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海賊王 4


蓮姫はキラから目を()らさなかった。


戦うキラの美しさに……目を()らせなかった。


「……海賊王…キラ。……本当に……綺麗な人」


「………は?」


小さく、本当に小さく()れた蓮姫の呟き。


しかし隣にいるユージーンの耳にはしっかりと届き、彼が蓮姫の方を見つめた時には、蓮姫は頬を少し赤らめてキラを見つめていた。


キラと同じく類稀(たぐいまれ)美貌(びぼう)を持つユージーンは、その言葉が、蓮姫の赤く染まった頬が……全くもって面白くない。


ユージーンは視線をキラへと移し、まじまじと見つめるが…彼が感じるのは蓮姫とは別の感情。


(どう見ても……俺の方がいい男じゃねぇか!なんだよアイツ!ひょろひょろしてるし、筋肉だってろくについてない!女みたいな顔して姫様を(たぶら)かしやがって!男は顔じゃねぇだろ!)


自分のことは棚に上げて心の中で悪態をつくユージーン。


彼は自分の美貌(びぼう)に絶対の、それはもう絶っっっ対の自信がある為、ユージーンがキラを美しいと思う事も、その美貌(びぼう)に酔いしれることも無い。


だからこそ、蓮姫がキラに見惚れているのが、面白くないのだ。


蓮姫がユージーンの美貌(びぼう)には全くなびく事がないからこそ、余計に。


それはユージーンが蓮姫と初めて会った時に交わした約束であり、彼の望みでもあったというのに。


なんとも自分勝手な男だ。


それが自分でも分かっている為、蓮姫には聞こえないように文句も悪態も心の中でのみとどめたが……その顔には不満が、不機嫌が、これでもかと現れている。


蓮姫とユージーンがそれぞれ別の感情を海賊王キラに抱いている今この時も、キラと火狼の一騎打ちは続いていた。


どちらも全く引かない、しかし押せてもいない…互角の勝負。


「なかなかやるねぇ!海賊王さん!よぉ!」


「そちらもな!ふざけた男かと思ったが!実力は確かなようだ!」


戦いながら言葉を交わせる火狼とキラを見て、他の者はまだ二人には余裕があると思っているだろう。


だが、二人は(すで)(あせ)っており、余裕など無かった。


剣を振ってもかわされ、銃で防がれる。


弾丸を放っても避けられ、接近戦に持ち込み殴ろうとしても剣で防がれる。


相手に自分の魔法は効かない。


このままではお互いの体力が消耗するだけ。


そう感じた二人は、最初の時のように同時に後ろへと飛び、相手から距離をとった。


そして二人はまたしても同時に魔法の詠唱を始める。


「水よ!全ての生命の(みなもと)よ!(いにしえ)よりの友、風と(まじ)わり()の者を飲み込め!」


「我が身に()がれし紅蓮(ぐれん)(ほのお)よ!(おおとり)の翼が起こせし竜巻となりて、我が敵を襲え!」


二人が魔力を高め、相手に向かって掌に集まった魔力を放ったのも、また同じタイミングだった。


「水の竜巻【アクアトルネード】!」


朱雀(すざく)(えん)火焔鳳翔(かえんおうしょう)!」


キラからは青い水の竜巻が、火狼からは赤い炎の竜巻…火柱が放たれる。


お互いの魔法は最初の時のように、二人の丁度中間地点でぶつかった。


今回は魔法の威力が大きく、お互いの魔法はぶつかり、激しく押し合う。


水の竜巻が押せば、火の竜巻が押し返し、なかなか決着がつかず、二人は更に掌に魔力をこめた。


「消えろぉおおおおお!!」


「蒸発しちまえぇえええ!!」


二人が魔力を込める度にお互いの魔法は大きくなり、その衝撃波も凄まじくなる。


甲板にいた蓮姫達の髪は大きくなびき、船の帆も合わせ船全体が大きく揺れた。


「「はあぁぁぁぁ!!」」


これでも決着がつかず、二人は自分に残っていた魔力の全てを、この魔法に上乗せした。


だが、次の瞬間……。


バシィィィィィィン!


二人の魔法は大きく(はじ)けて消えてしまった。


その衝撃で、術者であるキラも火狼も、勢いよく更に後方へ吹き飛ばされる。


「うわっ!!?」


「うおっ!!?」


「キラっ!?」


(ろう)っ!?」


キラの方はガイが素早く動き、後ろからキラを抱きとめたので大事には至らなかった。


火狼の方は誰も抱きとめず…むしろ唯一彼を受け止められるユージーンが全く動かなかった為、近くの(たる)の山に突っ込んでしまった。


ドゴッ!という鈍い音と共に、いくつもの樽が砕ける。


蓮姫はその樽の残骸の上に仰向けになっている火狼へと駆け寄った。


()てて…」


「狼っ!?大丈夫!?」


「あ~………ダイジョビよ。でも痛いのもガチだから、姫さんの優しが身に染みるね~」


「良かった。全然大丈夫だね」


「……今の俺にそういう事言う?姫さんも酷い人ね」


火狼は痛む上体をなんとか起こすと、キラの方を見つめた。


そして倒れた自分に目線を合わせる為に座った蓮姫へ視線を移すと、真剣な顔で自分の考えを主である蓮姫へ話す。


「姫さん。戦ってみて分かったけど、あいつマジで強いわ。でもさ……俺にはどうも、あいつが噂通りの海賊王とは思えんね」


「……狼もそう思う?」


火狼の言わんとしている事が、自分の考えと同じだと感じた蓮姫。


そんな蓮姫に、火狼はしっかりと首を縦に振り頷いた。


「うん。だってさ、海賊王って野蛮(やばん)極悪非道(ごくあくひどう)らしいけど……こいつの何処(どこ)が?って思ったわ。あいつ海賊だけど、戦い方はマジで紳士そのものよ。まぁ、一騎打ちだし全部急所狙ってきたけどさ、毒とか目潰しとか…卑怯(ひきょう)な手は全く無かったね」


「やっぱり……そうなんだね」


蓮姫が火狼の言葉でキラという人間について確信を持った時、あの親衛隊の男が声を掛けてきた。


「弐の姫様。まだ海賊王は倒れていません。早く従者の皆様に次の指示を出すか、弐の姫様が海賊王を討伐なさって下さい」


その言葉に、蓮姫はゆっくりと立ち上がると、その親衛隊へ振り向き真っ直ぐ彼を見つめた。


「………その前に…一つ聞かせていただきたい事が………いえ、答えて下さい」


「なんでしょうか?」


「彼は…キラは本当に……噂の張本人であり、私が討伐すべき海賊王ですか?」


蓮姫の質問に対して、親衛隊は一瞬訝(いぶか)しげな表情を浮かべるが、直ぐに真顔に戻り口を開く。


「はい。美しい顔。左目下には黒子(ほくろ)。部下には腕の立つ大男。海賊旗には彼の黒子(ほくろ)の位置に合わせて、逆五芒星(ぎゃくごぼうせい)が描かれている。そして『キラ』という名前。全てがブラウナードからの情報にあった通り。奴が海賊王です。間違いございません」


そう言い切る親衛隊から蓮姫は一切目を逸らさず、彼の言葉を一言一句しっかりと聞く。


蓮姫には彼が嘘を言っているようには見えない。


だが嘘では無いからこそ…蓮姫の中には、この親衛隊やギルディストへの不信感が沸いてくる。


(やっぱり……何かおかしい)


海賊達と交戦し、言葉を交わし、一騎打ちでキラの戦い方を見て、また火狼の話を聞いて、蓮姫は二つの可能性について考える。


一つは、キラが本物の海賊王では無い、という可能性。


キラの言動は野蛮(やばん)さなど欠片も無く、紳士的なもの。


またキラの部下達も、海賊らしい粗暴(そぼう)な面こそあるが、女子供を危険に(さら)さないという信念があった。


噂と違いすぎるからこそ、蓮姫は『キラと海賊王は別人なのでは?』と思ったのだ。


しかしこの可能性は、蓮姫達よりも海賊王ついてよく知るギルディストの親衛隊が…海賊王討伐を命じたエメラインの部下が否定した。


ならばキラは……本人も言っていた通り、本物の海賊王だろう。


となると…もう一つの可能性の方が当たりかもしれない。


蓮姫の考えたもう一つの可能性とは…。




「…弐の姫」


蓮姫が自分の考えについて深く思案していると、あのキラが声を掛けてきた。


火狼と同じく体力も魔力も消耗(しょうもう)しているのか、その足どりは少しふらついている。


だが蓮姫に対してキラは笑みを崩さずに告げた。


「君の部下は強いな。この俺とまともに戦える奴はそういない。人間相手にこれだけの苦戦をしたのは初めてだよ」


「…苦戦したのは貴方だけじゃない。(ろう)……私の従者も同じです」


「そうだろうな。それは戦った俺が一番分かってる。そして……俺達の一騎打ちは決着がつかなかった。かと言って、俺達は逃げも隠れもしない。君が俺達を見逃さないように」


蓮姫はギルディストの皇帝エメラインの命令で海賊王を、このキラを討伐に来た。


『一騎打ちを提案したけど決着がつかなかったので帰ってきました』


などというふざけた理由でギルディストに戻ることも、そんな報告を皇帝に出来る訳もない。


皇帝から直々に勅命(ちょくめい)を受けたのだ。


それも海賊王討伐という勅命を。


蓮姫がギルディストに戻るのは、海賊王を見事倒したか、捕らえた時。


もしくは海賊王に完敗した時だけ。


今はそのどれでもない。


このまま蓮姫がギルディストに戻る理由は無い。


一方キラも海賊王としての誇りや、船長という船員達の命を預かる身として、このまま逃げる訳にもいかなかった。


弐の姫蓮姫と海賊王キラの戦いは始まったばかり。


キラは体力と魔力を消耗していても、戦意までは喪失していない。


「どうする弐の姫?一騎打ちを続けるか?もしくは他のやり方に変えるか?」


蓮姫に次の戦いを尋ねるキラだが……キラとは違い、蓮姫は既に戦意を喪失していた。


「いいえ。海賊王キラ……一騎打ちは終わりです」


「そうか。なら別のやり方にするか。最初のように全員で」


「いいえ。私は……貴方と戦いではなく、話をしたいです」


「何?」


蓮姫が提案したのは戦いではなく、話し合いだった。


そんな蓮姫の発言に、キラは美しい顔の眉間にシワを寄せる。


怒りからではない。


ただただ蓮姫の言葉が、彼女の考えが理解出来なかったからだ。


それはキラだけではなく、他の海賊達、蓮姫の従者達やギルディスト親衛隊も同じ。


特に親衛隊のあの男は、怒りを抑えながらも呆れたように、馬鹿にしたように蓮姫へ言葉を掛ける。


「弐の姫様。今は争いの、そして陛下からの任務の最中です。そのような戯言(ざれごと)はお止め下さい」


戯言(ざれごと)ではありません。私は本気です。本気で彼と…海賊王と話し合いをし、それで解決したいと思っています」


「海賊王と話し合いですか?はっ!弐の姫様……貴女という方は本当に…自分以外の者を舐めきっているようですね」


親衛隊は鼻で笑うと、蓮姫の事を汚物でも見るかのような目で見下した。


「………それが、貴方の本心ですか?」


「はい。そうですよ。あのように卑怯な真似をして闘技場に勝った貴女様を、私も他の者と同じく認めてはいません。今もまた、戦いから逃げるという選択をした貴女を軽蔑致します」


「確かに…戦いから逃げていると言われても仕方ありませんね。だって……」


そう言いかけると、蓮姫はキラへと視線を戻した。


そしてキラが蓮姫にしてくれたように、柔らかい微笑みをキラに向けた。


「私はこの海賊王と戦いたくありませんから」


蓮姫は自分の本心を、真っ直ぐキラへと告げる。


キラに敵わないと思ったからではない。


蓮姫はキラと……戦いたくないと思ったからだ。


いつもの甘い考えかと思われるが、それだけではない。


今までのキラや海賊達の言葉から、戦いから、蓮姫は彼等を極悪非道で野蛮な海賊などではない、と判断した。


もし本気で海賊王とその一派を討伐するなら、蓮姫の想造力、ユージーンの魔力、従者達全員の力を合わせれば可能だろう。


力押しで、無理矢理、海賊達を捕らえる事は出来る。


だが蓮姫がそんな選択をしなかったのは…彼等を、この海賊達を知りたいと思ったから。


そして何より………エメラインや親衛隊の本当の思惑を知りたいと思ったからだ。


「海賊王キラ。どうか武器を(おさ)めてくれませんか?私の従者達も、貴方の部下達もです」


「本気で話し合いで解決するというのか?この海賊王と呼ばれる俺と?君は噂通り、世間知らずで(おろ)か者の弐の姫なのか?」


「そうですね。世間知らずも、愚か者も合ってますよ。私が弐の姫であるのが事実なように。だからこそ知りたいんです。貴方の事を。だからこそ知って欲しいんです。私の事を」


「……それは…ギルディスト皇帝の命令に反するんじゃないか?いいのか?」


「どうでしょうね?でも…話してみて、やっぱり貴方達が悪人だと判断したら、私は従者達と共に貴方達を倒しますよ」


「……なんというか………おかしな女だな」


蓮姫の馬鹿正直な意見に、今度は素で笑みを浮かべるキラ。


その笑顔は、呆れているようにも、困っているようにも見える。


「ふふっ。よく言われます」


「あ~、うん。だろうな。自覚もあるなら何よりだ。………そうか。話し合い、か」


キラはまた優しい微笑みを浮かべると、持っていた銃をベルトに納めた。


その行為は、彼もまた戦意が無くなり、蓮姫の提案を受け入れるという姿勢に他ならなかった。


そんなキラの行動に、彼の部下である海賊達も、蓮姫の従者達も驚いた表情を浮かべる。


だが…何故かギルディストの親衛隊達は驚いた様子は全く無かった。


「ありがとう。海賊王キラ」


「どういたしまして。では弐の姫。話し合いを始め」


ドォオオオオオオオオン!!


「キャア!?」


「うわっ!?」


「姫様っ!!」


「キラっ!!」


キラの言葉の最中、二つの船に何かがぶつかり、船が激しく揺れた。


それは海賊船が浮上してきた時以上の衝撃。


甲板にいた者は全員、立っていられなくなり、その場にしゃがみこんだり、倒れたりする。


蓮姫の傍にはユージーンが、そしてキラの方には先程同様ガイが駆けつけた。


火狼は残火を抱きしめながら当たりを見渡す。


「クソッ!今度はなんなんだよ!」


「もうっ!なんなのよ!海賊王の奴!何をしたっての!?」


残火もまた彼の中で海賊王キラに悪態をつくが、その言葉はユージーンによって否定された。


「いや違う!この衝撃は下からだ!」


ユージーンの腕の中で彼を見上げる蓮姫も、不安げな表情を浮かべた。


「下って……海の中から?なんで?」


「分かりませんが……この気配は…人間じゃない。もっと大きな…っ!?」


ユージーンが説明していると、船の周りには海の中から、いくつもの巨大な触手のようなモノが出てきた。


その触手のようなモノ全てに吸盤がついている。


確実に見た事のあるそれ……しかし見た事のないサイズのそれに、蓮姫は言葉を失った。


蓮姫だけではない。


従者達や海賊達、そして親衛隊達も驚き、中には恐怖に震えている者もいる。


そして特に震えていた親衛隊の一人が、泣きながらその巨大な生き物の名を叫んだ。



「く、クラーケンだぁあああ!!」


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