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閑話~エメラインと死王~ 4


私がずっと求めていたのは、私を愛する兄上でも、病気の父上でも、私に仕える者達でもない。


私より弱い者達ではない。


私は目の前の少年と同じ。


私は強い者との戦いを……渇望(かつぼう)していたのだ。


自分でも気づかなかった真の望みが叶い、私の心は幸福で満たされていた。


全てはこの少年……彼のおかげ。


「あははっ!いい顔になったね!楽しいの!?」


「楽しいっ!楽しいわ!!私は楽しくて仕方ないのっ!心の底からぁ!」


満面の笑顔で私に剣を向ける彼に、私もまた溢れんばかりの笑顔でデイサイズを向ける。


ガン!ガガンッ!ガキィ!


お互いの刃が激しくぶつかり合う金属音。


ザシュッ!ブシッ!


お互い本気で相手を殺そうとしているからこそ、刃が体を(かす)めて、その度に血が吹き出す。


その(にぶ)い金属音や血しぶき……体に走る痛みすらも心地よくて…。


私とまともに刃を交える事の出来る彼の存在が……私は嬉しくてたまなかった。


「もっと!もっとよ!もっと激しく私に打ち込んで!もっと私を楽しませて!!もっともっと殺し合いをしましょう!!」


「君ってホント最高だよ!いいよ!僕も楽しい!もっと遊ぼうよ!!」


どちらも武器を下ろすことなく、ただひたすら、相手に攻撃を仕掛け続ける。


相手を殺す為に。


自分が相手を殺すのが先か?


相手が自分を殺すのが先か?


どちらだろうと構わない。


彼を殺そうが、自分が死のうがどうでもいい。


私達はただこの遊びを……殺し合いを心から楽しんでいた。


でも楽しい時間など、いつまでも続くはずも無い。


初めて全力で、それも大人ですら持つのがやっとな重量のデスサイズを振るい続けた私の手が(しび)れてきた頃。


彼の張った結界からピシッと音が聞こえた。


二人同時に音の方を向くと、そこには結界のヒビ。


そのヒビは段々と広まり、ビシッ!バキッ!と大きな音を奏でた。


「あちゃ~。あんまり楽しくて結界に使ってた魔力が(おろそ)かになっちゃった。これじゃもうダメだね。壊れちゃう」


「結界が……壊れる?」


「うん。初めて使った結界だしね。まだ慣れてないんだ。……今度からあの村の結界、これにして練習しようかな」


彼が訳の分からない話をしている間に、結界は音を立てて崩れていった。


赤い光が外から差し込み、いつの間にか夕方になっていたのだと私はその時になってやっと気づいた。


時の流れなど全く感じない程、私は彼との殺し合いに没頭していたから。


「殿下!」


「皇太子殿下!ご無事ですか!?」


「貴様!殿下から離れろ!!」


結界が消えた事で、外にいた騎士団や親衛隊が彼に剣を向け、一斉にこちらへ駆け出した。


「あ~あ、時間切れだね」


「ふふっ。そのようね。でも……楽しかったわ」


「うん。僕もすっごく楽しかったよ!」


お互い服もボロボロになり、傷だらけで血を流しながらも、私達はニコニコと笑みを交わした。


そんな私達を見て、集まっていた人々は困惑していたけど。


そんな彼等に向けて、私は更に彼等を困惑させる言葉を告げた。


「皆さん。彼を捕らえてはいけませんよ。彼には近々……闘技場に出て頂きます」


「殿下!?何をおっしゃるのです!?」


「このように狂った重犯罪者!直ぐに処刑すべきです!」


「闘技場に出場させるということは、罪人に恩赦(おんしゃ)を与えるということ!それでは死んだ仲間や隊長が浮かばれません!」


当然、私の提案は騎士団達にとって聞き入れられるようなものではなかった。


それに集まった貴族達もヒソヒソと私への陰口を言っていた。


「女は感情的な生き物と言うが、皇太子様も例外では無かったな」


「あのような結界で、長時間も男と二人きり……本当に決闘をしていたのかも怪しいわい」


「やはり早々に皇太子の座を皇子様にお返しすべきだろう」


誰も彼もが私へ、落胆や軽蔑といった冷たい視線を向けた。


でも一人だけ……私の意見を受け入れた人がいた。


「皇太子様。ご無事ですか?」


「はい、兄上。何度も死ぬかと思いましたが……こうして生きております」


「それはようございました。では……先程のお話は、皇太子様がその者と戦った故に出された結論なのでございますね」


「はい。兄上のおっしゃる通り、彼はとてつもなく強いです。私は生まれて初めて……全力で戦いました。そして彼は、そんな私と互角に戦ったのです」


私のその言葉を聞き、その場にいた全員がザワついた。


彼に剣を向けていた騎士団や親衛隊の中には、青い顔をして持っていた剣をカタカタと震わせていた者もいた。


ギルディスト最強である私と互角に戦える彼を、ただの騎士団や親衛隊である自分達では叶わないと悟ったのか。


いいえ……彼等はただ単純に、相手は自分より遥かに強い存在だと知って恐怖に震えていたのね。


「では皇太子殿下。闘技場の準備は私が早急に進めましょう。明日には開けるかと思います。殿下は陛下にご報告を。殿下のお話ならば、陛下もきっと頷くでしょうから」


「よろしくお願い致します。兄上。では私はこれで」


「え?君どこか行くの?じゃあ続きは明日する?」


私がその場を去ろうとすると、彼は呑気な声で私に声をかけた。


それが何処かおかしくて……私はクスリと笑ってしまった。


私が笑みを浮かべた際……周囲のざわめきが一瞬で止み、誰も彼もが私を見つめ……中には顔を赤らめていた者もいた。


でもそんな者達には……今の私にとって有象無象でしかない者達には見向きもせず、私は彼へと振り向き、彼に向けてのみ言葉を紡いだ。


「ふふっ。ごめんなさい。明日は……貴方にとって大事な日なの。だから、遊ぶのはまた今度にしましょう」


「ぶぅ~。わかったよ~」


私の言葉を聞いて彼は口を尖らせながらも、兄上や騎士団達の指示に従った。


兄上はその場にいた騎士団や貴族達に闘技場を開く経緯や、何故私があのような決断をしたのかを説明してくれた。


彼も闘技場の話……強い者と戦えると知り、ウキウキとした様子で自分から牢に戻ったらしい。


私の方は父上に報告を済ませ、闘技場を開く許可も頂いた。


でも父上の寝所へ向かう際も、自分の部屋に戻る際も、何故か使用人や親衛隊達は私を見て頬を染めていた。


それに気づいても理由は分からない私だったけれど、それは自室に戻った時、幼い頃から私の世話をしていた私専属の侍女、(ばあ)やのある一言で判明した。


「まぁまぁ、殿下。今日は一段とお美しいお顔でございますね。殿下がお生まれになった頃からお世話をさせて頂いておりますが、そのような顔は初めて拝見致しました」


「そうなの?自分では全然分からないわ。そんなにいつもと違う?今朝とも?」


「はい。何処か心躍るような、色気を放たれているような……そんなお顔でございます。まるで恋でもしているかのように」


「恋?」


「ほほ。例え話でございます。ですが恋をすると、女は誰でも美しくなるものなのですよ。見た目……というよりは、美しい空気を放つようになるのです」


笑いながら話す婆やだったけれど、この言葉で私は全てを理解した。



『恋』という言葉に導かれ浮かんだのは……つい先程まで殺し合いをしていた、彼の姿だったから。



(恋?……私が……彼に?……ふふ。そうね。そうだったのね)


私を殺そうとした彼。


私が殺そうとした彼。


誰よりも強く、本当の私を引き出してくれた彼。



私はあの殺し合いで……彼に恋をしていたのだ。


生涯……ただ一度の恋を。



私は出会った時から、彼に心を乱されてばかりだったが……これからもそれは続く事になる。



次の日。


ギルディストでは彼の為の闘技場が開かれた。


父上は皇帝として自分の弱りきった姿を見せないよう、堂々と国民の前に表れた。


かなりご無理をされていたのだと思う。


だって……この数日後に父上は亡くなられたから。


前回の闘技場が30年以上前だった事や、挑戦者が類稀(たぐいまれ)な強者ということもあり、ギルディスト国民は彼の出場に対して大いに盛り上がっていた。


最初は納得のいかない騎士団達も、父上が近年の騎士団弱体化を説明した事で、彼の出場を黙って受け入れるしかなかった。


闘技場での彼の活躍は見事という他なかった。


多くの騎士団やその団長を殺し、更には私と互角に戦った彼の力量を考え、その時の闘技場は初めから騎士団や親衛隊が出場するという異例のもの。


それでも彼は、更に異例の事態を引き起こしたけれど。


10人程倒した後だっただろうか?


あまりにも早く一試合一試合が終わり、彼も観客も闘技場に退屈していた。


そんな時、父上に向けて彼は言い放った。


「こんな弱いのチマチマ出さないでよ。どうせならもっとマシな……せめて戦ってる感じが欲しいからさ。一気に残り全員出して」


彼の言葉に憤慨(ふんがい)する騎士団と親衛隊。


そして逆に盛り上がる観客達。


父上は彼の実力を知る為、もしくはその鼻っ柱を折ろうとしたのか、最後の一人以外……約90人もの選手をリングへと出した。


それでも……やはり何も結果は変わらなかったけれど。


彼はギルディストが誇る騎士団や親衛隊……我が国の精鋭達を瞬く間に、それもたった一人で倒してしまった。


大いに盛り上がる観客達。


屈辱(くつじょく)で顔を(ゆが)め、涙を流す騎士団や親衛隊の者達。


そして私は……そんな彼を見て心が踊っていた。


彼の戦いぶりが、圧倒的な強さが見ていて心地よかった。


残すは一試合のみ。


闘技場最後の対戦者はギルディスト最強の戦士と決まっているけれど、父上は病で戦えない。


何より本来ならギルディスト最強の戦士は私。


私が出るはずだった。


私が彼と試合をするはずであり、私もそのつもりだった。


それなのに……この闘技場最後の選手として、兄上が名乗り出た。


兄上は『闘技場を開くよう進言した責任を取る為、また皇太子様を守る為に自分が出ます』。


そう私と父上に説明された。


『相手は皇太子殿下と互角に戦える程の強者。殿下とて、無事では済まない可能性もございます。殿下は次期皇帝として、このギルディストの未来に最も必要な方であり、大切なお方。私は兄として、皇子として、殿下を危険に(さら)したくはありません。ここは私にお任せを。ご安心下さい。私とてギルディストの皇子。陛下や殿下に恥じぬ戦いをしてみせます』


兄上の言葉に父上は笑顔で(うなず)かれた。


兄上が部屋から去った後、父上は目に涙を浮かべ、心から兄上の言葉を喜ばれていた。


『あれもやっと……やっと昔のように…ギルディストの戦士として…誇りを取り戻してくれたか。誰よりも強い娘と……誇り高き息子を持ち…儂はなんと…幸せな皇帝か。これで心置き無く…あの世に逝ける』


私も父上のそのお言葉が……そして私を想う兄上のお言葉が嬉しかった。



この時は……兄上が何を企んでおられるか……私は何も知らなかったから。



最後の試合は一時間の休憩を挟んだ後に行われる事となり、私は父上に許可を頂いて彼へ会いに控え室へ行った。


楽しい未来を……愛しい彼との未来を想い描きながら。


(彼が優勝すれば、彼を正式にギルディストの国民として迎え入れる事が出来る。彼には闘技場初の優勝者として相応しい地位を……そうだ。次期皇帝である私の側近に任命しよう。そうすれば……きっと毎日遊べる。毎日毎日……昨日のように……ふふ)


ニコニコと満面の笑みを浮かべる私を、護衛である親衛隊達は不思議そうに見ていた。


(兄上もやっと昔のように戻られた。兄上は弱い方だけど……やっぱり私は兄上が好き。きっとまた昔のように仲良く出来る。昔のように戻れる。かつて兄上が仰ったように、二人仲良くギルディストを治められる。……彼も一緒に)


浮かれていた。


婆やの言うように……彼に恋をしていた私は……何も知らずに浮かれきっていた。


そんな私が控え室へと入ると、彼はキョトンとした顔で私を出迎えた。


「あれ?どうしたの?」


「貴方に会いに来たのよ。調子はどうかしら?」


「調子?う~ん……すこぶる悪い、って奴かな?でも調子っていうより気分かな?」


「気分が優れないの?」


「うん。だって『ギルディスト中の強者を集めてそいつらと戦える闘技場』って言うから期待したのにさ、出てくる奴どいつもこいつも弱いんだもん。殺すのダメだし……むしろ殺す価値も無い奴らばっかりだし。退屈だよ」


「あらあら。ふふっ」


彼の物騒で失礼で、ギルディスト皇太子としては看過できない言葉に、私は自然と笑ってしまった。


彼の強さの前では……全ての者が弱者となる。


私以外は。


それがたまらなく嬉しくて、楽しくて仕方なかった。


「まぁそう言わないで。残るは一人だけ。兄上を倒せばおしまいよ」


「あ~……顔だけは君にちょっと似てる奴ね。やっぱりアイツ出るんだ。ふ~ん………なるほどね。そっか。君は……知らないんだもんね」


「何を?」


今度は意味のわからない言葉をつむぐ彼に、私は首を傾げた。


本当に……彼が何を言っているのか、わかなかったから。


「う~ん……そうだね。こういうの僕の(しょう)に合わないんだけどさ。君の事は好きだし、アイツ嫌いだし……いいよ。全部見せてあげる。」


「だから何を」


「手。出して」


そう言うと彼は私に右手を差し出した。


彼が何をしようとしているのか?


手を握ってほしいのか?


訳の分からないまま、私は彼へと手を差し出す。


そして彼が私の手を握った、その瞬間。



私の脳内にある光景が流れてきた。



それは私の知らない、彼の知る真実。



私が兄上と慕う…あの男の真実だった。

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