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闘技場開催 5


その後、蓮姫達は城に戻り残火とノアールと合流する。


全員が揃ったのを確認すると、エメラインは蓮姫達を晩餐(ばんさん)へと招待した。


皇帝からの誘いを断る訳にもいかず、また先程の話もまだだった為、蓮姫は快くそれを了承。


蓮姫達はエメラインに案内されるまま大広間へと向かう。


そこで蓮姫は、思いがけない人物と再会することとなった。


大広間に案内されると、中には既に先客が一人。


その男は行儀悪く椅子の上に片足を乗せ、膝の上に肩肘を置き頬杖(ほおづえ)をついている。


彼は扉が開ききった瞬間、蓮姫達の方にクルリとその首を向けた。


「あ、やっと来た。遅いよ~」


「げっ!?」


「っ!!?」


その男の顔を見た瞬間、蓮姫は思わず顔を(ゆが)め嫌そうに声を出す。


蓮姫らしからぬ行動だが、彼には一度殺されかけたこともあり、思わず本音ともいえる声が()れてしまったのだ。


またユージーンも、その男の姿を見た瞬間、驚いて息を呑む。


ユージーンも蓮姫の記憶を覗いていた為、彼の存在を知っていた。


それでも…驚かずにはいられなかった。


いざ目の前にいる彼は…ユージーンの知るある人物とよく似ており、その気配も同じだったからだ。


蓮姫の反応が面白くなかったのか、その男…シュガーもまた顔をしかめる。


「『げっ!』って何?酷くない?」


「ジョ、ジョーカーさん!?なんでこんな所に!?」


「なんでって…一応ここ俺の家だし」


「ふふ。蓮姫ちゃん達にはまだ紹介していなかったわね」


蓮姫の問いに面倒くさそうに答えるシュガーを見て、エメラインは楽しそうに笑う。


そして愛する息子の元へ行くと、彼の後ろに周りその肩の上に手を置き、とびきりの笑顔を蓮姫達へと向けた。


「皆様、紹介します。私の愛する息子。可愛い可愛いシュガーちゃんです」


「え!?む、息子!?」


「だから『ジョーカー』だってば」


エメラインの突然の告白に蓮姫も、そして従者達も目を丸くする。


目の前にいる男女はどう見ても親子には見えない。


あまり似ていないし…何より姉と弟くらいにしか見えないからだ。


しかも母親と本人で主張している名前が違う。


シュガーが…目の前の男が自分で『ジョーカー』と名乗っているのなら、やはり蓮姫の知る男と同一人物で間違いない。


「え、エメル様は…ご結婚されていたんですか?」


やっと蓮姫の口から出たのは、なんとも普通すぎる質問。


当然それは肯定されるものと思っていたが、エメラインはニコニコと笑顔でそれを否定した。


「いいえ。私は結婚していないの。ずっと独身よ。でもシュガーちゃんは私の息子。私が産んだ…私と、私の愛する彼の息子よ」


「か、彼って…」


「うふふ。そこはまだ内緒。シュガーちゃんお待たせ。遅くなってごめんなさい」


「だから『シュガー』って呼ぶのやめて。俺は『ジョーカー』がいいんだってば」


「んもう!ママより古狸(ふるだぬき)さんの方がいいの?(ひど)いわシュガーちゃん」


少女のように頬を膨らませるエメラインを見て、どこからつっこんでいいのか…むしろ深く考えた方が負けなのか、と蓮姫は思う。


残火は女帝が『母親』という事実に少し嫌悪感を抱いていたが、目の前で繰り広げられる光景にその嫌悪感も薄れてしまった。


「あの女帝も母親だったのね。なんか凄い親バカみたいだけど」


「…女帝も… 母親?…あったかくて…優しいのか」


「なんか子供大好きって感じだな。うちのお袋も()い母親だけど…全然タイプ違うや」


呑気にエメラインとシュガーを見つめる残火と未月、そして星牙。


だが、火狼とユージーンは探るような目でシュガーを見つめる。


火狼はユージーンに一歩近づくと、彼の耳元で囁いた。


「旦那、気づいてる?あいつ相当(そうとう)(つえ)ぇよ」


「あぁ。それだけじゃない。…あいつは…かなりの危険人物だ」


「と言うと?」


「詳しくは言えないが…ともかく警戒を(おこた)るな」


「旦那がそこまで言うってことは、かなりヤバいね。うん。俺も『可愛いシュガーちゃん』には注意しとくわ」


視線はシュガーから外さず、小声で会話するユージーンと火狼。


だがエメラインは蓮姫達の方を向き直ると、再び笑顔を浮かべた。


「さぁ皆様。晩餐(ばんさん)を始めましょう。どうぞお好きな席に座って下さいな。あ、蓮姫ちゃんはまた私の近くに座って下さる?こちらの席にどうぞ」


「え!?」


豪華な食事がいくつも準備されている長テーブル。


上座の椅子は当然エメラインが座るだろう。


向かって左側の一番手前の席にはシュガーが腰掛けている。


エメラインが蓮姫へと進めたのは向かって右側の一番手前の席。


つまりシュガーの向かいの席だ。


個人的にはシュガーに近い席など遠慮したい蓮姫。


彼女がどう断ろうか思案していると、エメラインはシュガーの傍を離れ自分の席に腰かける。


そしてシュガーの向かいの席に向けて手のひらを出した。


「さぁ、蓮姫ちゃん。遠慮しないで」


「…は、はい」


蓮姫は(うなが)されるままシュガーの向かいの席へと向かう。


そしてユージーンは素早く蓮姫の隣に腰掛け、火狼もまたシュガーの隣に座った。


何かあっても直ぐに蓮姫を守れるように。


シュガーが何かを仕掛けようとした時、それを防げるように。


「お、お久しぶりです。ジョ…シュガーさん。さっきは変な声を出してすみませんでした」


「…話聞いてた?俺は『ジョーカー』だってば。君までその名前で呼ばないでよ。次に呼んだら殺すからね」


蓮姫にまで『シュガー』と呼ばれ、当のシュガー本人は殺気を含んだ視線を蓮姫に向ける。


それが脅しではなく本気だと悟った蓮姫。


彼女はゾクリと背中に鳥肌が立ったのを感じながら慌てて頭を下げた。


「っ、ご、ごめんなさい。ジョーカーさん」


「うん。そう。そう呼んでるうちは殺さないであげるよ。闘技場で見たけど…君なんて戦ってもつまんないし。でも…俺との約束ちゃんと守ったんだね」


「約束?」


蓮姫はシュガーの言葉の意味が分からず、首を傾げる。


シュガーは先程までの不機嫌顔が何処に行ったのか、今度は上機嫌だと言わんばかりの楽しそうな笑顔を浮かべていた。


「王都で言ったでしょ。『殺したくなるような強いの連れてきてね』ってさ。約束守ってくれてありがとう。とっても楽しめそうだよ」


そう言ってシュガーは、楽しそうにユージーンを見つめた。


ユージーンはニコリと愛想笑いを浮かべながらも、内心は動揺している。


(なんなんだこいつ。見た目や気配だけじゃねぇ。話し方も性格も…あいつにソックリじゃねぇか。でも…こいつも間違いなく人間だ。どうなってんだ?……まさか…父親ってのは…)


ユージーンはある可能性を考えるが、その思考はエメラインの言葉によって遮られた。


「うふふ。シュガーちゃんと蓮姫ちゃん達が仲良しで、私も嬉しいわ。さぁ、晩餐(ばんさん)を始めましょう」


エメラインの言葉に使用人達が給仕を始める。


言いたい事も聞きたい事も、とりあえずは喉の奥にしまい、蓮姫達は食事を堪能することにした。


食事の間もエメラインはニコニコと蓮姫に話しかけ、蓮姫もまたそれに答える。


内容は蓮姫の想造力や、先程の闘技場での蓮姫達の戦いぶりについて。


エメラインと蓮姫が話している最中も、ユージーンと火狼はシュガーを警戒していたが、シュガーは行儀悪くテーブルに膝をついて食事するだけだった。



食事が進み、残りはデザートを残すのみとなった頃、エメラインが例の話を切り出した。


それは闘技場をわざわざ中断した理由。


「蓮姫ちゃん、皆様。本当に今日はお疲れ様でした。急に試合が終わって…ビックリしたでしょう?」


「…はい。あの…エメル様。どうして試合を中断されたんですか?」


「そうね。そのお話がまだだったわね。彼…確かジーンさんだったかしら?彼の言う通り、あのままなら蓮姫ちゃん達は、何も問題なく闘技場を勝ち抜けたと思うわ。でもね…そうなったら…国民の皆さんは納得しなかったと思うの」


「国民が?」


エメラインの言葉に蓮姫は闘技場での観客…ギルディスト国民の様子を思い出す。


最初は自分達を応援していた彼等だったが、試合が進むにつれ蓮姫への反発が大きくなっていた。


蓮姫の戦い方を誰も彼もが批判していた。


「そうよ。私は蓮姫ちゃんのあの戦い方も、立派な戦術だと思っているわ。それでも…手に汗握るような試合を望んでいた国民の皆さんには、納得出来る戦い方ではなかったの」


ふぅ…とため息をつきながら答えるエメライン。


エメラインの話は蓮姫にも理解出来る。


蓮姫の脳裏には『卑怯者(ひきょうもの)』『ズルい』『さっさと負けろ』という観客達のヤジが蘇った。


「エメル様の言う通りなら、国民は白熱した戦いを望んでいた。それなのに私達の…私の戦い方は卑怯(ひきょう)なやり方でしたね」


「卑怯とは思わないけれど…でも国民の皆さんも熱くなり過ぎていたし、蓮姫ちゃん達もあのままでは同じ戦い方をしていたでしょう?」


エメラインの問いに蓮姫は力なく頷く。


蓮姫達は観客の望み通り戦いを楽しむつもりも、長引かせるつもりもない。


蓮姫達の目的はただ一つ。


闘技場を勝ち抜いてスターファングの…星牙の無罪を証明することだけ。


しかし試合を無事勝ち抜き、皇帝であるエメラインがファングの無罪を主張しても、国民が納得しなければ意味がない。


ならば明日の試合はどう戦うかと蓮姫が考えていると、エメラインが楽しそうに声を上げる。


「だからね…明日はちょっとルールを変えようと思うの」


「え!?ルールを変えるんですか?ど、どんな風に?」


エメラインの提案にシュガー以外の全員が驚きの表情を浮かべた。


問いかける蓮姫の口元にエメラインは昨日と同じように人差し指を当てると、ウィンクをして蓮姫へと話す。


「ふふ。それはまだ内緒。明日のお楽しみ。でもね…今日より試合は長くなるかしら。そうすれば、きっと国民の皆さんも納得するわ。大丈夫。蓮姫ちゃんなら勝ち進めると…私は信じているから」


「エメル様?」


「うふふ。さぁて。私はそろそろ失礼するわ。蓮姫ちゃんも皆様も、明日に備えて、ゆっくりと休んで下さいませ」


それだけ告げると、エメラインは椅子から立ち上がり、この広間から出て行ってしまった。


残された蓮姫達はお互い顔を見合わせる。


誰もが今の話に困惑していた。


「ルール変更って…エメル様は何をするつもりだろう?」


「それはわかりませんが…あの言葉は『明日は今日のように簡単に済むと思うな』ともとれますね」


「あと二試合しかないってのに長引くって?しかも観客が納得出来る試合だろ?旦那も姫さんもわかんねぇなら…俺なんて何も思い浮かばねぇぜ」


「それは焔がバカなだけでしょ。でも…観客は本当に姉上の戦い方に納得してませんでした。あれを納得させる試合なんて…未月はどう思う?」


「…俺?…わからない」


「なんにせよ…明日も頑張んなきゃだよな!明日も頼むぜ!皆!」


全員が明日の試合について思案する中、星牙が持ち前の素直さで話をまとめようとする。


すると、その時。


今まで一言も発しなかったシュガーが椅子から立ち上がった。


「ジョーカーさん?」


シュガーことジョーカーは、蓮姫の問いには答えず、椅子に立てかけていた自分の刀を手に取り歩き出す。


そして蓮姫達の後ろに立つと、瞬時に刀を(さや)から抜き、その刀身をユージーン目掛けて振り下ろした。


「っ!!?」


ユージーンは咄嗟(とっさ)に、テーブルにあった銀のフォークを手に取り、魔力をこめて刀を防ぐ。


金属同士のぶつかる、キィイインという音が広間中に響いた。


「ジーン!?」


「旦那っ!?こいつ!いきなり何しやがんだ!?」


蓮姫達も椅子から立ち上がり、シュガーに向けて魔法を放てるよう構える。


本当なら武器を構えたいところだが、全員が闘技場開催の時に武器を預けていた為それは出来ない。


唯一武器を所持している残火のことは、隣にいた火狼が背に庇っている。


シュガーはそんな蓮姫達など見向きもせず、ただユージーンにギリギリと刀を押し付けようとした。


ユージーンもフォークで何とかそれを防ぎ、シュガーの刀を押し返す。


だがその攻防も、攻撃を仕掛けた時と同じようにシュガーが突然終わらせた。


「ふふ…はは…あははははっ!フォークで(ふせ)いじゃうんだ?凄い!凄いよ君!」


シュガーは突然笑い出すと、刀を(さや)に収める。


一体何がしたかったのか?


何がそんなにおかしいのか?


シュガーは満面の笑みを浮かべユージーンを見下ろしていた。


「いいね。俺と互角…ううん。きっと俺より強い。闘技場じゃ全然本気出してなかったみたいだから、ちょっと試したけど…強くて安心したよ~」


「………そりゃどうも」


「君とは本気で殺し合いしたいなぁ。明日はよろしくね。闘技場…楽しみにしてるよ」


自分の言いたい事だけ告げると、シュガーは母親と同じく広間を出て行った。


残された蓮姫はユージーンを心配そうに見つめる。


「ジーン。大丈夫?」


「大丈夫です。ですが…あの男…」


ユージーンはある言葉を口にしようとしてやめる。


(やいば)(まじ)えた事で、シュガーの正体やエメラインから感じている気配の正体…それに確信が持てたユージーン。


それよりも…今は先ず明日の心配をする方が先だと思ったからだ。


「姫様…明日の試合…やはり今日のように簡単には進めないようです」


「…そうだね。…ジョーカーさんのあの言い方だと多分……うん。どんなルールになるかわからないけど…私達は勝たなきゃいけない。明日もよろしく、ジーン、皆」


蓮姫の言葉に、仲間達も大きく頷く。




その頃、自室に戻ったエメラインは親衛隊の一人を部屋に呼んでいた。


「失礼致します。陛下、お呼びでしょうか?」


「えぇ。貴方に頼みがあるの。聞いてくれるかしら?」


「はっ!なんなりとお申し付け下さい」


「ありがとう。実はね…死の大鎌【デスサイズ】を綺麗(きれい)(みが)いておいてほしいの」


「っ!?デスサイズを!?…陛下…まさか?」


「うふふ。そのまさか、よ」


エメラインはそれ以上何も告げず、優雅に微笑むだけ。


頷く親衛隊を見送ると、エメラインはバルコニーへと移る。


彼女は目の前にある闘技場を眺めながら、心からの笑顔を浮かべていた。


「うふふ。明日が楽しみね。ねぇ…蓮姫ちゃん」

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