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閑話~エメラインと死王~ 2




「………何?…突然現れた浮浪者(ふろうしゃ)に……騎士団長を含め……街を巡回していた…多くの団員が…殺された?」


「はい、陛下。サイラスからの報告ですので、間違いありませんわ」


「………ふむ。……エメライン」


「はい」


ベッドに横たわりながら私の報告を聞く父上の顔色は、昨日よりも悪くなっているように感じた。


私の名を呼ぶ父上の意図に気づいた私は、ベッドから起き上がる父上の体を支えた。


「…(わし)の民を殺し……ギルディストを乱そうとする(やから)…………儂がこの手で…うっ…ゲホッゲホッ!」


「陛下!あまり無理をなさらないで下さい」


元々持病をお持ちだった父上の病状は、ここ数年で更に悪化していた。


それこそ、ベッドから起き上がるのもままならない程に。


今や父上は皇帝としての責務はほぼ何も出来ずにいた。


皇帝の公的執務も騎士団との巡視も、全て皇太子である私が、父上に代わり行っていた。


父上はもはや、最終決定を下すだけの、名ばかりの皇帝となってしまった。


誰よりもそれを………父上が()やまれていた。


「……歴代最強の…ギルディスト皇帝。……かつてそう呼ばれた儂も……(やまい)には勝てなんだ。…エメライン……お前には…苦労をかける」


「そんな……父上様…そのような事はおっしゃらないで下さい。どうか…気を強くお持ちに」


「…優しいな…エメライン。……優しく…美しく…強い……愛しい我が娘。……この国の皇太子よ。…お前にこそ…ギルディストの皇帝は相応しい。…素晴らしい世継ぎに恵まれ……儂は幸せな皇帝だ」


優しく微笑む父上の顔からは、既に昔のような覇気(はき)は全く感じられなかった。


兄上と同じく……私が恐れ、心から尊敬し、目標としていた父上も…いつの間にかいなくなっていた。


それでも……父上が愛しいのは…父上が亡くなられた今も変わらない。


「……父上様」


「…エメラインよ。……その浮浪者は今…どうしている?」


「…はい。サイラスによれば、騎士団と魔道士が数人がかりで捕らえ、地下牢に幽閉したとのことです。父上…いえ、皇帝陛下。その者を如何なさいますか?」


「……そうだな。……儂の民を殺した輩…儂はそやつを許さん。……エメライン…直ぐにでも…その者の処刑の準備を…」


コンコン


私と父上の話の最中、扉をノックする音が部屋に響いた。


父上が入るように促すと、部屋に入って来たのは……兄上だった。


「っ!?……これは…皇太子殿下もおいでだったのですね」


「………兄上」


私を見ると、兄上は直ぐに作り笑い…それも苦笑いを浮かべ、父上…私達の傍へ来る頭を下げた。


「陛下。ご加減はいかがですか?」


「……ふっ。…悪くなる一方だ。…して皇子よ。…儂に何用だ?」


「恐れながら陛下に…そして皇太子殿下に…ご進言したき事がございまして」


「……うむ。話すがよい」


父上からの許しを頂き、兄上はゆっくりと口を開いた。


「実は先程……騎士団の者からある報告を受けました。本日街を巡回していた騎士団達が、ある浮浪者に」


「先程聞いた。……皇太子からな」


父上が私に視線だけ向けて告げると、兄上はバツの悪そうな顔をして俯かれた。


「…………失礼致しました。…しかし陛下。その浮浪者、如何(いかが)なさるおつもりですか?」


「…明日にでも…処刑する」


父上はギルディストの民を深く愛する皇帝。


父上の中で、その浮浪者への処刑は既に決定事項だった。


でも……兄上の考えは違った。


「恐れながら陛下…処刑とはあまりに早計かと。陛下、そして皇太子殿下。私の考えをお聞き下さい」


「なに?」


「兄上?」


兄上が何を言わんとしているのか分からず、私と父上は兄上の顔をじっと見つめた。


それでも兄上は怯む事なく、ご自分の意見を口にされた。


「闘技場をお開き下さい。その者に…罪を(つぐな)うチャンスをお与え下さい」


予想もしなかった兄上の言葉に、私はただ驚くだけだったけれど、父上は怒りで体をわなわなと震わせられた。


「……儂の民を殺した輩を…処刑するなと言うか?…闘技場を開き……許せと?……貴様っ!儂と儂の民を侮辱す…ブッ!ゲホッ!ゲホッゲホッゲホッ!!」


「父上!あまり興奮なさらないで下さい!兄上もです!そのようなお話!何故なさるのですか!?」


私は父上の背を撫でながら、兄上をキッと睨みつけた。


何故、父上をわざわざ怒り狂わせるような事を兄上は言われるのか?


私には意味が分からなかったから。


「陛下。皇太子殿下。このギルディストは『強さこそ全て』を謳う国。これはギルディストにとって絶対な法であり掟です。強い者こそ生き残れる。強い者は全てを許される。そして…強き者にこそ……賞賛は与えられる。それを……私は身を持って知っております」


「………兄上」


「…ゲホッ…ゲホッ…………だから…なんだと言うのだ?…闘技場は…あくまで『疑わしき者』…『判決を下せぬ者』に与えられる…最後のチャンス。…儂の民を殺した輩に…出る資格など無い!」


「殺されたのは騎士団長を含めた騎士団員53名。その浮浪者は、この国の精鋭達をたった一人で殺した強者。強国とはいえ今のギルディストには、これだけの強者はおりません。……処刑するには…あまりに惜しい逸材です」


兄上のお言葉に更に怒りが増して震える父上だったけれど、話が進む程に苦虫を噛み潰したような顔になった。


その理由は…私にも分かった。


「現在、ギルディスト騎士団は陛下の全盛期に比べ弱体しております。それは陛下も、皇太子殿下もご存知のはず」


「………はい。兄上」


ギルディストの騎士団はまさに精鋭揃い。


そう言われたのは……もう昔の事。


勿論、サイラスのように真の強者は騎士団に何人もいる。


でも……ここ数年で入った者達は、あまりにも実力が乏しい者ばかり。


何故彼等が、あの厳しい騎士団の入団試験に入れたのか疑問な程に。


そのせいで『女が皇帝になると国が弱体化する。その兆候だ』『やはり女を皇太子にしたからだ』と訳の分からない理屈をこねたり、陰口をたたく重臣が何人もいたのを私は知っている。


当然、父上も兄上もそれはご存知だった。


「だからこそ…闘技場を開き、その浮浪者を出すべき…と私は考えます。闘技場を勝ち抜けるとは思えませんが…それほどまでに罪を犯した輩が、強いという理由でチャンスを与えられた。そう考える民は多いはず。そうなれば…次第と強くなる為に鍛錬する者が増えるかと」


「…なるほどな。…しかし……もしその者が…万が一にも優勝したら…どうするのだ?」


「その時は……その者に地位を与えれば良いかと。それ程までの強者ならば…殿下や陛下の護衛に申し分ありません。もしお二人がその者を警戒するようなら…責任を持って私の管理下におきましょう」


兄上は珍しく自分の意見を押し通そうとされていた。


いつもなら私を避け、父上のお言葉に一切逆らわず、ましてや父上に物申すなどここ数年なかったというのに。


兄上は私の方を見ると、深く頭を下げた。


「皇太子殿下を差し置き、出過ぎた真似を致しました。お許し下さい。ですが…私もこの国の皇子。この国の行く末を案じてのこと。どうか……殿下もご考慮(こうりょ)下さい」


「…………兄上…」


この時…私は兄上が久々に私に話し掛けてくれた事、私を見てくれた事が嬉しかった。


このまま兄上の意見を聞けば……また昔のように戻れるのでは?と甘い考えを抱いてしまうほどに。


それでも皇帝である父上の意志を無視してまで、兄上の意見を通す訳にもいかない。


困った私は父上を見つめた。


「………陛下」


「……お前が決めなさい。…一旦は皇子の話を聞き…処刑は保留する。……皇太子エメラインよ。…此度の件…深く考え……お前なりの答えを出すのだ」


「……かしこまりました」


私は父上に頭を下げると、兄上の方へと顔を向けた。



「兄上。まずはその者……その浮浪者とやらに、私自ら会って参ります。その者を見て、その者と話し、その者がどんな者かを考え……答えをだしたいのです」



「はい。皇太子殿下の御心(みこころ)のままに」


ようやく話がまとまった頃、新たに扉をノックする音が部屋に響いた。


先程のように父上が入るよう促すと、入って来たのは父上の薬湯(やくとう)を持った侍医(じい)だった。


「失礼致します、陛下。お薬をお持ちしました」


「……うむ。…もうそんな時間か。……ゲホッゲホッ!」


「「陛下っ!!」」


咳き込まれた父上を心配する私と兄上に、父上は優しく…しかし弱々しい笑顔を向けられた。


父上の顔色は日に日に悪くなるばかり……死人に近づいている、と言っても過言ではないほどに。


(父上の持病に効くというお薬。父上は毎日、決められた時間、決められた量を必ず飲んでいるというのに…何故父上の病は、良くなるどころか悪くなる一方なの?)


長年父上を苦しめていた病が、薬を飲んだからといって、今日明日劇的に治る訳ではない事は当然私も理解していた。


父上の持病はこの世界でもかなり珍しいものらしく、情報も少なく治療法の特定も出来ていなかった。


ギルディストの医師も呼び寄せた他国の医師も、父上を完治させる事は出来なかった。


とはいえ、この病はそもそも命を奪うようなものではなかったので、父上も深刻に病に向き合ってはいなかった。


時折、頭痛がしたり、強い倦怠感や目眩に襲われ、食欲不振や貧血に陥る…そんな軽い症状が繰り返され、長くても一日程で症状は治まる病。


それでも……寝たきりになり、日に日に弱る父上を見ていたら…悪い想像ばかりが頭を過ぎった。


(まさか父上は……薬ではなく毒を?……いいえ。父上は皇帝。皇帝の薬も食事も…水ですら必ず毒味がされている。…もし本当に毒なら、毒味役に何かしらの変化があるはず。でも…そんな報告は何一つ受けていない)


この時の私は……それを疑問に感じても…行動に移す事は無かった。


父上の代わりに皇帝の執務をする私は、日々忙しさに追われていたから………なんて、ただの言い訳だけれど…。


「陛下。どうぞお飲み下さい」


「待て侍医。毒味はしっかりと済ませたのだろうな?」


侍医が父上に薬湯を差し出そうとした時、兄上はそれを止められた。


兄上に疑われた侍医は驚きつつも、しっかりと自分の役割を口にする。


「勿論でございます、皇子様」


「……皇子よ。…そう心配するな」


「ですが陛下。毒味を確認出来なければ安心は出来ません。…………失礼致します」


そう言うと、兄上は侍医が持っていた器を取り、なんとそのまま薬湯を口に含まれた。


慌てて止めようとした私だったけれど、父上は何故か私を止められ、微笑まれた。


兄上の方はゴクリと薬湯を飲み込むと、苦虫を噛み潰したような顔をし、数回深呼吸を繰り返してから父上に告げられた。


「………に、苦いですが……毒ではありません。陛下、どうぞ安心してお飲み下さい」


差し出された薬湯の入った器は銀製であり……当然、毒による変色は無い。


兄上の体にも何も変化は無かった。


「…うむ。…皇子よ。…この薬は皇子が…玄武の者を呼び寄せ…儂の病に効く薬を聞き出し…調合させたと…報告は受けておる」


「そうだったのですか?兄上」


「はい、殿下。本当は医療に深く精通する玄武の者を、何人か侍医として迎え入れたかったのですが……四大ギルドは女王派だと断られまして。なので陛下の病に効く薬や食事、逆に病状を悪化させる薬や食事を私自らが事細かに聞き出し、侍医と料理人達に教えました。陛下のお体に良い物を出し、悪い物は決してお出しするな、と」


「そうだったのですね」


「ですが……それでも陛下のご容態は………っ、殿下。私は今一度玄武の者を呼び寄せます。一日も早く陛下が御回復に向かうよう、他にも効く薬が無いか徹底的に調べ直したいのです」


「分かりました。よろしくお願い致します、兄上」


兄上がこれ程までに父上に尽くされていたと知り、私は素直に驚いた。


嬉しさのあまり、兄上を見て、兄上の言葉を聞いて、自然と笑みが浮かんだ。


私や父上を支える為に日々励んでいる…という噂や報告は本当だったのだ、と。



全てを知った今なら……こんなもの、ただの楽天的で、おめでたい思考でしかないと分かる。


本当にこの時の私は……弐の姫である蓮姫ちゃんより……遥かに愚か者だった。


誰よりも愚かな皇太子であり、愚かな娘…そして愚かな妹だった。



父上は兄上による毒味が済んだ薬湯を全て飲み干された。


兄上同様に苦さに顔を(しか)めた父上の腕を、侍医が触れて脈診をする。


侍医の方もまた……厳しい顔つきをしていた。


「……恐れながら…昨日よりも脈が弱くなっておいでです。本日はもうお休みになられた方がよいでしょう。陛下のお体の為にも」


「……案ずるな。…皇子の薬もある…まだまだ儂は死なん。…儂には皇帝として…やるべき事が残っておる」


そう言うと、父上は私を見てある事を告げられた。


「…皇太子エメラインよ。…お前に…『デスサイズ』を授ける」


「っ!!?殿下に……デスサイズを?」


「っ、父上……それは…つまり…」


父上のお言葉に兄上も私も、驚きのあまり息を呑んだ。


『デスサイズ』とは、ギルディスト王家の家宝にして、皇帝のみ持つ事を許された大鎌(おおがま)


その重量や扱いづらさ、殺傷能力の高さから、実際に扱えた皇帝は数少ない。


歴代最強の皇帝と呼ばれた父上ですら、戦の際に使われたのは数回だけ。


それでも……それはギルディストにおいて、最強の武器であり、皇帝が持つに相応しい武器。


言うなれば…『デスサイズ』はギルディスト皇帝の証。


「…儂はいつ…どうなるかもわからん。……近く譲位(じょうい)を行う。…デスサイズと…儂の民を…お前に任せる」


「……父上様」


「ふっ。…何も心配はいらん。…お前なら…儂以上の皇帝となるだろう。……そして皇子よ。…お前は…皇帝の補佐となり…兄として…若き皇帝を支えるのだ。…国と民は…エメラインに。…エメラインの事は…お前に任せる。……よいな」


「…はい。父上」


「お言葉…しかと」


父上の言葉に、私と兄上は深く頭を下げた。


そんな私達からは見えなかったけれど…きっとこの時の父上は、とても穏やかに笑っていたに違いない。


父上は誰よりも強く、厳しく……私と兄上を愛して下さっていたから。


「陛下。そろそろ本当に休まれませんと」


侍医に(うなが)され、父上はゆっくりとベッドに体を倒された。


「…うむ。…ではエメライン。……先程の浮浪者の件…確かに任せたぞ」


「かしこまりました。陛下」


「失礼します、陛下」


そう言って私と兄上は同時に、父上のお部屋から退室した。


扉が閉まると、兄上は私に向けて深く…本当に深く頭を下げられた。


「おめでとうございます、殿下。いえ、新たなる皇帝陛下に…お喜び申し上げます」


「兄上……そのような…」


「私は兄として…殿下に有るまじき振る舞いばかりして参りました。到底許せぬ事とは思いますが…もし許されるなら……私は陛下のお言葉通り、これからも殿下をお支えして参りたく思います」


私に頭を下げ、そう告げる兄上に……私は素直に喜んでいた。


兄上がまた私を愛してくれるのだ、と。


そんな馬鹿な勘違いを勝手にして、勝手に舞い上がり……喜んでいた。


「………兄上。…勿論です!兄上!これからもよろしくお願い致します!」


「はい、殿下。では……まずは例の浮浪者の元へ参られますか?」


「はい。父上にも託されましたし、これから会ってみようと思います」


「かしこまりました。…ですが……報告ではかなりの危険人物とのこと。…十分にお気をつけ下さいませ」


「ありがとうございます、兄上。では、失礼致します」


私は笑顔で告げると、兄上に背を向けて歩き出した。


兄上がこの時、どんな顔で、どんな思いで私を見ていたのか………そんな事も考えずに。


私はただ、地下牢へと歩いた。



今後の私の人生、そして兄上の人生を決める……私にとって運命とも言える……彼の元に。


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