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マリオネット 7


蓮姫と星牙は急いでリングに駆け上がると、審判と対戦相手に向けて頭を下げる。


「遅くなってしまい、すみませんでした」


「悪い悪い」


「間に合ったのならいい。いけるな?」


「はい!」


「おう!」


蓮姫と星牙による元気いっぱい…それはもうハツラツとした返事を受け、審判はエメラインの方へと首を向ける。


エメラインもその視線の意図(いと)に気づき、マイクを持つと椅子から立ち上がった。


「選手が(そろ)ったようですね。では…試合を再開します!」


エメラインの再開宣言に会場は再び歓声に包まれる。


蓮姫は対戦相手の二人…格好からして恐らく騎士団の団員に声をかけた。


「よろしくお願いします」


対戦相手に再び頭を下げて挨拶をする蓮姫だったが、そんな蓮姫に騎士団の二人は冷ややかな視線を向ける。


それは軽蔑(けいべつ)を込めた眼差し。


まるで(きたな)らしいゴミでも見るような目付きだった。


「弐の姫。我々はギルディストの民として…貴様の先程の試合。決して許さん」


「そうまでして勝ちたいのか?弐の姫とは愚かで弱いだけでなく、薄汚い卑怯者だったようだな」


「はぁ!?なんだと!!」


蓮姫に暴言を吐く騎士団達。


そんな騎士団に怒りをあらわにしたのは、言われた蓮姫本にではなく星牙だった。


しかし蓮姫は星牙の肩にポンと手を置き、今にも殴りかかりそうな星牙を止める。


「っ、蓮…」


「星牙。私の代わりに怒ってくれてありがとう。でも私は大丈夫。言われても仕方ないし」


「だ、だけどさ…」


「ほら。試合始まるから」


「………わかったよ」


星牙は悔しそうな表情を浮かべたまま、蓮姫へと頷いた。


蓮姫は自分から望んでこの場にいる訳では無い。


本当は誰よりも蓮姫が、自分の戦い方に納得していない。


それでも彼女は仲間や星牙の為にその戦い方を受け入れた。


そんな蓮姫が何も知らない者達に悪く言われるのが…星牙には我慢ならなかった。


それでも…蓮姫が止めるなら、彼もこれ以上は何も口に出来ない。


星牙は騎士団達を睨んでいたが、それは騎士団達も同じ。


神聖なる闘技場を(けが)す戦い方をする弐の姫と、それを受け入れるスターファング。


騎士団である彼等には、その行為が許せるはずもなかった。


「弐の姫。貴様がどんな手を使おうが、我々は正々堂々と戦う」


「我々は貴様と違って卑怯者ではないのでな。覚悟しておけ」


「覚悟なら、もうとっくにしています」


騎士団の言葉に今度は蓮姫が答える。


しっかりと騎士団達の目を見据えて。


「………なに?」


「なんの覚悟もなく…弐の姫なんて出来ませんから」


そう言って微笑む蓮姫は何処か美しく、星牙は頬を薄く赤らめると無意識にゴクリと生唾(なまつば)を飲み込んだ。


騎士団達も蓮姫の(かも)し出す凛とした雰囲気に呑まれ、ただ黙って蓮姫を見つめ返す。


自分を無言で見つめる男達に対して、蓮姫は言葉を続けた。


「この闘技場だってそうです。覚悟しているからこそ、私は今、この場にいるんです」


「っ!卑怯な真似をする事が貴様の覚悟だとでも言うのか?随分とご立派な心構えをお持ちだ」


「なんと言われようと、私の気持ちは変わりません。私は弐の姫です。弐の姫だからこそ…やらなきゃいけない事がある」


ふわりと笑顔を浮かべる蓮姫に、怒りが再熱した騎士団達は再び言葉を失った。


そしてそれは星牙も同じ。


この笑顔こそ…蓮姫の覚悟の現れなのだと…彼等は何故かそう感じたから。


「それと…さっきのお言葉にもお答えしますね。そうまでして私は勝ちたいんです。私は…なにがなんでも勝ちます。貴方達にも、これから先の試合にも。勝ち進んで優勝してみせます」


蓮姫が話をまとめにかかると、今まで黙ってことの成り行きを見守っていた審判が口を挟んできた。


「話はもういいだろう。試合を始める。全員いいな?」


「分かりました。よろしくお願いします」


「………分かった」


「始めてくれ」


審判の言葉を受け、蓮姫達と騎士団達は審判を挟んで少しだけ距離をとる。


武器を構え、全員が相手を見据えたのを確認すると、審判は片手を高く掲げた。


「それでは!闘技場二日目!第二試合…始めっ!!」


審判からの号令を受け、真っ先に動いたのは騎士団達。


彼等は木刀を振り上げると、それぞれ蓮姫と星牙に向けて突進してくる。


星牙もまた自分の方に向かってくる騎士団相手に、二本の木刀を構えた。


蓮姫はチラリと客席のユージーンへ視線を送る。


ユージーンは蓮姫に小さく頷くと、彼女を操る魔法【マリオネット】を発動した。


ユージーンに操られるまま木製の短剣と体術を駆使し、騎士団相手に戦う蓮姫。


彼女の顔には第一試合の時のような焦りや迷いは一切ない。


第一試合の時とは違い、彼女はこの卑怯な戦い方を受け入れていた。


蓮姫の中にも罪悪感は勿論ある。


こんな試合をする事への羞恥心も、自分自身やユージーンに対する嫌悪感だってある。


それでも彼女は勝つ為に、ユージーンに操られるまま戦った。


そんな蓮姫の姿を見て、エメラインは楽しげに微笑む。


「あらあら。蓮姫ちゃんたら…なんだか吹っ切れた顔をしているわね」


「『開き直った』の間違いじゃない?」


息子からの鋭い指摘にもエメラインはニコニコとした笑顔を崩さず、視線は蓮姫に向けたまま。


「そうかもしれないわね。でも…ふふ。あの顔の蓮姫ちゃんは…嫌いじゃないわ。むしろとっっっても好きよ。うふふ」


「母上ってさ~、一度気に入ると周りが見えなくなるタイプだよね。好きになったらとことん好きになる。悪い所なんてろくに見ない。そんなのただの依怙(えこ)贔屓(ひいき)だよ」


「だって蓮姫ちゃん可愛いんですもの。勿論、シュガーちゃんの事もママは大好きよ。シュガーちゃんはとってもとっても可愛いから」


「はいはい。んで、その可愛い可愛い弐の姫を母上はどうしたいの?」


「あら?シュガーちゃんは、ちゃんとわかっているでしょう」


息子に問い掛けられ、エメラインはやっと蓮姫から息子へと視線を向けた。


そして満面の笑みで息子へと自分の想いを告げる。


「あのねシュガーちゃん。私は依怙(えこ)贔屓(ひいき)なんてした事はないわ。ただ…私が今まで好きになった人達は、誰一人として私の期待を裏切らなかった。サイラスも蒼牙さんもシュガーちゃんも…シュガーちゃんのお父様もね。皆私の期待通り、時には期待以上に強くなったわ」


「元々全員強い奴だからね。だから弐の姫もそうだって言いたいの?あの子は無理じゃない?母上の期待になんて応えられないよ」


「ふふ。言ったでしょう?それをこれから見極めたいのよ」


それだけ告げるとエメラインはリングへと視線を戻す。


リングでは丁度、蓮姫と星牙が騎士団を倒し歓声が上がっていた。


「ねぇ蓮姫ちゃん。蓮姫ちゃんはそんな真似をしてでも勝ちたいのでしょう?なら…分かってくれるわよね?闘技場まで開いて蓮姫ちゃんを戦わせたい…可愛い蓮姫ちゃんの覚悟を見たい、私の気持ちを」


蓮姫には決して届くはずのないエメラインの言葉。


それでもエメラインは、リング上で戦う蓮姫を見つめ、満足げに微笑む。






「それまで!第二試合終了!勝者は挑戦者達!」


リング上の蓮姫達は今回も問題なく、第二試合を突破した。


その試合も蓮姫達の圧勝ということもあり、魔道士達の回復も不要の為、直ぐに第三試合が行われる。


説明にもあったように、試合が進む度に対戦者は強くなっていった。


しかし戦うのは蓮姫であり蓮姫ではない。


ユージーンに魔法で操られる蓮姫…つまりはユージーンが戦っているようなもの。


かつて彼が自分で言っていたように、ユージーンに勝てる者などそうはいない。


そして蓮姫と共に戦っている星牙だが、彼もまた強かった。


昨日の戦いではユージーンや火狼、未月の圧倒的な強さに隠れていたが…彼自身も相当な手練(てだれ)


流石は飛龍元帥の息子といったところだろう。


ちなみにユージーンは対戦相手の強さを瞬時に見極め、弱い方を星牙が倒すように仕向けていたが…当然星牙自身はそんな事に気づいてはいない。


ユージーンの圧倒的な強さ、そして予想以上の星牙の力量により、第三試合も難なく通過した蓮姫達。


試合が進む度に観客の歓声は大きくなっていく。


初めは蓮姫達を馬鹿にしていた観客もいたが…今はもう蓮姫達の戦いぶりに心躍らせ『彼女達が史上初の闘技場優勝者となるのでは?』と期待する者まで現れた。


「また勝ちやがった!いいぞ弐の姫ー!スターファングー!」


「二人とも頑張ってー!次は準決勝!あと二回勝てば優勝よー!」


「弐の姫っ!弐の姫っ!!」


「ファングッ!ファングッ!!」


自分達を応援する観客に強い罪悪感を抱きながらも、蓮姫は次の試合に集中する。


だが、次の対戦者がリングに上がった時、蓮姫は目を見開いてその人物を見つめ、観客はざわめき出した。


リングに現れたのは、このギルディストの騎士団を束ねる団長、サイラスだったからだ。


観客はサイラスの登場に驚きつつも、近くの者と顔を見合わせ何やら話している。


「サイラス団長!?団長も出るのか?」


「ギルディスト最強の戦士が準決勝に?」


「あ~あ…ダメだな。弐の姫の活躍もここまでだ。サイラス団長に女子供が勝てるもんか」


「でも…なんで団長が決勝じゃなくて、準決勝に出るのかしら?」


好き勝手に憶測(おくそく)や疑問を抱く観客の声を無視し、サイラスはもう一人の騎士団を連れて蓮姫の前に行くと、彼女に深く頭を下げる。


蓮姫は驚きつつも、ゆっくりと口を開いた。


「サイラス団長が…次の相手ですか?」


「はい。この闘技場は強き者達が戦う場。騎士団を束ねる私も例外ではありません。これも全ては陛下のご命令。陛下のお望みなのです」


「サイラス団長…」


淡々とした口調だが、サイラスは申し訳なさそうに眉根を下げている。


彼は初めて会った時から、弐の姫である蓮姫に対して敬意を払ってくれていた。


そして蓮姫もまた言葉を交わしていく中で、サイラスという騎士団長に対して敬意を持っている。


サイラスは飛龍元帥と名高い蒼牙と並べる程、素晴らしい武人だと。


だからこそ蓮姫は…そんな彼に対して卑怯な戦いしか出来ない自分が…とても(みじ)めで(いや)しい存在と感じた。


羞恥心のまま唇を噛み締めて俯く蓮姫。


蓮姫の心の葛藤(かっとう)に気づいているのか、サイラスは優しい口調で蓮姫へと声をかける。


「弐の姫様。この戦いで弐の姫様が負い目を感じる事は、何もございません」


「………サイラス団長…私は…」


「弐の姫様の戦いぶりを見て…騎士団も親衛隊も、そして当然陛下もそのカラクリに気づいております。それでも陛下は、闘技場を中止せず続行する事を望まれました」


「っ!?エメル様も…ご存知なのですか?」


予想外だったサイラスの言葉に、蓮姫は俯いていた顔を弾かれたように上げて、サイラスを見上げる。


サイラスは蓮姫に向けてゆっくりと首を縦に振ると言葉を続けた。


「陛下は全てをご存知です。その上で、弐の姫様が戦いを続ける事を望まれました」


サイラスの言葉が蓮姫の中で重くのしかかる。


エメラインもまたサイラス同様、弐の姫という蓮姫を偏見(へんけん)で見る事はなかった。


しかしサイラスと違う点も勿論ある。


サイラスが蓮姫に深い敬意を持っていたように、エメラインは蓮姫に深い興味と好意を向けていた。


蓮姫を闘技場に参加させた張本人でもあるが、蓮姫が勝つ事を誰よりも信じていた人物でもある。


そんなエメラインの期待を裏切った…という感情が蓮姫の中に満ちていった。


一人罪悪感に(さいな)まれる蓮姫を見て、サイラスもまた顔をしかめる。


そして蓮姫に聞こえないような小声で小さく呟いた。


「……いっそ中止された方が…貴女様にも良かったでしょうに…」


「え?サイラス団長?何かおっしゃいましたか?」


ボソリと聞こえた声に反応した蓮姫は、自分に向けられた言葉かと思い慌てて聞き返す。


だがサイラスは悲しげな…何処か哀れむような目を蓮姫に向けていた。


「…サイラス団長?」


その視線の意図がわからず困惑する蓮姫だったが、サイラスは一度目を伏せると、直ぐに真剣な表情を蓮姫へと向け直す。


「………弐の姫様。これが闘技場である以上、私は…」


言葉の途中でサイラスは蓮姫から視線を観覧席へと移す。


その視線の先は…ユージーンだった。


「ギルディストの騎士団長として、正々堂々、全力を持って、弐の姫様のお相手をさせて頂きます」


蓮姫ではなく、あえてユージーンに…それも鋭い眼光を向けて言葉を放つサイラス。


当然、観覧席とリングは遠く離れている為、その言葉はユージーン達にも、他の観客にも聞こえてはいない。


だがユージーンはサイラスの唇の動きで、彼の言葉を理解した。


何故わざわざ自分に向けて言葉をかけたのかも。


ユージーン同様、サイラスの言葉を理解した火狼はユージーンに軽口をたたく。


「あ~らら~。宣戦布告ってやつかねぇ?団長さんには旦那の悪事、バレバレって訳だ」


「それすら見切れねぇ奴に、強国の騎士団長は務まらねぇだろうよ」


「それもそうね~。で、あの団長さんもかなり強いけど?…旦那の勝算はいかほどよ?」


「聞くまでもないだろ。確かに騎士団長は強いが…俺が勝てない相手じゃない」


「ホント毎回毎回…凄い自信ですこと」


ユージーンの言葉に苦笑しつつも、内心誰より納得もしている火狼。


この火狼とて一度ユージーンと戦った相手だ。


その時の決着はつかなかったが、その後もユージーンとは何度も共闘している為、ユージーンの強さには火狼もまた絶対的な信頼がある。


彼が勝てるというのなら、この試合もまた蓮姫達が勝てるだろうと。


ユージーンと火狼が見つめていたリング上のサイラスは、ユージーンから視線を外すと蓮姫達から距離を取る。


一つ一つの行動から、それこそ歩く動作からもサイラスの強さがわかる火狼。


だからこそ、自分の中にある疑問を口にした。


「観客の話からして、団長さんはこの国で最強の戦士なんだろ?なのに出るのは決勝じゃなくて準決?じゃあ決勝は誰が出んのよ?」


「俺が知るかよ。………だがまぁ、間違いなく…決勝戦の一人は、あのシュガーって奴だろうな」


昨夜の晩餐(ばんさん)後に聞いたシュガーの言葉を思い出し、ユージーンは心底嫌そうに告げる。


火狼も昨夜のシュガーの行動を思い出したのか、苦笑を浮かべていた。


「それがマジならさ、あの団長より何倍も厄介だわね。旦那大丈夫なの?」


「そろそろ黙れ。準決勝が始まる」


ユージーンの言葉で火狼が視線をリングに戻すと、サイラスと騎士団員、そして蓮姫と星牙が少し距離をとってお互いを見つめあっていた。


ユージーンの言葉通り、準決勝が始まろうとしている。

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