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閑話~エメラインと死王~ 6



「うああぁぁああああぁ!!」


手も足も無くなり胴体のみになった兄上は、ゴロゴロとリングに転がった。


兄上が動く度に鮮血が飛び散り、リングは真っ赤に染められていった。


あまりの惨状(さんじょう)に観客達は吐き出したり、失神したり、逃げ出す者まで現れ闘技場は大混乱に(おちい)った。


私も必死に自分の中の様々な感情を抑えながら、彼等を(しず)める為、更なる事故へと繋がる事を避ける為、騎士団や親衛隊達と奔走した。


それなのに……私の脳内には、遠く離れたリングにいるはずの、兄上と彼の声が響いてきた。


聞こえるはずのない二人の会話は、この広い会場、大勢の人々の中で私にのみ聞こえた。


それは親切でも嫌味でもなんでもない……()いて言うなら、ただの気まぐれだった彼の魔法によって。


「痛い!痛いぃいいいい!!何故!?何故ぇええええ!!」


「何故?あ、なんで木刀で斬れたかってこと?そんなの強い奴が素早く振れば木刀でも肉切れるからね。音速ってやつ?速さは時に何よりも強い攻撃力を……って、ちゃんと聞いてるの?」


彼が呑気(のんき)に説明していても、兄上の耳にはそんな言葉は届かない。


届くはずない。


兄上の心は今、死への恐怖と絶望しか無かったのだから。


「何故だぁ!何故私を裏切ったぁ!殺すのは私じゃない!あの小娘だと言ったではないかぁ!!」


「ううん。僕が死んで欲しいのは君だよ。き~み。僕の望みは君が死んであの子が生きること。僕はあの子を殺さない。だってあの女の子の方が強いもん。楽しいもん。僕はこれから、あの子とずっとずっと楽しく遊ぶんだぁ」


ニコニコと楽しげに呟く彼の声。


今度は兄上に届いたらしく、兄上は必死に彼へと叫んだ。


「お、女など!男と違って直ぐに弱くなる!直ぐに力が(おとろ)える!だから皇帝に相応(ふさわ)しくないのだ!生きていても意味がないのだ!この馬鹿者めぇえええ!」


「え?そうなの?女の子って直ぐ弱くなっちゃうの?それ困るんだけど」


「助けろ!早く私を助けろ!死んでしまう!私は皇帝だ!助けろ!命令だ!早くしろぉおおお!」


兄上は必死に自分を助けるよう彼に懇願(こんがん)……いや、命令していた。


ここまできても、死を目前にしてもまだ皇帝として振る舞う兄上。


皇帝どころか、皇太子ですらないのに。


そんな兄上は、ただひたすら(みにく)く、ひたすらに(みじ)めだった。


でも兄上に同情する私とは違い、彼が兄上に掛ける言葉は、声は、嫌悪感(けんおかん)に満ちていた。


「だから。なんで僕が弱っちぃ人間の言うこと聞かなきゃなんないの?………ムカつく。もう喋んないでよ」


「助けろっ!私を助けろぉ!私は皇帝だぁ!助けろぉおおお!」


「人間の生命力はゴキブリ並ってよく言うけどさ。手足切り落とされてもまだ死なないでギャーギャー騒ぐとか、ゴキブリも真っ青だよね。このままほっといたら失血で死ぬけど……僕がもう君みたいな弱い人間の声聞きたくないんだ。本当に君みたいな人間……」


私が彼の殺気に気づきリングへと目を向けると、そこには木刀を兄上の顔の真上に構える彼の姿。


彼がこれから何をするかなど、誰にでも分かる。


当然、兄上にも。


「ひぃっ!!やめっ!」



「大っ嫌い」



ドスッ!


彼は躊躇(ためら)いなく、木刀を兄上の顔に刺した。


兄上の体はビクビクと痙攣(けいれん)していたけれど、直ぐにそれは動かなくなった。


その直後、闘技場全体にある者の声が響き渡った。


絶命した兄上ではない。


それは兄上を愛した……父上の叫び。


「その者を()らえよ!!そやつは闘技場にて絶対のルールを破りおった!神聖なる闘技場を血で(けが)しおった!それは万死に値する重罪!それは誇り高き我等ギルディストの民への侮辱(ぶじょく)!直ぐに捕らえよぉおおおおお!!」


歩くどころか、支えられなければ立つことすらままならない程、病に(おか)された体のはずなのに、父上は誰の力も借りず、仁王立ちで叫ばれた。


父上は烈火のごとく怒り狂っていた。


愛する息子を目の前で惨殺(ざんさつ)されたのだから当然だった。


それでも兄上のように泣き叫んだり、取り乱したりはしなかった。


体は怒りで震え、顔は真っ赤に染まり、目に涙を浮かべても決して流すことは無い。


どのような時でも民に弱さは見せない。


父ではなく皇帝として振る舞われる。


それはまさに……強国ギルディストの真の皇帝に相応しいお姿だった。


兄上が殺されそうだったというのに、リングに近づく事すら出来ない臆病者の集まりとなった騎士団。


そんな彼等も父上の言葉で奮起(ふんき)したのか、大勢で彼を取り囲んだ。


でも誰よりも強いはずの彼は木刀を捨てて、一切の抵抗なく騎士団達に縛られ連行されて行った。


父上は彼の姿が見えなくなると、皇帝専用の閲覧席から立ち去り、自分の姿が国民に見えなくなった場所で倒れられた。


私も親衛隊達に後は任せ、父上の元へと駆けつけた。






夜になり、父上も目を覚まされたが、もはや長くないのは誰の目にも明らかだった。


父上は私を呼ばれると、か細い声で最後の命を下さった。


「……エメライン……愛しい…可愛い……我が娘よ。……そなたの兄を…殺した……あやつを…処刑せよ。……(わし)はもう……ここから動けぬ。……頼む。……誇り高き…(わし)の息子の…無念を……兄の仇を……お前の手で……」


父上の誇り高き息子など、何処にもいない。


とうの昔に死んでしまった。


あそこで死んだのは……皇帝という野心に囚われ、父も妹も殺そうとした男。


国民を(あざむ)こうとした大罪人。


私の愛しい彼が殺したのは、私の愛した兄上でも、父上の誇り高い息子でもない。


彼が殺したのは…誰よりも醜く、哀れな男。


それでも……もう死んでしまう父上に…何も知らず兄を深く愛している父上に、全てを話すことなど………出来なかった。


「………かしこまりました。兄上の仇は……父上に代わり、必ず私が」


私の言葉を聞くと、父上は安心したように再び眠られた。


父上はこのまま二度と目を覚ます事無く、兄上の言っていたように数日で息を引き取られた。


亡くなる前に、父上には『彼を処刑した』という嘘の報告をして。



私は闘技場が開催されたその日の夜…まだ父上も存命中だったあの日……彼に会いに再び地下牢へと行った。


護衛も供も、誰一人としてつけることなく。


警護の者には『兄上を殺した者へ罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせたい。皇太子らしからぬ姿の為、誰にも見られたくない。聞かれたくない』と伝えたら、彼等も泣きながら私の要望に応えてくれた。


優しい彼等に嘘をつくのは申し訳なかったけれど、私は一人彼の牢の前へ行った。


彼は寝ていたけれど、私の気配で直ぐに目を覚ました。


「…………んぅ?…ふあぁ~……あ、君か。おはよ。もう朝?」


「まだ夜中よ」


「そうなの?夜中なのに僕に会いに来たの?まぁいいや。僕も君に聞きたい事あったし」


「貴方が?私に?」


私がここに来たのは、何故兄上を殺したのか彼に聞きたかったから。


でも彼の方も私に聞きたい事がある、というのは意外だった。


何を聞きたいというのか?


「あのさ……人間が弱くなるのは知ってるけど、女の子は直ぐ弱くなるってホント?君も?」


「………本当よ。どんなに鍛えようが、女は男より早く体が(おとろ)える。弱くなる。私も例外じゃない。だから女が……子供を産むのかもしれないわね。強い者を産む為に」


どんなに強くなっても、才能に恵まれても…人はいつか必ず弱くなる存在。


老いていくのは自然の摂理(せつり)であり、全ての生き物に当てはまる道理。


私もそう。


だって私は……どんなに強くても、人間の女でしかないから。


私の答えを聞いて、彼はあからさまに落ち込んでいた。


「はぁ~………本当だったんだ。つまんないの。そんな事聞いちゃったらさ……やる気なくなっちゃう。結局は君も……弱い人間でしかないんだね」


そう呟く彼の声、姿、まとう空気、全てから落胆(らくたん)を感じた。


彼は私と……いや、強い者と戦うのが何よりも好きだと言っていたから、それは当然の反応だった。


「私からも聞かせて。どうして……兄上を殺したの?」


私は改めて彼に問いかけた。


ここに来た私の理由を。


ある意味、彼の答えも分かりきっていたようなものだったけれど。


「え?そんなの嫌いだからだよ」


「嫌いだから?………それだけ?」


「うん。僕ね、弱い人間が大嫌いなんだ。あいつら生きてる価値無い。見てるだけで虫唾(むしず)が走る。あいつもそう。だから殺したの」


そう話す彼に、私も納得してしまった。


兄を殺された妹として、本来なら私は怒り狂うべきなのに。


それこそ罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせるべきなのに……彼の言葉を聞いても兄上を(いた)む気持ちは、欠片(かけら)も湧かなかった。


「そんな事よりさ~、君が弱くなるとかマジで困るんだけど。久々に強い子と会えて嬉しかったのに~」


「それは…ごめんなさいね。でもこればかりは仕方のない事よ。でも当分は強いままのはずだから」


「それでも10年くらいしか楽しめないじゃん。あ~あ、10年なんてあっという間だよ。君が直ぐ弱くなるなら、僕がギルディストにいる理由も無いね」


「そんな……」


彼がギルディストを離れようとしていること、私が弱くなる事にガッカリしている事が……寂しくて…悲しかった。


「だってもっと楽しめないと嫌だよ。楽しい事無いとつまんないんだもん。だから僕は強くて楽しい奴を探しているの。無駄に生きるのって辛いんだよ。これから先も僕は生きてるんだから」


「無駄に生きる?でも貴方だっていつかは弱くなるわ。人間なら誰しも」


「僕は弱くならないよ。多分これ以上強くもならないけど…でも弱くなる事も無い。僕は人間じゃないし、僕の体は衰えないからね」


「何を言って…」


彼が何を言っているのか、わからなかった。


でも聞くのは彼が何を言っているのか、ではないと何故か思った。


聞くべき言葉は他にあるのだと。


「…貴方は………何者なの?」


「僕?魔王だよ。死王(しおう)。決して死なない、この世界で唯一無二な不死身の存在」


震える唇で問いかけた私の言葉に、彼はシレッと答えた。


それはもう簡単に、なんの感情もこもっていない声で。


でも彼の言葉を聞いて……私は自分の口角が上がるのを感じていた。


頬に熱が集まるのを感じた。


自分は笑っているのだと……全身で喜んでいるのだと。


私の愛した彼は人間ではなかった。


それがとてつもなく………嬉しかった。


彼が弱い人間などではない、絶対的に強い存在だと知り………彼への愛おしさは増していた。


「………そう。ふふっ。そうなのね」


「なんで笑ってるの?」


「嬉しいからよ。そして……愛しいからよ、貴方が。自分の気持ちに気づいてはいたけど……今ハッキリと分かったわ。私は強くて、狂気に満ちた貴方が好きでたまらない。私は貴方を、愛しているわ」


「そうなの?うん。僕も君が好きだよ。愛してる」


「ありがとう」


お互いに相手を愛しいと伝え、笑い合う私達。


どう考えても普通じゃない。


全く常人には理解できないだろうと思う。


でも確かに……私と彼はお互いを愛していた。


今もそう。



私は変わらず………彼を……彼だけを愛しているから。



そんな中、彼は思いついたように私へ…ある提案をした。


「そうだ!女の子は子供が産めるんだよね。いい事思いついたよ!ねぇ!僕の子供産んで!」


「えっ!?な、何を言って!」


「君は強いよ!今の君は本当に強い!それに僕も強いでしょ!だから僕と君の子供が欲しいんだ!強い子供がね!そうしたら僕はまだまだ楽しめる!」


今度こそ彼が何を言っているのか、本当に意味がわからなかった。


皇太子という事もあり、知識はあっても経験なんて無い。


私と子供を作るという彼に、ドキドキと胸が高鳴った。


でも、彼が言う子作りは私達人間とは全く違ったけれど。


「僕の魔力を君に植え付けるよ。そうしたら君は僕の子供を…分身ともいえる存在をその身に宿すんだ。君から産まれるから、多分その子は人間だけど……でも強い僕と強い君の子供なら、間違いなくその子は強くなる」


「強い子供が欲しいから……私に貴方の分身を産んでほしいの?」


「うん!君が産んだ子供が強くなったら!僕はその子供と殺し合いをするんだ!必ず遊んであげる!だから産んで!僕と君の子供を!」


嬉々として語る彼に、私もまた胸が高鳴った。


愛しい男の子供を、この身に宿せる。


その事実に……私は女として、至上の喜びを感じていた。


過程や目的などどうでもいい。


それすらも愛おしいと思える程、私は彼を愛していた………いえ、愛しているから。


「いいわ。貴方の子供…私に産ませて」


「あはっ!ありがとう!じゃあ、こっち来て」


私が牢の直ぐ前まで行くと、彼もまた私の目の前に来た。


私達の間に柵はあっても、()れようと思えば()れられる距離に。


そして彼は手を伸ばすと私のお腹に触れた。


「僕の子供はきっと僕にそっくりだから、この国の人間達の記憶からは僕の姿をぼかしておくね。僕かなり嫌われたし、その方が育てやすいでしょ?あ、人間の子供は産まれるまで10ヶ月くらいだっけ?」


「そうよ。でももう少し時期を早める事は出来る?少しでも怪しまれないように」


「出来るよ。じゃあ…………半年後。6ヶ月経ったら産まれるようにするね」


彼の言葉の後、私は腹部に熱が集まるのを感じた。


その瞬間……私は彼との子供を宿したのだ、と確信した。


私は彼の手の上から自分の手を重ねて、この上ない喜びを感じていた。




いつまでもこうしている訳にもいかず、私達はその日、今後の段取りを決めて別れた。


次の日、私は皇太子として、この国の皇子…兄を殺した犯罪者である彼の処刑を決行した。


でも当然、私は彼を処刑なんてしていない。


本来なら斬首刑のところ、私は皇太子の権限を使って火刑にした。


『兄を殺した劣悪非道(れつあくひどう)な犯罪者の姿を、これ以上民に見せたくない。私も見たくなどない』と騎士団や親衛隊達…国民には嘘をついて。


彼を袋詰めにして、更にその上からグルグルと縄を巻き棒に(くく)りつけると、(はりつけ)にして騎士団達に槍で刺させた後、魔道士達の魔法によって火あぶりにした。


彼は燃やされている最中に空間転移で逃げ出せたし、彼には串刺しなど意味は無いと知っていたから。


魔道士達には『骨も残さないように』と伝えていたので、亡骸(なきがら)が無くても怪しまれる事は無かった。



処刑が終わった夜……彼は私の部屋のバルコニーの前に現れた。


フワフワと宙に浮かぶ彼は満足気に微笑んでいたけど、きっと私も同じ顔をしていたと思う。


「やぁ、こんばんわ。それとお疲れ様だったねエミリ。あれ?エマだっけ?」


「エメラインよ。私の名前はエメライン」


「そうそう。じゃあエメル。僕はこのままギルディストを出るから。後はよろしくね」


「えぇ。任せてちょうだい」


私のお腹を見つめながら呟く彼の言葉に、私もまた自分のお腹をそっと両手で撫でた。


「私と……貴方の子供…。ここにいるのね」


「そうだよ。この子は僕と君の子供。宿してくれてありがとう。これで僕にも楽しみが出来たよ」


「私も……ありがとう。私、凄く幸せよ。貴方の子供を宿せた事が……貴方との子供を産めることが。……必ず産んで、強い子に育てるわ。だから……必ず会いに来てね。私達に」


「うん。必ず会いに来るよ。…じゃあ、僕はもう行くね」


ふわりと高く飛ぼうとする彼だったけれど、私は彼を引き止めた。


まだ彼に聞いていないことが……どうしても聞きたい事が、知りたい事があったから。


「あ、待って!行く前に、貴方の名前を教えて!」



「僕の…名前?……………ふっ。……いいよ。君になら教えてあげる。大切な友達から貰った…僕の名前。僕の名前は………」




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