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闘技場開催 4


また無理をしているのだろうか?


そう心配した従者達だったが、長く蓮姫と一緒にいる彼等にはわかる。


これは蓮姫の本心だと。


「姫様…」


「ひゅ~。姫さんってば、かっくい〜」


「…うん。…俺…母さんの仲間。…大切な仲間」


「俺もだぜ!観客は悪く言ってるけど!俺は蓮のこと大好きだから!」


蓮姫の笑顔に、従者達もまた笑顔を浮かべる。


蓮姫の言葉通り、自分達が、自分の主がどれだけ大勢に嫌われようと(本音は面白くなどないが)そんなものは関係ない。


自分達が蓮姫を慕っているのも、蓮姫が自分達を大切に思っているのも変わらない事実。


だからこそ、彼等も心からの笑顔を浮かべることが出来る。


「ちょっとちょっとファング~。抜け駆けしねぇでよ。俺の方が姫さん大好きだかんね」


「…俺の方が…母さん大好き」


「いーや!火狼にも未月にも負けないね!」


「何言ってんだお前ら。俺以上に姫様に相応(ふさわ)しい相手はいない」


何故かブーイングの中、リング上で蓮姫への告白大会に発展している従者達。


が、告白を受けている蓮姫自身は、彼等のそれが恋愛感情でないことをよく知っている。


なので淡々とした口調で、その告白大会を終わらせようとした。


「うん。皆の気持ちはわかった。ありがとう。でも全員タイプじゃないし、今はそれどころじゃないからね」


「んもう。姫さんってばつれないね~。こんなにイケメンばっかに囲まれてんのに」


「これからまさに他の男にも囲まれるの。グダグダ言ってないで続けるよ!」


蓮姫の号令の直後、リングには次の対戦相手達が上がる。


試合は残すところ数試合。


蓮姫達は早くこの戦いを終わらせる為、今までと同じ戦術で試合に(いど)んだ。


当然、観客からのブーイングは増すばかり。


そして五十八戦目の試合が終了したその時…エメラインが動いた。


「…そろそろいいかしらね」


「母上?どうかしたの?」


「ふふ。そこのあなた、マイクを貸して頂戴」


「はっ!」


息子の問いには答えず、エメラインはマイクを受け取ると優雅に立ち上がる。


そしてエメラインが手すり前に立つと、騒いでいた観客は静かになり、彼女に視線を向けた。


リング上の蓮姫達もまたエメラインを見つめる。


「エメル様?どうしたんだろ」


「あと二試合だってのに…また休憩かね?」


「黙ってろ犬」


呑気な発言をする火狼を黙らせると、ユージーンは探るような目をエメラインに向けた。


ユージーンの視線に気づいたエメラインは、ニコリと微笑むとマイクを口元に寄せる。


「挑戦者の皆さん、お疲れ様でした。本日はこれでおしまい。残りの試合は明日に致しましょう」


エメラインから放たれたのは闘技場終了の言葉だった。


あくまで『今日の試合は終了』という意味だが、突然の発表に観客はザワつく。


火狼も言っていたように、残りの試合はあと二つ。


たった二試合勝ち抜けば、この闘技場は終わるのだ。


それなのに…何故わざわざ明日に持ち越そうとするのだろう?


蓮姫達は当然、この場にいる誰もが疑問を浮かべる。


誰も彼もが納得がいかず、困惑していた。


しかしその原因を作ったエメラインは、微笑みながら手を振っている。


「それでは皆さん。また明日、お会いしましょうね」


何の説明もなく、別れの挨拶(あいさつ)だけ告げると、エメラインは優雅な足取りで奥へと去って行った。


残された蓮姫達も観客も困ったように近くの者と顔を見合せる。


だが皇帝が『終了』と宣言したのに、いつまでもここにいる訳にもいかない。


チラホラと椅子から立ち上がる観客達を見て、星牙は蓮姫へと声を掛ける。


「なぁ、観客も帰るみたいだし…俺達も戻ろうぜ」


「…そうだね。うん。城に戻って残火と合流しよう」


「うし!あ、俺トイレ行きたいから先行くな!」


それだけ告げると、星牙は返事も聞かずにトイレへと一目散に向かった。


残された蓮姫達も仕方なくリングを下り、(そろ)って退場する。


その時も観客の数人は蓮姫へのブーイングを忘れなかった。


「おい弐の姫!明日はまともに戦えよ!」


「陛下がせっかく休みを下さったんだ!その分しっかりやれ!」


「明日も今日みたいな戦いしやがったら承知しねぇぞ!」


後ろから聞こえるブーイングに、ユージーンと火狼は額に青筋を浮かべる。


「おいおい。俺らの姫さんになんてこと言ってくれてんの?旦那、ちょっと俺に付き合って野暮用済ませる気ない?」


「奇遇だな。俺も少し野暮用が出来たとこだ。付き合え、犬」


イライラした口調で不穏な事を口にする火狼とユージーン。


そんな二人を蓮姫は苦笑しながらも止めた。


「はいはい。二人ともやめようね」


「ちぇ~」


「はぁ。わかりましたよ」


渋々だが二人も主である蓮姫の言葉に頷き従った。


蓮姫とて二人が自分の為に怒ってくれているのはわかるし、嬉しい気持ちも少しはある。


だがその野暮用とやらをさせる訳にはいかないだろう。


「まったくもう。こんな時ばっかり気が合うんだから」


「だってさ~…姫さんムカつかないの?」


「ズルい戦い方ばっかりしてたのは本当だからね。むしろ観客より…エメル様の方が気になるかな」


「そうですね。あのままいけば何事もなく終わったというのに…あの女帝、今度は何を(たくら)んでいるのやら」


蓮姫の言葉に同意しつつも、ユージーンは呆れたような口調で呟く。


女王に喧嘩を売ったと聞いた時は、女帝に少なからず好感を持てたユージーン。


しかし闘技場に無理矢理参加させられた今となっては、その好感は皆無のようだ。


そして今や蓮姫も、この女帝を少なからず警戒している。


わざわざ闘技場を開いてまで自分達を戦わせた、この国の女帝エメライン。


彼女の望み通り、蓮姫達は五十戦以上の試合を勝ち抜いてきた。


それなのに…何故あのタイミングで試合を終了させたのか?


それに一体、なんの意味があったのか?


「企む…か。ジーン、やっぱりそう思う?」


「はい。わざわざ明日にしたのは…あの騎士団よりもっと強い奴を連れてくるか…はたまたリングや会場に罠でも仕掛けるつもりなのか…」


「俺達の食事に毒や薬を盛る可能性もあんぜ」


「あら?そんな卑怯(ひきょう)なことは致しませんわよ」


エメラインの企みについて話していると、突然後ろから響いた聞き覚えのある女の声。


全員が驚き、瞬時に後ろを振り返ると、そこには今まさに話題にしていた人物。


優雅な微笑みを浮かべるエメライン本人がいた。


「蓮姫ちゃん、皆様。お疲れ様でした。あら?スターファングさんは何処かしら?」


エメラインは今の話を聞いていたにも関わらず、ニコニコとした様子で蓮姫達に話し掛ける。


のほほんとした口調のエメラインだが、ユージーンはすかさず蓮姫を(かば)うように蓮姫とエメラインの間に立ち塞がった。


火狼と未月も蓮姫を守るように彼女の両隣に立つ。


(この女…)


(おいおい。マジかよ)


ユージーンはエメラインを軽く睨むように見つめ、火狼は引きつった笑みを浮かべていた。


二人がこれほどエメラインを警戒するのには理由がある。


エメラインは彼等の直ぐ後ろにいたというのに、彼女からは全く気配を感じなかったのだ。


声を掛けられるあの瞬間まで、誰一人エメラインの存在に気づけなかった。


ユージーンを始め、火狼も未月も人の気配を探る事には長けている。


そんな彼等に気配を感じさせず、この至近距離まで近づいたエメラインは…やはり只者(ただもの)ではない。


従者達の緊迫した空気を感じつつも、とりあえず蓮姫はエメラインの質問に答えることにした。


「あ、あの…星牙は今、ちょっとトイレに」


「まぁ、そうだったの。じゃあファングさんが来たら一緒に帰りましょうか」


「え!?そ、それは……その…あ、そういえばエメル様!エメル様はどうしてここに?向こうの出口からお城に戻られたんじゃ?」


エメラインの提案に露骨に驚いてしまった蓮姫。


彼女は自分の失態を隠そうと、慌てて話題を逸らすことにした。


エメラインが先程までいた皇帝専用の閲覧スペース。


それは蓮姫達の控え室がある、闘技場出入口の真正面上に位置している。


エメラインは別れの挨拶を済ませた後、蓮姫達とは真逆の方向に去って行ったのに…何故ここにいるのか?


「闘技場には王家しか知らない隠し通路がいくつかあるのよ。そこを通って真っ直ぐここに来たの。ね、一緒に帰りましょう、蓮姫ちゃん」


蓮姫があからさまに変えた話題も、結局はエメラインにより元に戻されてしまった。


わざわざ自分達の元に来てくれた皇帝の誘いを断る訳にもいかない。


「………は、はい。エメル様」


本当はエメラインと一緒にいるのはとても気まづい。


自分達の勝手な憶測(おくそく)を聞かれてしまったのだから(なお)のこと。


蓮姫は視線を泳がしつつ答える事しか出来なかった。


そんな蓮姫の心中を察したのか、エメラインは楽しそうに笑う。


「うふふ。心配しないで蓮姫ちゃん。さっきのお話なら私は怒っていないわ」


「…エメル様…すみません。勝手な事ばかり言ってしまって」


「まぁ、謝らないで。本当に怒ってはいないのよ。むしろ、あらゆる展開を考えるお二人には感心してしまったもの。それに闘技場での皆様の戦いは、とても素晴らしかったわ」


素直に自分達を褒めるエメラインに、蓮姫も礼を言おうとするが、それはユージーンによって遮られた。


「皇帝陛下にそのような言葉を(たまわ)り、恐悦至極に存じます」


「あらあら。そんな堅苦しいお言葉はいりませんわ。それに私の事はエメルで構いません」


「かしこまりました、皇帝陛下」


わざと『皇帝陛下』の部分を強調し、エメラインの提案を笑顔で断るユージーン。


その返答が意外だったのか、エメラインはキョトンと一瞬目を丸くする。


ユージーンのこの発言は皇帝への敬意なのか、はたまたただの嫌味であり無礼なのか…ユージーンのことなので間違いなく後者だろう。


彼は蓮姫と違い、エメラインと親しくする気は更々無いのだから。


「そんなことより、お聞きしたい事がございます。何故、このタイミングで闘技場を中断されたのです?あのままいけば我々は勝ち抜き、星牙ことスターファングの無罪も確定していたはず。まさか皇帝陛下は…初めから約束を守る気もなく、我が姫様を巻き込まれたのでしょうか?」


まるで皇帝であるエメラインを挑発するかのように告げるユージーン。


そんなユージーンに対して、エメラインはやはり怒る様子はなく、再び笑顔を浮かべていた。


「うふ。いいえ。違いますわ。約束は必ず守ります。この国の皇帝として誓いますわ」


「では…他に何か目的がおありだと?」


「そうですわね。でも心配なさらないで。私は卑怯な事は決して致しません。確かに闘技場を中断したのには理由がありますが…」


「ではそれをご説明下さい。我々従者は今回の決定に納得がいっておりません」


あくまで納得していないのは蓮姫ではなく、自分達従者だという言い方をするユージーンに、エメラインも笑みを深くしコクリと頷く。


「皆様のお気持ちは充分わかりましたわ。ご説明致します。実は」


エメラインが説明しようとしたその時。


「あー!お前らまだここに居たのかよ!良かったー!なら一緒に戻ろうぜ!」


トイレから戻ってきた星牙が、ブンブンと手を振りながら駆け寄ってきた。


なんともいいタイミング…いや悪いタイミングに蓮姫と火狼は困ったように苦笑する。


ユージーンは話を中断され蓮姫のブーイングを聞いた時以上にイラついているが、それをなんとか蓮姫がなだめた。


エメラインはくるりと振り向くと、星牙に労いの言葉をかける。


「ファングさん。お疲れ様でした」


「え!?こ、皇帝…陛下。なんでこんなとこに!?」


「うふふ。これで皆様お揃いになりましたわね。お話の続きはお城に帰ってからに致しましょう」


「え?話?なんの話?」


一人ついていけない星牙にクスクスと笑うエメライン。


「さぁ、皆様。帰りましょう」


それだけ告げると、エメラインはスタスタと歩き出す。


その様子から本当に彼女は、今は話す気がなくなったようだ。


「どうする?姫さん」


「どうするって…とりあえず行こう。エメル様だけ先に行ってもらう訳にもいかないし」


「あいよ。ほら、旦那。行こうぜ」


「………あぁ。わかってる」


蓮姫一行もエメラインについて進むことにした。


星牙も首を傾げながらも後からついてくる。


そんな中、ユージーンはあえて歩幅をずらし、後方の星牙の隣に並ぶように歩いた。


ユージーンの行動に気づいた星牙は、彼の方に顔を向け声を掛ける。


「ユージーン?どうした?」


「どうしても一言…お前に言いたくてな」


「え?なに?」


呑気に聞き返す星牙に、ユージーンはとびきりの笑顔を浮かべる。


「俺はお前のこと、犬の次に大嫌いだ」


「え?」


その言葉の意味が分からず困惑する星牙だったが、ユージーンはそれ以上は何も言わず、早足で蓮姫の側へと行ってしまう。


「犬の次に…嫌い?え?ユージーンって………犬が嫌いなのか?いい大人なのに」


ユージーンから『大嫌い』宣言を受けたにも関わらず、星牙は見当違いな事を考えていた。

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