女帝エメライン 13
ゲホッ!ゲホッ!と激しく咳き込む蓮姫と火狼と残火。
ユージーンはピクリとも動かず固まっているが、その体から放たれるドス黒いオーラは更に禍々しくなり増大している。
蓮姫達を激しく動揺させる程の問題発言をしたシュガー本人は、やはりニコニコと笑顔を浮かべるだけ。
エメラインは息子の問題発言に、両手を頬に当てて「まぁ~」と呑気に呟きながら嬉しそうに微笑む。
「……母さん?…皆も…どうした?」
蓮姫一行の中で唯一動揺していない未月は、不思議そうに仲間達の奇行を眺めた。
動揺していない……というより、そもそも未月には今の発言の問題点も分かっていないようだ。
キョトンと仲間達を見つめる未月だったが、蓮姫達は咳き込み続け未月への説明どころではない。
そんな中、ユージーンは折れたままのフォークを握りしめ、ゆらりとその場から立ち上がる。
「ゲッホ!ゲホッ!…って、旦那!?ちょ!ストップストップストップ!!」
誰よりも早くユージーンの動きに気づいた火狼は、慌ててユージーンの背後に回り込み、後ろから彼を抑え込んだ。
このままユージーンを野放しにすれば、シュガーに何をするか分かったものではない。
いや、逆に分かりきっているからこそ、火狼は必死になってユージーンを止めようとする。
「ちょっ!マジで待てって!その折れたフォーク離せってば!ってオイ!魔力抑えろ!誰か!誰か魔晶石ーーー!!」
「離せ犬。こいつは俺が殺す絶対殺す今すぐ殺すぶち殺す。二度とふざけたこと言えねぇように舌を引っこ抜く。ついでにアレも引っこ抜く」
「だから落ち着いてっ!お願いだから落ち着いてーーー!!」
既に半分破壊神と化したユージーンからは殺気まで放たれていた。
ユージーンの本気の殺気と、ついでに狂気も間近で受け、もはや涙目になっている火狼。
普段なら蓮姫がユージーンを止める所だが、今の蓮姫はそんな余裕もない。
「……ゲホッ!…ジョ…ジョーカ…さん……ケホッ……何言って…」
「うん?いい考えでしょ?」
「いや何処が!?」
咳が落ち着いてシュガーに真意を尋ねる蓮姫だったが、シュガーから返って来たのは余計に蓮姫を混乱させるもの。
「だって君は女の子でしょ?女の子は子供が産めるでしょ?だからさ、俺の子供産んで」
「絶っっっ対に嫌です!」
「え~~~?なんでよ?いいじゃん別に。俺、君との子供めちゃくちゃ欲しい~」
蓮姫は全力でシュガーを拒むが、シュガーは何故自分の提案が拒まれるのか、本気で意味が分からず口を尖らせた。
蓮姫は『助けてほしい』という意味を込めてエメラインへと視線を向けるが、エメラインは呑気に笑うだけ。
「あらあらまぁまぁ。シュガーちゃんたら…うふふふふ」
エメラインは息子の発言を窘めるどころか、むしろ喜んでいる。
それは彼女の脳内で、既に二人の子供の姿が浮かぶほどに。
「はぁ…シュガーちゃんと蓮姫ちゃんの子供なんて……ふふ。とっても可愛いでしょうね。名前はどうしようかしら?ビネガーちゃん?ペッパーちゃん?あ、ハニーちゃんも可愛くていいわね」
「ちょっと。俺の子供まで調味料にしないで。子供の名前は俺が考えるから。いいでしょ?弐の姫」
「エメル様もジョーカーさんも!勝手に話を進めないで下さい!」
全く自分の話を聞かない、むしろ聞く気もなく暴走するエメラインとシュガーに、蓮姫は椅子から勢い良く立ち上がると、ついに爆発したように叫んだ。
大声を出した蓮姫に対して、エメラインは驚いたように目を丸くする。
「そんな……蓮姫ちゃん。エメル様なんて……『お義母様』って呼んでくれていいのよ」
「呼びません!」
「結婚式はいつがいいかしら?」
「ちょっとは私の話も聞いて下さい!!」
ゼーゼーと肩で息を切らす蓮姫。
既にこの晩餐会で蓮姫の疲労はピークに達していた。
そんな蓮姫を見ながら、シュガーは何かを思い出したかのように彼女へと声を掛ける。
「あ、話と言えばさ。俺も弐の姫に聞きたい話があるんだよね」
「………今度はなんですか?」
また訳の分からない発言をするつもりだろう、と蓮姫は呆れながらも、脱力するように椅子へと腰掛ける。
そしてシュガーの口から出たのは……ある意味、予想通り訳の分からない発言であり、先程よりもとんでもない内容だった。
「君ってさ、子供ってどうやったら出来るか知ってる?俺知らないからさ。知ってたら教えてほしいんだけど」
「「「「は?」」」」
シュガーの発言に、またも同時に固まるという同じ行動をとった蓮姫一行(未月は除く)。
蓮姫は信じられないものを見るような目でシュガーを見つめながらも、正直に自分が感じた事を口にする。
「ジョ、ジョーカーさん?それって本気で言ってますか?セクハラとかじゃなくて?」
「なんで俺が君にセクハラするのさ。本気でわからないから聞いてるの」
「……ジョーカーさんって……いくつでしたっけ?」
「俺?今年でハタチ」
ハタチ……つまり20歳。
20年も生きてきた男が子供の作り方を知らない、という事実と、それをどう教えたものか、という苦悩で蓮姫は頭を抱えた。
チラリとエメラインの方を見る蓮姫だが、やはり彼女はニコニコ笑っているだけ。
蓮姫はげんなりとした表情のままエメラインへと声をかける。
「エメル様……失礼を承知でお聞きしますが…一体どのようなご教育を?」
「うふ。シュガーちゃんはね、毎日毎日、自分が強くなる為、そして強い人と戦う為に生きてきたのよ」
「つまり…そういったご教育は一切……」
蓮姫はその言葉を最後まで言うのをやめた。
わざわざ聞かなくとも、エメラインの表情が、満面の笑みが全てを物語っていたからだ。
そして今のやり取りを聞き、火狼は必死にユージーンの耳元で彼を説得する。
「ほら旦那!今の聞いたろ?シュガーちゃんは何も分かってないんだって!『ママ僕兄弟欲しい~』とか言う子供と同じだって!んな子供にマジになっちゃダメ!だからお願い落ち着いてお願い座ってお願いします!」
最後の方は焦り過ぎて早口になっていたが、今のやり取りでユージーンも先程よりは冷静になっていた。
火狼の言いたい事も、シュガーの無知も理解出来るほどに。
「…………チッ」
ユージーンは舌打ちをすると、火狼の腕を振り払い、ドカッ!と乱暴に椅子へ座り直した。
やっと座ってくれたユージーンを見て、火狼は『俺頑張った!俺偉い!めっちゃ偉いぞ俺!』とブツブツ一人で呟き、軽く涙を流しながらガッツポーズをしている。
そんな火狼に残火が冷たい視線を向けていたが、蓮姫はそれに構わずシュガーへと体を向けた。
とんでもない発言ばかりのシュガーだが、何故そんな事を言ったのか、ちゃんと聞いておく必要があると思ったからだ。
勿論、それがどんな理由だろうと、シュガーの子供を産む気は蓮姫に全く無い。
「私からも聞かせて下さい。そもそもどうしてジョーカーさんは、私に子供を産んでくれ、なんて言ったんですか?」
「そんなの決まってるじゃん。君が強いから」
「それ理由になってます?」
「なってるなってる」
笑顔で答えるシュガーだったが、蓮姫の目には彼がはぐらかしているようにも、からかっているようにも見えない。
そんな蓮姫に助け舟を出したのは、シュガーの母であり、息子の本音を最初から理解していたエメラインだった。
「ふふ。シュガーちゃん。お父様と同じことをしたいのね」
「うん。そう」
「ジョーカーさんのお父さんって事は…エメル様の?」
蓮姫がそう尋ねると、エメラインは穏やかでもにこやかでもない、美しい微笑みを浮かべる。
それはエメラインが、愛しい男を思い浮かべた故に自然と出た、愛に満ちた微笑みだった。
エメラインは世界三大美女として名を連ねる程の美貌の持ち主。
そんなエメラインの心を射止めた男。
この破天荒なシュガーの父親。
一体どんな男だったのか?
エメラインが治めるこのギルディストの国民でさえシュガーの存在も、エメラインに息子がいる事すら知らなかった。
闘技場でもエメラインはシュガーを秘密裏に産み、育てたと言っていたのだから。
そして自分の国民達に息子シュガーの説明はしても、その父親の事は一切語らなかった。
エメラインはその男の話を口にするのも嫌なのだろうか?
しかしエメラインが、その男との息子であるシュガーを溺愛しているのは、誰の目にも明らか。
そして今エメラインが浮かべている笑顔を見れば……彼女が未だにその男を愛している事は蓮姫にもわかる。
そこまで考えると蓮姫の中で持ち前の好奇心が疼き出した。
だがこれ以上この親子に関わりたくないのも蓮姫の本音。
蓮姫が一人自分の好奇心と戦っていると、エメラインではなくシュガーが口を開いた。
「俺の父上ってさ、凄く強い人なんだって。だから俺も強いんだ。俺は強い父上と強い母上の子供だから」
「『強い人なんだって』って……ジョーカーさん、自分のお父さんの事なんですよね?なんでそんな言い方…」
「うん?だって俺一度も父上に会った事ないし」
「え!?」
シュガーの突然の告白に驚く蓮姫だったが、シュガーは笑顔のまま更なる爆弾発言を口にする。
「でも父上は必ず俺に会いに来てくれるよ。俺と殺し合いする為にね。その為に父上は母上に俺を産ませたんだから」
「「「はぁ!?」」」
驚きの声を上げる蓮姫と火狼、そして残火。
しかし何故かユージーンは黙ってシュガーの言葉に耳を傾けている。
それはまるで、シュガーの言葉から何かを探っているように。
シュガーの言葉が嘘か誠か…はたまた冗談なのかと混乱する蓮姫達だったが、エメラインは息子の言葉を肯定するように笑みをこぼす。
「ふふっ。そうね。でもシュガーちゃんが強いのは、シュガーちゃんが頑張ったからだわ」
「それもあるけどさ、一番はやっぱり父上と母上の子供だからだよ」
「まぁ、シュガーちゃんにそう言ってもらえてママ嬉しいわ。きっとお父様も今のシュガーちゃんを見たら喜ぶわよ。シュガーちゃん、お父様の期待通りとっても強くなったもの」
今のこの親子のやり取りで、シュガーの言葉が真実だと知った蓮姫は言葉を失う。
自分と殺し合いをする為に、エメラインに自分の息子を産ませた?
そしてエメラインもそれを受け入れて息子を産んだ?
蓮姫にはそんな思考、絶対に理解出来ないし、したくもない。
完全に引いている蓮姫には気づかず、シュガーは彼女にニコニコと笑顔を向ける。
嬉しそうに……楽しそうに。
「俺の父上もさ。強い奴が好きで、強い奴と戦うのが大好きだったんだって。俺はそんな父上とそっくりで……ううん。同じなんだ。だから弐の姫、俺の子供産んでよ。俺と君の子供ならきっと強くなるからさ」
「そうね。シュガーちゃんと蓮姫ちゃんの子供はとっても可愛くて……ふふっ、その上とっても強い子になるでしょうね」
「母上もそう思うよね?いい考えでしょ」
「もう…シュガーちゃんったら、本当にお父様そっくり。うふふ」
「子供は双子がいいな。俺は君以外との子供なんていらないけど、俺これでも次期皇帝だから世継ぎは残しておかないと。だから一人と殺し合いして、もう一人は次の皇帝にする」
「まぁ。二人なんて言わずにたくさん産んでほしいわ。そうすれば……うふふ。たくさんの孫に囲まれて楽しい隠居生活を送れそう」
ニコニコと自分達の未来予想図について語るエメラインとシュガー。
そんな親子を見て、蓮姫の体には悪寒が走り鳥肌が立った。
子供が欲しい……そこだけ聞けば普通の望みにしか聞こえない。
だが、その子供が欲しい理由と目的は……父親と殺し合いをさせる為。
ただでさえシュガーの子供など産みたくない蓮姫だが、そんな理由を聞いてしまえば、更に心はシュガーとエメラインを拒絶する。
(この二人……狂ってる)
(頭がイカれてるわ)
(こいつら完璧な異常者じゃねぇかよ)
蓮姫と残火、そして火狼は心の中でのみ呟く。
声には出ていなかったが、三人の表情が言葉以上にその気持ちを物語っていた。
「あ、でもさ。どんなに強い親から産まれても弱くなっちゃう事もあるよね。あのゴミクズ以下みたいにさ。そうならないように、産まれたら俺がちゃんと強くなるように育てなきゃ」
「あら?そういえば…………スターファングさんはいらっしゃらなかったのね。この晩餐は蓮姫ちゃんとスターファングさんの祝勝会でもあるのに。どうしたのかしら?」
この親子にとって星牙は完全なるゴミクズ……それ以下の存在らしい。
シュガーは今の今まで星牙の存在を忘れていたのに、闘技場が終わった今も星牙をゴミクズ以下扱い。
母であるエメラインも息子の暴言を止めず、むしろその暴言で星牙の存在を思い出したほど。
星牙と蓮姫の祝勝会と口では言いながら、この場に彼がいない事に二人は今の今まで気づかなかった。
星牙の存在を気にすらしていなかった。
この晩餐に蓮姫が誘われた時、蓮姫と共に星牙も控え室にいた。
だが城に戻った後、星牙は与えられた部屋に引きこもってしまったのだ。
晩餐の時間が近づき蓮姫が外から声をかけても『あんな奴らと飯なんか食いたくねぇ!』と怒鳴る始末。
今回の闘技場、星牙と蓮姫は優勝という最高の結果を残す事にはなったが、星牙にとってそれは最低最悪の結果となった。
シュガーによって自分すら知らなかった弱さをさらけ出され、そのシュガーに八百長試合で無理矢理勝たせられたのだ。
闘技場優勝者という誉高い称号も、星牙にとっては屈辱でしかない。
弱い自分には相応しくないソレは、自分を傷つけ惨めにするだけ。
彼は良くも悪くも……真っ直ぐ過ぎる青年だから、尚のこと。
自分を苦しめ、追い詰め、更には惨めにさせた張本人達との食事など、星牙には到底無理だった。
まるで子供が拗ねているようにもとれるが……そんな星牙の気持ちを汲み取り、蓮姫は星牙をそれ以上誘う事はやめ、自分の従者達のみを連れて晩餐会場に入ったのだった。
どれだけ弱くても、惨めでも、蓮姫にとって星牙は大切な友人。
蓮姫がシュガーとエメラインを好ましく思えないのは、二人が狂った思考の持ち主というだけではない。
一番の原因と理由は友人である星牙だ。
だからこそ自分の友人をバカにするシュガーとエメラインに対して、怒りが収まらない蓮姫。
が、彼女は拳を強く握りしめ、なんとかそれを抑えた。
そんな蓮姫の様子に気づいた火狼は、彼女の代わりにエメラインへ答える。
「あ~……ファングなら部屋で寝てますよ。食欲無いらしいんで」
闘技場を見届けた者や星牙の性格を知る者なら、今の火狼の言葉は嘘……もしくは何かを含んでいると思うだろう。
だがエメラインは先程蓮姫の言葉を鵜呑みにしたシュガーと同じく、火狼から告げられた『星牙は食欲が無い』という話を疑う事なく、その言葉をそのまま受け止めた。
「まぁ、そうだったの?疲れちゃったのかしら?それとも具合が?うーん。医師をお部屋に向かわせた方がいいかしらね?」
「いや~……むしろ何もしない方が元気になるんじゃねぇかな」
苦笑しながら答える火狼にエメラインは首を傾げる。
彼女は何故、星牙がこの場にいないのか本気で分かっていないようだ。
そしてシュガーもまた今の話には興味も関心もなく、むしろ眉間に皺を寄せている。
「あんなゴミの話はいいじゃん。ご飯不味くなるからやめようよ」
最初に星牙の話題を振ったのはシュガーだというのに、この言い草はなんなのか?
蓮姫は嫌悪感丸出しの目をシュガーへ向けるが、シュガーはそんな蓮姫の視線に気づくと再び彼女に笑顔を向けた。
「今してるのは俺達の子供の話だもんね。やっぱり兄弟たくさんいた方がいいかな?その方がたくさん強い奴出来るし」
「……ジョーカーさん」
ふとシュガーを呼ぶ蓮姫だったが、何故か彼女は、シュガーやエメラインにも負けない程に満面の笑みを浮かべている。
その笑顔が何を意味しているのか……それを知るのは蓮姫を深く理解し、彼女を心から慕う従者達のみ。
当然、蓮姫のことなど何も知らない、理解していないシュガーはそれに気づかず蓮姫に笑顔で返した。
「ん?なーに?」
笑顔で聞き返すシュガーに、蓮姫も負けない程の満面の笑みを浮かべ、自分の正直な気持ちを告げる。
「私は貴方の子供なんて絶対に産まないし、産みたくない」