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マリオネット 2


自分達を(へだ)てる結界に手を付き、二人は顔を見合わせ小声で呟く。


「姫様…本気で女帝の要求を呑むつもりですか?」


「うん。それが今は最善だと思う。ジーン達抜きで勝てるかどうかは…正直難しいとは思うけど。…でもここでエメル様の命令に反したら…最悪、私達はギルディストを出られなくなる可能性だってある。ジーンも言ってたでしょ?」


「そうですね。……わかりました」


蓮姫の言葉を聞き、ユージーンはニヤリと微笑みながら更に声を小さくする。


「なら俺は…そんな姫様を(かげ)ながらお助けします」


ユージーンの言葉は、至近距離の蓮姫でもやっと聞き取れる程、小さいものだった。


ユージーンの微笑みは、まるで何か良からぬことを考えているような、悪巧みをしているような…そんな笑顔。


「ジーン?一体何を」


『するつもり?』と聞こうとした蓮姫だったが、それは親衛隊達の言葉によって遮られる。


「弐の姫様。もうそろそろ時間になります。スターファングと共に会場へお向かい下さい」


「従者の皆様は我々の仲間が丁重に観覧席へとご案内致します。ですので、どうか弐の姫様…こちらに」


親衛隊達に促され、蓮姫は一度彼等へと顔を向ける。


そしてユージーンへと視線を戻すと、彼は蓮姫に向けてコクリと笑顔で頷いた。


「…はい。わかりました。星牙、行こう」


「お、おう。けど…本当にいいのか?」


蓮姫に声を掛けられた星牙は、不安と不満を表情に出したまま蓮姫に尋ねる。


そんな星牙にも笑顔を向け、今度は蓮姫が星牙へと頷いた。


「うん。大丈夫だよ」


「大丈夫って…本当に大丈夫かよ?お前もこいつらも…俺のせいで…」


「星牙。それは言わないお約束…でしょ?星牙は気にしすぎ。さぁ、行こう!」


未だ納得のいかない星牙をなだめるように告げると、蓮姫は再び結界の向こう…自分の従者達へと振り向く。


「じゃあ皆。応援よろしくね!」


「おい姫さん!ちょっと待てってば!」


結界の向こうから引き止める火狼の声には答えず、蓮姫は星牙と親衛隊達と共にそのまま会場へと向かってしまった。


残された火狼は大きなため息をつく。


「はぁ~~~あぁ…姫さんってば、あれで頑固だかんなぁ。にしても…旦那。どうすんのよ?俺達マジで姫さんの応援だけするっての?」


「それが今回の闘技場のルール。女帝の命令なんだろ?姫様が納得したのなら、俺達も納得するべきだ」


「え~!そんなん納得出来ない!したくな~い!」


火狼は両手で頭を抑えながら、頭をブンブンと振る。


それは先日の残火のように駄々っ子ような真似。


しかしそこは火狼なので、納得していないのは本心でも、この大袈裟なリアクションはわざとだろう。


が、そんな火狼の駄々っ子リアクションを間近で見せつけられたユージーンは、額に青筋を浮かべると、ガシッと火狼の顔面を片手で掴んだ。


「俺だって納得してねぇんだよ。興奮すんな。この(しつけ)のなってねぇ駄犬(だけん)が」


イラついたまま低い声を放ち、ユージーンは火狼の顔面を掴む手にギリギリと力を込める。


「いででででで!だ、旦那!ギブ!アイアンクローはダメ!マジ無理!」


「チッ。ならウゼェ動きすんな」


「んがっ!?」


舌打ちすると、ユージーンは締め上げていた火狼の顔面から、乱暴に手を離した。


火狼はまた大袈裟に…シクシクと嘘泣きしながら、その場にうずくまる。


このリアクションもまたユージーンにとって鬱陶(うっとう)しいものだったが、彼はそんな火狼をあえて放置し、未月の方を向いた。


「未月。犬はほっといて俺達は観覧席に行くぞ」


「…母さん…大丈夫か?」


「姫様なら大丈夫だ」


不安げに尋ねる未月に対して、ユージーンは自信を持って答える。


まるで蓮姫の勝利を…確信しているかのように。


「ちょっと!俺もちゃんと行くから!置いてかないで!ほっとかないで!」


復活して大声で話す火狼に対して、ユージーンはやはり鬱陶(うっとう)しそうにシッシッと追い払うような仕草をする。


そして魔道士達へと振り向くと、務めて冷静な態度で彼等へと声をかけた。


「聞いていた通りです。我々弐の姫様の従者は、皇帝の要求を呑み、このまま観覧席へと行きます。なので、さっさとこの結界を解いて下さい」


ユージーンに声を掛けられた魔道士達はお互い顔を見合わせる。


確かにもう弐の姫はこの場にいないし、これ以上結界を張り続けて従者達を拘束する理由はない。


かといって…この恐ろしく強い従者を、親衛隊到着前に野放しにしていいものか…魔道士達は悩む。


そんな魔道士達に、ユージーンは冷たい眼差しを向け、再度口を開いた。


「もう一度言いますよ。この結界を、解いて下さい。今すぐに」


「っ!?」


ユージーンからの絶対零度の眼差し、そして僅かに感じる殺気に、魔道士達は全員がビクリと体を震わせる。


彼等が感じ取ったのは、絶対的な強者からの恐怖。


この男に…ユージーンに逆らってはいけないという、弱者としての本能。


魔道士達は無言でコクコクと頷くと、ユージーンの望み通り部屋に張っていた結界を解いた。


結界が消え去ったのを確認すると、今度は満面の笑みを浮かべるユージーン。


「ありがとうございます。では、失礼させて頂きますね。お前ら行くぞ」


「へいへ~い」


「…わかった」


蓮姫の従者達は宣言通り、観覧席へと向かう。


この場からユージーン達が離れると、魔道士達は無意識に安堵(あんど)の溜息を零した。



蓮姫の従者達は無言で観覧席へと歩いていく。


が、真っ直ぐ観覧席に向かっているのがやはり納得いかない火狼は、前を歩くユージーンに後ろから声をかけた。


「ちょっと旦那~。マジで観覧席行くの?そう見せかけて、実は姫さんの所に乗り込んだり…とかしないの?」


「しない。さっきから『観覧席に行く』と何度も言ってるだろうが」


「いや、てっきり話合わせてるだけとか…その場しのぎ的なもんだとばかり。そうじゃないならさ…なんでそんなに落ち着いてられんの?姫さん一人で戦うのよ?ホントのホントに大丈夫だと思うわけ?」


火狼の隣で未月もまた不安そうな顔をしている。


火狼も未月も、心から蓮姫を心配していた。


しかし蓮姫が最も信頼する従者、ユージーンは二人へ振り向くと、絶対的な自信をもって答える。


「姫様なら大丈夫だ。必ず勝てる。確実に勝てる。絶対に優勝出来る」


「え?何その自信…なんでそんなに言いきれるの?」


ユージーンは再びニヤリとした笑みを浮かべる。


それは蓮姫に向けていたあの悪巧みをしているような微笑みだった。



「姫様には俺がついてる。観覧席には行くと言ったが…手は出さない、とは言ってないからな」



ユージーンが二人に小声で呟いた直後、彼等を案内する為の親衛隊達が近づいて来た。


ユージーンは人当たりの良い(外面の良いとも言う)笑顔を浮かべると、親衛隊達と挨拶を交わし、三人は親衛隊に案内されるまま観覧席へと向かう事になった。


ユージーンの言葉の真意を二人が、そして蓮姫が知るのは…試合が始まってからとなる。




ユージーン達が観覧席へと入ると、そこは昨日と同じく大勢の観客で埋め尽くされていた。


火狼はわざとらしく額に手を当てると、キョロキョロと観覧席を見回す。


「残火は何処かな~、と。こんだけいると探すのも一苦労だぜ」


「別に残火の傍に行く必要は無いだろ」


「な~に言ってのよ、旦那。俺達は全員姫さんの従者でしょ。なら全員揃って姫さんの応援しなきゃダメだって。ほら坊、お前も探せよ」


「…わかった。…俺…残火探す」


大勢の人々の中から残火を探すように、火狼と未月は目を細めて観覧席を見回す。


そんな彼等を放って、ユージーンは眼下にある試合会場のリングを見つめていた。


まだその場に誰もいない…ということは蓮姫と星牙は会場の入り口付近…この観覧席からは見えない位置で待機しているのだろう。


観客の賑やかな声が四方八方から聞こえるが、試合前ということもあり

、昨日のようにブーイングが飛び交うことも今は無い。


だが、ざわめいていた観客は一人、また一人と口を閉ざしていき会場は瞬く間に静かになっていった。


そんな観客達は揃って、この広い観覧席のある部分を見つめている。


ユージーンもまた観客達の視線の先…皇帝専用の観覧席スペースへと目を向けた。


そこには昨日と同じく、このギルディストの皇帝エメラインの姿。


だがこの国の女帝であるエメラインの装いは昨日…いや、普段とまるで違っていた。


昨日も蓮姫達と初めて会った時も、ドレス姿だったエメライン。


しかし今日は騎士団達や親衛隊のように軍服をまとっている。


それもエメラインのイメージとはかけ離れた、漆黒の軍服を。


普段は巻いている長く美しい亜麻色の髪も、今日は高く結い上げられポニーテールになっていた。


皇帝の象徴ともいえる輝く黄金のティアラも、その頭上には無い。


観客も声こそ出していないが、エメラインのその装いを不思議に思い、観客同士顔を見合わせヒソヒソと話している者が何人もいる。


そんな観客達をぐるっと見回すと、エメラインはその中から強い殺気の込められた視線を感じた。


その視線の正体はエメラインによって蓮姫から引き離された蓮姫の従者…ユージーン。


エメラインとユージーンはそのまま、お互い遠く離れた位置から視線を交わす。


殺気を放ちながら睨みつけるユージーンと、それを感じながらもニコニコと微笑むエメライン。


数秒後、エメラインはユージーンから視線を外すとマイクを取り出し、昨日と同じように観客に向けて声を発した。


「皆さん。大変お待たせ致しました。これより闘技場、二日目を開催致します」


エメラインによる開会の挨拶に、観客達も昨日と同じく歓声をあげる。


その時、火狼は自分達から右下の観覧席ブロックに、残火の姿と彼女の肩に乗るノアールを見つけた。


「あっ!残火見っけ!ほら行こうぜ旦那!」


「………あぁ」


ユージーンは未だエメラインを睨みつけていたが、火狼に催促されるまま、既に満席の観覧席へと入っていく。


観客が座っている椅子の目の前、人が一人通るのもやっとな狭いスペース。


そこを男三人が無理矢理入って歩く光景は…迷惑以外の何物でもない。


それをわかっていながらも、先頭を歩く火狼は足を止めず、列の中央付近にいる残火目掛けて歩き続ける。


「はいは~い。ごめんなさいね~。ちょ~っと通してくんない?」


そんな火狼達の行動は既に座っている観客達にとって、当然邪魔であり、非常識極まりない。


観客のほとんどは顔を嫌そうにしかめるだけだったが、遂に一人の男が火狼に向けて怒鳴った。


「おいっ!ここはもう満員だぞ!後ろで立ち見してろよ!」


「そうゆう訳にはいかねぇの。いいから通して通して~」


「あ、あれ?兄ちゃん達……まさか…」


観客の一人が火狼達の正体に気づいたようだったが、それを丁度遮るような形でエメラインが話を再開する。


「では皆さん。昨日と同じく闘技場を戦うこの二人を、拍手で出迎えましょう」


エメラインの言葉を聞き何人かの観客が「え?二人?」「今陛下は二人って言ったか?」とボソボソと呟く。


エメラインはそれ以上は何も答えず、ただマイクを脇に抱え、宣言通り手を叩き拍手を始める。


エメラインの行動を見て、観客達もまた揃って拍手をし、挑戦者達を出迎えようとした。


しかし闘技場の挑戦者…蓮姫と星牙がリングに上がると、観客達は困惑したように拍手する手を段々と止め、代わりにザワザワと騒ぎ出す。


「おい…弐の姫とファングしかいないぞ?」


「もう始まるのに…どうして二人だけなの?」


「あの強い従者達はどうしたんだ?」


昨日のユージーン達の圧倒的な戦いぶりを見ていた観客達は、不思議そうに彼等不在のリングを見つめる。


そして誰よりも困惑している彼女もまた、自分達の主しかいないリングを呆然と見つめていた。


「…え?…なんで…なんで姉上だけなの?皆は?焔達はどうしたのよ!?」


一人何も知らない残火は、蓮姫と星牙しかいないリングをキョロキョロと大袈裟に何度も見回す。


が、何度見回そうと目をこらそうと、目の前の現実が変わる事は無い。


蓮姫の傍には仲間達がいると信じて疑わなかった残火。


蓮姫の望みもあったが、仲間達がしっかりと蓮姫を守ると思っていたからこそ、残火は一人で応援というこの屈辱的な役を引き受けたのだ。


だというのに…自分達の大切な主、蓮姫の傍に仲間はいない。


仲間達がいない理由は残火には全くわからない……が、残火の中で、蓮姫の傍にいない仲間達に倒してふつふつと怒りが込み上げてきた。


そしてその怒りは、いつものように残火が嫌う男へと向けられる。


(ほむら)……あの野郎!」


怒りのまま自分の従兄弟でもある火狼…もとい焔の名を叫んだ残火だったが、それは焔本人によって返答される。


「呼んだ?残火ちゃん」


「呼んだわよ!…って…………え?」


声のする方に残火が振り向くと、そこには蓮姫と一緒にいるはずの…ここにはいないはずの火狼、未月、ユージーンの姿。


残火は何度も目をパチパチと瞬きをして、仲間達を凝視する。


そんな残火の反応が面白かったのか、火狼は残火の顔の前でプラプラと手を振り声をかけた。


「やほー」


「っ、な!?なんであんた達が!」


「シーッ!声でけぇっての!」


火狼は慌てて残火の口を手で塞ぐが、無理矢理客席に入って来た男達など目立って当然。


観客も直ぐにユージーン達の存在に気づいた。


「おい!弐の姫の従者があんな所にいるぞ!」


「ホントだわ!どうして観覧席にいるのかしら!」


「まさか!弐の姫を見捨てたの!?」


「なんて薄情な従者だ!弐の姫だけじゃねぇ!従者まで最悪だな!」


好き勝手にユージーン達へと暴言を浴びせる観客達。


自分達だけならまだ我慢出来るが、主まで侮辱(ぶじょく)され、ユージーンはその観客達をまとめて睨みつけた。


鋭く冷たい眼光を向けられた観客達は「ヒッ!」と(おび)えたように声を出すと、慌ててユージーン達から目を逸らす。


そんな時、エメラインがまた観客に向けて言葉を発した。


「皆さん。驚くのも無理はありまそんが…まずは、私の話を聞いて下さいな」


エメラインの言葉でまた観客は口を閉ざし静かになる。


それに乗じて火狼は残火の隣に無理矢理入り込み、腰を下ろした。


「とりあえず旦那、(ぼん)、座ろうぜ」


「そうだな」


「…わかった」


ユージーンと未月もまた無理矢理椅子に腰掛ける。


そのせいで(はし)の何人かが椅子から落ちていたが、先程のユージーンの威嚇(いかく)効果か、文句を言う者は誰もおらず、彼等はすごすごと後ろの立ち見席へと向かって行った。

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