いっこく)猶予(ゆうよ)もなく、蓮姫もまた即決する。


「っ!?わかった!皆!海賊船に移るよ!急いで!」


「姫様!?ですが!」


「このままこの船にいたら危ない!早く!キラの言う通りに!」


「っ、分かりました!」


蓮姫の言葉に()(とな)えようとするユージーンだったが、彼も今の危機的状況は理解している為、蓮姫の言葉に従う事にした。


「ノアっ!出てきて!」


蓮姫が今の今まで船室に隠れていたノアールを呼ぶと、ノアールは巨大化したまま船室の扉を破り、蓮姫達の元へと駆け付ける。


「グルルルル!」


「ノア。親衛隊さん達を乗せて、あっちの船まで飛んで。お願い!」


「グァアッ!」


蓮姫がノアールにそのような指示を出したのは、親衛隊のほとんどは先程の戦闘で体力を消耗していたからだ。


巨大化したノアールなら、大人を二人乗せても全力で走れる。


蓮姫に返事をするようにひと鳴きするノアールを蓮姫が軽く撫でると、ノアールは親衛隊達の元へと駆け出した。


「動けない人はノアに乗って下さい!」


「姫様!まずは姫様も避難を!」


ユージーンは蓮姫の手を引き甲板を走ると、船べりで蓮姫を抱きかかえ、海賊船へと飛び乗った。


火狼もまた残火を抱きかかえ、海賊船へと飛び移り、未月と星牙もそれに続く。


「弐の姫の嬢ちゃん!怪我してねぇか!?」


「間に合って良かったぜ!」


「あんたら早く船の真ん中に行け!端っこにいると危ねぇぞ!」


「ありがとうございます!」


海賊達は蓮姫達を心配しつつも、素早く甲板の中央へと誘導する。


ふと蓮姫が元の船へ視線を移すと、そこには部下の海賊達に指示を出すキラの姿があった。


「お前ら!ギルディストの奴等を背負って船に連れていけ!誰も死なせるな!」


「了解だぜ!船長!」


「ほら!早く逃げるぞ!」


キラの指示の元、海賊達はそれぞれ親衛隊を背負ったり、手を引いたりして海賊船へと向かう。


ノアールもまた親衛隊を二人乗せ、海賊船へと飛び移った。


「ノア!ありがとう!」


「グルルルル」


蓮姫が大きなノアールの頭を抱きしめ撫でてやると、ノアールもまた蓮姫に甘えるように頭を擦り寄せる。


一人、また一人と商船から海賊船へと移っていったが、その間もクラーケンによる商船の破壊は続いていた。


もうこの船も長くないと悟ったガイは、船長であるキラへと叫ぶ。


「キラ!全員船に行った!早く俺達も戻るぞ!」


「ガイ!お前だけ先に行って船を出せ!全速力でここから離れろ!俺は船が離れるまでクラーケンを引きつけておく!」


「はぁっ!?何言って……って、おい!キラ!!待て!!」


ガイの静止の言葉を聞かず、キラは商船の船尾(せんび)まで走ると、愛銃を取り出し得意とする水の魔法をクラーケンの足の一つへ向けて放った。


「水の槍【ブルースピア】!」


銃から放たれた槍状の細長い水の塊は、クラーケンの足へと刺さる。


だが巨大な体に、八本も足のあるクラーケンには効果が薄い。


攻撃が小さいというのもあるが、理由はそれだけではなかった。


「あーーーー!もうっ!海賊王ったら何してんだよ!クラーケンは水属性の魔物だぜ!?水の魔法なんてほとんど効果無ぇし!んなもんで倒せる訳ねぇでしょーよ!」


「いや……違う。倒すのが目的じゃない。あの海賊王……自分が(おとり)になるつもりだ」


頭を抱えて騒ぐ火狼だったが、ユージーンは冷静にキラを見つめて、クラーケンに一人攻撃するキラの意図を理解した。


(おとり)って!?なんでキラが!?」


ユージーンの言葉に驚く蓮姫だったが、その直後にガイも海賊船へと戻り他の海賊達に指示を出す。


「お前等!今すぐ船を出せ!クラーケンから離れる!全速前進だ!」


「待ってくれよ兄貴!船長がまだだぜ!?置いてく気かよ!」


「船長が来るまで待とうぜ!」


「それか俺達も助けに!」


口々にガイに告げる海賊達。


ガイが言う通り船を出せば、船長であるキラを一人置いていく事になる。


それもクラーケンに破壊される船と共に。


海賊達は船長であるキラを見捨てられず、武器を手に持ち商船に戻ろうとする者もいるが、それはガイによって止められた。


「船長命令だっ!!それに俺達が行って何が出来る!?船長並の魔力なんざ俺達には無ぇだろ!魔力の無ぇ人間がクラーケンとなんざ戦える訳ねぇんだ!船長の足でまといになるだけだ!」


「そんな!?じゃあ船長はどうすんだよ!?」


「俺達は船長を見殺しになんざ出来ねぇよ!なぁ兄貴っ!」


「誰が見殺しにするっつったよ!少しの距離と時間なら船長も魔法で飛べる!船が離れる時間はその船長が稼ぐ!その間にお前等は船を出せ!俺だけ小船下ろして船長と残る!」


「何言ってんだよ!?そんな事したら兄貴まで死んじまうよ!」


「他に方法ねぇだろうが!!」


ガイと海賊達は口論となり、一向に船が出る気配も無い。


このままでは、本当にキラの行動が無駄になってしまう。


そう思った蓮姫は直ぐに行動に出た。


「ジーン!キラの加勢に行って!」


「姫様?」


「二人が時間を稼いでる間、海賊達に船を出してもらってクラーケンから離れる。この船は私が結界を張って守るから。だからジーンはキラと一緒に時間を稼いできて。ジーンなら空間転移でキラと一緒にこの船に直ぐ戻れるでしょ?」


「………姫様……分かりました。犬!俺と一緒に来い!それと未月!ノア!お前等は姫様を頼んだぞ!」


「え!?俺も!?俺って水属性と相性悪いってのに……って、んな事言ってる場合じゃねぇか。あぁもう!分かりました!分かりましたよ!」


「…了解した。…母さんは俺が守る」


「グルルルル」


蓮姫の意図をくみ取ったユージーンは、火狼を連れて元の商船へと空間転移をする。


蓮姫達の行動に驚く海賊達だったが、そんな暇すら与えずに蓮姫は彼等にも指示を出した。


「船を出して下さい!残火、星牙!皆さんを手伝って!未月も!私の護衛はノアだけで大丈夫だから!」


「分かったぜ!蓮!」


蓮姫の言葉に星牙はやる気満々だが、未月と残火は納得のいかない表情をしている。


「でも…母さん」


「姉上!あいつらは海賊で」


「いいから動く!!」


蓮姫が珍しく声を荒らげた為、未月と残火はビクッと体を震わせたが、直ぐに蓮姫が怒鳴るほどの緊急事態だと理解し、海賊達へと振り向いた。


「は、はいっ!姉上!ほら海賊共!手伝ってやるからさっさと教えなさい!」


「お、おう!嬢ちゃんは俺と来てくれ!兄ちゃん達はあっちを手伝ってくれよ!」


海賊達にも促され、三人はそれぞれ船を出す準備を手伝う。


蓮姫は甲板の中央へと移動すると、直ぐに想造力を発動し、船全体を円形の結界で包んだ。


「弐の姫の嬢ちゃん!?コレは結界か!こんなバカでけぇの…」


「そうです!この船は私が守る!貴方達の船長は必ず私の従者達が連れて戻ります!だから貴方も!皆と一緒に船を出して下さい!全員生き残る為に!」


「っ、……分かった!恩に着るぜ!」


蓮姫の指示により、ガイもまた他の海賊船と共に動き出す。


そして海賊船は前進し、商船…クラーケンから離れた。


海賊船の後方では、既に商船はクラーケンにほぼ破壊され、海面に木片や残骸(ざんがい)が浮かぶのみ。


キラとユージーン、そして火狼の三人は、その残骸(ざんがい)を足場に魔法を駆使(くし)してクラーケンと戦っていた。


突然現れたユージーンと火狼に、海賊王キラは驚きつつも、攻撃の手は止めずに二人へと尋ねる。


「お前等!?なんで戻って来た!?」


「そんなの!姫さんの命令だからに決まってんでしょうよっ!炎塊弾(えんかいだん)!」


「氷柱の雨【アイシクルレイン】!俺達三人でクラーケンを足止めする!船が離れたら俺の空間転移で船に戻る!全員が無事にクラーケンから逃げ延び、生き残る!それが姫様の望みだ!」


「水の竜巻【アクアトルネード】!弐の姫が!?……そうか!ありがたいっ!感謝する!」


会話をしながらも、三人はそれぞれ炎、水、氷という別々の、しかし自分達が最も得意とする魔法を繰り返しクラーケンへと浴びせる。


一つ一つは巨大なクラーケンに対しては小さく、あまり意味の無い攻撃。


しかし三人の攻撃は確実にクラーケンへと蓄積されていた。


三方から八本の足を攻撃され続け、クラーケンはついに海から頭を出す。


不気味な目が三人を見つめると、墨を吐いたり、八本の足で三人を捕らえようとしてきた。


()けろっ!クラーケンの墨は毒墨だ!」


「知ってんよっ!」


「犬っ!なんでもいいから炎を出しまくれ!」


「さっきからやってますって!でもこいつデカすぎるし、ヌルヌルしてるしで!あーーーー!もうっ!腹立ってきた!絶対燃やす!このクソダコ!たこ焼きにしてやっかんな!」


「それを言うなら焼きダコだろ!おいっ!そっちの銀髪!お前も氷以外の魔法使えないのか!?」


クラーケンと戦いつつも口論している三人。


だがしっかりと連携は取れ、クラーケンの攻撃も全て避けているあたり、この三人は流石と言ったところ。


「水の魔法しか使えねぇ奴が偉そうに言ってんじゃねぇよ!俺を誰だと思ってんだ!氷以外も使えるに決まってんだろ!」


ユージーンがそう叫んだ瞬間、三人目掛けてクラーケンの足が一本づつ彼等に襲い掛かる。


当たる寸前でジャンプした三人は、自然と全員、商船の大きな残骸へと飛び移った。


クラーケンは全力で彼等を商船の残骸ごと叩き潰すつもりだった為、その場には大きな水しぶきが上がり、それは海賊船からもハッキリ見える。


クラーケンによる水しぶきや、船長がまだ戻って来ない事に海賊達も焦り出した。


そして一人の海賊がある言葉を口にした瞬間、海賊達は今まで以上に騒ぎ出す。


「船長っ!!?大丈夫なのか!?クソっ!!なぁ兄貴!船長はなんで『リヴ』を呼ばねぇんだよ!」


「リヴを呼んでくれ船長!クラーケンはリヴにしか倒せねぇんだろ!?」


「頼む船長!リヴを呼んでくれよー!!」


海賊達は口々にその『リヴ』という言葉…恐らく誰かの名前を叫び出した。


(………リヴ?…今度は一体…誰なの?)


初めて聞く名前に蓮姫は海賊達の会話に聞き耳を立てる。


内容からして、その『リヴ』はクラーケンに勝てる程の者らしいが、そんな強者の名を口にする部下達をガイは一喝した。


「バカか!今のリヴにはクラーケンと戦う力なんてろくに残ってねぇんだぞ!リヴは俺達の仲間だ!お前等は仲間を殺してぇのか!?」


「そ、そうは言ってねぇけどよ!」


「でも船長が!リヴが!」


「落ち着け!船長は大丈夫だ!必ず弐の姫の部下達が連れて来てくれる!船長は助かるんだ!そうだろ!弐の姫!!」


ガイは部下の肩をしっかりと掴みながら、視線を蓮姫に向けた。


その灰色の瞳は、まるで懇願(こんがん)するように揺れている。


彼の意図を汲み取った蓮姫は、彼が、そして彼等が望む言葉を口にした。


「はい!大丈夫です!私の従者が必ず、船長を連れ戻します!信じて下さい!」


蓮姫の言葉に海賊達は黙り込み、騒ぐのをやめる。


しかし不安は変わらないようで、黙って商船を…自分達の船長の方を見つめていた。


海賊達も……蓮姫達も気づいてはいない。


その時……クラーケンから遥か下…海底で(うごめ)く影があった事に。


ボコボコと大きな水泡が海面に上がっていた事に。



同時刻、ユージーンは逃げた海賊船の方をチラリと見る。


海賊船には蓮姫の結界が張っており、クラーケンからも既に十分な距離が取れていた。


「そろそろ頃合(ころあい)か。おい犬、海賊王。死にたくなきゃ俺に捕まれ。一気に(かた)をつける」


「え?旦那何を」


「飛翔【フライング】!」


火狼の言葉を待たずに、ユージーンは飛行魔法を発動させた。


ユージーンの言葉を聞いていち早く反応したキラは、ユージーンの背におぶさる形で彼にしがみつく。


またユージーンの体が浮いた瞬間『ヤバい!』と察した火狼は、慌ててユージーンの右足にしがみつき、ぶら下がった。


キラと火狼を乗せた(ぶら下げた?)まま、ユージーンは勢いよく空へと、高く高く飛んでいく。


あの長いクラーケンの足すら届かない程の高度まで飛ぶと、やっとユージーンは飛ぶのを止めて下を見下ろした。


「これくらいならいいいか。犬じゃねぇが……焼きダコにしてやんよ」


「た、高っけ~…。って、旦那?マジで何する気?」


「クラーケンは水属性の魔物。水には……雷だろ?」


ユージーンはニヤリと口角を上げると、両手に魔力を集め詠唱を始める。


(てん)よ!怒り狂い!激しき雷鳴(らいめい)を生み出せ!生きとし生ける者全てに!その怒りを思い知らせよ!」


詠唱を続けるユージーンの両手からはバチバチと電光が飛び散った。


「全てを(ほふ)る神々の怒り!(いかずち)となりて落ちろ!神の【トール】」


だがユージーンが詠唱の最後、その魔法の名を口にしようとした瞬間…


「やめろっ!!」


ユージーンにおぶさっていたキラが、なんとユージーンの首を締め付けその詠唱を止める。


「ぐっ!?お、おい!バカっ!やめ、離せっ!まだっ!」


急に首を締められた事で、ユージーンの詠唱は不完全に終わり、両手から飛び散っていた電光も消えてしまう。


なんとかキラを振りほどこうとするユージーンだったが、キラは構わず…いや、焦ったようにユージーンの首を絞めたまま叫んだ。


「バカ野郎!それ神の雷【トールハンマー】だろ!そんなもん撃つな!」


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