海へと 4
世界が流れていく中で、物事がいくつも同時に動き出す時がある。
そして大和、ギルディストからも遠く離れた…ある土地でも動きがあった。
ここは反乱軍の本拠地のある島。
地図には載っておらず、また一族でも限られた者でしか空間転移を許されない土地。
女王から、そして世界から隠された島。
そこで反乱軍を束ねる若様…一愛は部下から、彼にとってとんでもない凶報を聞かされる。
「弐の姫が生きているだと!?」
「は、はい。若様」
一愛は拳を握りしめ、顔面に血管を浮かべながら、怒りのまま目の前の男へと怒鳴った。
「何故……何故生きている!?死んだのではなかったのか!?」
「そ、それが……報告によりますと、弐の姫だけでなく…従者まで全員生存しているとのことです」
一愛から怒りを向けられ、目の前の男は頭を下げたままガタガタと震えて答える。
それが更に一愛の怒りを煽ると分かっていても、報告しない訳にはいかないからだ。
「っ!?クソッ!!」
ドンッ!!
一愛が怒りのまま後ろの壁を殴ると、あの時のように壁にはヒビが入りパラパラと崩れた欠片が散る。
(生きているだと!?ふざけるな!アイツは…13は殺されたのに…何故貴様のような害虫が生き残る!?この世界にとってゴミ屑以下の価値しか無い貴様が!!)
一愛は叫びたいのをなんとか堪えるように、唇を噛み締めた。
それでも怒りで体は震え、呼吸は荒く乱れていく。
(俺の世界に……俺と蓮が生きる世界に!貴様らは邪魔なんだ!女王も姫も!)
一愛は彼の愛する蓮を妻に迎える為に、誰にも邪魔されず、口出しもされぬよう、彼が王として君臨する道を選んだ。
一愛の望む世界とは、誰の邪魔もなく愛しい蓮と添い遂げられる世界。
だがその世界を作るには、今の女王、そして王位継承者である姫は、なんとしても排除しなくてはならない。
殺さなくてはならない。
(弐の姫!!貴様だけはなんとしても殺す!生き残った事を後悔させてやる!泣き叫び命乞いをしても!貴様だけは!必ず嬲り殺してやる!)
なんとか湧き上がる怒り、そして殺意を抑え込むと、一愛は再び目の前の男へと問いかけた。
「弐の姫は今…何処にいる?」
「ひゃ、ひゃい!ほ、報告によりますと…ぎ、ギルディストにございまふ!」
「ギルディストだと?」
怯えてまともに喋れなかった男だったが、一愛の欲しい情報部分はしっかりと答えた。
それ故に、一愛は眉をひそめる。
「よりにもよって……ギルディスト。あの女帝の国か。奴等は何故ギルディストに?」
「く、詳しい経緯までは。ただ…強き者を好む女帝は、大層弐の姫を気に入っているようです」
「ギルディストの女帝に気に入られただと?弐の姫がか?ハッ。女帝はもう耄碌したのか?それとも弐の姫が汚い手を使ったか……益々気に食わん女だ」
憎い弐の姫への悪態をつく一愛だったが、実は内心焦っていた。
ギルディストの強さは世界中の誰もが知っている。
その難攻不落な強国に居るとなると、簡単には手を出せない。
(今は大事な時期だ。王都攻略の為に無駄な戦力は割けない。だがどうにかしてギルディストに……いっそ俺が…単独で)
「わ、若様ぁーーー!」
「っ、騒々しいな。なんだ?」
一愛の考えを遮るように、別の男が慌ててこの部屋へと入ってきた。
男はゼーゼーと息を切らしながら、なんとかその場に跪くと、顔だけ一愛へ向けて再び叫ぶ。
「ご、ご報告致します!じ、実は今!『はぐれ者』達が!!」
男が一愛に報告とやらをしている最中、彼の喉元に短剣が突きつけられる。
「その『はぐれ者』という呼び名。いい加減やめて頂けませぬかな?」
「ひぃっ!?」
後ろから短剣を突きつけられた男は、涙目で怯える。
しかし後ろにいた男……白髪の混じった黒髪をした男は、短剣を離すことなく一愛へと話しかけた。
「ご機嫌麗しゅう、若様。前回の会合以来でございますが……そのご尊顔を見る限り、弐の姫や女王を殺す決意をされたという話は真のようですな」
「……何故ここに来た?イアン」
「一族として、若様の火急に駆けつけるは当然かと」
「はぐれ者が何を言うか」
先程から会話に出ている『はぐれ者』。
これはこの男イアン…そして彼の束ねる一族を指している。
反乱軍とは世界中にいくつもの団体が散らばっているが、その全てを束ねる者は、直径末裔であり当主でもある……反乱軍全員に若様と敬われる一愛のみ。
反乱軍の誰もが一愛を敬愛し、崇め、称え、彼を、そして彼の家系を王とする為に奔走してきた。
しかし『はぐれ者』と呼ばれる彼等だけは違う。
彼等…特に長であるイアンは、各地に散らばる長同士が年に一度集まる会合には参加するものの、他の作戦には一切関与しない。
それはこのイアンだけでなく、先代も、更にその先代達も同じだった。
一愛の、そして彼の父にも祖父にも忠誠は誓わず、ただ『女王を廃する』という同じ思想を持つだけの存在。
そんな者達の代表とも言えるイアンは、一愛の目を真っ直ぐに見つめて言葉を返した。
「その『はぐれ者』の汚名、返上したく馳せ参じました」
「なんだと?何故今になって?」
「我々が若様や直系の方々に従わぬ理由は、若様とて……いえ、若様だからこそ、ご存知のはず」
「………そうだな。『はぐれ者』とは呼ばれているが、お前達の考えは…一族の中で唯一まともだと……俺も思う」
一愛は苦々しげに呟くと、イアンもまた目を伏せた。
「若様はとても聡明でいらっしゃる。若様は黄金の瞳は持たずとも、銀の髪を持ち、長い一族の歴史の中で最も強い魔力を持ちお生まれになった。ですが女王や王座に全く関心が無いと聞いた時は、酷く落胆したものです」
「はぐれ者に落胆されようと、俺も一族も何も感じないがな」
「意地悪をおっしゃいますな。しかしそんな若様は今、女王と姫を廃し、自らが王となる決意をされたとのこと。なんと喜ばしいことか。王に相応しい力を持った方が、王となる。今こそ我々は、若様に忠誠を誓いましょう。その証に……若様が誰よりも殺したいと願う女……弐の姫を殺して参ります」
イアンは男から短剣を引き、一愛の前に改めて跪く。
すると、彼の背後に何人もの男達が現れた。
「この者達は我が一族、我が同胞の中でも極めて優れた戦士達。この者達と共に、弐の姫を殺す許可を頂きとうございます」
「俺の為に弐の姫を殺す…か。ありがたい申し出だが……一族でない者も混ざっているな。そんな者を連れ、俺を今まで蔑ろにしていたお前を、今更信用出来ると思うか?」
その一愛の言葉に、イアンではなく、後ろに控えていた男の一人がピクリと反応する。
一愛は歩き出すと、その男の前で立ち止まった。
頭部のほぼ全てを包帯でグルグル巻きにした男。
唯一包帯が巻かれていないのは、伏せられた彼の右目だけ。
「お前……一族じゃないな。何者だ」
「俺が何者かなんて、どうでもいい。俺は女王を殺したい。姫共を殺したい。それだけだ」
そう話す男の体からは、殺気だけでなく、どす黒い怨嗟のようなものが出ている。
あまりにも禍々しい気配。
だが包帯を巻いているのに、血の匂いも薬の匂いも一切しない。
この包帯は顔を隠しているのだと、一愛は見抜いた。
「…………その包帯を取って顔を見せろ」
一愛に言われ、男は抵抗することなく包帯をシュルシュルと解いていく。
現れた男の顔に……一愛は言葉を失う程に驚いた。
自分と大して変わらぬ歳のようにも見えたが……その頭髪は真っ白。
顔の左側は酷く抉れ、左目には瞼が無く、くすんだ眼球が剥き出しになっている。
そして何より一愛が驚いたのは……男の瞳。
白目である部分は真っ赤に染まり、真ん中にある黒目は禍々しい光を放っている。
まるで化け物のような顔。
そんな男の恐ろしくも醜い顔を間近で見た一愛は、怯みそうになりながらも、なんとか威厳を保ちつつ、彼に問いかける。
「何故女王を恨む?教えれば、お前が一族と共に戦う事を許そう」
一愛の言葉に、白髪の男はギリと歯を食いしばると、憎しみのこもった声で叫んだ。
「俺は女王に家族を……妹達を殺された!!」
その叫びはまるで獣……いや、化け物の咆哮。
男が叫んだだけなのに、この場の空気はビリビリと痺れ、一愛の体や他の者達の体に響く。
それ程までに、この男の女王への怒りは強かった。
先にいた二人の男……一愛に報告に来た男達は、あまりの圧に失神してしまった。
それ程までに………この男の女王への恨み、そして憎しみは凄まじい。
男は眼光だけで人が殺せる程に、一愛を睨みつける。
それは彼の言葉からも女王に向けたものだと思っていたが……何故か自分達にも向けられているように一愛は感じていた。
それでも……ここまで聞いたのなら、その先を尋ねずにはいられない。
好奇心も相まって一愛は更に男へと問いかけた。
「何故女王がお前の妹を殺す?お前の妹達は女王に何をした?」
「女王に何かしたかだと!?あいつらは!妹達は何もしていない!なんの力も持っていなかった!妹達はメイドとして女王に仕えていただけだ!女王を命の恩人としてだけではなく!母のように慕っていた!それなのに!」
「なに?」
「そんな妹達を女王は殺した!俺の家族を!たった二人残された俺の家族をだ!だから殺す!女王も壱の姫も!妹達が殺される原因になった弐の姫も殺す!俺が必ず!殺してやる!!」
激しく憤る男の姿。
醜い化け物にしか見えないその顔は…どこか泣き叫んでいるようにも見える。
女王や姫を殺すと言う目の前の男に…一愛は自分と同じものを感じた。
「………復讐…か」
男を見ながら一愛はポツリと呟く。
この男の気持ちを、一愛は痛いほど理解出来る。
大切な者を殺した者への復讐。
大切な者を殺されたからこその復讐。
それは一愛の中にも、確かにある感情だからだ。
「若様。私からもお話してよろしいでしょうか」
「………かまわん」
イアンの言葉に一愛が頷くと、イアンは化け物のような男にチラリと視線を向けて話し始めた。
「この男はかつて、女王に仕える五将軍の一人、天馬将軍の副官を務めた者です。孤児の為に縁故もなく、己の剣のみで副官まで伸し上がり、将軍にも信頼されていたとか。実力は申し分無いと思われます」
「なるほどな。今のお前達の話を聞けば、この男の実力、そして女王への殺意、憎悪は本物だと言える。………いいだろう。一族を束ねる者として、この男がお前達と共に行動する事を許す」
「ありがとうございます、若様」
「しかし……元とはいえ将軍の副官なら王都にいたはず。イアン、どうやってコイツを王都から連れて来た?」
「足を運んだのは私ではなく、この者です。この者は一族が暮らす村の一つに現れたのです。そこが『反乱軍』と呼ばている我々の仲間の村だと知って」
「一族の村だと知っていた?」
イアンの言葉に一愛は眉をしかめる。
反乱軍と呼ばれる一愛の一族は、世界中に点々としており、この島以外にも拠点と呼ばれる場所はいくつもある。
だがその全ての正確な場所は一族、それも長達と若様である一愛しか知らない。
巧妙に隠されていたり、結界で外界と隔たれていたり、一族である事を隠して普通の村として存在しているものばかり。
それなのにこの男は、一族の土地に現れた?
何故この者はそこが一族の…反乱軍の村だと知っていた?
一愛は男を警戒しながらも、視線をイアンから男へと戻す。
「貴様……何故村の存在を知っていた?」
「俺は手紙にあった場所に行っただけだ。知っていたのは俺じゃない」
「手紙だと?誰からだ?」
「知らない。手紙は妹達を埋葬した後に届いた。名前もなく筆跡も知らないもの。俺が読み終わると、手紙は塵となり勝手に消えた」
「受け取った場所は?」
「王都にある俺の家。気がつくとテーブルにあった」
(なるほどな。魔法で作られ、送られた物か。消えたのは証拠を残さぬ為。一族の者は誰一人として王都には潜り込んでいない。王都に一族の居場所を知る者がいるのか?一体誰が?)
一人思案する一愛だったが、ここで彼が頭を悩ませても答えなど出るはずもない。
「王都には内通者……女王への裏切り者がいるようだな。調べてみるか」
「そうなさる方がよろしいかと。今後に控えている王都攻略にも役立つやもしれません」
「お前に言われるまでもない。しかしイアン。お前の村に現れたこの男、よく受け入れたな」
「この者が来たのは私の村ではありません。しかし私はその日…その村に滞在しておりました」
イアンの言葉は本当だった。
小さな村だろうと、大きな集落だろうと、長達は定期的に会って直接の情報交換をしている。
その日はたまたま、イアンがその村に訪れていた日だった。
「他の者はこの者の言葉に耳を貸さず殺そうとしましたが、誰一人として太刀打ち出来ませんでした。その強さと女王への憎しみは本物。この者は一族の為に役立つと私は判断しました」
「そんな判断をするのは、数ある一族の中でも、はぐれ者の長であるお前だけだろう」
「ふっ。私もそう思います。だからこそ、こうも考えるのです。これは偶然ではなく必然だと。人と人との縁は…定められている運命だと。我々は出会うべくして出会った。同じ敵を討つ為に」
「ふん。普段は聞き流す所だが…その言葉、確かに一理ある。ならば俺は改めて命じよう。イアン、そしてここに集いし者達に告げる。弐の姫を殺してこい。この世界の安寧の為に」
一愛の言葉に、イアンとその部下達…そして化け物のような顔をした男は一愛に向け深く頭を下げる。
「御意」
「しくじる事は許さん。決してな。もし弐の姫を殺せなかったその時は……お前達全員、その命で償え」
「心得ております。必ずや若様に吉報をお届けすると誓いましょう」
「その言葉、忘れるなよイアン。違えることは許さん。この俺が…一族全てを束ね、いずれこの世界の王となる俺がな」
「そのお言葉、しかと胸に。では我々はこれから海へ向かいます」
「海?ギルディストでは無かったのか?」
「はい。弐の姫はどうやら………」
一愛がイアンと話している間、あの男は頭を少し上げると一愛を睨みつけていた。
バレぬよう必死に……全神経を使って、湧き上がる殺意を隠しながら。
(15年前……俺の両親と、まだ赤ん坊だった弟を殺したのはお前らだ。反乱軍の頭はこれでわかった。………待っていろ。最初は弐の姫。次に女王と壱の姫。クソ女共を殺した次は……てめぇを殺す。必ずな!)
大和で稀代の陰陽師である安倍晴明が久遠に告げた予言。
ある三つの大きな光の邂逅。
その未来は、確実に迫っている。
三つの光は動き出した。
邂逅する未来は………もうすぐ。