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マリオネット 8


その頃、リング上のサイラスは、自分の部下である騎士団員に小声で指示を出していた。


「お前はスターファングの相手をしろ。弐の姫様のお相手は俺がする」


「しかし…あのような卑怯者(ひきょうもの)に団長の手を(わずら)わせる訳には」


団長の指示に不満げに呟く騎士団の男。


その目には蓮姫へのあからさまな嫌悪感が浮かんでいた。


サイラスはそんな部下に対し、厳しい口調で彼をたしなめる。


「口を(つつし)め。相手は未来の女王たる資格を持つ、弐の姫様だ。陛下も認める弐の姫様への不敬…騎士団長として許せるものではないぞ」


「も、申し訳ございません」


『陛下』という言葉を聞いて、自分の失言に気づいた団員は慌ててサイラスに頭を下げる。


それは弐の姫である蓮姫を軽んじた事への謝罪ではなく、女帝に対してのもの。


騎士団にとって、そしてこのギルディストの民にとって皇帝エメラインは絶対の存在だからだ。


そんな部下の見当違いな謝罪に気づいていながらも、サイラスはあえてそこには言及(げんきゅう)しない。


代わりに彼が口にしたのは忠告だった。


「わかればいい。…それと一つ言っておく。弐の姫様…いや、【マリオネット】を使うあの従者の相手は、お前では無理だ。………俺でも勝てるかどうか…」


「団長が?何をおっしゃいます。団長はこの国最強の戦士ではありませんか。弐の姫の従者など団長の足元にも及びませんよ」


「…………そろそろ試合が始まる。スターファングは任せたぞ」


自分達を束ねる団長の勝利を、そしてその強さを信じて疑わない部下。


だがサイラスは部下の言葉に肯定も否定もせず、ただ目の前の対戦相手…蓮姫と星牙を見据えた。


ただ心の中でのみ…この国で限られた極小数しか知らない事実を呟く。


(俺はこの国最強の戦士ではない。…最強なのは……)


サイラスが脳裏にとある人物の姿を思い浮かべたその時、準備が整ったと判断した審判はいつものように右手を高く振り上げた。


「準備はいいな?それでは!準決勝戦……始めっ!!」


審判が右手を振り下ろした直後、騎士団員の男と星牙は同時に相手へと駆け出し、(やいば)を交わした。


お互いの剣を相手に押し込み、一度同時に剣を引けば、再度またガンガン!と音を立てて激しく打ち合う二人。


「スターファング!貴様もここで終わりだ!陛下の罰を甘んじて受けろ!」


「ふざけんなっ!なんで無実の俺が罰を受けなきゃいけないんだ!」


「貴様らの罪はこの神聖なる闘技場を!我等ギルディストの民を!陛下を侮辱(ぶじょく)した事だ!弐の姫だけでなく貴様も同罪だ!弐の姫共々!ここで負けるがいい!」


激しい口論をしながらも、二人とも剣を振るう手は止まらない。


むしろそれは段々と激しくなっていく。


激闘を繰り広げる二人を見て、観客も大いに興奮し、歓声を上げていた。


だが、蓮姫とサイラスはお互いを見つめ合ったまま、その場から動こうとはしない。


サイラスが木製の大剣を、対する蓮姫は木製の短剣を構えてはいるが…相手の目を見据(みす)えるのみ。


どちらも動きもしないし、口を開く事もしない硬直状態が続いていた。


サイラスも、また蓮姫を操るユージーンも相手の(すき)(うかが)ってはいるが、その相手に一切の隙がない。


ギリギリの間合いで相手の出方を待っていた両名。


先に(しび)れを切らしたのはサイラス。


いや、痺れを切らしたのではない。


彼は何処か諦めたような、蓮姫を(あわ)れむような目で見つめると、小さくため息を吐いた。


(弐の姫様が戦うことが…陛下のお望み。どのような結果であれ、陛下はお喜びになる。だが…この少女は今負けるべきだ。それがせめてもの…)


何かを決意したような眼差しを蓮姫に向けた直後、サイラスはその巨体で一瞬に蓮姫との間合いを詰め、彼女に向けて木製の大剣を振り下ろした。


蓮姫…いや、ユージーンはその大剣をギリギリで避けると木の短剣をサイラスに向けて打ち込む。


サイラスもまた蓮姫からの攻撃を軽くかわすと、今度は大剣を下から振り上げてきた。


蓮姫は自分に向かってきた大剣に片足を乗せると、そこに重心を起き高くバク転をするように蹴り上がる。


その際にもう片方の足で、サイラスの顔を蹴ろうともしたが、サイラスは蓮姫の足を腕で振り払い、こちらもまたノーダメージのまま。


着地した蓮姫は今の激しい動きに頭がついていかず、心臓がバクバクと脈打っている。


それでもまだ決着が付いていない今、蓮姫はサイラスと戦い続けなればならない。


どちらか…いや、サイラスが倒れるまで、彼女はユージーンに操られるまま戦わなければならないのだ。


「やはり弐の姫様は…いや、彼は一筋縄(ひとすじなわ)ではいかぬ相手。弐の姫様は良き従者に恵まれましたな」


「……申し訳ありません、サイラス団長」


「何も謝る事はございません。陛下が何も言わず闘技場を続けるのならば、これも一つの戦術として受け止めるまで。何より戦場では相手がどのような手に出ても、卑怯だ何だと言える状況ではありませんからな。弐の姫様が負い目を感じる事はありません」


「………感謝します。サイラス団長」


「いえ。…では…再開致しましょうか」


「よろしくお願いします!」


皇帝観覧スペースに近いリングの端で蓮姫とサイラスが、そして反対側の端で星牙と騎士団員が激しい戦いを繰り広げる。


今回は今までのように簡単に終わる試合ではない。


四人の攻撃は(ゆる)む事無く、激しさを増していくばかり。


あれだけサイラスが勝つと思っていた観客にも、もはやどちらが勝つか分からなくなっている。


白熱した戦いはそれからも続いた。


そんな戦いが繰り広げられる中、星牙と対戦していた騎士団員は忌々しげに言葉を吐く。


「クソッ!さっさと倒れろ!貴様らが勝利する事など誰も望んではいない!ヒーロー気取りの卑怯なクソガキが!これの父親が元帥とは!世も末だな!」


「なんだと!?もっぺん言ってみろ!」


「何度でも言ってやるさ!息子がこの(てい)たらくとは…貴様の父親も卑怯な手を使い元帥にまで(のぼ)()めたのだろう!親子揃って恥さらしが!」


「っ!!?親父を…悪く言うんじゃねぇっ!!」


父親を侮辱(ぶじょく)された事で頭に血が上った星牙。


だが父親に対するその侮辱(ぶじょく)の言葉こそ、星牙にとって最大のトリガーとなった。


それは父親を誰よりも(した)う星牙に、言ってはならぬ言葉だったのだ。


「俺の親父は…この世界で最高の男だ!女王陛下を!民を!家族を命懸けで守る!誇り高い…最強の武人だぁあ!」


星牙はそう叫ぶと、リングを強く蹴り一瞬で騎士団員との距離を詰めた。


今までお互いの木製武器が届く距離にしかいなかった星牙の顔面が、自分の鼻先に来た事で騎士団員は息を()む。


(っ!?コイツ!急にスピードが上がった!?)


これまでの星牙とは比べ物にならない程のスピードに、騎士団員の男は素直に驚く。


今の今まで星牙と刃…木製とはいえ武器交(まじ)えていた騎士団員の男だったが、心の中では常に星牙を見下していた。


だが今の星牙は、明らかに今までの星牙とは違う。


それに気づいた彼の顔には驚きと恐怖が(にじ)み、首筋には嫌な汗が流れた。


騎士団員である彼をここまで(おび)えさせる原因は、彼を見つめる星牙の黒い瞳。


それはまるで獲物を捕える獣のよう。


(するど)い光を放つ漆黒の両目には、強い敵対心と怒りが込められていた。


騎士団員の男は自分より10も年下の少年に対して、今…強い恐怖を感じている。


見下していた相手に今度は自分の方が(おび)えているという事実に、騎士団員の男は羞恥で顔を真っ赤に染めた。


(おび)えているだと?誇り高いギルディスト騎士団のこの俺が?こんな卑怯者のガキにっ!!)


騎士団員は荒ぶる感情のまま木製の剣を振り上げようとしたが、やはり星牙の方が何倍も早かった。


「ぅおおおおおおっ!!」


星牙は左手の武器で相手の武器を振り落とすと、すかさず右手に持った武器を騎士団員の頭目掛けて振り下ろす。


バキッ!という音がリングに響くと、騎士団員の男はそのまま脳震盪を起こし倒れてしまった。


持っていたのが木製の武器ではなく、棍棒(こんぼう)や本物の剣ならば…間違いなく騎士団員の男は死んでいただろう。


星牙はただ倒れた対戦相手をフーッ、フーッ!と荒い息遣いのまま見下ろす。


黒い瞳には依然(いぜん)として怒りの炎が宿ったままだった。


長く続くと思っていた戦いが一瞬で決着がつき、観客も唖然(あぜん)としている。


だがそれも一瞬のこと。


直ぐに観客はいつも通りの歓声を上げ、星牙ことスターファングを()(たた)えた。


「ファングの野郎!またやりやがったぜ!」


(すげ)ぇ!(すげ)ぇぞ!スターファング!」


「キャー!カッコイイわ!こっち向いてファングー!」


「ファング!」


「ファング!」


四方八方から自分を賞賛(しょうさん)する言葉に、星牙もハッと我に返る。


一度困惑したように倒れた対戦相手を見つめた星牙だったが、顔を上げると街でしていたように「どうもどうも」と観客に向けて手を振ったり、頭を下げて応える。


まるで先程までの獣のような姿が嘘のように。


そこにいるのは人当たりのいい青年にしか見えない。


そんな星牙を観客席から見つめる火狼とユージーン。


「うわ~。見たアレ?ファングったらパパを(けな)されてブチ切れてやんの」


親父(おやじ)自慢してる時から感じてたが…ありゃ相当なファザコンだな」


「我を忘れて相手をぶちのめすくらいだもんね。俺には父親が好きとかいう感情、全っ然理解出来んわ。ファングにパパへの悪口は厳禁、と。覚えとこ」


「別に覚える必要ないだろ。あのガキとはこの場限りの付き合いだからな。そもそもブチ切れてあの程度じゃ、俺は当然お前の相手にもならねぇだろ」


「だとしても余計な事言って怒らせない方がいいじゃん?」


「普段余計な事しか言わねぇ奴が…どの口でほざいてやがる」


はぁ…と呆れてため息をつくユージーンに、火狼はまたケタケタと声を出して楽しそうに笑う。


ユージーンの言葉を否定しないあたり、火狼もそれには自覚があり、また今後改めるつもりもないようだ。


「んで?ファングの方は終了。後は姫さん…じゃなくて、旦那だけど…どうよ?」


「ハッ。誰に向かって言ってやがる?こっちも直ぐにケリをつけてやるさ。ギルディスト最強の戦士がこれなら…次の決勝も大した事ない」


「あら?頼もしいこと言ってくれんじゃん。じゃあ明日にでもギルディストとはおさらば出来るかもね~」


ユージーンの絶対的な自信に火狼もまた安心しきっている。


ユージーン相手なら対戦者が誰だろうと、敵ではない。


この時の彼等は自分達が…そして蓮姫が、簡単に闘技場を優勝出来ると高を括っていた。


そして場面はリング上へと戻る。


自分の試合が終了した星牙はリングを降り、残されたのは蓮姫と騎士団長サイラスのみ。


サイラスは蓮姫を見つめながらも、その視線は蓮姫の奥にいる星牙へと向けられていた。


そして口元を緩ませ、フッ…と笑うサイラス。


「面白いですな…彼は」


「え?……星牙の事ですか?」


ふと掛けられた言葉に蓮姫もまたキョトンとしながらも、律儀に応える。


「えぇ。スターファングはこの闘技場で急成長しております。その上、彼は実践で本領を発揮するタイプの武人。飛龍元帥の息子に相応しく、未知数の強さを秘めている。警戒するのは弐の姫様だけではなかったようだ」


「星牙にとって蒼牙さん…飛龍元帥は自慢のお父さんですからね」


「彼は自慢の父に恥じぬ武人です。同じ武人として彼の将来が楽しみだ。しかし今は…彼よりも弐の姫様に専念しなくてはなりませんな。そろそろ我々も…」


言葉の途中で木刀を構え、サイラスは蓮姫を見据える。


「決着をつけましょう」


「はい。サイラス団長」


蓮姫もサイラスに頷くと木製の短剣を構えた。


観客席にいるユージーンもまた二人の会話を唇から読み、意識を蓮姫に掛けた【マリオネット】に集中する。


サイラスの言う通り…この試合、闘技場準決勝の決着をつける時だと。

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