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海賊王 1


他の者とは明らかに違う空気をまとった筋骨隆々の大男が現れた事で、船上には緊張が走る。


蓮姫一行と親衛隊の視線は全て、この大男へと集中していた。


だが大男は笑みを浮かべたまま、蓮姫達を見つめ口を開く。


(そろ)いの服をした男が11人と、服も年齢もバラバラな6人。確かにおかしな連中だな。お前等、何者だ?」


人様(ひとさま)(たず)ねる前に、まず自分から名乗るのが礼儀じゃねぇの?」


大男の言葉に火狼(ひいろ)が答えると、大男は馬鹿にしたように笑う。


「クハッ!名乗る必要があるか?俺達は見ての通り海賊。それも海賊王の一味だ。お前等だって気づいてんだろ?そしてお前等の格好…は、ともかくだ。そっちの奴等。見た事ない服だな?どんな組織だ?どの国に属してる?」


「我々は誇り高きギルディストの者。(とうと)き皇帝陛下に仕える親衛隊だ」


「ギルディストだぁ?海には(えん)もゆかりも無い国じゃねぇか。こんな海のど真ん中で何してるんだかな?………ふっ、まぁいい。さっきも言ったが俺達は海賊。豪華な船がありゃ…やる事は一つだ」


大男はバッ!と両手を広げると、自分の背…いや、腰に手を回す。


そして再び手を前に出した時、大男の腕には(ひじ)まである銀の棒。


反乱軍でもその武器を見た事がある未月は、ポツリと呟く。


「………トンファー…」


「その通り。どんな武器の攻撃も防ぎ、やり方によっちゃ相手の骨も頭も軽く(つぶ)せる。コレが俺の得物(えもの)よ。これから海賊らしく、お前等をぶっ潰して、この船の積荷は全部頂くぜ。…しかし………そこのお前。気になってしょうがねぇな」


そう話す大男の視線の先はユージーン。


大男はユージーンを頭から足先までジロジロと眺めると、声を張り上げユージーン本人へと尋ねる。


いや、確認をする。


まるで他の者……仲間の海賊達にも聞こえるように。


「おっ(ぱじ)める前に一つ聞くぞ!そこの綺麗な顔した銀髪!」


「あ?俺?」


「そうだ!お前、男か!?それとも女か!?」


「はぁ!?男に決まってんだろうが!目腐ってんのか!」


ユージーンは心外とばかりに声を荒らげ、大男へと答える。


そんなユージーンを見て、大男は軽く笑った。


「おいおい。綺麗なお顔のわりに随分(ずいぶん)と悪い口だな。よし!なら問題ねぇ!お前ら!そこの嬢ちゃん二人以外はやってよし!嬢ちゃん達!怪我するといけねぇ!とりあえずそこにある柱や(たる)の後ろに隠れてな!いいな!ぜってぇ前に出てくんなよ!」


「え?」


大男の意外過ぎる言葉に、蓮姫は驚き短剣を構えたまま固まる。


残火もまた困惑したように蓮姫を見た。


「私達…ですよね?姉上」


「うん。女は私達だけだから………でもなんで?」


困惑しているのは蓮姫と残火だけではない。


火狼と星牙も、そして顔には出ていないがユージーンとて戸惑っていた。


主が危険に(さら)されないのなら、その方が都合がいい。


隠れた蓮姫達に注意を払う事は当然するが、傍で守るよりは余程戦いやすいからだ。


とはいえ、コレは蓮姫がエメラインから命じられた任務。


討伐する相手に『隠れてろ』と言われて『はい。分かりました』と素直に隠れる訳にもいかない。


困惑した蓮姫は、とりあえず一番信頼している従者に意見を求める。


「ジーン」


「姫様。まずは奴等の言葉に従って下さい。先に我々だけで戦い、海賊共の様子や出方を見ます」


「分かった。とりあえずジーン達に任せる。でも殺さないで。私達の任務は討伐で、人殺しじゃないから。それに……さっきの言葉。どうも気になるの」


非戦闘員である船員達を見逃した事、そして先程の自分達を気遣う発言。


それらから蓮姫は、この海賊達が聞いていた話と違うと感じていた。


彼等は『野蛮(やばん)極悪非道(ごくあくひどう)な海賊』との事だが……どうも何か引っかかる。


だが逃げた船員達や、この大男本人が言っていたように、彼等が海賊王率いる海賊団である事も間違いない。


蓮姫の中で迷いが生じたのを感じた火狼は、そんな彼女の考えを打ち消すように声を掛ける。


「姫さん。確かにさっきのは紳士的な提案だけどさ、相手は海賊だぜ。女を奴隷(どれい)として売り飛ばしたいだけ、って事も有り得る。女は傷物だと格段に値が下がるからな」


「犬の言う通りです。姫様は余計な事は考えず、己の使命を全うする事のみ考えて下さい」


「それは…分かってるけど」


火狼とユージーンの正論を理解しつつも、何故か素直に頷けない蓮姫。


そんな蓮姫の上着の(すそ)を、残火がクイクイ…っと引っ張る。


「姉上。早く下がりましょう」


「残火………うん。分かった。頼むね、皆。でも何かあったら…私も直ぐに動く」


従者達にそう告げると、蓮姫は残火と共に近くの柱の影へと隠れた。


そんな蓮姫の行動に、親衛隊はそれぞれ落胆、不満、呆れた表情を浮かべるが、蓮姫の行動には一切口を挟まないという女帝からの命令もあり、誰も言葉にはしない。


蓮姫と残火が下がったのを見届けると、大男は満足気にトンファーを構えたままユージーン達へと近づく。


ピリピリとした空気が漂い、いよいよ海賊との戦闘が始まろうとしていた。


大男が傍に来た事で、その長身と筋肉の圧を更に感じた火狼は、苦笑いを浮かべた。


「近くで見ると……やっぱでけぇなコイツ。2メートルはあるぜ」


「ハハッ!そうだろ!でけぇだろ!なんせ俺様は198あるからなぁ!」


火狼の言葉に気を良くしたのか、大男は自慢げに笑い、答える。


そんな大男の言葉に火狼の口は反射敵に動いた。


「あ、なんだ。2cm足りねぇのね」


それはとても自然に、それはもう素直に出た火狼の感想。


だが………これがいけなかった。


ブチッ!!


何かが切れるような音が聞こえたかと思うと、大男は(うつむ)きわなわなと震え出す。


その様子に他の海賊達も顔を真っ青にし、(あわ)て出した。


「あ、兄貴!落ち着け!」


「そ、そうだぜ兄貴!こんな奴の言うことなんて一々気にすんな!」


「兄貴はでけぇよ!なっ!」


何故か大男を(なだ)めようとする海賊達の様子に、火狼もまた不思議そうにその光景を眺める。


「は?何?どしたのコイツ?」


「…………知らん」


火狼の言葉にユージーンが答えた直後、大男は(うつむ)いたまま口を開く。


「…俺はなぁ………2cm足りないって言われるのがな…………何より嫌いなんだよぉおおおお!」


大男は顔を真っ赤にして怒鳴ると、そのまま火狼に突進した。


慌てて大男のトンファー攻撃を避けながらも、火狼はその口を閉じなかった。


むしろ彼の性格上つっこまずにいられなかった。


「えぇー!!?そんなんでブチ切れる!?嘘でしょ!?」


「うるせぇええええ!!何が2cm足りないだ!そんなに2メートル無いのがおかしいのか!?残念なのか!?ほっとけぇ!」


ギャンギャンと(わめ)きながら、ブンブンとトンファーを装着した腕を振り回す大男。


その大男の行動がきっかけとなり、他の海賊達も親衛隊達も動く。


あれだけ緊迫した雰囲気だったというのに、なんともアホらしいきっかけで戦闘は開始された。


そしてこの戦闘の火蓋(ひぶた)を切る事となった大男は、火狼に対して攻撃の手を(ゆる)めず暴れ回る。


198cmもあり、筋骨隆々で屈強(くっきょう)な肉体の大男だというのに…その行動は子供のよう。


ただ攻撃力は子供ではなく、その肉体に違わず強力だ。


そんな大男に、本物の子供精神を持つ星牙は、また空気を読まずに余計な言葉を放つ。


「あ!俺の親父ピッタリ2メートルだぜ!お前親父よりちっさいんだな!」


「いや知らねぇよ!お前の親父ぃ!」


火に油を注がれた大男は、標的を火狼から星牙へと変える。


だが(すんで)のところでユージーンが二人の間に入り込み、大男のトンファーを愛剣エクスカリバーで受け止めた。


ガキィイイイン!!と金属同士が激しく、そして強くぶつかる音が船に響く。


「お前の相手は俺がする」


「………ほぉ~。いい動きするじゃねぇか」


自分達の間に一瞬で入り込み、自分の攻撃を受け止めたユージーンを賞賛(しょうさん)する大男。


むしろユージーンの登場で、彼の頭は大分冷えたらしい。


そんな大男にユージーンもまた余裕の表情で答えた。


「お褒め頂きどうも。それにしても、世界に名を馳せる海賊がこの程度でキレるとは。安い挑発で乗ってくれるのはありがたい。俺ももっと(あお)ってやろうか?2メートルに2cm足りない大男さん?」


「ハッ!言ってくれるぜ!でも悪いな。その綺麗な顔を間近で見たおかげで正気に戻れた。にしてもまぁ……海が広いのは勿論だが、世界ってのもつくづく広い。こんだけの美人がまだいるとはな」


「まだ?俺並(おれなみ)の美形がそうそう居る訳ねぇだろ」


自分の実力だけではなく、その美貌にも絶対の自信を持つユージーン。


そんなユージーンの言葉に、大男はニヤリと笑みを深くする。


「いるんだな~。これが」


何処か(ふく)みを持った言い方をする大男だったが、二人の会話はそこで終了し、大男とユージーンは激しく自分達の武器を撃ち込み合った。


武器がトンファーという事もあり、大男は防戦一方。


対するユージーンは一瞬の(すき)も無く攻撃を続ける。


傍から見ればユージーンの優勢(ゆうせい)


それは大男と対峙しているユージーン本人も感じていた。


(こいつ……図体(ずうたい)はデカいが、俺の攻撃を防ぐ事で精一杯みたいだな。俺の方が圧倒的に強い。エクスカリバーに魔力を込めれば、このトンファーだってぶち折れる。だが……これが本当に海賊王の実力か?)


ユージーンはこの大男の実力を疑っていた。


この大男が本当に噂通りの海賊王なら、これで終わりではない。


まだ何か隠し球を持っているのでは、と。


ユージーンが大男に疑問を持っているように、火狼もまた他の海賊達と交戦しつつ同じ事を思っていた。


(海賊王の一派なら、こいつらは世界最強の海賊団のはずだろ?確かに一人一人の実力は高いし、連携も取れてる。でも倒せない程じゃない。むしろ……こいつらの誰からも殺意を感じない?なんか引っかかるんだよな)


親衛隊達は苦戦しているようだが、蓮姫の従者達は優勢だ。


それは蓮姫の従者が全て、エメラインが言っていたように誰もが類稀(たぐいまれ)な強者だから。


彼等はそこらの兵隊やら海賊とは、踏んでいる場数が違う。


ユージーンも火狼も、そして未月も実戦経験が豊富であり、その全てに勝ってきたからこそ、今こうして生きて、蓮姫の傍で仕えているのだ。


「ふん。何が海賊王よ。ユージーンに攻撃も出来ないじゃない。これなら討伐も簡単に済みますね」


「そう……だといいけど…」


「姉上?」


楽観的な残火とは違い、蓮姫は冷静にこの戦闘を見守っていた。


蓮姫はユージーン達と親衛隊達の戦いを見比べる。


皇帝の警護が主な仕事である親衛隊が海賊に苦戦しても……これが騎士団なら、彼等もまた優勢だったはず。


(ジーン達はともかく、親衛隊さん達は……ちょっと厳しいみたい。どうしてエメル様は、百戦錬磨の騎士団じゃくて、親衛隊を同行させたんだろ?)


どうにも()()ちない事ばかりだ。


ふと蓮姫は、自分達の一番近い位置で戦う星牙へ視線を向ける。


星牙はユージーン達のように優勢という程ではない。


だが親衛隊程の苦戦も強いられてない。


相手をしている海賊は二人だが、少し手間取りながらも二刀流でなんとか押している。


「クソっ!さっさとその剣をよこせ!お前はまだガキだ!一本でもくれりゃあ見逃してやる!」


「ふざけんな!これはどっちも親父から預かった家宝だ!海賊なんかにやれるかよ!」


「家宝だと!?なら値打ちもんじゃねぇか!!ますます欲しいぜ!ガキには勿体ねぇな!」


二人の海賊に大事な家宝を寄越せと言われ、星牙は今まで以上に必死に…いや、がむしゃらに剣を振り回した。


そんな星牙に、海賊の一人…手斧を持った男は馬鹿にしたように、星牙へある言葉を言い放つ。


奇しくもそれは……星牙が何よりも怒る、地雷とも言える言葉だった。


「ハッ!こんなガキに家宝を預けるなんざ!お前の親父はとんだ馬鹿だぜ!」


「っ!!?なんだとぉ!!親父は凄い男だ!親父は最高で最強の男なんだ!そんな親父を……俺の親父を馬鹿にすんなぁああああ!!」


星牙の怒りはそのまま双剣にも込められ、二本同時の攻撃に海賊の手斧は弾き飛ばされる。


だがその手斧は、グルグルと勢いよく回りながら、蓮姫と残火の方へと飛んで行った。


「ひっ!?」


「残火!危ない!!」


咄嗟に蓮姫は残火の体を押し、二人揃ってその場に倒れ込む。


飛んできた手斧は蓮姫達が隠れていた、細い柱に突き刺さり、二人に当たる事は無かった。


蓮姫と残火は無傷だが、倒れた時の衝撃で蓮姫の上着がはだけ、彼女の右肩があらわになる。


あの痛々しい火傷と古傷の痕が残る右肩が。


そんな蓮姫の右肩に、誰よりも衝撃を受けた男が一人。


彼は息を呑んで、ただ蓮姫の右肩を凝視する。


この男は微動だにしなかったが、蓮姫の従者達は主と仲間の名を叫んだ。


「姫様っ!!」


「残火っ!!」


「母さんっ!残火っ!」


ユージーンは大男に背を向け、一瞬で蓮姫の元へと駆けつける。


火狼と未月も目の前の敵を倒し、倒れた蓮姫と残火の元へ駆け寄った。


残火は自分の上に覆い被さる蓮姫を、叫ぶように呼ぶ。


「姉上っ!?」


蓮姫もまた残火から体を離し、心配するように残火の顔を見つめた。


「私は大丈夫!残火は!?」


「わ、私もなんともありません!」


「そっか。良かった」


二人が無事だった事に、仲間達も安堵の表情を浮かべる。


「姫様、立てますか?」


「大丈夫だよ。ありがと、ジーン」


蓮姫はユージーンに差し出された手を掴み立ち上がると、ズレた上着を直した。


いつものように古傷が隠れた蓮姫の体。


もう服に隠れ、右肩の傷は誰の目にも見えない。


それでも……一人の男は未だに蓮姫の右肩を見つめる。


ユージーンと交戦していた……あの大男が。


そんな大男の視線など気づかぬ蓮姫一行。


特に火狼は、蓮姫だけでなく残火まで危険に(さら)された事で、今の元凶となった星牙へ力の限り怒鳴った。


「おいファング!姫さん助けに来たクセに姫さん危険に晒してんじゃねぇよ!もっと周り見て戦え!」


「え!?お、俺のせいなのか!?ご、ごめん蓮!大丈夫か!?」


「大丈夫だよ!皆も心配しないで。私はなんともないから」


仲間を安心させるように告げ、蓮姫は笑顔を見せる。


しかし蓮姫のその言葉に反応したのは、従者達でも星牙でも、ましてや親衛隊でもなかった。


「なんともなく……ねぇだろっ!」


「え?」


蓮姫に向かって叫んだのは、あの大男。


彼は何故か、蓮姫を(あわ)れむように見つめている。


「あんたみたいな嬢ちゃんが…そんな傷……っ!どうやってつけるってんだ!どんな酷い目に合った!?こいつらに何された!?」


「え?な、何?急に?」


「ねぇ旦那。何言ってんの?こいつ」


「だから知らん。ホント何なんだ?」


困惑する蓮姫と仲間達。


大男はそんな蓮姫達から、視線を親衛隊へと移す。


「お前ら……ギルディストの人間だって言ってたよな?ギルディストってのは強くて有名だが……女子供(おんなこども)まで戦わせてんのか!?」

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