反乱軍襲撃 1
ソレは突然の出来事だった。
ドォンッ!!
「っ!!?何っ!?」
静寂が包む夜の帳。
それをブチ壊すように衝撃音が鳴り響く。
自室にいた蓮姫は急な爆音を聞き、慌てて窓へと駆け寄った。
城に近く、貴族街の中でも高台にある公爵邸。
普段窓から見下ろしている景色が赤く染まり、大きな黒煙が登っている。
その方角は……
「庶民街が……燃えてる…っ!!」
蓮姫は突進するように部屋から飛び出し、一階へと駆け下りた。
「蓮姫っ!」
「レオ!今の爆発音は何!?街で何が起こってるの!?」
「わからん。だが、念のため避難を」
「公爵様!弐の姫様!」
一階のホールで蓮姫とレオナルドが話していると、城の兵士…恐らくは久遠の部下だろう…が屋敷へと飛び込んで来た。
あまりの剣幕にレオナルドも蓮姫も、ただ事ではないと知る。
面食らった二人の後ろから公爵が、何事だ?と顔を出すと兵士は跪き息を切らしながら公爵へと告げる。
「敵襲!!反乱軍が王都へと攻めてきました!!」
「何だと?反乱軍はレムスノアではなかったのか?数は?被害はどうなっている?」
「正確にはまだ…。一先ず、公爵様方と弐の姫様は急いで城へと避難なさって下さい!」
反乱軍は女王、そして姫を廃することを目的とした集団。
狙いは当然女王と二人の姫だ。
「百戦錬磨の猛将、飛龍大将軍のいない時を狙ってきたと言うことか」
「父上!先ずは城へと急ぎましょう!!」
「わかっている。レオナルド、お前は弐の姫様のお側にいろ。お守りするんだ」
「はいっ!蓮姫っ!急いで城へ」
「ま、待って!!」
レオナルドが蓮姫の腕を取ろうとすると、蓮姫はソレを言葉で遮る。
「弐の姫様。事は一刻を争います。お急ぎ下さい」
「危険なのはわかってます。自分が狙われている事も」
「なら急ぐんだ!こんな所にいつまでも居るわけにはいかない!」
再び蓮姫の腕を掴もうとしたレオナルドだが、蓮姫はその腕をかわし兵士へと近づく。
「反乱軍は今、庶民街にいるんですか?」
「は、はい。ですから今お逃げになれば反乱軍が来るまでには充分、城へと逃げれます」
うやうやしく頭を下げながら話す兵士。
だが、蓮姫が聞きたいのはそんな言葉では無い。
「庶民街の人達は?避難できてるんですか?」
「は…?庶民……ですか?今はそのような者達よりも、姫様や貴族様方の避難が最優先です」
「な、何を言ってるんですか!?今、被害を受けているのは街の人たちでしょう!離れた私達よりも街の人達の避難が先じゃないですか!」
「皆様が無事避難なさいましたら、軍も庶民街へと赴き反乱軍と交戦いたします。庶民の避難もその時に」
「っ!?それじゃあ……それじゃあ遅すぎる!」
自分達に危機を知らせに来た時とはまるで違う、あまりにものんびりとした態度に蓮姫は声を上げる。
「今傷ついているのは!誰よりも助けを待っているのは街の人達です!!私達よりも先に!街の皆を!!」
「弐の姫様。お気持ちはわかります。ですが、姫様方や陛下を危険に晒すわけにはいかないのです。ご理解下さい」
憤怒する蓮姫の肩に手を置き、なんとか宥めようとする公爵。
公爵もレオナルドも他の貴族とは違い、庶民を見下したりはしていない。
慈善事業にも積極的に行っているし、庶民達からも支持がある。
公爵もレオナルドも庶民達を差別などせず、同じ女王の民として接してきた。
だが弐の姫を預かる身として、相手が反乱軍ともなれば最優先事項は変わる。
「庶民街の者達は兵士に任せ、我等は警備の厚い城へと参りましょう」
「なんで!なんでそんな事が言えるんですか!?今この時も!助けを待ってる人達がいるのに!!傷ついてる人を…友達を放って自分だけ逃げるなんて出来ませんっ!!」
「蓮姫っ!!」
レオナルドの静止する声も聞かずに、蓮姫は公爵邸を飛び出した。
ユリウスとチェーザレの塔には特殊な術が掛けられており、敵意のある者は入れないようになっている。
チェーザレは心配いらない。
何より今は藍玉も一緒だ。
能力者とはいえ女王の実子、蓮姫のように避難させる兵士もいるだろう。
ユリウスは幸か不幸か、未だに城の一室で幽閉中。
こちらも心配はいらない。
問題は庶民街の者達。
あれだけ酷い事を言われても、蓮姫は彼等を無視して自分だけ逃げる事は出来なかった。
何より黒煙が上がっていたあたり。
方角からして、ソレはエリックの家のある方だった。
「ハァッ!!ハァッ!間に…合って…」
忌み嫌われる弐の姫であろうと、姫は姫。
自分が庶民街へと行けば、兵士達は勿論、久遠等の将軍達も庶民街へと駆けつけるはず。
蓮姫は淡い期待を胸に抱きながら、必死に…全力で庶民街へ駆けて行った。
「おばちゃんっ!!リック!!お願い……お願いっ!無事でいてっ!!」
蓮姫が庶民街へと辿り着いた時、既に街は炎に包まれていた。
炎から、反乱軍から、混乱から逃げ惑う人々。
蓮姫はそんな人々とは真逆に、街の奥へと走っていく。
そしてついに目的の場へ…リックの家へと辿り着いた。
「っ!?火がっ!!」
蓮姫が何度も訪れた店からは、轟々(ごうごう)と炎が上がっていた。
「おばちゃん!リック!っ!?」
急に力強く腕を引かれる。
引かれた方へと顔を向けると、そこには蓮姫の友人兼師匠が居た。
「オイッ!お前何してんだ!?こんなとこでっ! 」
「カインっ!!無事だったのっ!?」
「そんな事より街の奴らがっ!!」
「誰かっ!!誰か助けとくれよっ!!」
カインの無事に安心したのも束の間。
もう一人の知り合いが、金切り声を上げて叫びだす。
「息子がっ!息子がまだ中にいるんだよぉ!!」
声の方を見ると、エリックの母親が必死に叫びながら逃げ惑う人々を掴んでいた。
「おばちゃんっ!!息子って…まさか!?」
「リックが中に居んのかよっ!?」
「カインっ!!頼むよ!!リックが!エリックが逃げ遅れて!まだ中に!二階に居るんだよ!助けとくれ!!」
カインは燃え盛る店を見上げる。
何人かの街の人間が水をかけて消化を行うが、恐らくこの店は手遅れだ。
火の手も煙も激しく上がる様子を見て、カインは首を振る。
「…おばちゃん……これじゃあ…リックは………もう…」
バシャンッ!!
水音にカインが振り向くと、そこにはバケツの水を頭から被った蓮姫が居た。
消化用にと近くにあったシーツを別のバケツに浸すと、頭から被り店へと駆け出す。
「っ!?オイッ!蓮っ!!」
カインは蓮姫を追いかける。
だが彼女が店内に入ると同時に、店の看板が落ちカインの行く手を阻んだ。
「クッソ!!これじゃあ蓮が戻ってくる事も出来ねぇじゃねぇかっ!!」
カインはただ黙って、今も燃え続ける店を眺める事しか出来なかった。
「リック!……ゲホッ!!…リ…クッ!!…」
店内へと入ると中は外よりも激しい煙で包まれていた。
ろくに目は開けられず、息をしたくても煙と熱気が入り込む。
被ったシーツも既に熱くなって、端は少し焦げている。
それでも蓮姫は足を止めずに、二階へと歩いていった。
「…リッ……ク!!……ゲホッ…ゲホッ!…リックーー!!」
「……れ………ねぇ……ちゃ…」
「っ!?リック!?リック!!っゲホッ!リック!!」
微かにエリックの声が聞こえた。
蓮姫もエリックを呼ぶが、口を開けるだけで煙を激しく吸い込んでしまう。
自分がこれほど辛いのなら、幼いエリックは………。
再度エリックの声が聞こえ、蓮姫はある部屋の前へと辿り着く。
扉は閉まっておりドアノブなど触れる状態じゃない。
「リック!!そこにいるの!!」
「……れん………ねぇ……」
「リック!!ゲホッ!待ってて!今行くから!!」
蓮姫は何度も体当たりをして扉を壊す。
肩は火傷し、それでも構わずぶつかり続け、血が出てくる。
バァンっ!!
やっとの思いで中に入ると、そこにはエリックが倒れたタンスの下敷きになっていた。
「リック!?しっかりして!リック!」
蓮姫はタンスを退かすとエリックを抱き上げた。
小さなタンスだったが子供のエリックには大き過ぎたのだろう。
下敷きにされていた小さな両足からは血が流れていた。
「………ね…ちゃ……たす……けて……く…たの」
「喋らないで!今すぐおばちゃんの、お母さんの所に連れて行くから!!ゲホッ!頑張って!!」
蓮姫はシーツをエリックの身体に巻き付けると、エリックを抱え直し部屋の外へ出た。
子供を抱えながら今来た道を全力で走る。
しかし
「階段がっ!焼け落ちてる!!」
下へ降りる唯一の手段が無残にも崩れ落ちていた。
階下を見るとそこは既に火の海。
「これじゃあ……下になんて…ゲホゲホッ!!」
下を向いたせいで煙を大きく吸い込んでしまい、激しくむせる。
その際エリックの顔が視界に入った。
長時間煙や熱気を吸っていたせいでグッタリとし、明るい炎に照らされたその顔色はかなり悪い。
蓮姫はギュッとエリックを強く握りしめた。
「私……私がしっかりしなきゃ……私が…助けなきゃ!!」
蓮姫はエリックの居た部屋へと舞い戻る。
扉をしっかりと閉め煙と炎の侵入を止めるが、部屋の中も煙と炎はある。
「何とかしなきゃ!何とかしなきゃ!!」
バキバキバキッ!!
「な、何!?今の音!!」
蓮姫が頭上を見上げると、そこには焼け焦げた天井の板が今にも崩れそうだった。
「っ!!」
息を呑んだ瞬間、真上の天井の一部が崩れる。