海賊王 3
「なら親衛隊でもないそこの奴等は……弐の姫。君の部下達か?」
「はい。彼等は私の従者と友です」
蓮姫が質問に答えると、キラはまたぐるりと蓮姫の従者達を見渡した。
するとキラは何故か微笑みを浮かべ、蓮姫に向かって深く頭を下げる。
「そうか。では……弐の姫様とは知らず数々の無礼をした事、船長としてお詫び申し上げる」
「え?」
キラの突然の行動と言葉に戸惑う蓮姫だったが、キラは構わず言葉を続けた。
「本来なら弐の姫である貴女に敬意を払い、このまま去る所だが……我々は海賊であり、貴女は俺を討伐に来られた。お互い、このまま去る訳にはいかない」
キラは頭を上げると、蓮姫を一度しっかりと見つめる。
やはりキラからは敵意も悪意も一切感じない。
それは蓮姫だけでなく、ユージーンや火狼、未月もだった。
キラは後ろを振り向くと、今度は自分の部下達へと声を掛ける。
「お前達。聞いた通りだ。弐の姫はギルディストの女帝から勅命を受けて俺達…いや、俺を討伐に海へ来た。なら俺達も、全力で相手をするのが礼儀というもの」
船長であるキラの言葉、そして未だに蓮姫が弐の姫である事に対して、海賊達は動揺している。
そんな彼等を代表して、あのガイという大男が船長であるキラへ口を開いた
「いいのか船長?弐の姫は女だ。それに女はもう一人いる。あっちは弐の姫より子供だぞ」
「勘違いするな。弐の姫とあの女の子に危害を加える事は許さない。戦う相手はいつも通り男だけ。俺達は略奪はしても殺戮はしない。女子供を傷つけた奴は、俺が船長として、海賊王として、海に沈めるからな」
キラは部下達へしっかりと釘を刺すと、再び蓮姫達へと向き直る。
「普段は殺しをしないんだが……討伐、つまり俺を殺そうとする相手に手加減をするつもりも無い。そっちには強い奴が何人もいるしな。これは正当防衛だ。戦いに身を投じた男なら…殺されても恨むなよ」
「殺しを……しない?」
「普段なら、な。悪く思わないでくれ」
蓮姫の質問に苦笑いで答える海賊王キラ。
どうもおかしい。
(彼が海賊王なのは……多分間違いない。船長だし…プレッシャーも他の人と全然違う。でも彼は……彼等は…聞いてた話と全然違う)
蓮姫達が聞いていた話は『海賊王とその一派は、野蛮極まりなく極悪非道な者達の集まり』というものだった。
いくつもの商船や貴族の持つ船を沈め、金品や乗組員、商品を強奪している、と。
だからこそ、蓮姫達は海賊王を危険人物と認識していた。
しかし……海賊王もその部下達も、海賊らしく粗暴な所はあるが……それだけだ。
貴族の所有物であるこの船を襲い、乗り込んで来たが、卑怯な手は一切使わずに正々堂々と戦っている。
逃げた船員達を追う事も、砲撃で襲う事もしなかった。
(もしかして……最初の砲撃は、やっぱりわざと全部外してたの?死人が出ないように…誰も殺さなくて済むように?あれはただの威嚇射撃だった?)
最初の砲弾による攻撃を思い出した蓮姫。
砲撃は一つも船には当たらず、しかもその砲撃や海賊船の出現に恐れをなした船員達は、すぐさま逃げ出していた。
逃げた船員達は誰一人死なず、しかも全員無傷でここから離れた。
今までの海賊達や海賊王であるキラの言動から、自然とそんな考えが蓮姫の中で浮かぶ。
そして彼等は徹底して、女子供を傷つけないように、戦闘に巻き込まないようにしていた。
まるで女子供を守るような……助けるような言葉と振る舞い。
あのガイという大男は、蓮姫の身に危険が迫った時、自分の部下を殴って叱責した。
蓮姫の肩の傷を見て、激しく彼女に同情していた。
そして今…蓮姫が弐の姫だと知った海賊王キラは、弐の姫である蓮姫に敬意を払い、対等に接している。
戦闘の意思はお互いあるが…海賊王達は女子供と戦う気も、危険に晒す気も一切無い。
目の前にいるこの美しいキラが海賊王であり、その部下である海賊達も海賊王の一派である事も間違いないだろう。
一体彼等の何処が『野蛮極まりなく極悪非道な者達の集まり』だというのか?
そんな者…この海賊団には、ただの一人もいない。
やはりおかしい。
おかしい事だらけだ。
「さて。弐の姫、俺達は互いの命を掛けた戦いを始める。巻き込まれないように、君はその女の子を連れて船室にでも隠れるんだ。戦闘が終われば、君の部下か俺が知らせに行く。安心してくれ」
「安心しろって……どいういう意味ですか?」
「男共を皆殺しにしても、君達は無事に何処かの港に送り届ける。海賊の言葉なんて信じられないだろうが…約束するよ。俺は女の子を絶対に傷つけない。俺だけじゃない。それがこの海賊団絶対のルールであり、鉄の掟だからな」
そう微笑みながら告げる海賊王キラからは、やはり悪意を感じない。
感じるのはむしろ……優しさや善意。
蓮姫はある決意をすると、海賊王であるキラや海賊達、そして仲間達に向けて口を開いた。
「海賊王キラ。弐の姫として一つ提案があります。聞いて頂けますか?」
「内容にもよるな。だが一応は聞かせてもらおうか」
「この戦闘……一騎打ちで決着をつけたいんです」
「……何?」
「姫様?」
蓮姫の突然の提案に、キラも海賊達も、従者達も困惑する。
それを感じながらも蓮姫は言葉を続けた。
「私は無駄な犠牲を払いたくありません。私は貴方を討伐に来たけれど、殺戮…殺し合いなんて望んでない。貴方もそうでしょう?」
「そうだな。だから一騎打ちを?」
「はい。本来なら私と貴方が戦うべきでしょうが……それは従者達が止めるでしょうし、貴方もソレを望まない。ですよね?」
「あぁ。俺は女子供とは絶対に戦わないし、傷つけない。だから君と戦うのは御免こうむる。それにしても……一騎打ちか。こちらは海賊王であり船長の俺が出るとして……君は誰を出す気だ?」
キラに問われ、蓮姫は従者達へ視線を向ける。
従者達は蓮姫を見つめ返し、ユージーンは剣を再度構えた。
一騎打ちに出るという事は、弐の姫であり、ギルディスト女帝から勅命を受けた蓮姫の代わりをする、ということ。
ならば……弐の姫である蓮姫が誰よりも信頼する従者となる。
恐らく蓮姫が指名するのはユージーンだろうと、ユージーン本人も他の従者達も思っていた。
ユージーンは蓮姫の最初の従者であり、蓮姫からの信頼も厚い。
しかし蓮姫が指名したのは……ユージーンではなく、あの玉華でも任せた別の男。
「狼。お願い」
「え!?俺なの!?」
蓮姫からの指名に、火狼は自分自身を指差して驚く。
ユージーンとしても蓮姫のこの人選は意外であり、不本意なものだった。
しかし、あの蓮姫が考え無しで火狼を指名したとは思えない。
「姫様。何故俺ではなく犬を指名したのか……理由をお聞きしても?」
「ジーンなら直ぐに勝つと思ったから」
「え?旦那が出て直ぐに終わればそれが一番良くね?姫さん、どうしたいのよ?」
蓮姫の言葉に余計に混乱する火狼とユージーンだったが、蓮姫は傍にいるこの二人にのみ聞こえるよう、小声で話す。
「勝つだけならジーンが適任だと思う。でもね……一騎打ちを頼んだ目的は、勝ちたいからじゃなくて、私はあの人の戦い方を……ちゃんと見てみたいと思ったからなの」
「海賊王の戦い方を?つまり……長引かせろという事ですか?」
「うん。ジーンは誰よりも強いから、一騎打ちなんて直ぐに終わるかもしれない。ジーンが私の意図を汲んで戦っても、自分より強い相手に海賊王が早く大技を出して終わらせる可能性もある」
蓮姫の説明に一応は納得するユージーンと火狼。
「なるほどね。え?てことは……俺、姫さんに弱い奴認定されてんの?」
「そんな風に思ったこと一度も無いから。でも狼なら……相手を翻弄させて長引かせる戦い方を、ジーンより知ってるんじゃないか?って思ったの」
「あ~……まぁね。殺し屋として一番必要なのは一撃必殺だけどさ、そうしないパターンも確かにあるし。弱いと思わせて、相手が油断した隙にトドメ刺すとかね。なるほど、なるほど。姫さんの考えはわかった。了解よ」
「そうですね。それに海賊王のさっきの攻撃を見る限り……確かに俺達の中では、犬が一番良いかもしれません」
「どういうこと?」
ユージーンの言葉に蓮姫が首を傾げると、蓮姫の説明を補足するようにユージーンは語り出す。
「奇襲に技や魔法を使う場合、人は自分が最も得意とする物を使う傾向があります。勿論、奇襲に向いている物の中で、となりますが」
ユージーンはチラリと海賊王キラを見ると、視線を戻し蓮姫へと説明を続けた。
「海賊王が俺達に使ったのは水の弾丸……水の魔法でした。なら奴の得意魔法は、恐らく水系です。戦いを長引かせるなら、相対する火を使う犬が適任でしょう」
「でも……それなら火を使う狼に不利かな?」
「そこは大丈夫よ。俺もそれなりに魔力強いから。そんじょそこらの水の魔法なら、俺の炎は消されんよ。俺、これでも朱雀だかんね」
心配する蓮姫にウィンクをする火狼。
それは彼の余裕を表していた。
そんな火狼に、蓮姫はもう一つ……大切な命令を下す。
「わかった。ありがと狼、頼むね。でももう一個だけお願いがあるの。必ず守って欲しいこと」
「お願い?な~に?」
軽く返事をする火狼だったが、蓮姫は真剣な表情を火狼へ向け、そのお願いを口にする。
「絶対に殺さないで」
蓮姫のまたしても意外な発言……むしろ蓮姫らしい発言を聞き、火狼は一度キョトンと目を丸くすると、徐々に、ニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべていく。
「ま~ったくもう。朱雀の俺にそんなお願いすんの、姫さんくらいだかんね。どうしてくれんの?俺の中の姫さんへのLove、日に日に増してんのよ?」
「はいはい。ありがとう。それにLoveじゃなくてLikeでしょ」
「あらあら。手厳しいことで。さて……」
蓮姫とのじゃれ合いを済ませると、火狼は剣を構え直し前へ出る。
海賊王キラの方も両手に銃を持ち、準備万端といった所だった。
「待たせたな、綺麗な綺麗な海賊王さん。あんたとの一騎打ちは俺が出るぜ」
「そうか。作戦会議は終わったのか?」
「もうバッチシよ。いや~、それにしてもさ…麗しき我等が姫さんの代わりに、海賊王様の相手が出来るなんざ光栄だね。あ、なんなら俺らの作戦、教えてやろっか~?」
「ふっ。いやいい。それに俺も、相手がお前で良かったよ。俺はお前のようにふざけた男は嫌いでね。手加減しようなど思わない。丁度いいかもな」
「にしし。じゃあ………始めると…」
「するかっ!」
海賊王の言葉を皮切りに二人は同時に後方へ飛ぶ。
海賊王キラと、弐の姫の従者である火狼の一騎打ちが始まった。
海賊王キラはやはり先程のように、銃を向けて水の魔法を放ってきた。
対する火狼も得意とする初級の火炎系魔法…いや、朱雀の炎を放つ。
「水の弾丸!」
「炎弾!」
二人から放たれた水と炎の塊。
それは二人の丁度中間地点でぶつかり、大きく弾けて消えた。
それに驚いたのは魔法を放った張本人達。
((相殺された!?))
相手の力量を一瞬で見抜いた二人だったが、相手が怯む隙を与えず、水の弾丸と炎弾を打ち続ける。
いくつも放たれたそれ等は全て、最初のように全てがお互いを相殺し合っていた。
(俺の水の弾丸で……消えない炎の魔法だと?)
(マジかよ。姫さんの言いつけは守るけど…今のは牽制を込めてマジで撃ったぜ?)
二人の魔法の撃ち合いに、蓮姫達も海賊達も驚きを隠せないでいた。
「ひ、火が!船長の水で消えない!?」
「なんでだよ!?火より水の方が強いはずだろ!?そうだろアニキ!」
「そのはずだが……それが出来ないってことは……あの男の魔力がかなり高いって事だ。あいつ、船長クラスの魔力の持ち主かよ。流石は弐の姫の部下だな」
ざわめく海賊達だったが、ユージーンは冷静に二人の実力……魔力を分析していた。
「姫様。やはりあの海賊王……かなり強いですね」
「ジーンもそう思う?」
「えぇ。犬も言っていたように、奴の炎術はかなりの物です。俺も火炎系の魔法は使えますが、それに関してだけは犬の方が上でしょう。並大抵の水の魔法など、奴の炎の前では無意味に終わる。それなのに……海賊王の水の魔法はその炎を相殺した。恐らく……犬と同じくらい魔力は強い。海賊王……やはり只者ではないようです」
「………それだけじゃない」
「姫様?」
ポツリと呟く蓮姫に反応し、ユージーンは視線を目の前の二人から蓮姫へと移す。
蓮姫はただひたすら一騎打ちをする二人を……いや、海賊王を見つめていた。
海賊王と火狼の戦いは離れた場所からの魔法の撃ち合いから、剣と銃での接近戦へと変わっている。
火狼は剣を撃ち込みながらも、炎弾をすかさず海賊王へと放っていた。
対する海賊王も火狼の剣による攻撃を銃で防ぎつつ、水の弾丸で応戦する。
一歩も引かず、互角の戦いを見せる海賊王キラと、現朱雀火狼。
しかし蓮姫が見たかった……いや、知りたかったのは……海賊王キラの魔法でも、火狼との互角の力でもなかった。
「やっぱり………あの人ちゃんと戦ってる」
「姫様?…どういう意味ですか?」
「私はジーン達みたいに戦いのプロじゃない。でも……あの人が正々堂々と戦ってるのは…分かるよ」
「まぁ……そうですね。一騎打ちですから。それが何か?」
「おかしいと思わない?極悪非道と呼ばれてる海賊王が…卑怯な手を一切使わずに、正々堂々と、真正面から、正攻法だけで戦うなんて」
「………そう言われれば…そうですね。奥にいる部下の海賊達も何も仕掛けてきませんし、そんな素振りすら無い。海の荒くれ者と呼ばれる海賊らしくありません」
蓮姫達は目的通り、海賊王率いる海賊団と出会い、交戦した。
しかし彼等は極悪非道どころか、真っ当な戦い方しかしていない。
略奪行為は褒められたものではないが……彼等には卑怯な点も、姑息な点も一切無いのだ。
そして蓮姫は、目の前で繰り広げられる一騎打ち……海賊王キラの戦い方を見て確信した。
キラは海賊王たる実力を持つ人物に間違いないが、噂とは全く違う人格者だ、と。
「………海賊王…キラ、か」
最早蓮姫の目は海賊王キラに釘付けだった。
最初はただの興味と、キラを見極めたいという理由だけだったが……今は違う。
火狼と交戦するキラは……とても美しかった。
気迫は将軍のように猛々しく、動きは華麗な舞姫のよう。
男のように勇ましいのに、女のような色気を放つ。
あのガイという大男が、ユージーンに『男か?女か?』と聞いた意味がよくわかる。
男か女かすら分からない…それすら些末な事に感じる程、キラは美しい。
(『俺』って言ってたし……海賊王だから、男の人だよね。声も中性的だし…チェーザレみたいに『私』って言ってたら本気で分からなかったかも)




