海へと 7
蓮姫達はまだ何も知らない。
蓮姫達の船からは何も見えない。
見えなくて当然。
奴等は蓮姫達の視界の先である海上ではなく………海の中に潜んでいたのだから。
「どうだ?」
海中にある船の上で、一人の男が舵輪の前にいる男に声を描ける。
それは普通の舵輪とは違い、真ん中には丸い鏡のような物が付いていた。
しかしそれは鏡ではなく、映るのは海上にある蓮姫達の乗る船。
想造世界でいうテレビのように、ハッキリと船や蓮姫達の姿が映っている。
「旗にブラウナードの絵が描いてあるぜ!それにデカくてあちこち金ピカだ!間違いねぇ!いつもの船と同じだ!金持ちの船だ!」
「絵じゃなくて紋章な。金持ちの商人か貴族の船なら、いつも通りやるか」
「でもなんか変だぜ!乗ってる奴等が変な格好だ!」
「変な格好?」
「地味な格好してんのは船動かすだけの船員みてぇだけどよ。10人くらい揃いの服の奴等がいる。見た事ねぇ服だ。鎧でもねぇ。貴族とか成金の服とも違ぇ。それに…なんかよく分かんねぇ奴等が6人いる。そいつらは格好も年齢もバラバラだ」
「なんだそりゃ?」
舵輪の前にいる男の言葉に、聞いていた男は顎に手を当てて考える。
「揃いの服って事は組織性……軍隊か?貴族船に軍が乗ってんなら囮って事も有り得る。しかし……そのよく分かんねぇ6人が気になるな。ちなみに女は乗ってるか?」
「いるぜ!2人いる!1人は黒髪のべっぴんで、もう1人もいい体してる嬢ちゃんだ!女達は揃いの服じゃねぇけど、貴族みてぇな金持ちの服でもねぇぞ」
「女は乗ってる…か。なら……いつもと同じ可能性も捨てきれねぇな。護衛として軍を雇って、他の奴等も用心棒だとしたら………さて、どうします?船長」
あれこれ聞いていた男は、更に奥に控えていた者に対して声を掛ける。
その言葉に、舵輪を見ていた者、他の船員達も同様にその者へ…船長と呼ばれた者へ視線を向けた。
「いつも通りやる。浮上しろ」
その言葉を受け、男はニヤリと笑い他の船員達へと指示を出す。
「野郎共準備しろぉ!戦闘だぁ!」
「「「アイアイサー!!」」」
船員達は高く腕を上げ、それぞれ砲弾を準備したりと持ち場に着く。
指示を出していた男は、船長と呼ばれた者の元へ行くと、同じように船員達を眺めた。
どうやらこの男も上の立場の者らしい。
「じゃあ、いつもみたいに遠くに浮上して急速前進するかい?」
「いや。今日はすぐ側に出てやろう。砲弾を撃つから真横がいい」
「いいのか?」
「いい。揃いの服の奴等は鎧じゃないんだろ。軍隊だと仮定するなら、そいつらはブラウナード兵じゃない。ブラウナードの兵は鎧を来てる。つまり、要請を受けた他国の軍だ」
「なるほどね。他国の奴等を沈めるなら、インパクトがでかい方がいいってか。その方が俺達の悪名も広がるだろうしな」
「そういう事だ。だが戦闘はいつも通り、お前に任せる。ガイ」
「はいよ。いつも通り、船長のご期待に応えましょう」
ガイと呼ばれた男が頷くと、船長は彼等から離れ見張り台へと向かった。
戦闘の状況がよく見えるように…。
数分後、この船…海中に潜っていた海賊船は、徐々に海面へと浮上していく。
大きな船が下から上がってくる事で、その余波は蓮姫達の船にも襲いかかった。
下から巨大な物が浮上する事で海面が大きくうねり、蓮姫達の乗る船が激しく揺れる。
「っ!?な、なにっ!?船が揺れてる!?」
「姉上!地震です!」
「ここは海の上だ!地震じゃない!姫様、俺に掴まって!お前らも何かに掴まれ!」
地震だと慌てふためく残火をすぐさま否定すると、ユージーンは蓮姫を引き寄せ仲間達へ指示を出す。
船は激しく揺れ続け、何かに掴まらなければ立っていることすらままならない。
蓮姫達だけでなく、この船の乗組員全てが転倒しないようにそれぞれ船の柱だったり、船べりに掴まる。
だが軽いパニックを起こしていた残火は、他の者より行動が少し遅れてしまった。
近くの何かに掴まる前、そのまま体勢を崩し倒れ込んでしまう。
「残火、手を」
残火の一番近くにいた未月は、倒れた残火へと手を伸ばす。
残火もまた未月へと手を伸ばしたが、その直後、蓮姫達が乗る船の真横から……大きな帆船が勢いよく海面に飛び出てきた。
帆船が出てきた事で波がこれまで以上に大きくうねり、すぐ側にある蓮姫達の船は傾く。
船の左側が高く上がり、逆に右側は船べりが海面につきそうな程だ。
船の左の船べり近くにいた残火は、船が傾いた衝撃で右側へと落ちていく。
「きゃあああ!!」
「残火っ!!」
このままでは残火は海へ落下してしまう。
海ならまだいいかもしれないが、もし落下した先が船の一部なら…最悪、転落死してしまうかもしれない。
ユージーンは蓮姫を抱えている為に動けず、他の者も間に合わない。
蓮姫がとっさに想造力を発動させようとしたが、それよりも早く動いた者がいた。
「残火ぁ!!」
火狼は自分の足元を強く蹴ると、残火に向かって手を伸ばし飛んでいく。
なんとか残火の腕を掴み、彼女を抱きしめた火狼だったが、すぐ目の前には船べり。
火狼は片手を船べりに向けると、その掌から炎術を放つ。
「炎塊弾!!」
火狼が放った大きな炎の塊は、船べりへ当たり爆発した。
高度で強力な術を放ったの反動と、爆発の衝撃で火狼と残火は高く上へ飛んでいく。
火狼の放った炎術の影響もあり、蓮姫達の船の傾きは徐々に収まる。
傾いていた船が並行に戻ると、火狼は残火と共に船へと落下してきた。
正面に抱きしめていた残火に衝撃がいかないよう、火狼は身体を捻り、背中から落ちる。
それはいつかの……エリックを庇って落ちた蓮姫のように。
ドンッ!!
「ぐっ!」
「焔っ!!大丈夫!?ねぇ!焔!!」
残火は火狼の腕から抜け出すと、必死に自分を助け、自分を庇い横たわる彼へ声を掛けた。
火狼は痛む体を悟られないよう、苦笑して残火へと答える。
「ははっ。だ~いじょうぶだって。俺これでも朱雀よ?それより残火は?怪我してねぇ?」
「っ!?なんで私の心配してんのよ!私の事なんてほっときなさいよ!」
「ほっとける訳ないだろ」
「っ、焔?」
笑みを消し、真剣な表情と声で火狼は残火へ言い放つ。
そんな普段と違う火狼の雰囲気に、残火もまた気圧されていたが、火狼はまた直ぐにいつものおちゃらけた態度で話し出した。
「ほら。ファングも言ってたろ?俺、お兄ちゃんだからさ。可愛い妹を守ってやんねぇとね」
「っ!だから!あんたなんかアニキじゃないって言ってんでしょ!」
「あらやだ。残火ちゃんたら反抗期?お兄ちゃん悲しいな~」
「気っっっ色悪いわ!このクソ犬!!」
火狼のふざけた口調に、残火もまたいつもの調子に戻る。
これが火狼なりの優しさであり、先程と蓮姫との会話のように話のすり替えだとは、まだまだ精神的にお子様な残火は気づかない。
二人が呑気な会話をしている間に、心配した蓮姫や仲間達が駆けつけた。
「狼!大丈夫なの!?」
「大丈夫よ姫さん。心配いらな…あ、やっぱ痛ぇや。凄ぇ痛ぇ。こりゃ動けねぇな。うん。姫さんからのキスが無いと動けないかも」
「わかった。頭もぶつけたみたいだし想造力で治すね」
「あれキスは?」
「ふざけた事言ってんな。黙って姫様からの治療受けろ」
とぼけた発言を続ける火狼に、ユージーンがピシャリと言い放つ。
だがその言葉は火狼には少し意外でもあった。
ちなみに火狼が背中と頭を打ったのは事実であり、少量だが血が流れている。
「ありゃ?旦那ってばなんか優しくない?俺の事心配してくれたの?」
「バカ犬め。あれだけの高さから落ちて、頭と背中打ったんなら今後の動きに影響出るだろ。万全じゃないと困るだけだ」
「そりゃそうね。………予想より早く、おいでなすった訳だし」
蓮姫の回復魔法を受けながらも、火狼は、そしてユージーン達は横へ視線を向ける。
その視線の先にあるのは……海賊旗を掲げた大きな帆船。
火狼の治療を手早く終えた蓮姫もまた、従者同様に急に隣に現れた船を…そして掲げられた旗を見つめる。
黒地に白く髑髏が描かれ、髑髏の左目下には逆さの五芒星。
五芒星というオリジナリティはあるが、黒地の旗に白い髑髏の絵が意味するのは一つ。
当然ソレは、想造世界出身の蓮姫でも知っていた。
「海賊旗……じゃあアレが…」
蓮姫がそう呟いた直後、この船に乗っていた船員達が騒ぎ出した。
「か、海賊王だ!!海賊王の船だ!」
「うわぁあ!!か、隠れろ!!」
「隠れてどうすんだよ!逃げるんだ!」
「お、俺達は言われた通りに船を出したんだ!もういいだろ!俺達は逃げるからな!!」
船員達は親衛隊に確認しつつも答えは聞かず、我先にと船に備え付けてある緊急時用の小船を出し逃げ出す。
そんな船員達には目もくれず、あの親衛隊の男が蓮姫へ声を掛けた。
「弐の姫様、皆様。海賊達が来ます。戦闘準備を」
「分かりました。でも船員の皆さんはどうしますか?」
「彼等は非戦闘員です。巻き込む訳には参りませんので、このまま逃がします。ご不満ですか?」
「いえ。私も同じ考えなので、是非そうして下さい。ありがとうございます」
親衛隊に礼を言うと、蓮姫は従者達へと振り返る。
既に全員が武器を手にし、戦闘態勢へと入っていた。
「姫様。我等は弐の姫である貴女の従者。必ず姫様をお守りし、貴女と共に戦います」
「本当は隠れててほしいけど、コレは姫さんの任務だかんね。だから、いくらでも俺達は協力しますよ。麗しき我等の姫さん」
「…俺…戦う。…母さん守る」
「姉上!私だって姉上の従者です!今度こそ一緒に戦います!」
「俺は蓮を助ける為に来たんだ!いくらでも一緒に戦うぜ!約束だ!俺は絶対蓮の力になる!!」
全員が蓮姫を見つめ、自分の強い意思を告げる。
その言葉に蓮姫も笑顔を浮かべた。
「ありがとう皆。じゃあ……」
蓮姫は海賊船へと振り向き、オリハルコンの短刀を構えると、声を上げる。
「行こう!!」
蓮姫一行が海賊船へ乗り込もうと駆け出した瞬間。
ドォン!!
ドン!ドン!!
「うわっ!?」
「姫様っ!」
海賊船から砲弾が飛んで来た。
その全てはこの船すれすれの海面に落ち、その飛沫と反動で船が激しく揺れる。
ユージーンは蓮姫を抱きしめつつも、自分もしっかりと傍の柱に掴まった。
他の従者達も倒れないように、先程と同じく何かに掴まる。
残火も今度は未月ではなく一番近くにいた火狼にしがみつくが、火狼もしっかりと彼女を抱き締めた。
残火としては深い意味は全く無く、反射的にしがみついた先が火狼だっただけのこと。
あれだけの悪態を付きながら自分にしがみつく身内の少女に、火狼もまた茶化すことなく彼女を守る。
その間も海賊船からはいくつもの砲弾が放たれ、船の周りに落ちていく。
だが船に当たる事は無く、それに対して火狼が嘲笑うように海賊船へと言い放った。
「ハッ!へったくそだな!一個も当たってねぇじゃねぇか!狙撃手変えた方がいいんでないの?海賊王さんよぉ!」
「いや。海賊王と呼ばれるくらいだ。そんな下手くそ共に狙撃を任せるとは思えない」
火狼の言葉を否定したユージーンに、蓮姫も彼を見上げた。
「まさか…わざと外してる?」
「あくまで可能性の一つですが……と、砲弾が止んだようですね」
ユージーンの言った通り、海賊船からの砲弾は止まったが、それで向こうの攻撃が終わった訳ではない。
本当の戦闘はこれからだった。
海賊達は一斉に姿を現すと、ロープを使い直接蓮姫達の船へ乗りこむ。
ふと蓮姫が後方…先に逃げ出した船員達を見ると、彼等を乗せた小船は既にこの船から離れている。
小船に乗っている人数を見る限り、全員無事に逃げ出せたようだ。
(良かった!全員無事だ。これなら…………でも…なんで?)
非戦闘員である船員達が全員無事に逃げれた事は喜ばしい事だが、それにより蓮姫の中である疑問が浮かぶ。
(エメル様の話だと『海賊王とその一派は、野蛮極まりなく極悪非道な者達の集まり』だったはず。そんな海賊達が…逃げようとしてる人達を追わない?攻撃すらしないの?)
蓮姫から見えるように、海賊達からも逃げた小船…船員達は見えているはず。
それなのに海賊達は誰一人として追いかけず、砲弾すら撃とうとしない。
(さっきの砲弾も…考えたらおかしい。いくらわざとはずしてるからって、この至近距離で一つも当たらないなんて。下手くそじゃなくて…逆に物凄く正確なんじゃ?そもそも…どうして砲弾を外すの?船を沈めた方が楽なのに。積荷を略奪するのが目的だから?)
一つ何かを考えると、次々に新たな疑問が沸きあがる蓮姫。
しかし今はゆっくりと考え事をしている時ではない。
次々と乗り込む海賊達に、蓮姫達、そして親衛隊達は距離を取るように徐々に後ろへ下がる。
海賊達は武器を構えながらも、ニヤニヤと笑みを浮かべ余裕の表情だ。
だが海賊達は誰も動こうとはしない。
間合いに入り込もうとしない。
ベルトに拳銃をさした者も何人かいるが、それを使う素振りも全くなく、彼等も他の者同様にサーベルを構えていた。
二十人程の海賊が乗り込み、蓮姫達も海賊達も動かずお互い膠着していると、最後に屈強な肉体で灰色の瞳をした男が乗り込んできた。
頭にターバンを巻き、そこから流れるのは一つに縛られた黒く長い髪。
彼が身に纏うのは胸元が大きく開かれた白シャツに、黒いロングベスト、腰に巻かれた濃緑色の布。
この男の格好はまさに、蓮姫が想造世界で本や映像で見た海賊そのものだった。
ちなみに他の海賊達も、上半身裸だったり、ベストだけを着ていたり、シャツのみだったりと様々な格好ではあるが、どれもこれも海賊らしい服装。
そして最後に現れたこの男は、蓮姫がギルディストで想像した通りの、筋骨隆々な大男だった。
ユージーンも背が高いが、確実にこの海賊の男の方が高い。
恐らくだが…2メールはある。
蓮姫が今まで会った中でも最高身長である大男、星牙の父親であり飛龍元帥蒼牙と大して変わらない程の体の大きさだった。
この体で海賊など勿体無いと思いつつも、悪者の海賊としてもとても似合う体格でもある。
そんな筋骨隆々の男に、蓮姫一行、親衛隊の視線が集中する。
(この人……強い。なんとなくだけど…他の人と違う。じゃあ……この人が?)
蓮姫も感じていたように……いや蓮姫以上にユージーンや火狼、未月もまた目の前の大男の力量を見抜いていた。
だからこそ、全員同じ事を思う。
この男が……海賊王か、と。