海へと 6
「ただいま!!よしっ!じゃあ話とやらを始めてくれ!お願いしまっす!!」
空気を読まずに戻って来た星牙は満面の笑みで親衛隊達を促すが、そんな彼を出迎えたのは蓮姫と未月以外からの冷ややかな視線。
「あ、あれ?どうした?俺また何かした?」
「なんかしたっていうか……うん。黙ってお座りしててよ。頼むから」
「黙って座ってればいいのか?了解!お易い御用だぜ!」
火狼に言われたまま素直にその場に、それも意外と礼儀正しく正座をする星牙。
そんな火狼と星牙のやりとりを見て、ユージーンは余計な一言を放つ。
鼻で笑うおまけ付きで。
「はっ。まさか犬が人様にお座りを命じるとはな」
「だから犬じゃねぇってば!」
「そうだぞユージーン!火狼は犬じゃなくて人間だ!仲間を犬呼ばわりは良くない!」
「お!?ファング。お前いい事言うねぇ。空気読めねぇ奴だけど、俺は今のでお前好きになったぜ!」
「うっわ。焔ってホント単純バカね。さすが犬だわ」
「残火ちゃ~~~ん!?」
黙れと言ったばかりなのに、星牙以外も騒ぎ出す始末。
蓮姫は目を伏せると呆れたように深く、それはもう深くため息をついた。
「はぁ~~~~~~~~」
あからさまな蓮姫のため息に、彼女の従者達は主へと視線を向ける。
自分に視線が集中したのが分かった蓮姫は、瞳を開けて彼等を見る。
星牙が向けられていた以上の冷ややかな瞳で。
「皆、一回、マジで、黙ってくれるかな?」
ニッコリと微笑んでいるのに、蓮姫から放たれているのは怒りのオーラ。
従者達はダラダラと冷や汗をかくと、星牙同様に正座になるよう座り直す。
今までの会話に一切参加していなかった未月も、仲間が座り直したので真似するように正座をした。
「「「……はい」」」
「はぁ。まったくもう」
「…………よろしいでしょうか?」
従者三人の返事を聞くと、親衛隊は確認するように蓮姫へと尋ねる。
蓮姫はまた申し訳なさそうに、彼へと頭を下げた。
「何度も中断してすみません。今度こそお願いします」
「かしこまりました。では……海賊王一派ですが、必ず我々の前に現れるでしょう。討伐するのはその時。我々は奴等が現れるのを、このまま海上で待つ事となります」
「分かりました。でも海賊王がいつ現れるか分からない、こちらからアクションを起こす訳でもない、となると…持久戦になりそうですね」
ふむ、と顎に手を当てて考える蓮姫だったが、親衛隊は何故か自信を持って蓮姫へと答える。
「そう長くは待たないでしょう。今日中にも奴等は現れるはず」
「その根拠を聞いても?」
「はい。この船の元所有者は、以前海賊王に襲われた貴族です。奴等は『また同じように海へ出たら次こそ沈める』と、その貴族に言い放ったとか。同じように海賊王に襲われ、二度目に船を沈められた貴族は何人もおります。ブラウナードは勿論、他国にも」
「海賊王は有言実行タイプのようですね。なるほど。今までの海賊王の行動パターンからして、この船は必ず襲われる。だからこそ、この船で海賊王を待つ、と」
「左様にございます。既にこの船は陸から遠く離れました。辺りに島は無く、見渡す限り水平線。いつ奴等が襲って来てもいいように、皆様も戦闘準備を怠りませぬよう」
「はい」
「では、我々も持ち場へと戻ります」
「ありがとうございました」
親衛隊からの説明は終わったらしく、彼等はバラけて船の各場所に散らばる。
いつ、何処から海賊王が襲って来ても対応出来るように。
最後に蓮姫達へ説明していた親衛隊が彼女達の元を離れようとした時、火狼が蓮姫へと声を掛けた。
「とは言ってもさ。姫さんと残火は中にいた方がいいんでない?甲板は間違いく戦場になるだろ?この船広いし、金かかってるし。中には鍵掛けられる部屋の一つや二つあるはずだからさ」
火狼の言葉が聞こえた親衛隊の男はピタリと足を止めると、蓮姫達へと振り返る。
彼の視線の先には、火狼の提案を断ろうとしている蓮姫。
「そういう訳にはいかないよ。これは私がエメル様から受けた任務だからね。また皆を巻き込んで迷惑かけるのに、私だけ安全な場所に行く訳には」
「弐の姫様。もう一つだけ申し上げておきます」
蓮姫の言葉が終わるのを待たず、親衛隊は真剣な面持ちで蓮姫へと言い放つ。
「弐の姫様。そしてそちらの少女。お二人は必ずや甲板にて待機して下さい」
「私だけじゃなく……残火もですか?」
蓮姫が逃げ隠れ出来ない立場なのは分かる。
先程、彼女も全力で取り組むと親衛隊へ宣言したばかりだ。
しかし残火は何故?
親衛隊は視線を逸らす事なく、真っ直ぐに蓮姫を見据えて頷いた。
「はい。戦闘が始まりましたら、直ぐにでも中へ逃げられて構いません。ですが、海賊王一派が現れるまでは…どうか甲板にてご待機を」
「理由をお聞きしても?」
「必要だから、とだけ申し上げておきます。それでは」
言いたい事だけ言ってしまうと、親衛隊は今度こそ蓮姫達から離れてしまった。
あのような思わせぶりな事を言われては、納得はいかなくとも従う他ない。
「理由は分からないけど…とりあえず言う通りにした方が良さそうだね。
いつも通りジーンは私の傍に。残火も必ず誰かの傍にいて」
「心得ております、姫様」
「はい姉上!私も未月の傍にいます!」
「……俺?…わかった」
「ちょっと!?そこは俺っしょ!?」
残火が自分ではなく未月を選んだ事に、火狼はすかさず物申すが、残火は星牙と違い素直に頷いたりはしない。
「はぁ!?私が焔なんか選ぶ訳ないでしょ!?ていうか半径3メートル以内に近づかないで!この犬!」
「なんちゅうこと言うの!?」
「アハハッ!!仲の良い兄妹だな!」
残火と火狼のじゃれ合いを初めて見た星牙は、このやりとりを兄妹喧嘩だと思ったらしい。
だがそんな事を言われて、残火が黙っている訳もなく。
「はぁあああ!?やめてよ!コイツが兄とか冗談じゃないわ!」
「あれ?違うのか?お前ら顔立ち似てるから、てっきり兄妹だと思ってたんだけど」
「違うわよ!こいつとは従兄妹なの!それでも嫌だってのに!いい!私達と一緒にいたいなら!二度とそんな気持ち悪い事言わないで!!」
「えぇ~?分かったよ。ホント女の子って直ぐキレるよな。蓮は大人しくて優しいのに。お前も蓮を見習えよ。そんなんじゃ見た目可愛くても中身可愛くないぞ」
「なぁんですってぇええええ!?」
星牙の更なる心外発言、もとい失礼発言に残火は憤慨する。
そんな残火の怒りを受けながらも、星牙は別の者へと同意を求めた。
「なぁ。お前だってそう思うよな?」
「……俺?」
「ちょっとぉおおお!?よりによって未月に聞いてんじゃないわよぉおおおお!」
星牙が同意を求めたのが未月だった為、残火は先程とは違う意味で焦り、顔を真っ赤にさせた。
星牙と同じくらい空気の読めない未月は、しばし残火を見つめる。
そして星牙と同じように、自分の気持ちを素直に口にしようとした。
「…残火は……かわ」
「いい!言わないで!!どっちにしろダメージくるから!聞きたくないから!言わないでぇ!!」
残火は顔を真っ赤にしたまま、未月の口を両手で抑える強硬手段に出た。
「むっ!?……むぐ……じゃ……じゃんか…しゃべれにゃ…」
「むしろ喋んなくていいからぁ!」
「なんだ?お前らも喧嘩か?仲良くしろよ」
「アンタも喋んな!もう一生喋るな!!この馬鹿ぁあああああ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ残火。
そんな残火に訳もわからず口を抑えられ続ける未月。
そして本当に空気の読めない星牙。
可愛い子供のじゃれ合いに見えなくもないが……これはこれでカオスな状況。
しかし蓮姫は、この騒がしい現状を微笑ましい目で見つめていた。
(良かった。喧嘩はしてるけど可愛いものだし、皆仲良く出来そう。それにしても……星牙の言う通り、狼と残火って似て……)
ふと蓮姫はチラリと視線を火狼に向ける。
だが火狼の顔を見た瞬間、蓮姫は息を呑んだ。
「っ、…ろ………」
彼の名を呼ぼうとするのに、言葉は出てこない。
蓮姫にはそれだけの衝撃だった。
いつもケラケラと笑い、冗談を口にし、戦闘ではユージーンと同じくらい頼りになる火狼。
表情豊かな彼が………今は全くの無表情。
一切の感情が読み取れない程に、無だった。
そんな火狼を見て不安を感じた蓮姫の体は、無意識に彼に手を伸ばしていた。
いつもなら視線も気配も直ぐに気づく火狼だが、蓮姫が自分の頬に触れた事で、初めて蓮姫からの視線に気づく。
「ん?姫さん?」
「狼?どうしたの?」
「いや、どうしたの?ってこっちのセリフなんだけど?」
急に自分の頬に触れてきた主に、火狼はキョトンとしている。
それは普段の火狼なのに……やはり蓮姫の脳裏には、先程の彼の顔が焼き付いて離れない。
「なんか………変な顔してる」
もっと他にも言い方はあったかもしれないが、蓮姫は率直に思った事をそのまま彼に伝えた。
(変な顔って失礼だけど……でも本当に変。いつもの狼と違う。さっきの狼は無表情なのに……怒ってるような…悲しんでるような…)
蓮姫からの指摘を受け、火狼はまたいつものように彼女へ笑顔を向ける。
「アハッ。酷いな姫さん。確かに俺は旦那ほど綺麗な顔してねぇよ。でも世間的にはイケメンなんだかんね。これでもモテるし」
「そういう意味じゃなくて…」
「そうそう。なんかファングの話聞いてたらさ、女帝様ってば玉華で聞いた陛下みたいじゃね?ほら、あのお嬢様が公爵家の坊ちゃんついてきた時みたいにさ」
(狼?はぐらかそうとしてる?あからさまに話変えようとしてない?)
元々この火狼という男は嘘つきであり、自分の本心は多く語らず、いつもおちゃらけた態度で振る舞う。
彼が本心を語ったのは、大和で残火が来た時くらいだろう。
残火が絡む時以外では、彼が本心を語る時はほぼ無いと言っていい。
残火関連では火狼が本心を晒しているようにも見えるが、ただのポーズの時もある。
ならば今回は?
先程の表情は…火狼は一体?
しかし火狼が話題を変えようとしているという事は、彼にとって触れられたくない事だと蓮姫も悟る。
そもそもこういう時の火狼は、何を聞いても答えない。
先程の親衛隊以上に頑なになる。
口も……心も閉ざしてしまう。
こうなれば、蓮姫も無理矢理話を戻して進める訳にもいかない、と判断し、彼に話を合わせる事にした。
「………狼が言ってるのは、陛下がソフィにレオが玉華に行く理由を話した時の事ね」
「そうそれよ!」
ソフィアがメイド達から話を聞いた後で、麗華に確認し更に詳しい経緯まで聞いた事は、ソフィア本人、そしてレオナルドからも蓮姫は聞いていた。
従者である火狼は蓮姫から聞いている。
「結局はあの嬢ちゃん、陛下に操られてたじゃん?つまりメイドが口を滑らせたのも、陛下が親切丁寧に教えたのも絶対わざとっしょ?じゃあ女帝様もファングにわざと今回のこと教えたんかね?って思ってさ」
「可能性は………なくはないね。陛下とエメル様って何処か似てるし。え?つまりエメル様が星牙を使って何か企んでるって言いたいの?」
「いえ。その可能性は低いでしょう。俺もソフィア嬢の事があったので星牙が船に乗った時から警戒し、探っていましたが…そもそも女帝に魔力は無いんですよ。魔道士が術を施した可能性も考えましたが……やはり星牙からは一切の魔力を感じません。星牙にも魔力は無いようなので、そこはハッキリと分かります。何かされた可能性もありません」
蓮姫と火狼が憶測を語っていると、ユージーンが口を挟んできた。
彼が言うのなら、星牙に特別な魔術が掛かっていない、というのは恐らく事実。
「そうなの?じゃあ……本当にたまたまと言うか…星牙が勝手に動いただけ?」
「その可能性も星牙の性格から十分考えられますが、ギルディストは各国に諜報員を派遣しているんでしたね。ならきっと女帝は、玉華の事もソフィア嬢の事も報告で知っていたはず。だから星牙に話したのはわざとでしょう」
「あん?そこはわざとだっての?え?旦那、説明プリーズ」
ユージーンの説明で解決するどころか、逆に混乱してきた火狼。
そんな火狼にユージーンはため息をつく。
「はぁ。だから今まさに説明してんだろうが。黙って聞いてろ。では姫様、簡単に話をまとめます。女帝が星牙をわざとこちらに寄越した可能性は高いですが、利用している可能性は逆に低い。矛盾している。つまり?」
「深い意味は…………特に無い?」
「俺はそう判断します。あの女帝様はただ楽しんでるだけですよ。女帝は女王と同じくらいに性格がひん曲がってるようですので」
エメラインが騎士団や親衛隊という自国の者を使わずに、あえて蓮姫に海賊王を討伐させようとしている事には、きっと深い意味がある。
蓮姫達が説明を受けた以上に、なにかしらの理由も裏もある事は、蓮姫もユージーンも、そして火狼も何となくだが察してはいた。
しかし、星牙を同行させた事には深い意味は無い。
それはそれで無理矢理のような、当てずっぽうのような気もするが……あのエメラインなので、ユージーンの言う通りただ楽しんでいるだけの可能性も確かに高い。
戦力として蓮姫を助ける為、彼の裏表無く空気を読まない性格で場を混乱させる為等、色々と不穏な理由も考えられるが…やはり気まぐれや楽しんでいるという理由が一番しっくりくる。
「な~んだ。心配して損したぜ」
「心配してたの?狼。でも大丈夫だよ。星牙は信頼出来るから。一緒に闘技場に出た狼も、それは分かるんじゃない?」
「まぁね。まだまだ成長途中だけど実力は確かだし、ファングが元帥の息子ってのも本当だしね。戦闘に関しちゃ俺も心配してないよ。お子様って点以外はね」
「う~ん。同い年だからなぁ…その言葉、そのまま私にも刺さる」
「何言ってんの!同い年でも姫さんは全然違うっしょ!ファングはお子様だけど姫さんは若くていい女!それも最高の女よ!そこは間違えないぜ俺!」
「あはは。ありがとう狼」
こうやって蓮姫と話す火狼は、いつもと変わらない。
あの全くの無表情が嘘のように。
だがあの火狼は嘘ではない。
そしてあの火狼の表情は、今後も蓮姫の中で一抹の不安として残っていく事になる。
「さてと!私達も海を見張ろうか。六人いるし…三方向に別れよう」
蓮姫が従者達へ指示を出すと、後方と左右の三方向に蓮姫達は別れる。
蓮姫達は勿論、ギルディスト親衛隊も船員達も、遥かなる水平線を見つめ警戒していた。
しかし何処を見ても水面だけ。
時々波が魚が跳ねているが…変化はそれくらいだ。
どの方向にも海賊船は勿論、他の船も見当たらない。
蓮姫達が見つめる海面には何も無く、ただ広大な海が…水面が広がっているだけ。
海面……いや、海上には確かに何もいなかった。
だが……蓮姫達は誰一人として、まだ気づいていないだけ。
海賊王が、その一派が自分達の直ぐ近くにいる事も……既に蓮姫達の乗る船や乗組員全てを把握した事も。




