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女帝エメライン 1


闘技場決勝戦開始前。


今まで歓声に包まれていた会場は、一気に観客のどよめきに満ちる。


困惑したように決勝戦…この闘技場最後の選手を凝視し、ザワザワと騒ぎ出す観客達。


蓮姫の従者であるユージーン達も、その人物の登場に驚きを隠せないでいる。


だがそれは蓮姫と星牙も同じだった。


この試合に勝てば蓮姫と星牙は優勝となり、あらぬ疑いをかけられた星牙の無罪は晴れる。


あと一試合、あと一回勝つだけで、この闘技場も終わり。


だが決勝戦…闘技場最後の対戦相手は、蓮姫が想像もしなかった人物だった。


笑みを浮かべたまま自分達へ近づく女性。


そんな彼女から目を離せず、ただただ困惑する蓮姫。


歩くだけでも優雅な仕草。


ふわりとした慈愛(じあい)に満ちた微笑み。


今までの騎士団や街の力自慢と比べて、華奢(きゃしゃ)な体つき。


どれもこれも闘技場には似つかわしくない彼女。


そんな彼女は蓮姫や観客の困惑をしっかりと感じていながらも、笑顔を崩すことなく蓮姫と星牙…二人に言葉をかける。


「蓮姫ちゃん。スターファングさん。決勝戦進出おめでとう。二人ならきっと、ここまで勝ち進めると信じていたわ」


「え、エメル様………何故…エメル様がここに?」


「うふふ。蓮姫ちゃんも…本当はわかっているのでしょう?」


楽しそうに微笑むと、エメラインは審判の男からマイクを受け取り、会場全体に向けて言葉を(つむ)いだ。


「皆さん。決勝戦を始める前に、私から少しお話があるのです。よろしいかしら?」


エメラインの問いかけに騒いでいた観客は、戸惑いながらも口を閉じる。


中にはコクコクと(うなず)く者も何人かいた。


会場が静まり返ったのを確認すると、エメラインは再びふわりと優しい微笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。まずは…この厳しい闘技場の試合…その全てを勝ち抜いた挑戦者を皆さんで(たた)えましょう。弐の姫蓮姫殿と、スターファング殿に大きな拍手を」


そう言ってエメラインが両手を広げると、観客から盛大な拍手が上がり会場を包む。


しかし拍手の音は聞こえても、話し声等は全く聞こえない。


それは蓮姫達を(たた)える、というよりも、ただ戸惑った状態で皇帝に言われるまま行動しているようだった。


拍手が段々と小さくなると、エメラインは再びマイクを口元に寄せる。


「はい。ありがとうございます。長く続いた闘技場も次の決勝戦で終わりとなります。ですがその前に…皆さんに是非ご紹介したい人が、お伝えしたい事があるのです」


エメラインは『ふふっ』と頬を少し赤らめ、楽しそうに笑った。


そして少し後ずさると、後ろにいたシュガーの肩を抱き、全国民に向けて言い放つ。


「皆さん。ご紹介致しますね。彼は『シュガー』。私の、このギルディスト皇帝エメラインの…愛しい愛しい…息子です」


ニッコリとそれはもう満面の笑みで告げるエメラインだったが、その発言で会場は一気にざわめき出した。


「へ、陛下の息子!?」


「そんな!?陛下は独身のはずでしょ!?」


「ご結婚されてたなんて…それもあんな大きな息子がいるなんて!」


「じゃ、じゃあ、あの『シュガー』って奴…い、いや…シュガー様はこの国の帝位継承者か!?」


「そもそも父親は誰なんだ!?」


一度静まり返っていた事から、会場の騒ぎは今までで一番大きなものに感じる。


観客達は全員が全員困惑し、驚愕(きょうがく)し、口々に騒いでいた。


その様子から、この国とは無関係の蓮姫達も少しだが自体を把握(はあく)した。


エメラインによる今の息子紹介発言。


それはこの国にとって、爆弾発言だったのだ、と。


それを理解した蓮姫はポツリと星牙に向けて呟く。


「私達が知らないんじゃなくて…国中の人達が知らなかったんだ」


「みたい…だな。でもさ…なんで女帝は息子の事を隠してたんだ?」


星牙の疑問はもっともだ。


王とは国を治め民を導く存在。


その王に世継ぎが産まれたのなら、それは国民にとって一大(いちだい)ニュース。


国を上げて喜ぶべき事であり、国全体が祝福すべき事。


だというのに…エメラインは息子の存在を今の今まで国民に隠していた。


子供を望んでいなかったとか、息子を邪険にしているならわかる。


しかし誰が見てもわかる通り、エメラインは息子のシュガーを溺愛している。


今だってシュガーの頭をニコニコと笑顔で撫でているくらいなのだから。


撫でられているシュガーは、明らかに不機嫌そうにしているが。


「だから…『シュガー』じゃなくて『ジョーカー』だって」


「うふふ。だぁめ。古狸さんの付けた名前なんていけません。貴方は『シュガー』ちゃんよ。お父様とお(そろ)いの…素晴らしいお名前でしょ?」


「父上なんて会った事ないし、名前知らないし」


「いつか会えるからいいの」


ニコニコと微笑む母とブスッとした表情の息子。


一見、子離れ出来ていない母親と反抗期の息子のようにも見える二人の姿。


あまりにも仲睦まじい…いや、満面の笑みのエメラインを見て…この男は本当に皇帝の息子なのだと、観客も戸惑いながらもその事実を受け止めつつあった。


自分達に集中する観客の視線。


それに答えるように、エメラインはシュガーから手を離すと、観客に向けてまた言葉をかける。


「皆さん、突然の発言で驚かせてしまいましたわね。でも…彼は正真正銘、私の息子です。何故今まで黙っていたのか…何故、産まれた時に皆さんにお伝え出来なかったのか?それは…息子を産んだのが20年前の事だからです」


エメラインが発した『20年前』という言葉に、観客…特に中年以降の大人達が反応した。


「20年前?……先の皇帝陛下が亡くなられた頃か?」


「あぁ。それに陛下の兄上が殺されたのも…」


「そうだったな。あの頃は国もごたついていた」


「陛下が直ぐに皇帝となり、それらを全て治めて下さったが……今思い出せば…確かに陛下は皇帝に即位された後、数ヶ月は国民に姿を見せなかった」


「じゃあその時の?」


ユージーン達の近くでヒソヒソと会話する観客達。


それは小声だったが、ユージーン達にはしっかりとその内容が伝わる。


観客の言葉でユージーンは『ふむ…』と(あご)に手を当てると、火狼にそっと耳打ちし、自分よりも今の情勢に詳しい火狼へと確認する事にした。


「おい犬。まさかあの女帝…自分の父親と兄貴を殺して皇帝になったのか?」


ユージーンの問いかけに、火狼は両腕を組むと何やら考える素振り…いや何かを思い出そうとする。


そしてユージーンにしか聞こえない程の小声で、言葉を返した。


「………確か…昔ギルディスト王室から朱雀に依頼が来た事もあったな。俺はまだガキだったから、当事者じゃねえけど。でも頭領になった時、過去の依頼記録は見たから…そこは間違いねぇ」


「なら…あの女帝は」


「いんや違うよ。ハズレ。暗殺の依頼をしたのは女帝様じゃなくて、死んだ兄貴の方。依頼内容は……『妹の暗殺』」


「なに?」


自分の考えとは真逆の答えに、ユージーンは軽く眉を(しか)める。


そんなユージーンに火狼は更に言葉を続けた。


「先代のギルディスト皇帝は長いこと病床(びょうしょう)()しててさ。いつ死んでもおかしくなかったみたい。だから早い段階で次の皇帝を決めてたんだよ。それがあの人。今の女帝様ね」


火狼はクイッと(あご)をエメラインへと向ける。


ユージーンも一度視線をエメラインへと向けたが、直ぐにそれを火狼に戻す。


「妹の方が次期皇帝を約束されてたのか?なんで兄貴じゃなく妹に……本妻の子供じゃないとか、そういうヤツか?」


「それもハズレ。ギルディスト王室って結構変わっててさ。皇帝は伴侶を一人しか取らないらしいんよ。まぁ、子供産まれなかったら話は別だろうけどね。んで、先代の皇帝の妃も一人だけ。子供も今言った二人」


「なら普通、兄貴が次の皇帝だろ?長男で本妻の息子なら尚更だ」


「忘れたの旦那?ここはギルディスト。『強さこそ全て』を(うた)う国。皇帝の子供達の中で誰が次の皇帝になるか?そこも完全実力主義で決まるんだわ」


ニヤリと微笑む火狼に、今度こそユージーンは彼の言葉に納得した。


闘技場の決勝戦に現れたエメライン…それは彼女がこの国で誰よりも強い事の証明。


現にユージーンも、初めてエメラインに会った時から、何度も彼女から常人ならざる気配を感じている。


エメラインが皇帝になったのは、暗殺や蹴落とし等の汚い経緯は必要ない。


エメラインがそこに…皇帝の座にいるのは、エメラインこそ皇帝に相応しい存在だからだ。


「つまり………その完全なる実力で次の皇帝と認められたのは、兄貴じゃなくて妹の方だった…か。女帝は今38だから当時は18。そんな小娘が次の皇帝と言われれば、先に生まれた兄貴は納得しないだろうな」


「そうそう。だから次期皇帝である妹への暗殺依頼を俺達朱雀にした訳よ。でも王室から受けた依頼、それも『次の皇帝になる帝位継承者』を殺せっていう依頼じゃん?流石に先代達も二つ返事は出来なかったみたいでさ」


懸命(けんめい)な判断だな。失敗は当然、情報が少しでも()れれば、朱雀そのものが潰される可能性がある」


「そゆこと。その依頼を受けなかったって点では唯一、先代達を褒めてぇわ。結局その依頼はちょっと保留させてもらったって訳。で、その間に依頼人である女帝様のお兄様は、この国でお亡くなりになりました。めでたし、めでたし」


「今の何処にめでたい要素があったんだ?にしても…お前ベラベラとよく喋るな」


本来、暗殺ギルドにとって暗殺依頼や雇い主の情報は秘密事項。


それも王族からの暗殺依頼は、受けた依頼の中でもトップシークレット扱いになる。


今は蓮姫の従者であるこの火狼とて、弐の姫暗殺依頼をした者の事は、未だに口を割らないし、それは火狼だけでなく残火も同じ。


彼等は自分達に依頼した者の情報に関して、とても口が固く話す事はない。


しかし今、火狼はかつて朱雀が受けた暗殺依頼をユージーンへと説明した。


それはもうベラベラと、何も隠す事なく丁寧に。


またいつもの嘘か?とも思ったが…そんな嘘をついても彼に、そして朱雀に何の得も無い。


ユージーンの言いたい事がわかったのか、火狼はまたニカッ!と満面の笑みを浮かべる。


「だって俺関係ねぇも~ん。先代達だって依頼受けてねぇし。そもそも依頼人もう死んでるし。旦那もベラベラ他人に喋ったりしねぇっしょ?だから別に構わねぇかなって」


「そんな理由かよ…」


「うん。そんな理由よ」


ニコニコと笑顔を浮かべている火狼に、ユージーンは呆れたようにため息をついた。


いや、完全に呆れている。


いくら当事者じゃない、依頼人は既に死んでいるとはいえ…こうも簡単に機密事項を喋るとは。


泣く子も黙る暗殺ギルド朱雀の頭領がコレでいいのか?と、珍しく変な心配をするユージーン。


しかし、いくら丁寧に火狼が説明をしてくれても、それはユージーンの欲しかった情報ではない。


ユージーンだけではなく、観客もまた、エメラインの発言に困惑したままだ。


ザワザワと騒いでいる観客をしばらくリングから傍観していたエメラインだが、ついに再びマイクを口元へ寄せた。


「皆さん。聞いて頂けますか?」


ゆっくりと確認するように言葉を発したエメライン。


それを聞き、ザワついていた観客は一気に静まり返った。


「………ありがとうございます。まず…そうですね。何故息子が産まれたその時、皆さんにご報告出来なかったのか?それについて、ご説明させて頂きます。息子が産まれた20年前…兄が死に、先代皇帝である父も亡くなりました」


「先の…皇帝陛下…」


「……ご立派な方だったわね」


「あんなに強い方が…病で亡くなるとは…」


そのエメラインの言葉を聞き、観客の年長者は何人も鼻をすすっている。


中には先代皇帝を思い出したのか、涙を流す者もいた。


今の皇帝、エメラインも民には慕われているが、観客の様子を見る限り、先代皇帝も多くの民に慕われていたらしい。


亡き父を(いた)む民を見て、エメラインはまた口を開く。


「私は兄と父を失い、20年前この国の皇帝となりました。しかし…知っている人もいるとは思いますが…当時、兄が死んだのは…私が裏で関わっていた…という根も葉もない噂が国で流れていたのです」


その言葉を聞き、観客や騎士団の年長者は苦い表情を浮かべ、逆に若い国民達はどよめく。


蓮姫と星牙も声には出さなかったが、その顔は驚きに満ちていた。


この言葉に何の反応も示していないのはシュガーのみ。


彼は自分の母…そして祖父や伯父の話だというのに、全く興味が無いようだ。


首や肩をポキポキと鳴らしたり、大きな欠伸(あくび)をしたりと退屈そうにしている。


一方エメラインも、微笑みを崩さずに国民に向けて話を続けた。


「兄が死んだのは20年前に開催された闘技場。兄は決勝戦に出ましたが…当時の挑戦者によって殺されました。その挑戦者は法に(のっと)り、父によって死刑を下されましたが…兄の忠臣達は挑戦者が私の手の者だと考えました。『私が兄を殺させた』…そう考え、ありもしない噂を流したのです」


顔を地面に向け、俯きながら話すエメラインは、誰の目にも悲しんでいるように見えた。



この時…エメラインが実は微笑んでいたなど…誰一人として気づく者はいなかった。


もしや本当に…彼女が実の兄を殺させたのか?


本当に彼女は…兄の死を望んでいたのか?


いいや…違う。


エメラインは兄の話をしながら、兄の事など思い出してはいなかった。


彼女の脳裏に浮かんだのは…死んだ実の兄ではない。


それは彼女が…エメラインが愛した男。


彼女の兄を殺した……当時の闘技場挑戦者の姿だった。

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