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マリオネット 1


翌日…蓮姫達がギルディストに訪れて三日目であり、闘技場開催二日目。


この日は前日と違い、闘技場は午後から開かれる事となった。


昼食を済ませた蓮姫達は残火と城で別れ、昨日と同じく親衛隊に案内されるまま闘技場の控え室へと入る。


しかしここでまた、昨日と違う事が起こった。




「………え?身体検査…ですか?」


「はい。弐の姫様」


闘技場が再び開かれるのを待っていた蓮姫達の元に訪れたのは、親衛隊が男女一人づつと…何故か数人の魔道士達。


彼等は控え室に入ると、ここに来た目的を蓮姫達に告げた。


その内容に首を傾げる蓮姫だったが、彼女の代わりに火狼が疑問を口にする。


「なんでいきなり身体検査?昨日はしなかったじゃん。わざわざ来てくれて悪ぃけど、俺らピンピンしてっから。そんなの必要無いぜ」


「ですが、これは皇帝陛下のご意志です。弐の姫様方にはこれから、我々が行う身体検査を受けて頂きます」


「闘技場二日目以降、武器を隠し持っていた者も過去にはおりました。弐の姫様や皆様がそのような姑息(こそく)な手を使われるなど、陛下も我々も思ってはおりませんが…規則ですので。ご了承下さい」


淡々と告げる親衛隊達の言葉に、火狼もユージーンも不快そうに顔を歪めた。


自分達は…そして自分達が仕える蓮姫は、罪人と同じ扱いを受けて無理矢理この闘技場に参加させられている。


その上あらぬ疑いまでかけられ…これが面白くないのは当然だった。


「わかりました。身体検査を受けます。よろしくお願いします」


「姫様…よろしいのですか?」


すんなりと親衛隊達の申し出を受けた蓮姫に、ユージーンは問いかける。


蓮姫はユージーンの方を向くと大きく頷いた。


「うん。規則なら仕方ないし、私達は誰も武器なんて隠し持って無いでしょ。健康状態も問題ない。なら早く済ませちゃおう。エメル様や観客をいつまでも待たせる訳にもいかないし、ここで身体検査を受けない方が、かえって不審じゃない」


「まぁ~…姫さんの言う通りかねぇ?拒否する方が怪しいか。なら、さっさと済ませてくれよ」


蓮姫の説明に納得した火狼が、誰よりも前に出て一番に身体検査を受けようとする。


しかし親衛隊の女はそんな火狼を素通りし、何故か蓮姫の前へと来た。


「あ、あれ?もしもーし?俺の事見えてないん?」


困ったように後ろを振り向く火狼だったが、親衛隊の女は火狼の言葉には答えず、真っ直ぐ蓮姫の方を向いて口を開く。


「先ずは弐の姫様から身体検査を行います。ご安心下さい。弐の姫様の担当は私がさせて頂きます」


「お気遣いありがとうございます。女同士なら私も安心できますので、よろしくお願いします」


「はっ!では弐の姫様…どうぞこちらに」


そう言うと、女の親衛隊は蓮姫を控え室の外へと連れ出した。


残された従者達に、同じく控え室に残った男の親衛隊が声をかける。


「皆様はしばし、こちらでお待ち下さい。順々にお声を掛けさせて頂きますので」


「え~。順番まで決まってんの?こんなん誰からでも良くね?」


「全ては皇帝陛下のご意志です。ご了承下さい」


「あんたらそれしか言えねぇの?へぇへぇ、わかりましたよ~だ」


拗ねたように告げる火狼の言葉を聞きながら、蓮姫が苦笑していると、女の親衛隊が蓮姫に軽く頭を下げた。


「では失礼致します。……上着のポケットの中には…何も入っておりませんね?」


「はい。なんでしたら上着を脱ぎますよ。確認して下さい」


「いえ。弐の姫様のお言葉ですので、信用致します。では何処か…体の不調はございませんか?」


「特には何も。自分で言うのもなんですけど…健康そのものです」


「かしこまりました。では弐の姫様の検査は、これにて終了させて頂きます。このままこちらでお待ち下さい」


「…え?は、はい。わかりました」


随分(ずいぶん)とあっさり検査が終了した事で、蓮姫は気が抜けてしまう。


(今ので終わり?え?こんな簡単に済んでいいの?意味無いんじゃ?)


蓮姫は控え室の外に連れ出された事で、武器を隠し持っていないか体の隅々まで(さぐ)られると思っていた。


最悪体をまさぐられたり、服を脱がされたりもするのだろう、と。


しかし身体検査は質問を少ししただけで終了。


これでは何の為に検査をしているのか…蓮姫には意味がわからなかった。


「次、スターファング。一緒に来い」


「あ、はい!…てかさ…俺と蓮達の扱い…なんかめちゃくちゃ違わない?」


「貴様は弐の姫様や従者様とは違い、スパイ要疑がかけられている。自分を庇って下さった弐の姫様と同じ扱いを受けようなど、おこがましい。早くこちらに来い」


「……はーい」


ブスッとした顔で星牙もまた男の親衛隊と共に控え室の外…蓮姫のいる場所へと出向く。


星牙が控え室から出ると、男の親衛隊は星牙の体を前後からジロジロと眺める。


そして服の上からバン!バン!と胸、腕、背中…そして腹から足と、上から順々に叩いて何か隠し持っていないか確認した。


「………よし。何も持っていないな。では…何処か体の不調は無いか?」


「ありません」


「よし。ではスターファング。お前の身体検査はこれにて終了する」


「え?もう終わり?」


蓮姫の時と比べれば調べた方かもしれないが…やはり簡単に検査は終了。


蓮姫と星牙は今の身体検査に納得がいかず、顔を見合わせる。


だが顔を見合わせているのは親衛隊の二人もだった。


彼等は同時に頷くと、控え室の扉の前まで歩く。


扉の前に来た親衛隊を見て、火狼は次こそ自分の番かと思った。


「お?ファングも終わったん?てか早いね~。次は誰よ?俺?旦那?」


普段通りおちゃらけて話す火狼だったが、そんな彼の前…正確には扉の前に魔道士達が立ち塞がる。


「おわっ!?な、何?」


「っ!?こいつら…まさか!」


嫌な予感がしたユージーンは本能のまま、その場から駆け出す。


驚く火狼を押し退け、ユージーンが前に出ようとしたその時だった。


親衛隊の男が中の魔道士達に声をかけ…いや、命令を下す。


「やれ」


「はい」


親衛隊の命令を受けた直後、魔道士達はこの場に結界を発動させた。


一瞬にして、ユージーンと火狼、そして未月は、この控え室に閉じ込められる。


「クソっ!姫様!」


「おいおい!なんの真似だよコレ!」


「母さん!」


控え室の中の三人は、魔道士達を突き飛ばし結界をバンバンと叩く。


しかし術者の魔道士達を突き飛ばしたくらいでは、結界にはなんの影響もない。


「ジーン!?狼!未月!」


「なんだよ!?なんなんだよこれ!お前ら大丈夫か!?」


外にいた蓮姫と星牙も慌てて結界の前に行き、中の三人に呼びかける。


中の三人は無事だが…だからといってこのままにはしておけない。


「待ってて!今この結界を消すから!」


蓮姫は想造力を発動し、無理矢理この結界を解こうとした。


だが女の親衛隊が後ろから手を伸ばし、蓮姫を羽交(はが)()めにする。


「お待ち下さい!弐の姫様!」


「離して下さい!なんでこんな事するんですか!?」


「いいえ!離すわけには参りません!これも陛下のご意志なのです!」


「っ!?エメル様の…どういうことですか!?」


蓮姫は首だけを後ろに向け、自分を拘束する親衛隊の女へ、怒鳴るように問いかけた。


怒鳴られた女は極めて冷静に、蓮姫へと言葉をかける。


「陛下からのご伝言です。『本日の闘技場に参加するのは、弐の姫様とスターファングの二名のみ。従者の皆様の参加は許可しない』と」


「許可しないって!?じゃあ私と星牙だけで、残りの試合を勝ち抜けって事ですか!?」


「左様でございます。これは皇帝陛下が下された最終決定。弐の姫様も皆様も、どうぞご了承下さい」


淡々と言葉を並べる親衛隊達だったが、蓮姫の従者達はそれを黙って受け入れられるような男達ではない。


ユージーンは結界の中から、親衛隊の男を殺気をこめて睨みつける。


「了承出来る訳がないでしょう。姫様も我々も、そちらの一方的な申し出を受け、闘技場に参加したんです。だというのに…今度は従者の参加を認めない?我々はその決定こそ認めません」


「ホント()めた真似してくれんじゃん。俺達が『はい。そうですか』って、姫さんだけ差し出すとでも思ってんの?」


「…この結界…消せ。…母さんを離せ」


ユージーンだけではなく、火狼と未月も戦闘態勢をとる。


彼等は全員武器は取り上げられ、木製の武器しか持っていないが、それでも全員が強い魔力を持っている。


「『規則だ』『身体検査だ』と言っておいて…本当の目的は姫様とファングのみ連れ出し、我々をこの部屋に閉じ込めることだった、と」


「身体検査の規則があるのも事実にございます。ですが、それほどまでにこの現状を理解されているのでしたら…陛下のご命令も(つつし)んでお受け下さい」


「出来ぬ相談ですね。さっさとこの結界を解き、我々を解放して下さい」


ユージーンは魔力を手のひらに集めると、それを結界に向けてかざした。


「結果を解かないというのなら…それでも構いません。中から攻撃魔法を放ち、無理矢理壊すだけです」


「我が国の魔道士が数人がかりで作った結界を壊せるとでも?」


挑発するような男の親衛隊の言葉に、ユージーンも鼻で笑い、素で答える。


「俺達を…弐の姫の従者を見くびるなよ。なんなら俺一人でもこんな結界、簡単に破壊出来る。…試してみるか?」


「どうあっても…我等が皇帝陛下の決定に逆らうと言うのですね」


「当然だ。俺達の主はお前らの皇帝じゃない。俺達がお仕えするのは弐の姫様。俺達に命令を下せるのも姫様だけ。そこの女。殺されたくなきゃ、さっさとその薄汚い手を姫様から離せ」


ユージーンの怒りの矛先は、蓮姫を未だ拘束する女にも向けられた。


女はユージーンから感じるビリビリとした殺気に体を震わせると、首筋に冷や汗を流す。


男の親衛隊は、そんな仲間とユージーンを冷ややかな目で見つめるのみ。


しかし彼は一度ため息をつくと、仲間である親衛隊の女に向けてクイ…と顎を動かした。


女の親衛隊にも仲間の意図が伝わったらしく、蓮姫から手を離し、彼女を解放する。


急に拘束が解かれ、困惑する蓮姫に親衛隊の男は言葉を放った。


「弐の姫様。もし従者の皆様が陛下の決定に逆らうというのなら、陛下は闘技場を中止されるでしょう。皆様の戦績は不戦敗となります。どのような理由であれ、闘技場を勝ち抜けなかったスターファングは有罪。当初の予定通り、陛下の裁きを受ける事となります」


「そんな!?」


「おい!なんでそんな事になるんだよ!?誰も試合に出ないなんて言ってないだろ!?」


親衛隊の言葉に納得のいかない蓮姫と星牙。


だが親衛隊達の男は表情を変えること無く、蓮姫にだけ言葉をかける。


此度(こたび)の陛下の決定は…弐の姫様とスターファングの為に下されたものです」


「私達の?どういう意味ですか?」


「スターファングと弐の姫様が勝ち抜いた際、その結果に誰もが納得するようにと。その為に陛下は、従者の皆様を試合から外されるのです」


親衛隊の言葉で、蓮姫の脳裏には昨日のエメラインの言葉が蘇る。


確かにエメラインは、蓮姫達が勝ち抜いた時に観客も納得するよう、今日の闘技場ではルールを変更すると言っていた。


昨日の自分達の戦いが、ギルディストの民に受け入れられていない事は明白。


そんな中、昨日と同じ戦法をとれば、たとえ闘技場を全て勝ち抜いても、観客は納得しない。


そんな現状を打破する為にエメラインが出した決定は、従者達を参加させず、蓮姫とスターファング…星牙だけで戦わせることだった。


従者が結界に閉じ込められた本当の意味を知り、蓮姫は感情のまま拳を握りしめる。


蓮姫の試合に観客達は納得いかなかっただろうが、今回のエメラインの決定だって蓮姫には納得がいかない。


それでも…このままユージーンが結界を破壊して、エメラインの決定に従わなければ、今度こそ星牙は罪人として裁きを受ける。


星牙だけではない。


蓮姫も従者達も、皇帝の決定に異を唱えた、と罪に問われる可能性もあるのだ。


蓮姫は一度俯いて目を閉じ、深呼吸して気持ちを落ち着かせると、親衛隊に問いかける。


「一つだけ聞かせて下さい。私の従者達は…どうなりますか?ずっとここに閉じ込めておくんですか?」


蓮姫の問いに、親衛隊の男はゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。弐の姫様とスターファングが試合会場に向かった後は、皆様を観覧席に案内するよう、陛下から仰せつかっております」


「………わかりました。なら…私は星牙…スターファングと一緒に、試合会場に向かいます」


蓮姫はエメラインの決定を受け入れ、従者達に頼らず自分だけで戦う覚悟を決めた。


そんな蓮姫の決意に、従者達は勢いよく自分達と蓮姫を(へだ)てている結界に張り付いた。


「待って下さい姫様!女帝の言うことなど聞く必要ありません!」


「そうだぜ姫さん!俺達抜きで試合するとか…無茶だって!」


「…母さん?…一人で…戦うのか?」


必死な顔で結界を叩いたり、蓮姫に叫ぶユージーンと火狼。


未月は叫んでこそいないが、その青い目は何処か悲しげだ。


だが蓮姫は、従者達同様、外から結界に触れると…彼等に笑顔を向けた。


「私なら大丈夫だよ」


「っ、姫様?」


「皆は観覧席で残火と一緒に試合を見てて。大丈夫。星牙だっているし…なんとかなるよ!心配しないで。ね?」


従者達を心配させぬよう、明るく振る舞う蓮姫。


本当は蓮姫自身、これから先の試合を考えれば不安しかない。


自分は従者抜きで…本当に戦えるのだろうか?


試合を勝ち抜く事は出来るのだろうか?と。


それでも…どれだけ不安でも、勝算が低くても、蓮姫にはエメラインの決定を受け入れるしか選択肢は無いのだ。


そうでなくては…大切な従者達も星牙も…罪人となってしまう。


自分の大切な者達が傷つくこと…それは蓮姫が何よりも恐れることでもあった。


(今回のことは…また私が首を突っ込んだのが原因だし。皆や星牙を巻き込んだのも…観客を怒らせるような試合をしたのも…私。…それなら…その責任くらい自分で取らないと)


「私は大丈夫だから。そんなに心配しないで」


「心配するに決まっているでしょう!まったく姫様は……ちょっとこっち来て下さい」


ユージーンは呆れたように頭を抱えると、ちょいちょいと蓮姫を手招きする。


蓮姫はユージーンに手招きされるまま、自分達を(へだ)てている結界の…ユージーンの直ぐ目の前まで顔を近づけた。

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