閑話~エメラインと死王~ 3
途中で会ったサイラスを引き連れて地下牢へ入ると、奥から数人の声が聞こえてきた。
それは警護の者達と……とても若く…無邪気な少年の声。
「ねぇ~………だから暇なんだけど~」
「黙れ!この重罪人が!おとなしく殺されるのを待っていろ!」
「誇り高きギルディスト騎士団を何人も殺した貴様など陛下が直ぐに極刑を下される!黙ってその時を待て!この狂った殺人鬼め!」
「え~……誇り高き、って言う割にめちゃくちゃ弱かったよ~?一人だけ髭のおじさんはちょっと戦えたけど~…それくらいじゃん。ギルディストは強い奴ばっかりって聞いてたのに……あ~あ、期待外れもいいとこだよ。ガッカリ~」
「貴様ぁ!!」
警護の者が彼の言葉に激昂し、持っていた槍で外から彼を刺そうとした。
反射的にサイラスが止めたけれど。
「待て!勝手な真似をすれば、お前も罪に問われるぞ!」
「っ!?誰だ!っ!?」
サイラスの言葉でこちらを向いた警護の者は、サイラスと私の姿を見て硬直した。
「こ、これは!?皇太子様!」
「何故このような場に皇太子様が!?」
警備の者は慌てたように背筋を正し、私へと頭を下げた。
「ご苦労様です。私は陛下のご命令で、多くの騎士団をその手にかけた者に会いに来ました」
「陛下の?」
「はい。そして………彼がそうなのですね」
「…………はい」
警護の者達は私に牢の両端に寄り、私に中の様子が見えるようにする。
牢の中にいたのは………黒髪の少年。
「ん?……………っ、君は?」
彼は私の姿を確認すると、驚いたように私を見つめた。
恐らく彼はこの時既に、私の力量……いいえ、私の本質を見抜いていた。
彼の目の前にいる私は……自分と同じ性質を持つ者だと…。
勿論、この時の私はそんな彼の様子など気づく事はなく、皇太子として振舞った。
いつものように……誰もが望む品位ある次期皇帝として。
「はじめまして。私はこのギルディストの皇太子、エメラインです」
「こうたいし……って何?」
『皇太子』という言葉が聞きなれないのか、彼はキョトンとした顔で首を傾げていた。
当然、彼のそんな態度に再び警護の者の一人が声を荒らげたけど。
「貴様!その無礼な態度はなんだ!この方はギルディストの次の皇帝となられるお方だ!跪け!頭を下げろ!」
「次の皇帝?………へぇ~…」
警護の者の言葉を聞くと、少年は座ったまま楽しそうに、ニコニコと微笑みながら私を見つめた。
その笑顔は無邪気であり純粋無垢にも見えた。
こんな少年が、弱体化しているとはいえ我が国の騎士団を50人以上殺したなど………にわかには信じられないほどに。
「貴方が我が国の騎士団達を殺した者で、間違いないのですね?」
「うん!そうだよ!」
何故か楽しそうに、それも元気よく答える少年。
その様子は自分がした事の……殺人という罪の重さをまるで感じていない、という風に。
彼は何者なのか?そう疑問を抱くのは当然だけれど、私は皇太子としてそれ以上に聞かなくてはならない事があった。
「何故そのようなことを?」
彼が何者か?という事よりも、何故ギルディストの騎士団を殺したのか?
その理由を知らなくてはならなかった。
他国のスパイ、他国に雇われた殺し屋、様々な憶測が飛び交う中、彼が答えたのは……その笑顔と同じくらい純粋な理由。
「え?だってギルディストには強い奴がい~~~っぱいいるって聞いたから!僕ね!強い奴が好きなんだ!強い奴と遊びたいんだよ!」
「……遊び…ですか?」
「君達の言葉では『殺し合い』って言うんだよね。僕はそれが大好きなんだ!」
「っ!?」
彼の澄んだ目が、無邪気な笑顔が、全てを………いえ、たった一つのその答えを物語っていた。
それは嘘偽り無い彼の本心なのだと。
驚き固まる私とは逆に、彼は段々と不貞腐れたように唇を尖らせていった。
「でもさ~……強いって聞いてたのに全然弱いよね。何アレ?あんな奴等は武器持つ資格も無いよ。ちょっと殺したらもう飽きちゃった。どいつもこいつも全然遊べない。弱っちくてさ、ホントガッカリだったよ~」
少年のその言葉に、後ろのサイラスや警護の者達の表情が険しくなった。
少年を見ている私の目には映らなかったけれど、彼等から放たれる怒りのオーラを背中で感じてたから。
そしてそれは私も同じだった。
当時の騎士団は確かに弱体化していたけれど、それでも彼等は我が国の誇りであり、父上に…皇帝に誠心誠意仕えていた者達。
何より『強さこそ全て』を謳うギルディストにとって、自分や同じ国民を弱者として扱われるのは……屈辱でしかない。
皇太子としても、この国の一人の民としても、彼の言葉は許せるものではなかった。
そんな私達の怒りなどまるで関係ないように、少年はまた私を見つめてきた。
楽しそうに………嬉しそうに。
「でも……ギルディストに来たのは正解だったな~。君みたいな子に会えるなんて。もし…本当に君がそうなら……えへへ。僕ってば君のこと好きになりそうだな~。愛しちゃうかも~」
無邪気な顔でまた訳の分からない事を言い出した少年に、警護の者達はヒソヒソと小声で囁き出した。
「こいつ……殿下の美しさにとうとう頭がイカれたのか?」
「こいつは元々イカれてるだろ。どうせ明日か明後日には死刑になる奴だ」
小声で話していたけれど、地下牢ではその形状のせいで声が響く為、当然それは少年の耳にも届いていた。
その時……一瞬だけ少年の顔が歪んだのを私は見逃さなかった。
「……死ねるなら……ハオ君に殺されたかったな…」
何故かその時だけは……彼の瞳は酷く悲しみや憂いを帯びていた。
でも本当にそれは一瞬のことで、彼は直ぐにまたニコニコと笑顔を浮かべた。
そして私に向かって……この国の皇太子に向かって…とんでもない事を言い出した。
「君強いよね?ふふっ。決~めた!僕、今度は君と遊ぶね!」
それは子供が友達を遊びに誘うような無邪気な言葉。
でもその言葉が何を意味しているのか、先程の彼の話を聞いていた私達には直ぐに理解出来た。
私は少年の笑顔に、言葉に、態度にただ困惑し、サイラスも少年を警戒していたけれど、警護の者達は違った。
彼等は少年を馬鹿にしたように彼を鼻で笑った。
「ハッ!恐れ多くも我が国の皇太子殿下に戦いを挑むなど、身の程知らずめ!」
「無礼も無謀もここまでくると滑稽だな!牢屋にいる貴様に何が出来る!」
「あ、そうだね!じゃあ出よっかな」
挑発する警護の者達の言葉に、少年はピョン!と飛び跳ねるようにその場に立ち上がった。
すると……次の瞬間、彼は牢屋から私のすぐ隣へと移動していた。
(っ!?空間転移!?馬鹿な!地下牢には魔晶石が設置してあるのに!)
「殿下!?お下がりください!」
「貴様!どうやって牢を出た!」
「おい!誰か!誰か騎士団や親衛隊を連れて来い!罪人が牢から逃げ出した!!」
驚く私や、慌てふためくサイラスや警護達など気にもせず、彼は後ろで手を組むと可愛らしい姿で私に顔を近づけてきた。
「えへへ~。これでよし。さ、僕とあ~そぼっ!」
狂気に満ちた誘い。
でも私は……彼から逃げようとしなかった。
私の足は一歩も動かず、彼の傍を離れようとしなかった。
それはきっと……私の体が…心が……無意識に彼を求めていたから。
彼のような……狂ったように戦いを求め…自分と対等に戦える可能性を秘めた……真の強者を。
「殿下!早くこちらへ!」
焦ったサイラスの声が後ろから聞こえてきたけれど、私はまだ目の前の少年から目を逸らせずにいた。
少年の奇抜で狂気に満ちた提案は、私にとって甘い誘惑だったから。
私はこの少年との遊び、強者との戦いに………心を捕らわれていた。
そんな私が出した決断は、サイラスの元へと下がる事ではなかった。
「………いいえ、サイラス。彼は私との決闘をお望みのようです」
「殿下!?何をおっしゃるのです!」
「そもそも私が彼に会いに来たのは……彼の実力を知る為。彼の強さを知る為です。陛下からのご勅命もありますし、私自身で彼の強さを見極めましょう」
「し、しかし!」
「あはっ!話は決まったね!じゃあ早速遊ぼうか!」
焦るサイラスとは逆に、少年は嬉しそうにその場にピョンピョンと飛び跳ねた。
まるで子供のように。
「えぇ。ですがここでは少々手狭です。騎士団の鍛錬場へと参りましょう。あそこなら広いですから」
「うんうん!広い方がいいよね!楽しく遊べるなら僕は何処だっていいよ!」
「ではサイラス。彼は貴方に任せましたよ。私は……武器を取って来ますので、後ほど向かいます」
「か、かしこまりました。皇太子殿下」
私は一度、サイラスや少年と別れると、城の奥にある宝物庫へと行った。
父上からの許しは宝物庫の番人達も受けていたようで、彼等はすんなりと私を中へ通し……歴代皇帝でも選ばれた者しか持てぬ、ギルディスト最強の武器の元へと案内した。
私は目的の物をしっかりとその手に握りしめ、鍛錬場へと向かった。
私が着いた頃には、鍛錬場には騎士団や親衛隊、使用人に貴族等、多くの人が溢れかえっていた。
「あ!やっと来たね!待ってたよ!そのおっきいのが武器?」
「えぇ。そうです。貴方のお相手はこの……デスサイズで行いましょう」
私が持っていた包みを開き、デスサイズを取り出すと、集まっていた者達がザワザワと騒ぎ出した。
「デスサイズ!?陛下は皇太子殿下にもうデスサイズを授けられたのか!?」
「陛下ですらその扱いに苦労されたデスサイズ。女性である皇太子殿下に扱えるのか?」
「殿下はあのデスサイズを軽々と持たれているぞ。やはり殿下は、陛下以上にギルディスト皇帝としての資質をお持ちだ!」
「これはこれは。皇太子殿下のお手並み拝見ですな。これで本当に殿下がデスサイズを扱えるなら、誰も殿下が皇帝になる事に意義など申しませんでしょう」
「その通りですな。しかし……本当に扱えるのなら、ですが」
「殿下!陛下に代わってこの不届き者を処刑して下さい!隊長達の無念をお晴らし下さい!」
デスサイズに驚く者、私の失態を望む者、期待する者等、様々な意見が飛び交う中……彼、少年はただ私を見て笑っていた。
「皆さん、離れていて下さい」
「そうそう。邪魔になるから離れて………あ!そうか!邪魔が入らないようにすればいいんだね!はいはーい!どいてどいてー!離れてねー!じゃないと殺しちゃうよー!」
何かを思いついた少年は、集まった人々を退けるようにわざとその場をグルリと走り回った。
彼等が少年から離れ円状に空間が出来ると、彼はその中心に立ち……このギルディスト城内でとんでもない魔法を放った。
「よーし!これでいいね!じゃあ……いっくよー!」
彼が空に向かって手をかざすと、その掌から一筋の光が昇り、あっという間に私達を包み込む結界を作り出した。
結界が張られると同時に、外の様子は全く見えなくなり、集まっていた人々の声も鳥のさえずりすら聞こえなくなった。
「………結界?何故このようなものを?」
「えへへ。昔友達がやったのと同じヤツ作ってみたよ!外からは一切干渉出来ない強力な結界!外の様子は中に全く聞こえないし、中の様子も外には全くわかんないんだ!これで邪魔は入らないね!楽しもうよ!」
「そうですね。ルールはどうしますか?」
「ルール?そんなのいらないよ!お互い全力で遊ぶだけ!あ、でも君って魔力全然無いでしょ?じゃあ僕も……えいっ!」
少年は強い魔力を持っているらしく、彼は魔力を具現化し剣を作り出した。
「うん。これでよし。僕は結界とこれ以外の魔法は使わないよ。魔法なしの遊びね。君とはその方が、たっくさん楽しめるもん!」
「なるほど。それは私へのお気遣いや手加減……という訳では無さそうですね。ならばその提案、有難くお受け致しましょう」
「もう~。硬っ苦しいなぁ。そんなのいいから!早くやろうよ!ね!早く早く!」
「………わかりました。では……本気でいきますので、お覚悟を」
それだけ言うと、私は一瞬で少年との間合いを詰め、彼に向かってデスサイズを振り下ろした。
私は本気で彼を斬るつもりだった。
しかし彼は簡単にその攻撃を自身の剣で受け止めた。
「あはっ!いいねいいね!攻撃が重いよ!凄く重い!それに速いし!こっちからも行くね!」
少年は喋りながらも私のデスサイズを払い、攻撃してきた。
当然、その攻撃は私が瞬時で体勢を立て直し、デスサイズで防いだけれど。
「凄い!いい動きするね!」
「お褒め頂き、ありがとうございます」
「うんうん!でも……まだだよね。本気出すとか言ってたクセに、全然本気出してないね?」
「っ!?」
少年に掛けられた言葉に私は息を呑んだ。
「君さ……もしかして本気で、それこそ全力で戦った事ないんじゃない?君より強い奴は勿論だけどさ、君と同じくらい強い奴も近くにいないんでしょ?相手は自分より弱い奴ばっかり。だから無意識にブレーキ掛けてるんじゃない?違う?」
「…それ……は」
私達はたった二回、刃を交わしただけ。
その二回で……彼は私の力量も、私の心も見抜いてしまった。
私は皇太子として他者を束ね、慈しむ存在でなくてはならない。
未来の皇帝である私が、稽古とはいえ自分の民と全力で戦う事は出来なかった。
だって………私が本気を出せば…きっと弱い彼等は…。
「もしもーし?ぼーっとしないでよ。今は僕と遊んでるんだから、僕のことだけ見て。僕のことだけ考えて。僕と全力で遊んで」
「私と本気で戦えば……貴方は無事ではすみませんよ?」
「???何言ってるの?遊び……『殺し合い』ってそういうものだよ?だから楽しいんだよ!大丈夫!君が本気出しても僕は死なないから。絶対に絶対に死なないんだよ。だからさ!本気出してよ!本気で僕と遊ぼうよ!」
無邪気に告げられるその言葉に……私の胸はドクン!と大きく脈打った。
(本気で………戦える?…本気を出しても………いい?)
ドクドクと激しい胸の鼓動を感じながらも、私は彼に向けて一心不乱にデスサイズを振り回した。
当然、全ての攻撃は彼に防がれ、また彼からの激しい攻撃を私はやっとの思いで防いだ。
どれくらいそうしていたのだろうか?
外界から隔離された結界の中では、時間の流れなどわからなかった。
動く度にお互い汗が飛び散り、呼吸すら乱れていた私達。
それでもお互いの攻撃は止まない。
私達は戦い続けた。
(………楽…しい)
私が本気を出しているのに、彼は死ぬどころか倒れる気配すらなかった。
(楽しい)
一瞬でも気を抜けば、私は彼に殺されていたかもしれない。
それなのに……その死と隣合わせの状態が心地よかった。
(楽しい!)
腕がだるくなっても、足元がふらついても、私はデスサイズを離さなかった。
まだまだ彼と戦いたかった。
この戦いを……楽しい遊びを終わらせたくなかった。
彼もそうだったように……私もまた彼との遊びを……殺し合いを全力で楽しんでいた。
(楽しい!!)
至近距離で武器を打ち合わせた時、少年の赤い瞳に自分の顔が鏡のように映っていた。
彼の瞳に映っていた私は………満面の笑みで、恍惚の表情を浮かべていた。
この少年との戦いで……私の心は歓喜に満ちていた。
私はこの時になって……やっと気づいた。
本当の自分に……自分が今まで抱いていた願望に。
私はずっと…ずっとずっとコレを求めていたのだと。
彼のような者を求めていたのだ、と。




