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マリオネット 4


「それでは、闘技場二日目の第一試合をこれより()(おこな)う。弐の姫、スターファング。よろしいか?」


「はい!」


「いつでも大丈夫だぜ!」


審判の男に問いかけられ、蓮姫も星牙も力強く頷く。


だが対戦相手の騎士団の者達は冷ややかな目を蓮姫に向けていた。


「意気込みだけはいっちょ前だな。あの従者達無しで…本気で我々に勝てるとでも思っているのか?」


「だとしたら…弐の姫とは噂通りの愚か者だったようだ」


「なんだと!?」


蓮姫に辛辣(しんらつ)な言葉をかける騎士団に対して、星牙は噛み付くように吠える。


そんな星牙を蓮姫は『大丈夫』といつもの言葉で制しながら、騎士団へと声を掛けた。


「第一試合、よろしくお願いします。確かに今日、私の従者達は参加しませんが…私も星牙も負けるつもりはありません」


蓮姫は強い意志のこもった瞳で、騎士団達へと堂々と語る。


しかしそんな蓮姫の決意表明も騎士団達は馬鹿にしたように嘲笑(あざわら)うばかり。


「はっ!それはそれはご立派な意気込みだな?昨日の試合を見せてもらったが…どれもこれも卑怯(ひきょう)な戦い方ばかり。頼みの従者がいない今日、本気でギルディスト騎士団の中でも精鋭(せいえい)の我等に勝てると思っているのか?弐の姫は噂以上の愚か者らしい」


「悪いがな弐の姫。ここは『強さこそ全て』が掟の国、ギルディスト。そしてこの闘技場はそのギルディストが誇る神聖なる試合。昨日の試合で貴女がいかに弱く卑怯な方かは…この国の誰もが知った。だからこそ、こちらはギルディストの民として一切の手加減はしない」


見下すように、だがしっかりと蓮姫を敵と認定して答える騎士団二人。


それでも蓮姫は騎士団達の自分を見下す態度にも、威圧的な言葉にも屈することなく、二人をしっかりと見据えた。


「はい。手加減などこちらも望んでいません。私も全力で戦います」


「………その言葉、後悔するなよ。我々は神聖なる闘技場を汚すような戦い方をした貴女を、決して許すつもりはない。その罪を今日、身をもって(あがな)って頂く。相手が女性だろうと姫だろうと、容赦はしない」


「後で『やっぱり手加減してくれ』と泣いて騒いでも遅いからな。勿論、我々はそんな言葉聞くつもりもないが」


何処までも蓮姫を馬鹿にした態度を崩さない騎士団に、星牙は怒りで顔を真っ赤に染めて拳を強く握り締める。


蓮姫が止めていなければ、騎士団達に殴りかかっていたかもしれない。


そして観客席でも蓮姫の従者…ユージーンと火狼は騎士団達の言葉に怒りを覚えていた。


当然、彼等の会話など遠く離れた観覧席で聞こえるはずはない。


だがユージーンと火狼は読唇術(どくしんじゅつ)…相手の唇の動きで蓮姫と彼等の会話の内容を知った。


「おいおい。旦那聞きました?いや見ました?俺らの大事な大事な姫さん…随分(ずいぶん)おちょくられてんじゃん。普っ通~にムカつくわ」


「そうだな。『闘技場を汚した罪を(あがな)え』と奴等は言っているが…奴等にこそ姫様を侮辱した罪…(あがな)ってもらう」


「それって…つまり旦那がなんかする…って事でいいの?姫さんの傍にもいられねぇってのに、こっから何するつもりよ?」


「まぁ…黙って見てろよ」


火狼の言葉に、ユージーンは控え室で見せたような意地の悪い笑みで答える。


ユージーンは絶対に何かを企んでいる…と火狼は確信していた。


そしてそれが蓮姫の為の行為だとも安易に想像がつくため、火狼もこれ以上は何も口にせず、黙って蓮姫達の試合を見守ることにした。


リング上では、蓮姫達と騎士団に挟まれた審判が、双方に確認をとる。


「話はもういいか?そろそろ本当に試合を始めるぞ」


審判の言葉に蓮姫と星牙、そして騎士団達も無言で頷き、それぞれが武器を構えた。


両者が戦闘態勢をとった事を確認すると、審判は数歩下がり右手を高く上げる。


「それでは!闘技場二日目!第一試合…始めっ!!」


審判が右手を振り下ろした直後、騎士団は二人同時に飛び出した。


彼等の狙いは蓮姫のみ。


彼等は宣言通り弐の姫である蓮姫に容赦などせず、一斉に二人がかりで攻撃し彼女を倒そうとしていた。


「っ!!?蓮っ!?」


とっさに星牙も動こうとするが、彼の反応は歴戦を重ねてきた騎士団よりも遅かった。


「弐の姫!覚悟!」


「これで終わりだ!」


騎士団二人は蓮姫に勢いよく木刀を振り下ろす。


その直後。


蓮姫はヒラリと騎士団の攻撃をかわした。


それだけではない。


蓮姫は騎士団の一人の後ろに瞬時に回り込み、彼の後頭部目掛けて回し蹴りを繰り出す。


「がっ!!?」


鈍い衝撃を後頭部にくらった男は、揺れる意識の中、倒れそうになるのをなんとか(こら)えた。


しかし蓮姫の攻撃は止まらない。


蓮姫は木の短刀を構えると、そのまま騎士団の一人に向け突進し、短刀を突いたり払ったりと攻撃を何度も繰り出した。


騎士団は長い木刀でそれを全て受けるが、昨日とはまるで違う蓮姫の動きに動揺が隠せない。


攻撃を続ける蓮姫に防戦一方の騎士団の男。


もう一人の騎士団も星牙も審判も、観客ですら、ただ呆然に蓮姫の戦いを見つめるのみ。


「クソっ!おい!何をボケっとしてる!」


仲間の騎士団の叫びにもう一人の騎士団もハッと我に返ると、蓮姫を後ろから攻撃しようと再び木刀を振り上げた。


しかし蓮姫はもう一人からの攻撃をまたヒラリとかわす。


そして騎士団が振り下ろした木刀を再度構えた直後、それを高く蹴り、空高くまで飛ばした。


木刀を奪われて騎士団が怯んだ隙に、蓮姫は短刀を持っていない方の腕で彼の胸に肘打ちを打ち込む。


「グハッ!」


肘打ちをくらった男が咳き込み後退すると、蓮姫もまた後方に飛び、騎士団達から距離をとった。


蓮姫と交戦していた騎士団は、ゲホゲホと咳き込む仲間の元に駆けつける。


その際も彼は蓮姫を警戒しながら、彼女に木刀を向けて一切目を離さない。


蓮姫を見つめる騎士団の目には、動揺と焦り…そしてほんの少しの恐怖が(にじ)んでいた。


目の前の弐の姫は…昨日とはまるで違う。


別人のような動きをする蓮姫に、騎士団達は今まで見下していた目の前の女を、初めて強く警戒した。


同じリング上に立っているというのに、今までの戦いに一切関わらなかった…いや、あまりの激しい交戦に関わることすら出来なかった星牙も、呆然と蓮姫を見つめるだけ。


今までの激しい交戦が嘘のように、リング上の四人はお互いを見つめるだけで動こうとしない。


むしろ動いたのは観客達だった。


「凄ぇ!凄ぇぞ!弐の姫!昨日とは別人じゃねぇか!」


「あんた実はめちゃくちゃ強いのか!?なら始めからそう戦えよ!」


「弐の姫ー!俺はあんたが強いって信じてたぜー!」


「弐の姫ー!やっちまえー!」


昨日までのブーイングは何処にいったのか?


観客達は蓮姫の戦いぶりを見て興奮し、会場には彼女を賞賛(しょうさん)する声で溢れる。


だが盛り上がるこの会場で…誰よりも困惑している人物が一人いた。


それは………凄まじい戦いぶりを見せた、蓮姫本人。



(な、なに?今の?体が…勝手に動いた…)



困惑していたのは蓮姫だけではない。


観客席では蓮姫の従者達が目を丸くして、見た事のない自分の主の姿に呆然としていた。


「……凄い。凄い姉上。あんなに戦えるなんて…あんなに強かったなんて、私全然知らなかった」


「…うん。…今の母さん…強い。…でも…なんでだ?」


残火は持ち前の単純な性格から、今の蓮姫の行動を疑う事もせず、これが蓮姫の実力なのだと思い込んでいる。


未月の方は不思議そうに首を傾げてはいるが、それ以上を口にすることはない。


本当に素直なお子様二人。


しかし火狼はそうではなかった。


火狼は残火や未月とは違い、蓮姫の力量をよく知っている。


彼女は恐ろしい想造力こそ使えるが、それ以外では多少魔法が使えて、多少頑固で、多少お人好しな…普通の少女。


彼女が戦う姿を見た事もある火狼には、今の蓮姫が蓮姫らしからぬ姿に見えた。


今の蓮姫の動きは、決して蓮姫の実力などでは無い…と彼は既に見抜いている。


チラリと火狼が右隣へ視線を向けると、そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべているユージーン。


そこで火狼は現状を誰よりも早く理解した。


蓮姫の身に何が起こったのか…このユージーンが何をしたのか、を。


(なるほどね~。確かに手は出してないけど…バンバン魔法使ってんじゃん。きったねぇ反則技。でもまぁ…正々堂々と戦う義理なんざ、姫さんにも俺達にもねぇし。そんなこと一々言うほど、俺も無粋(ぶすい)な男じゃないんでね……黙っとこ)


ユージーンから視線をリングの蓮姫へと戻すと、火狼もまたニヤついた笑みを浮かべ、わざとらしく口笛を吹いた。


一方、自分の身に何が起こったのかまだ理解してないリング上の蓮姫。


彼女はドキドキと脈打つ胸を抑え、自分の身に起こった今の出来事を思い返した。


普段の自分とはまるで違う動き。


蓮姫にも戦った経験はいくつかあった。


しかしあくまでユージーン達にフォローされつつ、結界を張る事を中心に戦ってきただけ。


彼女自信が率先して敵に立ち向かった事は、ほとんどない。


だというのに…彼女は戦いのプロでもある騎士団を相手に互角…いや彼等を圧倒する戦いぶりを見せたのだ。


蓮姫がそんな力量を持ち合わせていないことは、誰よりも蓮姫本人が理解している。


それなのに…蓮姫は常人以上の戦いぶりを見せた。


正確には…蓮姫の体が勝手に動き、彼等と戦った。


(あんなの…自分の体じゃないみたい。私の意思なんて関係ない。勝手に動いて…まるで誰かに操られてるような………操る?…待てよ。この感覚…もしかして…)


自分の体が勝手に動き出したあの感覚…それは蓮姫にも覚えのあるものだった。


蓮姫は数日前のミスリル…あのローズマリーにいくつかの魔法を教えてもらった時の事を思い出す。




数日前のミスリル。


出発を次の日に控えた蓮姫は、ローズマリーから様々な魔法を伝授された。


その中の一つ…ローズマリーが蓮姫にある魔法をかけると、蓮姫の体は勝手にカクカクと動き出したのだ。


自分の意志とは関係なく勝手に上がる腕、勝手に歩く足に蓮姫は驚き、不快感で顔を(ゆが)ませた。


『うわっ!?な、何これ!?体が勝手に動く!?気持ち悪い!』


『気持ち悪いって…あのねぇ。これが【マリオネット】。相手を意のままに、操り人形のように動かす魔法よ。長時間や難しい動きをさせれば、それなりに魔力使うけど…使いこなせれば今後の戦いも楽になるわ』


『ま、【マリオネット】…なるほど。でもこれ…凄く変な感覚!自分の体じゃないみた……って、踊らせないで!体を回さないで!』


蓮姫が言葉を発している最中も、ローズマリーは楽しげに指先をクルクルと動かす。


それに反応して蓮姫の体もクルクルと回っていた。


『アハハッ!魔法は感覚で覚えるのが一番よ。操られる感覚がわかれば、操る感覚も覚えられる。せいぜい私に操られてなさい』


『そ、そんな無茶苦茶なー!』


『ほら。【マリオネット】解いてあげるから、今度は蓮が私を操ってみなさい。休んでる暇なんてないんだからね』


そう言ってローズマリーはスパルタ気味に蓮姫に魔法を教えていた。


その甲斐(かい)あって、蓮姫はその日で【マリオネット】は勿論、他にもいくつかの魔法を習得出来たのだ。




蓮姫が【マリオネット】を掛けられたのは、この時だけ。


今までは体が勝手に、それも激しく動いた事への驚き、焦り、混乱で上手く頭が回っていなかった。


だが少し冷静になれば、自分の身に何が起こったのかなど容易に理解出来る。


たった今…自分は【マリオネット】を掛けられ、誰かに操られていた。


そしてそんな事をしでかす人物など……蓮姫には一人しか思いつかない。


蓮姫は騎士団達から視線を外すと、それを観覧席に座る従者達へと向ける。


それに気づいたユージーンは、ニッコリと満面の笑みを浮かべ、蓮姫に向けてヒラヒラと手を振ってきた。


ユージーンの笑顔に全てを確信した蓮姫は、カッ!と怒りと羞恥で顔を真っ赤に染める。


今にも怒鳴り散らしたい、ユージーンに殴り掛かりたい衝動に駆られる蓮姫だが、遠く離れたリング上ではそれも不可能。


結果、彼女はいつかの時のように想造力でテレパシーを使い、ユージーンの脳裏に直接問いかける。


(ちょっとジーン!?今の絶対ジーンの仕業でしょ!どういうつもり!?)


(どうもこうも…俺は従者として、姫様のお手伝いをしたに過ぎません)


(勝手な真似しないで!こんな卑怯なやり方は)


(姫様。今はまず敵に集中して下さい。来ますよ)


ユージーンの言葉に蓮姫が騎士団達へと視線を戻した直後、彼等は武器を構え再び蓮姫に向かって突進してきた。


「っ!?蓮っ!!」


星牙は瞬時に蓮姫と騎士団の間に飛び込み、二本の木刀で騎士団達の木刀をそれぞれ受け止める。


なんとか相手の木刀を押し返そうと星牙は自分の持つ木刀に力を込めるが、それ以上の事は出来ずにいた。


「星牙っ!うわっ!?」


蓮姫が星牙へと叫んだ直後、また蓮姫の体は勝手に動く。


蓮姫は…いや、ユージーンに操られた蓮姫の体は騎士団達へと駆け出し、相手の一人の木刀を払い落とした。


そのまま攻撃の手は緩めず、木刀を落とした男に攻撃を続ける蓮姫。


(ジーン!やめて!今すぐ【マリオネット】を()いて!)


(申し訳ありませんが、そのご命令は聞けません)


(ジーン!)


心の中でユージーンに必死に叫ぶ蓮姫だが、ユージーンは蓮姫に掛けた魔法を解く気は全くない。


その間もユージーンは蓮姫の体を操り続ける。


的確に相手の急所ばかりを狙い、遂にはその男の(あご)を全力で蹴り上げる蓮姫の体。


そのまま高くジャンプをすると、男の頭部に回し蹴りをくらわせた。


「ぐはっ!!」


男は鈍い声を出すと地面に倒れ込む。


ピクピクと男の体は痙攣(けいれん)しているが、彼が立ち上がる事はなかった。


蓮姫が騎士団の一人を倒した事で、観客は大いに盛り上がる。


溢れんばかりの歓声を聞き、残された男は悔しそうに歯を食いしばった。


「クソ!弐の姫が何故ここまで動ける!?弐の姫!貴様…一体何をした!?」


「わ、私は…」


「蓮!終わったんなら後ろに下がってろよ!次は俺の番だ!」


騎士団から蓮姫を庇うように立ち塞がる星牙。


そんな星牙の行動に蓮姫の胸には深い罪悪感が満ちる。

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