表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
349/433

海へと 5




翌日。


蓮姫一行はギルディストの親衛隊数名と共に、ブラウナード(りょう)港町(みなとまち)へと向かった。


数日前にギルディストへ連れてこられた時と同じように、騎士団が護衛する大きな馬車に護送されて。


目的の港町に着き騎士団と別れると、蓮姫達は親衛隊に案内されるまま船着場(ふなつきば)へ向かう。


案内された先には、豪華な造りの大きな船があった。


「大きな船ですね。これに乗るんですか?」


「はい。詳しい話は船の上で行います。どうぞ」


「わかりました。行こう、皆」


親衛隊達に促され、蓮姫一行、そして親衛隊達は船へと乗り込む。


「全員乗られましたね。それでは出港(しゅっこう)致します」


一人の親衛隊が船員達に合図すると、船は港から離れ出発する。


だが、その時。



「おーーーい!!待てよお前らー!!俺を置いていくなー!」



「っ!?この声!?」


港の方から聞こえる声に、蓮姫は船尾(せんび)へと駆け出した。


当然、従者一同も蓮姫を追いかけ船尾へと向かう。


そして全員同じ方角…今まさに離れようとしている港へと視線を向けた。


視線の先にいるのは声の主であり、蓮姫達もよく知る少年。


この数日、ギルディストで共に過ごした彩星牙(さいせいが)だった。


星牙はブンブンと両手を振りながら、蓮姫達へと声をかけ続けている。


「おっ!蓮いたな!他の皆も!おーーーい!」


「星牙!?なんでここに!?」


「なんでかは分かりませんが……ここにいるという事は、ついてきたんでしょうね」


呆れた顔で答えるユージーンに、火狼もまた同じ顔で声をかける。


「んな冷静に言ってる場合?旦那。アレどうすんのよ?」


「ほっとけ」


「ちょっと、ジーン。ほっとけって…」


「勝手についてきたんですよ?俺達も勝手に放っておいていいでしょう」


また無茶苦茶な自論を口にするユージーンだったが、蓮姫達の言葉など聞こえない星牙は構わず手を振り続けた。


「おーーーい!!待てってばー!蓮ーーー!!聞こえないのかーーーー!?…………はぁ…しょうがねぇ。ならっ!」


星牙は後ろを振り向くと、一直線に駆け出す。


そしてある程度走ると、再び蓮姫達の乗る船の方へ全力疾走してきた。


「まさか……飛び乗る気!?」


「とうっ!!」


蓮姫の予測は見事当たり、星牙は船着場(ふなつきば)(はし)まで行くと、勢いよく飛び上がった。


その跳躍力(ちょうやくりょく)は凄まじく、蓮姫達の目には飛んだ星牙の姿がゆっくりと映る。


そして段々と星牙の体は下へ下へと落ちていき…。


バッシャーン!!


最後には大きな水飛沫(みずしぶき)を上げながら、勢いよく海へと落下した。


「いや届かないんかいっ!?」


「普通に考えりゃ届かねぇだろ。あいつ魔力無いしな。飛べねぇし落ちるだけだ」


律儀(りちぎ)につっこむ火狼に、呆れ顔のまま淡々と呟くユージーン。


残火もまた呆れたように海に落ちた星牙を見つめていた。


「なんだったのよ?あいつ」


「……あいつ?……星牙」


「分かってるわよ!そういう意味じゃない!」


未月の言葉にまたギャンギャンと騒ぐ残火。


親衛隊達も船員達ですら星牙の行動に呆れ、中にはバカにしたように笑っている者もいた。


「ブハッ!!おーい!う、浮き輪!浮き輪投げて!浮き輪ぁーー!おいー!ちょっとぉ!また聞こえてねぇの!?」


なんとか泳ぎつつも手を振り、助けを求める星牙。


しかし誰も彼も星牙を助けるつもりなどない。


ただ一人、蓮姫を除いて。


「ふふっ。まったくもう」


蓮姫もまた苦笑を浮かべると、星牙に向かって手を伸ばす。


そして想造力を発動させると、星牙の体を浮かせて船へと引き寄せ、船へと乗せた。


蓮姫は衛隊達からの痛い程の視線を受け、すまなそうに「人命救助ですから。大目に見て下さい」と謝る。


意外にも彼等は頷き、何一つ文句を口にしなかった。


「うわっ!凄いな蓮!これが想造力ってやつか!?」


「そうだよ。でもそんなことより、なんでここに来たの?星牙」


「そんなの決まってるだろ!俺も海賊王討伐に参加する為だって!」


自信満々に告げる星牙の言葉に、その場にいる全員が驚いた。


星牙が勝手についてきたのは分かった。


しかし何故、海賊王討伐というギルディスト皇帝の勅命(ちょくめい)まで彼は知っているのか?と。


「星牙……海賊王討伐って?」


「昨日ギルディストで女帝に聞いたんだ!蓮は海賊王討伐に行くって!だから俺も一緒に!」


「ま、待って待って!エメル様本人から聞いたの!?」


「え?そうだけど?」


星牙の話はこうだ。


昨日…正確には夕食後、早々にギルディストを()とうとした星牙は、一応女帝に挨拶へと向かった。


その時に、この後は蓮姫達にも挨拶(あいさつ)すると告げたら、エメラインから「蓮姫ちゃん達は明日海賊王討伐の任務があるの。だからもう寝てるはずよ。休ませてあげてね」と言われたらしい。


「蓮!俺はお前に助けてもらった!女帝にスパイだって疑われた時も!闘技場の時も!だからさ!今度は俺が蓮を助ける番だろ!」


「……星牙」


「親父もよく言ってたんだ。『受けた恩は必ず返せ』って。だから俺も蓮達と一緒に行く!海賊王討伐なんて大変だろ?一人でも多い方がいいって!」


星牙のそれは真っ直ぐで純粋な善意。


そして、誰よりも尊敬する父親の言葉を貫く、という使命感。


「なぁいいだろ!頼むよ!蓮!!」


「そこまで言われると……断れないね」


苦笑いして受け入れる蓮姫に、星牙は満面の笑みを浮かべると両手を高く上げて喜んだ。


「ぃヤッターーー!!んじゃまたよろしくな!蓮!」


「ふふ。うん。よろしくね」


子供のように喜ぶ星牙を見て、今度は楽しそうに笑う蓮姫。


だが彼女の後ろにいたユージーンは呆れた顔を崩すことなく、ため息を吐いた。


「はぁ~……姫様はまた勝手に…」


「う゛!で、でも今回は首突っ込んだ訳じゃないし」


「そうですね。今回は姫様じゃなくこのクソガ…いえ、元帥殿の素晴らしいご子息の方ですから」


「おいおい。そんな褒めんなよ!照れんじゃん!」


「褒めてねんだよ、クソガキ」


ユージーンの嫌味が全く通じず、むしろ言葉そのままを受け取り照れる星牙。


そしてそんな星牙に冷ややかな視線を送るユージーン。


蓮姫はユージーンの言葉も一理あると思い、親衛隊達へと振り返ると彼等へと頭を下げた。


「勝手な真似をしてしまい、申し訳ありません。ですが…彼の同行をどうか許して頂けませんか?」


「いえ。弐の姫様がそう決めたのでしたら、我々は何も申し上げません。陛下からの御命令もありますので」


「エメル様から?」


今の言葉に首を傾げる蓮姫だったが、問われた親衛隊は表情を変えず蓮姫へと答える。


「弐の姫様の行動には一切口を挟まない、邪魔はしない。ただ見届けるように、との陛下からの御命令です。我々は弐の姫様の行動を制限する事も、また反論は勿論、意見する事もございません」


親衛隊の言い方に蓮姫は何処か引っかかるものを感じたが、星牙を受け入れてくれたのも事実なので、ここはあえて感謝だけに留める事にした。


「ありがとうございます。皆もいいかな?」


「姫さんが決めたんなら俺は従うだけよ」


「私も!私も姉上のご意志を尊重します!」


「……俺も…母さんの言う通りに…する」


「こいつを海に放り出したところで、また姫様は助けるのでしょう?なら俺も諦め…いえ、姫様に従います」


「今『諦める』って言いかけなかった?」


従者達も星牙の同行に対して、というより蓮姫に反対はしていない。


ちょっとユージーンの言葉だけ親衛隊の時より気になった蓮姫だったが、そんな彼等のやりとりを見ていた星牙は飛び上がるように立ち上がると、意気揚々と船首…前方を指さした。


「よっしゃ!いざ!海賊討伐にしゅっぱーつ!!」


『お前が仕切るな』と蓮姫、未月以外の全員の心の声が一致する。


星牙の登場というちょっとしたアクシデントはあったが、こうして蓮姫一行は無事に海賊王討伐に向けて出港した。




数分後



誰よりも意気込んでいた星牙は、船の(すみ)っこに座り込んでいた。


顔面を両手に抱えた(おけ)に軽く突っ込んで。


「ぅ……うぉおおぇえええええ……き、きもちわりぃ……うぷっ…うぇええ…」


「いやホント……お前何しに来たん?」


見事に船酔いをしている星牙に呆れながらも、火狼は優しくその背中を撫でてやる。


「星牙。船乗るの初めて?」


吐き続けている星牙の後ろから蓮姫が声を掛けると、星牙は(おけ)に突っ込んでいた顔を上げる。


その顔色は、かわいそうになるほど真っ青だった。


「ううん。……玉華戻る時…乗った。行きも…帰りも。そん時も吐いたけど…疲れてただけかなって。でもやっぱ…船酔いって慣れな……うっ!うぇええええ」


「なんで船酔いすんの知っててついて来たかね、こいつ。あ~あ、朝飯全部吐いちまったんじゃねぇの?」


再び桶に吐き出した星牙を見て、火狼は呆れつつもその手は止めずに星牙の背を撫でてやる。


蓮姫も困ったように首をひねった。


「う~ん。船員さんか親衛隊さん達…酔い止め持ってないかな?それかミントとかハッカのキャンディ」


「どうだろ?そもそも船酔いする奴は船に乗らんしね。あるかな~?」


もっともな火狼の言葉に蓮姫は苦笑する。


「なら、想造力で」


「姫様。いつ海賊が襲ってくるか分かりません。無駄な魔力の消費は控えて下さい」


蓮姫が想造力を発動させようとしたが、すぐさまユージーンがソレを止める。


今の今まで星牙を傍観(ぼうかん)していたというのに、流石の彼も蓮姫の事となると口を挟まずにはいられない。


蓮姫はまたムッとしたようにユージーンへと顔を向けた。


「無駄じゃないでしょ。星牙は大切な仲間だし。それに海賊と戦う為にも貴重な戦力だよ」


「そうでしたね。しかし、親衛隊が姫様と話をしたいようですよ」


「え?あ、そうか。詳しい話は後で、って言ってたっけ」


その時、丁度親衛隊達が蓮姫達の元へと集まり、一行はとりあえず詳しい話とやらを聞く事にした。


先程から何度も蓮姫に声を掛けている、男の親衛隊が前に出る。


ちなみに蓮姫達に同行した親衛隊、そしてこの船の船員達は全員が男だった。


「ではご説明させて頂きます。実はこの船」


「おぇえぇえええ」


「今回の任務の為に」


「うぉえぇええええ」


「ブラウナードの貴族から陛下へ」


「おぷっ!うぉろろろろろろろ」


「ごめん!話全然入ってこない!」


「あぁもう!なんなのよアンタ!!うぇうぇうるさい!ビチャビチャ不愉快!!何より臭い!!」


親衛隊の言葉に被せるように吐いてしまう星牙に、たまらず火狼はツッコミを入れ、残火はキレる。


星牙とてわざとではないし、苦しいのは星牙本人なのだが、素直な性格の彼は涙目になりながら謝ろうとする。


「ぅ…うぅ……ご、ごめんて、でも我慢出でき、うぷっ!!うぉおおおぇえええええぇぇ」


「……申し訳ありません、姫様。先程はああ言いましたけど…やっぱりお願いします」


「うん。今まさに、ジーンに止められても強行するつもりだったよ」


嘔吐が一向に治まらない星牙に、流石のユージーンもため息をついて蓮姫へと頼み込んだ。


蓮姫は星牙の背に手を当てると、想造力を発動させる。


すると星牙の顔色はたちまち良くなり、彼の中にあった吐気は一切無くなった。


「うぉっ!?な、なんだ!?もう気持ち悪くねぇ!全然平気だ!凄ぇ!!何したんだ蓮!?」


「だから姫さんの想造力だってば。話聞いとけよ、お前」


「そっか!とりあえずありがとな!あ、俺コレ片付けてくる!それと歯磨きしたいんだけど誰か案内してくんね?」


船酔いしてたらしてたでうるさかったが、元気になったらなったでうるさい星牙に蓮姫は苦笑する。


ちなみに他の者は未月以外、呆れ返っていた。


中には青筋を額に浮かべている者も……ユージーンのように。


そんな他者の反応どころか空気すら読めない星牙は、桶を抱え直すと船員の一人に案内されるまま、船内へと行ってしまった。


「…………………よろしいでしょうか?」


「はい。お願いします」


親衛隊は一つ咳払いをすると、改めて先程の説明を始める。


「では改めて。この船は今回の海賊王討伐の為に、ブラウナードの貴族から陛下へと差し出された物です」


あまりの船の豪華さに、蓮姫はギルディストの皇帝専用船かと思っていたが、どうやら違うらしい。


そもそもギルディストは海を持っていないので、船を持っているかも怪しいところだが。


よく見ると旗に描かれているのは、蓮姫達がギルディストで見た紋章(もんしょう)とは違うマークだった。


「そうなんですか?ギルディストの船ではなくブラウナードの貴族の船。この船を使うという事は…何か理由があるんですね?」


「はい。先程もお伝えしたように、この船はブラウナード貴族の船。掲げられている旗に描かれているのは、ブラウナードの紋章。海賊王達がよく狙う船と同じ物です」


前日のエメラインからの説明にも『海賊王はいくつもの商船や貴族の船を狙っている』とあった。


親衛隊のその言葉に、彼等が何を言いたいのか、何を説明するつもりなのか蓮姫はピンと来た。


「つまり……この船は、(おとり)なんですね」


「はい」


親衛隊の言いたい事を理解した蓮姫に、親衛隊も否定することなく頷く。


海賊王が狙う船に乗り、海賊王達が襲ってきた時そのまま討伐しろ、という意味だろう。


確かに、これは囮だ。


囮を使う作戦は討伐にもよく使われる手法でもある為、蓮姫はそれに驚きはしない。


だが蓮姫ではなく、彼女の従者である火狼がいつものように不満を口にする。


「弐の姫様を(おとり)にしようなんざ、素晴らしい作戦ですこと」


「我々も無礼は重々承知しております。しかし、海賊王の船は神出鬼没。奴等が現れるのは商船や貴族船を襲撃する時のみ。それ以外の目撃情報はなく、拠点も未だに掴めていないのが現状。この船を使用する事が海賊王を討伐する為に、一番確実な方法なのです」


「だからって!姉上を囮にするなんて!」


「残火。大丈夫だよ。それに狼も、ありがとう」


火狼だけでなく残火も不満を口にするが、蓮姫はやんわりと笑顔でそれを止める。


火狼はやれやれと苦笑いを浮かべるだけだが、残火は納得がいかないように親衛隊達を睨む。


ただ蓮姫から止められたこともあり、それ以上言葉を続ける事はしなかった。


「これが囮作戦だという事は分かりました。勿論、今更それを反対するつもりもありません」


「ありがとうございます。そして…更なる無礼を承知で、弐の姫様に申し上げたい事がございます」


「なんでしょう?」


「弐の姫様は、我らが陛下より『海賊王討伐』を命ぜられ、そしてソレをお受けになられました。陛下の御勅命を受けられたのなら、必ずや陛下の御期待にお応え下さい。そうでなくば……我等ギルディストの民は、弐の姫様を認める訳には参りません」


「分かっています。エメル様…いえ、皇帝陛下と皆様の御期待に応えられるよう、海賊王には全力で挑みます」


蓮姫は強い意志を込めた瞳で頷く。


これはあの闘技場のようにエメラインからの試練。


弐の姫として必ず()()げねばならないのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ