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虚ろな心 1




「………それで?どの様な弁解をなさるおつもりですか?…飛龍大将軍」


反乱軍襲来から一週間。


街の様子も少し落ち着いた頃、城では蒼牙に対する査問会が開かれていた。


女王の謁見室に集められた貴族と将軍は左右に別れ、中央のレッドカーペットには蒼牙のみが跪いている。


その場には壱の姫のヴァル候補である蘇芳、壱の姫の婚約者でありレムスノアの皇太子アンドリューの姿もあった。


玉座には麗華が、うんざりとした表情で腰掛ける。


足を組み、手すりにかけた肘に顔を乗せている姿は誰の目にも億劫(おっくう)そうに見えた。


そんな女王の代わりに口を開き、話を進めているのはサフィール。


彼は女王のヴァル以外にこの王都の宰相も兼ねていた。


「陛下は貴方を信頼して、反乱軍討伐の為にレムスノアへと遣わしたのですよ。ソレが討伐どころか、奴等にこの王都の土を踏ませるなど……飛龍大将軍が聞いて呆れますね」


「全く弁解の使用もありません」


「おや?言い訳すらなさらないとは。失態を認めるのですか?」


「この度の王都への反乱軍襲来は全て、この蒼牙の責任。陛下には面目次第もございません」


深く頭を下げた蒼牙のその言葉に、反応したのは麗華でもサフィールでもなく、周りの貴族達だった。


「そんな言葉で済むとお思いですか!?」


「飛龍大将軍とはいえ厳罰は免れませんぞ!!」


「街の3分の1が大火に焼かれたというではないか!庶民街だから良かったものの!我等の元まで反乱軍が攻めたらどう責任をとるつもりだったのだ!」


「陛下の信頼を裏切りおって!田舎貴族風情が!」


「即刻将軍職を陛下へと返上すべきだ!」


「反乱軍を陛下のお膝元に寄せるなど!なんと汚らわしい!!」


集まった貴族達は咳を切ったように蒼牙を非難する。


元々、久遠と違い弱小部隊出身で田舎貴族の蒼牙は王都の貴族達からは良く思われていなかった。


しかし実力は確かなもので、久遠が将軍になる前は史上最年少で将軍職についた男。


女王の信頼も厚く、その為貴族達は今まで手をこまねいていた。


だが、反乱軍討伐失敗の上、反乱軍の王都襲来。


蒼牙が失脚するには充分すぎるこの状況に、貴族達は便乗するように声を上げた。


それを制したのは、王都の貴族では数少ない彼の実力と人柄を認める者。


「方々、落ち着かれよ。……飛龍大将軍。この度の一件、詳しく説明してもらいたい」


「し、しかし!ヴェルト公爵!!」


「ブラナー伯爵。陛下の御前です。御控え下さい」


「ぐっ!!わ、わかりました」


女王直系のクラウスに制され、ブラナー伯爵含め他の貴族達はグッと口を閉じた。


「では、飛龍大将軍」


「はっ。ヴェルト公爵。我等が到着した際、レムスノアにいた反乱軍はごく小数でした」


「その小数を、おめおめと逃したと言うのか!」


再度貴族の一人が口を挟むが、蒼牙に一瞥(いちべつ)されるなりスゴスゴと下がる。


「普段なら奴等を捕えるのに一日も掛かりません。しかし、反乱軍の動きは(みょう)でした」


「妙、とは?」


サフィールが眉を潜め先を促す。


「我等の存在を知るやいなや、奴等は逃げ出しました。しかし直ぐに逃げるのではなく、我らとの距離を一定に保ちながら。部下が反乱軍を見失った時も、わざわざ向こうから居場所を知らせるように」


「どういう事だ?」


「アンドリュー殿下。反乱軍の目的は、初めからレムスノアを荒らす事ではなかったのです」


レムスノアは王都の隣国に位置し、また女王との縁も深い国。


だからこそ王都一と言われる蒼牙自らが反乱軍討伐へと出向く事になった。


「奴等の動きに……我々はレムスノアの奥へと誘導されている。王都より離されているのだと気づき、先回りして反乱軍を捕らえたところ…」


「なるほど。つまりは、レムスノアに現れた反乱軍は(おとり)。飛龍大将軍……そうでなくとも将軍の誰かを王都から引き離し、その隙に陛下や姫様方を狙った……ということか」


「腹立たしいな。我が国を囮に使うためだけに、領土を荒らし民へと刃を向けたというのかっ!」


サフィールの要約に憤慨(ふんがい)するアンドリュー。


自分の国をダシに使われたようなものだ。


いつも飄々としている皇太子は、声こそ静かだが、顔を歪め怒りを露わにしている。


「反乱軍が今を好機と見るのも無理はありませんが。弐の姫が現れた事で、王都の民は不安に揺れた。ここに居られる皆様も、必死に壱の姫様を支持し、自らの保身にのみ気を回している。その様な状況で敵に攻めるな、という方が無理ですね」


「さ、サフィール殿!?」


「御言葉が過ぎますぞっ!!」


「保身だなどとっ!!我々はひとえに壱の姫様へと忠義を!!」


サフィールのその言葉に、再度貴族達が騒ぎ出した。


クラウスが再び制そうと前へ出たが、それよりも早く、凛とした、しかし力強い声が響き渡る。



「やめよっ!!」



今まで一切口を挟まなかった麗華の一声で、その場は一斉に静まる。


まさに鶴の一声ならぬ、女王の一声。


「のう。凛と蓮姫はどうしておる?」


麗華の口から出た言葉に、蘇芳とヴェルト公爵は女王の前へと歩み出る。


その様子を見た貴族達は、蘇芳に対して小声で悪態をついた。


「ふんっ。何処の出かもよくわからん奴が、デカイ面しおってからに」


「壱の姫様の恩恵(おんけい)なくしては、このような場にいる事など許されん」


「しかし壱の姫様は、あの者を片時も離したがらないと言うではないか」


「ヴァルになるのも時間の問題かもしれん」


そんな自分への中傷を受けつつも、蘇芳は普段通りの壱の姫想いの好青年を演じていた。


「壱の姫様ですが、御自分が狙われている事を知り自室にて伏せっておいでです。お可哀想に…」


そのままくたばればいい、という本心を隠しながら、蘇芳は憂いた表情で告げた。


「凛はショックで寝込んでおるのじゃな?無理もない。今までは狙われるどころか、凛はこの世界に来てから好意ばかり向けられてきたからの。………クラウス。蓮姫はどうじゃ?」


「弐の姫様は………伏せってなどおりません。それどころか……食事や水も口にせず…睡眠すら摂っておられません」


「蓮姫が?どういう事じゃ?」


公爵の言葉に驚きを隠せない麗華。


他の将軍達と並んでいた久遠は公爵の言葉を聞き、反乱軍襲来の日の蓮姫を思い返す。


ボロボロに傷付いた蓮姫の身体。


魂が抜けたような顔。


カインの怒りの声も脳裏に浮かび、久遠は己の不甲斐なさにただ右手を強く握りしめた。






【公爵邸】


「お姉様。今日はメイドに習ってリゾットを作ってみました」


「……………」


「見た目はあまり良くありませんが…どうぞ召し上がって下さい」


「……………」


ソフィアが蓮姫の口元へとスプーンを運ぶが、蓮姫はソフィアの方を見ようともしない。


「お姉様、もう一週間…何も口になさっておられません。どうぞ、少しでいいですから…」


「……………」


「っ!!お姉様ぁっ…」


蓮姫は微動だにしない。


口も開けず、指先一つ動かさない。


人形のようなその姿に、ソフィアはボロボロと涙を流したが、それでも蓮姫の表情が動くことはなかった。


カチャ


「ソフィア。お前も少しは休め。最近ろくに寝ていないだろう」


「お兄様っ!でもっ!お姉様はもうずっと休んでおられません!!それどころか食事だって!」


「あぁ。蓮姫は俺が見ている。誰か!ソフィアを休ませてやってくれ!」


部屋に来たメイドに連れられて、ソフィアはヨロヨロとした足取りで部屋を出て行った。


ソフィアはあの日からずっと、公爵邸に泊まり込み蓮姫の世話を買って出た。


しかし、ソフィアがどれだけ尽くしても、蓮姫の様子は一向に変わる気配が無い。


ろくに休まず蓮姫の側にいたソフィアだが、14歳の少女の身体はすでに限界だった。


「………蓮姫…」


レオナルドは蓮姫のベッドへと腰を下ろし、彼女の髪を撫でた。


レオナルドの正面に座る蓮姫だが、その目はレオナルドどころか、何も映していない。


ただ一点を見つめているだけ。


公爵邸に戻って来てから……いや、カインに引き渡された時から彼女は既に人形のようだった。


この一週間、蓮姫はなんの反応も示さない。


あまりの蓮姫の様子に見兼ねたレオナルドは、恥も外聞もプライドも捨て、彼女の友であるチェーザレと釈放されたばかりのユリウスを公爵邸に呼び、蓮姫に会わせた。


アンドリューや久遠、あの蘇芳が蓮姫を尋ねたこともある。



それでも蓮姫は、何一つ反応を返さなかった。



レオナルドは髪を撫でていた手を蓮姫の右肩へと移す。


包帯で巻かれ服の上からでは分からないが、大きな傷と火傷のあと。


医者の話では生涯…残るだろうと言われた。


「……蓮姫…」


「……………」


「何故……何も答えてくれない?」


「……………」


「何故…俺を見てくれない?」


「……………」


レオナルドは蓮姫の手をとると、片手で優しく撫でた。


何故こんな事になった?


あの時、蓮姫を無理矢理にでも一緒に避難させていれば?


庶民街へと情が移る前に公爵邸へと連れ戻していれば?


彼女ともっと心を通わせ、話し合っていたら?


レオナルドの中には後悔ばかりが浮かぶ。


今更いくら後悔しても…蓮姫の現状が変わる訳でもない。


それでも


「どうしたら……以前の様に笑ってくれるんだっ!」


力強く蓮姫の手を握りながら、レオナルドは泣き叫ぶ。


「姫として相応しく振る舞わなくてもいい!また勉学をサボろうと、街へと抜け出そうと!ユリウス様とチェーザレ様の元へと戻っても構わない!それでもいいっ!!だからっ……元のお前に…戻ってくれっ!」


悲壮なレオナルドの叫びが部屋にこだまする。


それでも蓮姫は…人形の様にただ座り、何も映していない瞳を前に向けるだけだった。



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