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本心 3




「…………リックが…」


チェーザレから告げられた内容に、蓮姫は口元を両手で押さえながら呟いた。


あんなにも泣いたのに……蓮姫の瞳からは再び涙が流れる。


「あぁ、そうだ。お前は誰も自分を受け入れてくれない……そう思うのも無理はないかもしれん。……だがお前を案じ、気にかけてくれる存在もいる。弐の姫としてではなく、ありのままのお前を受け入れてくれる存在だって確かにいるんだ。弐の姫であろうと関係ない。卑屈(ひくつ)になる事など何も無い。大きな絆をお前は築けたのだから」


「うん……ありがとう…チェーザレ」


「礼は私ではなくリックに言え。今は無理でも…」


「うん。そうだね」


チェーザレが公爵邸に来てから初めて、蓮姫は嬉しそうに心からの笑顔を浮かべた。


「お前は一人ではない。お前を思う人間は確かにいる。それを忘れるな」


「うん………ありがとう。ありがとうチェーザレ…リック」


はにかみながら告げる蓮姫を、チェーザレは再度優しく抱きしめた。






「流石は公爵邸。応接室を覗き見できる(いにしえ)の魔道具が(そな)わっているんだからね。女王陛下の直系の家系とは、名ばかりじゃないらしい」


応接室より離れた部屋。


壁にかかった大きなモニターに映し出された蓮姫とチェーザレの姿を見て、藍玉は呟く。


応接室の様子を監視する為だけに作られた部屋。


そこでチェーザレと共に来た彼は、モニターに映る蓮姫とチェーザレを眺めていた。


勿論、そこに居るのは彼だけではない。


「弐の姫は我が弟を本当に、心から信頼しているようだ。そうは思いませんか?……レオナルド殿」


藍玉が後ろに控えるレオナルドに声をかける。


しかし彼は、藍玉の問いかけには答えずに、両手を強く握り締め、モニターを睨みつけていた。


側で同じようにモニターを見ていたソフィアは、オロオロとレオナルドとモニターを見比べるしか出来ない。


そんな二人に構わず、藍玉は言葉を続けた。


「あんなにも弐の姫が本心をさらけ出せる相手なんて、あの子とユリウスだけだろうね」


「ら、藍玉様。お言葉ですが…お兄様も」


「そうだと?ソフィア(じょう)は面白い事を言うね。そんな事は無い…と、君だって知っているのでしょう?」


ソフィアの言葉を一蹴(いっしゅう)するように、藍玉はクスクスと嘲笑う。


「弐の姫が信頼している………いや、心を許しているのは我が弟達だけですよ。蒼牙殿やエリックという少年の事も彼女は信頼しているが、弟達程じゃあない。過ごした時間も短か過ぎる。君達は半月も弐の姫と一緒に居たのに、彼女から本心なんて露ほども(さら)されなかったでしょう?」


藍玉の言葉が事実なだけに、ソフィアも何も言えなくなる。


レオナルドは黙って話を聞くが、その視線はモニターから動くことはなかった。


「所詮はお飾りの婚約者。愛情が無くても、恥じる事は無い」


「違うっ!!俺は蓮姫を……飾りだけの婚約者だなどとは思ったことはない!!いつだって…彼女をっ!」


藍玉の言葉にさすがのレオナルドも反論したが、藍玉は今まで浮かべていた笑みを消し、レオナルドに冷たく言い放つ。


「君の気持ちなんてどうでもいいよ。結局は君も、ソフィア嬢も弐の姫を追い詰めただけだった。大事なのはそこだけだ」


「お、俺は蓮姫を追い詰めたりなどっ!」


「弐の姫に厳しく当たるのに?ろくに話し合ったりもしなかったくせに?挙句の果てに蘇芳殿を使って、彼女がやっと得た居場所を奪ったと言うのに自分は悪くないって言いたいの?次期公爵はまだまだお子様だね」


「っ!!」


「僕は断言するよ。この半月で彼女を傷付けたのは君だ。君の空回りの愛情が彼女とのすれ違い、確執(かくしつ)を招いたんだ」


それだけレオナルドに言い放つと、藍玉は部屋を出て行く。


部屋に残された二人は、ただ黙って俯くしか出来ず、その場から動こうとはしなかった。




藍玉はその足で応接室へと向かい、ノックもせずに中へと入る。


「チェーザレ。話は終わったかい?」


「あ、兄上っ!ノックぐらいして下さい」


いきなり現れた兄に気づくと、チェーザレは赤くなりながら蓮姫から身体を離した。


「兄上?………じゃあ、この人が」


「お初にお目にかかりますね、弐の姫。僕は藍玉。現存する女王陛下の実子の一番上で、そこのチェーザレ、幽閉中のユリウス、『哀れ者』と名高いリュンクスの兄に当たりますよ」


自分に対して頭を下げる青年を、蓮姫はまじまじと見る。


女王の実子だけあって彼女譲りの美貌だ。


チェーザレ達兄弟ともよく似ているが、さすがに一番上だからか大人としての余裕が(かも)し出している。


恐ろしい能力者だと話には聞いていたが、そこに居るのはただの青年だった。


「こ、こちらこそはじめまして。弐の姫の蓮姫です」


「うん。あ、僕に敬語はいらないよ。僕も使うつもりないし」


そう笑う青年は、とても人当たりの良さそうな笑顔をしていた。


「二人の熱い時間を邪魔して悪いけど、そろそろ戻らないとね。あまり長居しては公爵にも失礼だし」


「え!?もう帰っちゃうの?チェーザレ」


蓮姫に不安げに尋ねられても、チェーザレは頷いた。


本当は自分だって蓮姫の側に居たい。


だが藍玉がわざわざ迎えに来た……という事は自分は長居出来ない、と自分に言い聞かせた。


藍玉の言葉の支配力は、たとえ能力を使わずとも、その特性ゆえに他人は深読みしてしまう。


「すまない。だが……近いうちに必ず会いに来る。いいですね?兄上」


「いいんじゃない?僕がいなくても、近いうちに再会出来るさ」


「兄上抜きでは私は蓮姫に会えません。知っているでしょう。蓮姫、私は無理でも蒼牙殿は戻り次第、お前に会いに来てくれる。あの人は信頼できる。何かあれば蒼牙殿に言え」


「………うん……わかった」


寂しげに俯く蓮姫。


引き止めたくとも、それは叶わないことを蓮姫は身にしみる程に知っている。


「蒼牙殿、ね。まだ討伐から戻ってないんだっけ?」


「えぇ。あの人の実力ならもう戻って来て良いはずだが……苦戦しているのでしょう」


「いや、そんな理由じゃないよ」


ボソリと藍玉が告げた言葉は、チェーザレではなく近くにいた蓮姫にのみ聞こえた。


「藍玉…さん?」


「藍玉でいいよ、弐の姫。ではそろそろ戻ろう。チェーザレ、馬車の準備をして来て。僕は彼女に話があるから」


「は?しかし…」


「危害を加えたりしないよ。少し話したい事があるだけ」


藍玉の能力をよく知り、その恐ろしさを間近で見てきたチェーザレは蓮姫と藍玉を二人きりにする事に抵抗があった。


しかし自分が抵抗しても、彼の能力の前では無意味だと察して部屋を出て行く。


「さて、弐の姫。話というか頼みがあるんだ。……無理だと思うけどね」


「何ですか?」


随分失礼な言い草だが、蓮姫は弐の姫として嫌われるのは仕方ない、と割り切って続きを促す。


「あぁ、別に君に期待してないだけで、悪気は無いんだよ。あと敬語はいらないって」


謝罪なんだか気を使っているのか、よくわからない言葉だが、次に彼の口から出た言葉に、蓮姫は更に混乱することになる。



「今晩………何があっても、外に出ないと約束してほしい」



「…………………え?」


蓮姫には意味がわからなかった。


何故そんな事を、初対面の青年に突拍子もなく言われなくてはならないのか?


そもそも、蓮姫が邸から出たくとも、庶民街の件もあり、公爵もレオナルドもソレを許してはくれないだろう。


「一つ聞きたいんだけど……ソレが頼みなら、どうして能力を使わないの?」


藍玉なら、わざわざ頼み事などしなくとも、能力で相手を従えられるはず。


姫相手に使用など当然禁止されているが、ここには藍玉と蓮姫しかいない。


バレる前に能力で口封じもできる。


だが、彼はあえて能力を使わないらしい。


「能力使ってほしいの?」


「……嫌だけど…」


「なら頼みを聞いてよ」


「………はぁ…今夜ね。よくわからないけど……わかった……というか出してもらえないし」


「………そう願うよ」


藍玉は最後まで期待してない、と滲ませながらチェーザレの待つ馬車へと向って行った。


蓮姫も見送りの為、二人の元へと駆ける。


やはりチェーザレを見ると、寂しくなり涙が出そうだが、彼にこれ以上心配をかけさせたくない。


蓮姫は笑顔で二人を送る。


「またね、チェーザレ。藍玉」


「あぁ。またな」


「またね、弐の姫」







「兄上。蓮姫に何を話したんです?」


「ん~~?秘密だよ。君には僕の秘密は話さない」


「…兄上……その言い方はユリウスのようで腹が立ちます」


「種違いとはいえ兄弟だからね」


藍玉は軽く笑うと、窓から公爵邸を眺める。


公爵邸に来る前は雲ひとつ無い青空だったのに、今は薄暗い雲が空を覆っていた。




「まぁ……どうせ無理だよね、弐の姫。所詮は誰も、定められた運命に逆らえないんだから」



徐々に怪しくなる雲行きと同じく、不吉な影が王都へと迫っていた。


ソレに気づいているのは、この男ただ一人。


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